髑髏の石版

奥上 紫蘇

十三章 ~過去~

私が産まれた頃には、すでに父親はこの世にいなかった。
私が三歳の頃、私の母親は再婚した。
だが、そのときに結婚した私の父親が酷かったのである。
もともと血の繋がりがない父と私。
父はいつも自室にこもりながら仕事をこなしており、食事さえも一緒に食べることは無かった。
今でも記憶に残っていることといえば、家族で旅行することを打診し、なんとか一泊二日で国内旅行を果たすことが出来た時、急遽の仕事の予定で父はドタキャンした。
無論、急遽の予定ならば仕方あるまいと当時は思うしかなかった。というよりかは、母親から「仕方ないでしょ。」と何遍も言われた。それほど自分は不満を持っていたのだろうが、ただそれだけならまだいい。
実際のところ、父親は家族旅行をドタキャンしておきながら、旅行のために貰ったお小遣いを利用して、父親の友達と一緒に一夜を飲み明かしていたのである。
そのことがバレたのは、三年後のことだった。私が小学五年生に進級したての頃、すっかり母と父の関係は冷えきっていた。
母がアルバムなど整理していたところ、見つかったのは一枚の写真。
父親がそのときの飲み会で友達から貰った写真である。
母はまめに日記をつけていたのもあり、父の行動がその写真を見てすぐにバレてしまった。
さすがに三年前のこととはいえ、それが原因で、夏休みを迎える前に母と父は離婚してしまった。
当然、私は母のほうについていくことになった。
だが、母の度重なるストレスに加え、収入源が途絶えたことによって生活は廃れていく一方だった。
母に働く気力はなく、ただ親の金と貯金を頼るのみになった。
二学期に入り、私は陰湿ないじめを受けるようになった。
担任の先生は個人的な都合を隠してくれたはずなのに、なぜかこのことがクラスメイトにバレていた。恐ろしい限りである。
暴力を振るわれたとか、机にイタズラ書きされたとかそういったことはされていなかったのだが、日常生活において少しずつ無視されるようになったり、また無慈悲な慰めも心を傷つけた。
そして、更にこれにはもう一つの裏の物語があった。
このいじめに対していじめるグループを定義したときに、そのグループのリーダーにあたる人物が大澤という人物だった。
そして、もう一人。そのグループから外れている、むしろ僕のことを守ってくれる立場にあったのが立花という人物だった。
大澤と立花は仲が良かった。だが、このいじめに対して立花は嫌悪感を抱いていた。
なぜなら、立花も同じ境遇であったからだ。
立花も、父親を亡くし母子家庭で必死に生活している。立花はそんなことを気に留めず、また立花が母子家庭であるということはほとんどの人に知られていなかった。(もちろん、その当時は私もそのことは知らなかった。)
立花は常日頃から、「そういういじめはやめなよ。」と大澤に言っていたという。ただ、立花も真面目に話すといったことが恥ずかしかったのかどちらかというと冗談交じりでしか言えなかった。
ゆえに、大澤はこの立花の言葉もただの冗談とでしか受け取っておらず、むしろ立花の立場が自分の味方、側近であると思い込んでいる節があったと思う。というより、私がそう思っていた。それこそが誤解であり、一生戻れない道をひたすら歩むことになってしまったのである。

大澤は普段から明るく面白い奴だった。そのため、大澤に対して反撃しようとは全く思わなかった。
そこで、大人しめの立花に対して反撃しようと思った。
ある種、"勇気"を振り絞ったと言えるのだろうが、その勇気は偽りの勇気であり真の勇気ではなかった。
私は、あくる日の放課後に立花を呼び出した。
立花は私の味方の立場であると自覚しているため、きっといじめについて何か相談したいことがあるのだろうと快く呼び出しに応じてくれた。

普段は誰も使わない、空き家状態となっている教室に私と立花は入った。
立花は、私よりも背が高く、痩せ型。その当時はメガネをかけていたようないなかったような、そこの記憶は曖昧である。

「なあ、立花。」
勇気を振り絞って立花に対して声をかけた。
「ん?どうしたんだ?」
立花は深刻そうにしてる私のことを見て、何か相談に乗りたいという気持ちが強かったのだろうか。少し笑みを浮かべているようにも見えた。
だが、それがまた私の苛立ちを増幅させた。
「お前、いい加減にしろよ!」
私は立花の肩を揺さぶった。普段、大人しくしている私にとって、こんな大きな声を出すのは学校で初めてのことだったと思う。
立花は驚くというよりかは、一体何が起きているのか分からなかった。そんな様子に見えた。
私はさらに言葉を続けた。
「もう既に分かってるんだぞ!お前らが僕のことを無視したりしてるのが!」
まだ立花にとっては、何が何なのかが分からなかった。ただ、立花の様子など一切顧みずに思いをひたすら、いや思いと言うより罵声と言った方がただしいだろうか。そういった言葉をひたすら浴びせていった。
「分からないだろうけど、こっちは苦労してる思いしてるんだぞ!」
「あ...」
立花は何か言いたげたった。だが、私の勢いに圧倒されたせいか次の言葉が発せられなかったように見える。
「所詮、お前らには僕の気持ちなんて分かるはずがないだろ。無視して一体何が楽しいんだ?おい。答えろよ。」
私は恐らく泣きじゃくりながらこの言葉を発していたに違いない。恐らく、このときが生涯で初めて人に対して罵声を浴びせたこと。これが表面上のみに置ける正義であったということを涙はすでに感じ取っていたのかもしれない。
「ち、違うんだ...」
立花は勢いに圧倒され、声は萎んでいた。私には、ただ立花の主張は言い訳にしか聞こえなかった。
「俺はお前の味方だぞ?何を勘違いしてるんだ。」
まず、いきなり出た"お前の味方"という言葉。私にとっては、それに至るまでのプロセスが飛びすぎているため、また前提が大きく異なっているため、怒りが増したということを今でも記憶している。
「味方?何言ってんの?そんなこといって誤魔化しても無駄なんだけど。」
「お前、勘違いしてんだな。話をとりあえず一回聞こ?な?」
立花がなだめようとした。だが、立花の立場も都合も知らない私にとってしてみたら、そんなのを到底受け入れる気にはならなかった。
「んじゃ、1回聞いてやるよ。話してみろ。」
まだ私は手を立花の肩にかけていた。本当の意味で肩身の狭い思いをしながら、立花は本当のことを淡々と言った。
「まず、先に言っておくと僕も母子家庭なんだ。」
淡々と言っている彼だが、私の勢いに押されたため、どちらかというと苦し紛れに言い訳しているだけのように感じた。
また、私が母子家庭であるということはすぐみんなに知れ渡ったのにもかかわらず、立花の場合、それが知れ渡っていないということからも、立花の言うことはデタラメのように感じさせる一つの要因でもあった。
「だからお前の気持ちはよく分かるよ。」
そう諭されたが、結局立花のいうことに明確な根拠がないため、信用するに足らなかった。もし、私がこのとき冷静な部分が一欠片でもあったら、立花と私が同じ境遇であるということに対して何かしらの衝撃を受けたのだろうが、今回においてその衝撃は、衝撃でなく怒りとなって現れてくる。
よく考えてみれば、こちらが誤解しているにもかかわらず、こちらが肩を揺さぶっているにもかかわらず、私のことを見捨てないでいてくれた立花は、私よりも遥かに立派であったし、それでいて尊い存在であった。

「気持ちはよく分かるとか言って、宥めておいて、どうせまた無視するんだろ?そうやって、事態をまるでなかったかのように収束させるんだろ?所詮、その場しのぎに過ぎないだろ。お前のやってることなど。いい加減、認めろよ。」
怒りがついに頂点に達してしまった。今まで抱いてきた歯がゆい思いというのが一気に吹き出たような、また成層火山の噴火のように、溶岩のごとく、重い痛い言葉を立花に向かって私はぶつけてしまった。

「そうか...」
立花は俯き、ただそれしか言わなかった。少しの間の後、ずっと立花の肩を押さえていた手を振り払われてしまい、立花は部屋を無言で出ていった。
俯きながら出ていったため、そのときの表情、様子は見れなかったのだが、彼はしゃくりあげているような様子に見え、きっと彼も泣いて出ていったのだろうと思った。
このとき、まだ誤解を知らない愚か者であった私は、逆に清々したとしか思っていなかった。だが、それが全くの誤解であると知らされたのはそれから一週間後のことであった。

立花は学校に来なくなり、その立花の様子を心配してうかがった大澤が事情を聞き出して、それをクラスメイト中に広めた。
そのため、私は学校でかつてのいじめの傍観者でさえも私のことを無視するようになった。
一時、清々したはずだった私の心は再び荒んでいった。と同時に、復讐が何も生まないということを私は悟った。

そして、その一週間後のとき、とある事件が発生した。
帰りの会、いわゆる帰学活と言うものをやっている最中、教頭先生が慌てて担任の元へ駆け寄った。

どうやら、立花とその母親が心中を試みたらしい。
しかも、それだけではなかった。

立花とその母親は駅のホームから特急列車に飛び込んで自殺しようとしていた。
しかし、立花が心中を前に泣き騒いでいるのを見た周りの人が、寸前で止めに入った。
その結果、立花とその母親との無理心中は失敗に終わり、しかもそれだけではなく、止めに入った人一人がホームの下に転落し、特急列車にひかれて死亡してしまったのである。

はね飛ばされたその遺体は一瞬で砕け散った。
当時、時速100キロをゆうに越す速度で走っていた列車は止まれるはずもなく、車輪部分は真っ赤に染められた。

ホームに落下した原因は、自殺を止めようとした人達に対して抵抗したときに勢い余って押されたためである。
つまり、立花の母がその人を殺したようなものだ。
彼女はその後、ずっとうずくまって泣いていたという。
ホームは騒然となり、冷たい視線が立花の母の元へ注いだ。だが、彼女にとってそんなものはどうでもよかったのだろう。彼女自身が自分を一番軽蔑しきっていたのだろうから。

詳しい事情は知る由もなかったのだが、どうやらあれから一日が経たぬ間に彼女は自殺してしまったらしい。
その出来事は、立花の心を粉々に崩壊させた。
あの事件の後、立花は親類に引き取られたらしい。その引取り主は、学校に行かなければ生きていく価値が見いだせないといった固定観念の持ち主であり、無理やり立花を学校に行かせた。

そのようなわけで、立花は三学期から再び学校に来たのだが、事の成り行きをざっくりとながら知ってるクラスメイトは、立花に対してどう関わればいいのか分からなかった。
立花に対して明るく振舞おうと思っても、どこか遠慮の気持ちが入ってしまう。
私の場合は、もはや立花に話しかけることさえままらなかった。
立花の様子は二学期のときと比べて明らかに不審であったし、不信であった。
時に授業中に急に声を荒らげたり、勝手に立ち歩いたりと、普段の彼ならば有り得ないような挙動が数多く見られたのである。

そして、ついに彼の人生を決定づける出来事が起こってしまったのである。
これには、私も正直恐怖しかなかった。
私が黒板の前に行って、算数の問題の答えを書いたあと再び自分の席に戻るとき、席に座っていた立花に肩がぶつかってしまった。もちろんわざとではない。
「ごめん。」
即座に私は謝った。だが、誤解されたとしても軽蔑しようとしなかった彼はもうどこにもいなかった。
彼の机の中に入っていた彫刻刀を取り出して、私の肩をぶっ刺しにきたのだ。
立花の隣に座っていた奴がすぐさまそれに気づき、勇敢にも彼の肩を抑えてくれた。
その後、慌てて担任の先生が駆け寄り、立花の持っていた彫刻刀を奪い取った。

確かに今ふと思い返せば...
あの、勇敢に私のことを守ってくれた、立花の隣に座っていた丸山君は超能力者によって殺された。
そして、立花の名前は険。超能力者の本名は、確か游江木  険。

やっぱりそうだ。

超能力者は、立花だったのだ。

あれ以降、立花の姿を二度と見ることは無かったし、立花の噂を聞くことは無かった。
きっと少年院なんかに送られたのだろうが、別にそんなことはどうでもよかった。
立花に対しての後ろめたさというのは完全に消えており、生まれたのは立花に対する恐怖心だけだった。

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