ご落胤王子は異世界を楽しむと決めた!WEB版
謁見
モンフォール王国の、今となってはただ一人の国王の妃、イザベラ。
美しい容姿といえるが、リュシアンにはただ冷たい印象しか与えなかった。
もしかしたら、他の心理的な要因も働いているのかもしれないが、表情に滲み出た人となりのようなものを感じたせいかもしれない。
ひどく不愉快そうな顔をしていた。不倶戴天の敵と出会ったからだろうかと、勘繰ったリュシアンだったがイザベラは普段からあまり笑ったことはなかった。
思わず顔を背けたリュシアンに、父が代わって名乗りを挙げていた。
あのまま目を合わせていたら何を言ったかわからない。リュシアンは、咽喉元まで出た言葉を飲み込むのに精一杯だった。
騒めく心情に影響されてか、肩の上のチョビの様子までが少しおかしい。ギチギチと小さく小刻みに震えていたのだ。ここにいてはいけない、直感でそう思った。
「父様、早く行きましょう」
「……あ、ああ」
丁寧にあいさつをして父は踵を返した。リュシアンはといえば、普段の様子とは異なりまるで礼儀のなっていない子供のような態度だった。
「ごめんね、エドガー王子、また今度」
エドガーにだけ挨拶して、リュシアンたちは衛兵に付き添われるようにして謁見の間の扉へと向かった。エドガーの残念そうな視線と、イザベラの刺さるような視線を背中に感じていた。
謁見の間には、階段状に登った高い位置にある大げさな玉座があった。豪華なマントに身を包んだ壮齢の男性ががこちらを見下ろすようにして座っている。
父が臣下の礼を取るのに、リュシアンもそれに倣った。その後、二人とも顔を上げて陛下と目を合わせる。
(なるほど…、僕と面影が重なるね。正確には、僕が陛下に似ているんだろうけれど)
「ほう…、そちがリュシアンか。確かにな、シャーロットに生き写しだ」
リュシアンは覚えてないけれど、シャーロットは本当の母で、育ての母アナスタジアの実の姉である。
今更ながら、そこまで考えて育ての母とは血の繋がりがあるのだと再確認するに至った。衝撃の告白が強烈すぎて、こんな当たり前のことにようやく気が付いた。
そして、今の家族と少しでも血の繋がりがあることは、リュシアンにはなんだかすごく救いのような気がした。
「エヴァリストよ、聞いておるぞ。どうやらとんでもない麒麟児のようだな」
「は、恐れ入ります。我が息子ながら目を見張る成長かと」
お為ごかしの陛下の言葉に、けれどエヴァリストは臆面もなくそう答えた。
笑顔のまま、ピクリと国王の眉が跳ね上がる。
「…不敬だぞ、余の息子じゃ」
息子を蚊帳の外へと置いて、早々に見えない火花を散らせている父親二人にちょっとだけ溜息をつく。
「陛下」
突然口を開いたリュシアンに、二人は驚いたように振り向いた。本人を忘れていたわけではないと信じたいが、とりあえず今日ここに呼ばれた理由を改めて聞いた。もちろん、ここに至るまでにそれなりに事の顛末を知り、今回の召喚の理由は理解したつもりだ。
リュシアンの無事の確認、これからの立ち位置、それから暗殺の犯人について……。
国交やそのほかのパワーバランスの関係で、おいそれと犯人のあぶり出しもできなかったようだが、さすがにここ数か月で生命の危機が二回もあれば見過ごすことはできなかったのだろう。
「確かに、これ以上無用に命を狙われるのは望むところではありません。一つ伺いたいのですが、僕の継承権はどうなっているのでしょうか?また、それを放棄することはできますか?」
矢継ぎ早に告げるリュシアンに、国王もエヴァリストも思わずあっけにとられた。
エヴァリストはリュシアンが犯人に目星をつけていることも、そして息子が人並み外れて大人びていることはわかっていたが、それでも驚かずにはいられなかった。
何もかもを飲み込んで、彼は身を引こうとしているのだ。おそらく、先ほど出会ったエドガーのことも要因の一つだろう。
母の罪を、息子が贖うことになる。
むろん、彼女はその息子の為にしているつもりなのだろうが、つきつめればやはり自分の為、エゴに他ならない。
「王室にも法はある。未成年の王族は、継承権の放棄を勝手にはできない。もちろん、余が決めれば廃嫡はできるがな」
国王は、小さくため息をついてエヴァリストを経由してリュシアンを見た。廃嫡という言葉の意味を、たぶん正しく理解しているのだろう。さすがに頓着を見せたリュシアンだったが、すぐに顔を上げて口を開いた。
「では…、…」
「余は、お前を廃嫡する気はないぞ」
かぶせるようにして、国王はピシャリと言い放った。
今までもリュシアンを守るためにいろいろと手はうってきたが、実際に離れて暮らしては手が届かないこともある。また犯人を明確にする完全なる証拠も出てこないため、これまでは二の足を踏んでいた。
けれど、やはり国王も人の子である。愛しく想った美しい妻の面差しを持つ、この利発で思慮深い少年を目の当たりにしては手放すことは考えられなかった。
「陛下には、行方不明ではありますが王太子も、そしてエドガー殿下もおります」
リュシアンを援護するように口を挟んだエヴァリストに、国王は微妙にズレたことで喰ってかかった。
「だからなんじゃ、そちとて息子が上に二人もおろうが。このうえ余の息子までも取り上げるつもりか」
(いやいや、何言ってんのこの王様は。もとより伯爵家三男を辞めるつもりはないからね)
もちろん賢明なリュシアンは声に出しては言わなかったが、心の中で盛大に突っ込んだ。
ともあれ、真剣に頭を抱えることになった。
継承権を放棄したからといって、リュシアンが生きている限りイザベラにとっては目の上のタンコブかもしれないけれど、それでも多少なりとも脅威ではなくなるだろう。
それなりに丸く収まるかと思ったのだが、まさかここまでリュシアンに拘るとは本人さえ予測し得なかった事である。
この謁見は、陛下にとってある意味で決意を固めるためのものだったのだ。
なにしろ第二王子の母であるイザベラの失脚は、国や重臣たちの微妙な力関係を崩しかねない。また国交のある妃の国との貿易にも関わってくる。
それらをすべてを天秤にかけ、彼女を処断するかどうかという…、その決断をする為に。
美しい容姿といえるが、リュシアンにはただ冷たい印象しか与えなかった。
もしかしたら、他の心理的な要因も働いているのかもしれないが、表情に滲み出た人となりのようなものを感じたせいかもしれない。
ひどく不愉快そうな顔をしていた。不倶戴天の敵と出会ったからだろうかと、勘繰ったリュシアンだったがイザベラは普段からあまり笑ったことはなかった。
思わず顔を背けたリュシアンに、父が代わって名乗りを挙げていた。
あのまま目を合わせていたら何を言ったかわからない。リュシアンは、咽喉元まで出た言葉を飲み込むのに精一杯だった。
騒めく心情に影響されてか、肩の上のチョビの様子までが少しおかしい。ギチギチと小さく小刻みに震えていたのだ。ここにいてはいけない、直感でそう思った。
「父様、早く行きましょう」
「……あ、ああ」
丁寧にあいさつをして父は踵を返した。リュシアンはといえば、普段の様子とは異なりまるで礼儀のなっていない子供のような態度だった。
「ごめんね、エドガー王子、また今度」
エドガーにだけ挨拶して、リュシアンたちは衛兵に付き添われるようにして謁見の間の扉へと向かった。エドガーの残念そうな視線と、イザベラの刺さるような視線を背中に感じていた。
謁見の間には、階段状に登った高い位置にある大げさな玉座があった。豪華なマントに身を包んだ壮齢の男性ががこちらを見下ろすようにして座っている。
父が臣下の礼を取るのに、リュシアンもそれに倣った。その後、二人とも顔を上げて陛下と目を合わせる。
(なるほど…、僕と面影が重なるね。正確には、僕が陛下に似ているんだろうけれど)
「ほう…、そちがリュシアンか。確かにな、シャーロットに生き写しだ」
リュシアンは覚えてないけれど、シャーロットは本当の母で、育ての母アナスタジアの実の姉である。
今更ながら、そこまで考えて育ての母とは血の繋がりがあるのだと再確認するに至った。衝撃の告白が強烈すぎて、こんな当たり前のことにようやく気が付いた。
そして、今の家族と少しでも血の繋がりがあることは、リュシアンにはなんだかすごく救いのような気がした。
「エヴァリストよ、聞いておるぞ。どうやらとんでもない麒麟児のようだな」
「は、恐れ入ります。我が息子ながら目を見張る成長かと」
お為ごかしの陛下の言葉に、けれどエヴァリストは臆面もなくそう答えた。
笑顔のまま、ピクリと国王の眉が跳ね上がる。
「…不敬だぞ、余の息子じゃ」
息子を蚊帳の外へと置いて、早々に見えない火花を散らせている父親二人にちょっとだけ溜息をつく。
「陛下」
突然口を開いたリュシアンに、二人は驚いたように振り向いた。本人を忘れていたわけではないと信じたいが、とりあえず今日ここに呼ばれた理由を改めて聞いた。もちろん、ここに至るまでにそれなりに事の顛末を知り、今回の召喚の理由は理解したつもりだ。
リュシアンの無事の確認、これからの立ち位置、それから暗殺の犯人について……。
国交やそのほかのパワーバランスの関係で、おいそれと犯人のあぶり出しもできなかったようだが、さすがにここ数か月で生命の危機が二回もあれば見過ごすことはできなかったのだろう。
「確かに、これ以上無用に命を狙われるのは望むところではありません。一つ伺いたいのですが、僕の継承権はどうなっているのでしょうか?また、それを放棄することはできますか?」
矢継ぎ早に告げるリュシアンに、国王もエヴァリストも思わずあっけにとられた。
エヴァリストはリュシアンが犯人に目星をつけていることも、そして息子が人並み外れて大人びていることはわかっていたが、それでも驚かずにはいられなかった。
何もかもを飲み込んで、彼は身を引こうとしているのだ。おそらく、先ほど出会ったエドガーのことも要因の一つだろう。
母の罪を、息子が贖うことになる。
むろん、彼女はその息子の為にしているつもりなのだろうが、つきつめればやはり自分の為、エゴに他ならない。
「王室にも法はある。未成年の王族は、継承権の放棄を勝手にはできない。もちろん、余が決めれば廃嫡はできるがな」
国王は、小さくため息をついてエヴァリストを経由してリュシアンを見た。廃嫡という言葉の意味を、たぶん正しく理解しているのだろう。さすがに頓着を見せたリュシアンだったが、すぐに顔を上げて口を開いた。
「では…、…」
「余は、お前を廃嫡する気はないぞ」
かぶせるようにして、国王はピシャリと言い放った。
今までもリュシアンを守るためにいろいろと手はうってきたが、実際に離れて暮らしては手が届かないこともある。また犯人を明確にする完全なる証拠も出てこないため、これまでは二の足を踏んでいた。
けれど、やはり国王も人の子である。愛しく想った美しい妻の面差しを持つ、この利発で思慮深い少年を目の当たりにしては手放すことは考えられなかった。
「陛下には、行方不明ではありますが王太子も、そしてエドガー殿下もおります」
リュシアンを援護するように口を挟んだエヴァリストに、国王は微妙にズレたことで喰ってかかった。
「だからなんじゃ、そちとて息子が上に二人もおろうが。このうえ余の息子までも取り上げるつもりか」
(いやいや、何言ってんのこの王様は。もとより伯爵家三男を辞めるつもりはないからね)
もちろん賢明なリュシアンは声に出しては言わなかったが、心の中で盛大に突っ込んだ。
ともあれ、真剣に頭を抱えることになった。
継承権を放棄したからといって、リュシアンが生きている限りイザベラにとっては目の上のタンコブかもしれないけれど、それでも多少なりとも脅威ではなくなるだろう。
それなりに丸く収まるかと思ったのだが、まさかここまでリュシアンに拘るとは本人さえ予測し得なかった事である。
この謁見は、陛下にとってある意味で決意を固めるためのものだったのだ。
なにしろ第二王子の母であるイザベラの失脚は、国や重臣たちの微妙な力関係を崩しかねない。また国交のある妃の国との貿易にも関わってくる。
それらをすべてを天秤にかけ、彼女を処断するかどうかという…、その決断をする為に。
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