生まれながらにして凶運の持ち主の俺はファンタジー異世界への転生ボーナスがガチャだった時の絶望感を忘れない。

蒼凍 柊一

下水道にて

「はぁ、はぁ…あ~ようやく振り切ったか…って、臭っ!!」


カイリは鼻をつまみ、揺れる胸を上着で隠す。
隣でも鼻をつく匂いに顔を顰めた少女。


「少し待つのじゃ…」


少女が言いながら、なにかの魔術を発動させたようだ。
不意に鼻を突く匂いが消えたことに驚くカイリ。


「匂いが…消えた?」
「わっちの魔法の効果じゃ…」
「おぉ!君、魔法使えるのか?」
「そんなことはどうでも良い…主様よ…なぜそんなものをつけておるのかや?」
「そんなもの…?」


言いながら赤い顔をしてカイリの胸を指さす少女。


「ああ、女性にはよく誤解されやすいんだけど…俺、女なんだ」
「なっ…!主様のような格好良いモノが…女じゃと…!?じゃ、じゃが…これはこれで…///」
「ん?なんだ?何か言ったか?」
「ななな、なんでもありんせん!」


変な奴だな、とカイリは思うがこれ以上口を開きそうになかったので、無限収納の財布からアレンが用意してくれていた服の中にあった予備のさらしを出し、自分の胸に巻きつける。


「ああ、またデカくなったのかよ…ちっ…キツいな…」


それはとても煽情的で…少女は思わず顔をそむけてしまう。


「そうだ、まだ名前を聞いてなかったな?俺はカイリだ。本名は天津神あまつみ 海莉カイリっていうんだが…あ、苗字が天津神で、名前がカイリな…君は?たしか…皇女…とか言ってたけど…なにがあったんだ?」
「カイリ…そうか、主様はカイリと言うのか…。うむ」
「おい?どうした?」
「いや、なんでもありんせん。だが、これだけは言うておこうぞ?主様よ。わっちの名前を聞いたが最後…命の危険があるやも…」
「ああ、そういうことか…」


少女は思う。やはりダメか。と。
自分が彼女だったら、絶対に手を貸したりはしない。
怪しい女。それに男3人に追われながらの対面。
確実に危険な匂いしかしないと思う。


だが、カイリは言った。


「何言ってんだ今更?…なぁ、君…そんなこと、分かってるに決まってんだろ?」
「へ?」
「だから、分かってるって。大体予想はつくさ。追う男に、追われる姫様みたいな人…。どうせ帝都内で皇帝が襲撃にあったかなにかだろう?それで君も追われてる…と。そんで、命の危険だって?そんなもの、とっくのとうに危険にはさらされてるし、第一、君を見捨てるつもりは毛の先ほどもないし…あぁ、もう…そんな泣きそうな顔すんな!いいから、名前を。初対面で、これから長い付き合いになりそうな予感がするんだ。こういうのは早めにすませよう。な?」


少女はあふれ出る涙を抑えることはできなかった。
初めて、人に襲われた。
殺されそうになった恐怖がいまさら湧き上がってきたのだ。
少女が震える体を隠しきれなくなったとき、カイリが少女を抱きしめる。


「…うぅぅぅ…」
「…怖かったな…ほら、もう大丈夫だ。俺がいる。さっきの闘い見ただろ?」


泣きながら、少女は先ほどの闘いを思い出す。
危なげなく敵の攻撃をかわし、達人級の腕前を披露し…彼女は救われた少女にとってヒーローだった。


「わ、わっちの名前は…ひくっ」
「ゆっくりでいいから…」


背中を撫でるカイリ。


しばらくして、ようやく落ち着いたのか少女がようやく口を開いた。
目は真っ赤に充血しているが、正気は保っているようだ。


「…わっちの名前は、レティシオン・アーレングラディ・セントラル・クォレツィアじゃ…」
「長いな…皇女様っていうのは、本当みたいだな?」
「正真正銘、帝都セントラルの皇帝の娘じゃ」
「なんて呼べばいいんだ?皇女殿下?」
「いや…わっちは主様にはそのように呼ばれたくはない…好きな名前で呼んでくりゃれ?」


さすがにこれにはカイリも困った。
どうやら目の前の皇女に相当懐かれてしまったらしく、今は頭をすりすりとさらしを巻いた胸に擦り付けてきている。
至福の表情だ。


「…不敬罪とかで俺処断されたりしないよね?」
「公の場で、わっちをその名前で呼んだりすればそれこそなるかもしれんが…次期皇帝候補…しかも最近まで目も当てられていなかった小娘であるわっちと、かっこいい主様とであれば、一般人の前で言っても問題なかろう」
「そんなもんなのか…?」
「つい一昨日くらいじゃぞ?わっちが次期皇帝候補で確定したのは。国民にもまだ発表しておらぬ。いいから、好きな名前でわっちを呼んでくりゃれ?」


至近距離からの上目づかいで見られたカイリは辛抱たまらない。


「そ、そういう事なら…レティシオン…だから、レティ?それか…シオン?」
「レティじゃと父上と母上に呼ばれる時と同じじゃからのう…シオンで頼む♪」
「それじゃあ…シオンで…」
「ふふ…よい…よいぞ!それではこれからよろしく頼むぞ?主様?」
「あ、ああ。よろしくな?」


弾けるような笑顔になり、抱き着くシオン。


「おいおい…まずここから出よう?な?それからならいくらでも相手できるから…なっ?」
「はっ…わっちとしたことが…!…そうじゃ!」
「なんだ藪から棒に…大事な用でも思い出したのか?」
「わっちの父上と母上を助けねばならんのを忘れておったわ…」
「いやそれ超大事な話じゃねぇかっ!?というかいきなりハードル高すぎじゃねぇか!?」
「…無理かや…?」
「あぁ…もうその上目使い反則だろ…?しょうがない…。一緒にシオンの両親を助けに行こうか…」
「ありがとう!主様よっ!」


運がない。とはカイリは思わなかった。
だってこんなにかわいい少女を、自分の力で守れる機会が与えられたのだから。

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