髑髏の石版

奥上 紫蘇

第三章 ~経緯~

一ヶ月前のことだった。
ある一人の実業家の元へと電話がかかってきたのである。
電話に出たのは、川坂庄太郎。年齢は栗森警部と同い年の40歳。彼は、経営破綻の状況から、なんとか努力に努力を積み重ねて、黒字にまで持っていくことができた。世間からもその手腕が評価されており、現在は起業し、ある広告会社の社長として働いている。過去の苦労があったからこそ、今があり、その苦労が見事経験に生かされており、この今の経営においても順調な形で進んでいる。
さて、川坂氏が電話に出ると、声色を変えたような不気味な声が聞こえた。
「あなたは、川坂庄太郎で間違いないですかね。」
いきなり、自分のことを呼び捨てで呼ぶ。少し、不気味な感じがした。
「ええ。そうですけど。」
とりあえず川坂氏か答えると、電話相手が用件について話し始めた。
「実はクレームがありましてですね。」
「クレームですか。」
「ええ。ただ、あなたの会社に対してじゃないです。」
「え?」
川坂氏は少し驚いた。クレームなら、普通は会社に対してじゃないのか。
「何を驚いているんですか?」
「い、いや。普通、クレームって会社に対してですよね。」
川坂氏がこう答えると、少し不気味な笑みを浮かべながら電話相手はこう答える。
「まあ、いいでしょう。普通かどうかなんて今はそんな問題じゃないです。私がクレームしたいのは、あなた本人についてです。」
「私本人ですか?」
「ええ。」
川坂氏は恐怖を感じた。自分に対してクレームを電話で直々に言う人は初めてだからである。
「実はですね、私には未来が見えるんですよ。」
電話相手は、さらに変なことを言い出す。川坂氏は、相手にならないと思い、電話を切ろうとしたその時、聞き逃せない言葉が川坂氏の耳に入った。
「予言しますよ。川坂氏本人と娘二人が殺されると。」
「え...」
突拍子のない話題に困惑する川坂氏。さらに言葉を続ける電話相手。
「いや、予言というよりも予告といった方がいいですかね。」
「予告...そ、それって殺人予告ってことですか?」
いまいちまだ電話相手の言ってることがよく分からなかった。ただ、ひとつ分かるのは、彼の言っていることが常識の枠内から完全にズレていることである。
「ええ。ストレートに言うと、あなたの娘とあなた本人を殺しますよ。ということです。つまり、あなた一族を抹殺するよ。と言ってるだけです。理解出来ましたかね。」
電話越しでの、抹殺宣言。
彼にとって大きなダメージでしかなかった。
「そ、それはど、どういうことですか。じょ、冗談ですよね?」
「私はおふざけなんかじゃありません。本気です。私の名前は超能力者。これで、信憑性上がったでしょう?」
川坂氏は、「超能力者」という言葉を聞いてより一層焦りを感じた。
超能力者という殺人鬼は、もうこの頃既に世間一般において知られる存在となっていた。そのため、超能力者という言葉は彼にとって、より恐怖へと陥れるものとなったのである。
彼は、自分の気持ちを落ち着かせるために電話をひとまず切った。

それからというもの、毎日超能力者からの電話が頻繁にやってきた。また、手紙も来た。その手紙の内容を抜粋すると

川坂  庄太郎へ

やあ、ごきげんよう。
楽しく過ごせてるかね。
さて、前にも話した通り、君の一家を抹殺するというわけだ。
犯行手順は、まず娘二人を殺し、お前の精神をどん底へと突き落とす。
そして、とどめにお前を殺す。
準備期間を与えてやるから、その間に無能な警察共を呼んで、一矢報いるか。それとも、自分の死を悟って、葬式準備、遺言用意するかは好きにしてもらっていい。
お前が準備できたとこちらで判断でき次第、計画を実行に移す。
では、また会いましょう。その時は殺してあげるので。

超能力者

こういった内容の手紙が頻繁に送られてきた。
川坂氏は、最初度の過ぎるイタズラだと思っていた。というか、そうであってほしいのが川坂氏の願いであった。
川坂氏とて、バカではない。
電話をあえて引き伸ばしたりして、犯人を特定しようとしたり、手紙の消印から犯人を特定しようとしたりを試みた。
しかし、電話では相手はボロを出してくれない。ましてや、電話番号から特定しようとしても、毎回違うところの公衆電話からかけているので、非常に厄介である。
そして、手紙では消印が北海道から沖縄まで津々浦々まちまちであり、ここからも特定するのは難しいという判断である。
また、彼は自分の記憶を頼りにして、自分自身に恨みを持っていそうな人を手探りさがしていた。
彼自身、どん底から成り上がってきた身なので、恨みを持っている人はいるにはいるだろう。
もちろん、そんなことをする可能性があるという人が何人か自分の中であがった。
だが、あがっては消え、あがっては消えの繰り返し。
頻繁に送られてくる手紙や、頻繁にかけてくる手紙の中で、リストにあがった人のアリバイが必ずどこかしらで確定されてしまうのである。
これではさすがに拉致があかないので、警察に相談した。
だが、警察はそう真面目に受け取ってはくれなかった。というのも、超能力者がこれまで個人をしつこく攻撃した例はまるでないため、これは超能力者の犯行ではなく、模倣犯によるものであろうというのが警察の見解だったからである。
仕方なく、次に頼ったのは赤坂探偵。超能力者事件を解決したスペシャリストである。
しかし、赤坂探偵は残念ながら海外出張のためにいなかった。
そこで、次に頼れそうな坂田探偵のもとを川坂氏は訪れたのである。

川坂氏が坂田探偵事務所を訪れると、中にいたのは一人の若い男性だった。
川坂氏は、その若い男性に促され、客間へと向かった。
「それでは、事件の内容を教えてください。」
川坂氏と若い男性は、それぞれソファに腰掛けて話をした。
「実は二週間ほど前から、殺人予告が来ていまして、毎日のように手紙から電話から頻繁に。」
「ふむふむ。」
若い男性は、メモをとりながら聞いていた。
「それが、その手紙です。他にも手紙は沢山あるんですけど、とりあえずこれを持ってきました。」
川坂氏は、若い男性に手紙を手渡した。
若い男性は、真剣にその手紙の内容を読んでいた。すると、最後の方に気になる文字が...
「ちょ、超能力者!?」 
思わず、若い男が反応した。
「ええ。だから、困っているんです。」
「ふむ。本物かどうかは分かりませんけど、仮にイタズラだとしても度が過ぎすぎていますし、本物ならそれこそ非常にヤバいので...先生は出かけててまだ帰ってきていませんけど、とりあえずこの依頼を引き受けておきますね。」
「あ、ありがとうございます。ところで、あなたは坂田探偵じゃなかったんですね?」
「あ、ええ。私は風間と申します。ここで、坂田探偵の助手を務めています。」
「助手ですかー。優秀な助手とかいると、いいですよねー。」
「優秀でもなんでもないです。先生に迷惑かけないようにっていつも思ってるんですけど、どうしても迷惑かけてしまいますね。と、とりあえず、あなたの住所や電話番号、家族構成など色々と聞いておきたいのですが、よろしいですか?」
「ええ。住所は...電話番号は...家族は、私と娘二人です。母とは、次女が生まれてすぐに別れてしまいましたね。」
「なるほど。なるほど。」
風間助手はこれらの情報をメモした。
しばらく経って、風間助手と川坂氏は別れた。
「それでは、先生とも相談して、早くこの事件が解決できるよう精一杯頑張りますね。」
玄関でのお見送りの際に、風間助手が川坂氏に向かって言った。
「依頼引き受けてくださり、ありがとうございます。無理なさらず、頑張ってください。」
川坂氏がそれに対して返事をした。
このやり取りが、彼ら同士の最期のやり取りになろうとは、犯人以外知る由もなかった。

川坂氏が事務所を出たあと、ちょうど行き違いのようなタイミングで坂田探偵が帰ってきた。
坂田探偵に川坂氏の依頼の件を伝えたが、坂田探偵曰く、この事件はほぼ超能力者事件とは関係ないという見立てだった。
警察が冷たく対応した理由と同じではあるが、どうもこの犯行予告の方法が超能力者の犯行に見えなかったのである。
もちろん、この判断が誤っていたというのは言うまでもないが、現時点でこれが超能力者の犯行で間違いないといえる人は誰もいないであろう。

ところが事件は急展開を迎えた。
風間助手が川坂氏から、電話のタイミングや手紙のタイミングなどの情報を入手していた。そこで、電話のかけ先からの規則性を元に、次の電話のかけ先(公衆電話)をだいたい特定していた。
その特定した次の電話のかけ先周辺を調べていると、とある電話ボックスの中に一つの封筒が置いてあるのが見えた。
その封筒を指紋をつけないよう注意を払って見てみると、封筒の中に入っていたのは石版四枚と、電話のかけ先の計画表。
特に風間助手が気になったのは、電話のかけ先の計画表。どこの公衆電話からいつ電話をかけるのかというのがびっしりと書かれている。
よって、超能力者の先回りが可能になるということである。
本来ならここで警察に援軍を要請すべきであった。風間助手は、超能力者の指紋がついた、「超能力者」と刻まれた石版と、計画表という動かぬ証拠を持っていながら、彼は単独で行動するという危険な行動に出てしまった。動かぬ証拠を見つけたという喜びから思わずそうしてしまったのだろう。
風間助手は、尾久駅にある公衆電話周辺で張り込みをした。計画表によると、次はここに超能力者が出現する予定である。
そして、計画表通り、時間通りに超能力者は尾久駅の公衆電話に現れた。
超能力者が通話し終わった後、風間助手は超能力者の肩をぽんぽんと叩いた。
超能力者は、肩を叩かれ驚いた様子だった。肩を叩かれ振り向いた超能力者は、さらにもう一度驚いた。だが、その驚きはあっという間に笑顔に変わった。不気味な笑顔。殺人鬼の笑顔は全くもって信用できないものである。
「すみません、ちょっと話があるので喫茶店行きませんか?尚、私の周りに私の仲間がいますので、そこだけは把握お願いしますね。」
風間助手が超能力者に対して言った。もちろん、風間助手は単独行動をしているので
あーでも言っておかなければ、いつでも殺される可能性は十分有り得る。
「いいですよ。別にあなたを襲う気は今のところありませんよ。」
超能力者の返事は意外にも肯定的なものだった。ただ、「今のところ」というのが非常に怖い。つまり、いつかは襲う可能性もあるよということを暗示している。

尾久駅近くにあるとある小さな喫茶店に超能力者と風間助手は入った。昔ながらの感じで、雰囲気が非常に良く、落ち着く喫茶店である。
席はあまり多くはないが、テーブル席はほとんど空いていた。そのため、彼らはテーブル席へと案内された。
風間助手と超能力者がテーブル席につくと、風間助手が切り込んでいった。
「ここの紅茶、美味しいんですよ。飲みます?」
風間助手は、ここの喫茶店に行ったことなどもちろんない。風間助手の企てとして、超能力者を睡眠薬で眠らせるというものがあった。そのため、カフェイン含有量の多いコーヒーよりも紅茶を飲ませた方が、作戦がより成功しやすいと考えたのである。
「そうなんですか。それじゃあ、お互い紅茶注文しますか?」
超能力者はこの提案にのった。
「それじゃあ、紅茶頼みましょうか。」
超能力者があっさりと、罠に引っかかってくれてると思うと風間助手は、内心笑いが止まらない。うまく自分のペースに巻き込んでいるという風に思い込んでいる。
紅茶が二人のテーブルに届いた時、超能力者は真っ先にトイレへと向かった。
「トイレ行ってくるので、待っててくださいね。あとで乾杯しましょ。」
「え、ええ...」
風間助手は、超能力者という殺人鬼と乾杯するなんてことは当然したくなかった。ただ、超能力者がトイレに行くという好機を迎えた。ゆえに、超能力者を逮捕するためには乾杯は仕方ないという考えである。
それにしても、超能力者は呑気である。本当に彼は殺人犯なのか?人から逃げてるという緊迫感を微塵にも感じない。
超能力者がトイレから帰ってきたあと、席に座ると乾杯を促してきた。
「それじゃ、乾杯。」
本当にこいつは自分の立場分かってるんだろうかと風間助手は疑問に感じた。
超能力者は、用意された紅茶を一気に飲み干した。
超能力者がトイレに行っている間、睡眠薬をしかけた風間助手は、内心しめしめと思っていた。
だが、超能力者は超人離れしているのか全く眠くなる様子がない。
むしろ、何故だろうか。風間助手のまぶたがどんどん重くなる。気づけは、風間助手は既に意識はなかった。逆に風間助手が睡眠薬によってやられたのである。
超能力者が微笑みながら、ポケットから注射器を取り出し、神経毒を風間助手の右腕に注入した。
毒を注入され、風間助手が目を覚ますと、もうそこには超能力者の姿はなかった。
机にあったのは、会計済みのレシートだけ。
神経毒が体に回り始めた時、風間助手は自分の運命を悟った。
せめて、坂田探偵にこの事件のことを伝えねば。彼はその一心で、坂田探偵事務所を目指し、最後の力を振り絞って歩き出した。

喫茶店の古時計の鐘の音が七つ響き渡った。ラッキーセブンとはよくいうが、風間助手はたった一度のチャンスを逃したがために自分の命を落としたのである。

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