風の精霊王の気ままな旅
6話-2
6話-2
「もうそいつは何も出来ないから大丈夫だよ。安心してね」
そう告げると、クレスは顔をうつむかせて身体をプルプルと震わせて––僕に殴りかかってきた。
その瞬間、世界の動きが突然スローモーションになり、そのためクレスの動きもそれに合わせて遅くなる。
……これは僕が戦闘を行ったとき、勝手に発動してしまう魔法だ。ちなみに制御不可能。
この魔法の効果は単純で、「僕自身を加速させる」というものだ。
もっと詳しくいうと、この世界の時間軸と僕の時間軸をずらして、僕のありとあらゆる動作等を加速させる。
常人がこれを使ったらどうなるか。
その結論だけ言うと、使った瞬間に老衰で死ぬ。
理由はさっき言ったこの魔法の効果を見ればわかると思う。
……つまり、不老不死系統のスキル持ちでないと使えない。
––足を一歩引けば避けられるであろうクレス拳。
しかし僕は敢えてそれを避けずに顔面で受け止めることにした。
だってクレスがいきなりそんな行動に出るということは、僕の行動に非があったってことだ。
ここで避けたりなんかしたらもっと怒ってしまうかもしれないからね。
クレスの拳は見事に僕の顔面にクリーンヒットした。
怒りかはたまた別の感情からか、それに身を任せて僕を殴ってしまったんだろう。
彼は顔をハッとさせ、すぐさま拳を引いて泣きそうな顔になった。
……なんで僕を殴って泣きそうになってるんだろう?
僕がクレスを殴ったならわかるけど、一体どういうこと……?
人間だったときには分かっていたはずの、人間の論理。
それがわからなくなっていることに、このとき僕はなぜか違和感を覚えなかった。
「……ごめん」
「特に外傷も痛みもないし、大丈夫だよ。それに非は僕にあるみたいだし」
外傷や痛みもないというのは、決してやせ我慢などではない。
だって彼の拳に秘められていた運動エネルギーは、勝手に風が全部打ち消してしまったから。
うん。本当に、つまらない。
「ところでどうしていきなり僕に殴りかかってきたんだい?」
そう聞くとクレスはまた顔をうつむかせて、ギュッと拳を握った。
僕自身に非があるとわかっていても、何が悪かったのかわからないからね。
「……まともに戦闘の訓練をしたことがないのに、あんな化け物と戦わされるなんて––って思ったら気づいたらお前を殴ってた。……ごめん」
「……?命の保証はされていたのに、キミはそれで怒るのかい?」
「そりゃそうだろ。命の保証がされていたとしても、危険な目にあわされたのには変わりねえんだから」
「……ふむ」
うーん、やっぱりよくわからないな。
なんで命の保証はされていたのに、そして生きているのに、殺されそうになって怖かったってだけで怒りを覚えるなんて。
殺されそうになってそれに恐怖を覚えるということは、自分が今生きているということを実感できる素晴らしい事じゃないか。
だというのになんで、クレスは怒って殴ってきたのか。
それが僕にはわからなかった。
「まあ、うん。"殺されるかもしれない"という瞬間を体験できただろう?そしてキミはそれで折れなかった。ということは戦う上で必要不可欠な素質はあるということだ」
「……それはそうだろうけど」
「それにキミがどこに重点を置いて鍛錬すべきか、確認できたしね」
クレスが重点を置いて鍛錬すべきなのは「精神」と「魔法」で決まりだね。
肉体の強化は僕が与えた有り余る魔力ですればいいし、体力も同様だ。
魔力による肉体等の強化は魔法じゃないから、魔法が使えない空間でも使えるからね。
鎖術に関しては何もする必要はないだろう。
だって適当に放てば勝手に相手を捕まえてくれるし。
どんな状況においても動じない精神と、有り余る魔力による魔法があれば、大半のものには勝てるだろう。
……〈自由と栄光の鎖〉に捕まれば僕でも脱出は難しいだろうし。
「ま、鍛錬は帝国についてからだ。冒険者になってキミの生活費稼ぎと実践を積みながら、鍛錬をして強くなろうじゃないか」
そう言って話を締めくくろうとすると、クレスが暗い表情を一転させて急に明るい表情になり、僕の肩を掴んで揺さぶってきた。
「オレが冒険者になれるのか?!あの、冒険者に?」
え、なに。冒険者ってそんなに憧れの存在なの?
「え、うん。なれると思うよ。あの組織は来るもの拒まず去るもの追わずがポリシーだったはずだし」
500年前の話だから心配になって風の精霊に調べてもらったけど、やっぱり変わってなかった。
500年前と変わっていたのは何やら裏ギルドとかいう怪しげなものが増えていたのと、E、D、C、B、Aの5つのランクの上にSランクとEXランクが加えられていたことくらいだ。
ちなみにEXランクは1人、Sランクは5人しかこの世界にいないらしい。
それだけ審査が厳しいってことかな。
「え、でも爺ちゃんは冒険者はすんごい力を持っている人じゃないとなれないって言ってたぞ?」
訝しむような目を向けてきたクレスに、僕は首を傾げて
「ふむ?冒険者はたとえまともに訓練をした事のない子供でもなれるよ。流石に町の外に出る依頼は受けられないらしいけど」
と言った。
んー、どういうことだろう。
仮にも賢者と呼ばれていたクレスのお爺さんが、冒険者ギルドの仕組みについて知らないとは思えないけど……。
意図的に間違った情報を教えたのかな?となるとクレスのお爺さんはクレスが冒険者になって欲しくなかったってことになるけど。
「世界の記憶」にもそのお爺さんについてのこれと言った情報はないし。
このとき僕はそのお爺さんが世界の記憶の情報を書き換えたのでは?と疑ってみたが、そもそも人間たちには情報––つまり情報子を扱う権限は与えられていないので、その考えは打ち捨てた。
まあ今はそのことを気にする必要はないだろう。
……一応風の精霊にそれについての情報を探るようには命令したけどね。
「あ、でもオレお金持ってないぞ?町に入る時とか冒険者登録するときのお金はどうするんだ?」
「大丈夫だよ。それくらいのお金なら僕が持ってる」
心配そうに言ってきたクレスにそう告げると、彼は子どもみたいに––いや、子どもだったね––はしゃぎだした。
……というか多分、冒険者ギルドの登録料は貸し出しを行ってると思うんだよね。じゃないと小さな子供が登録できるはずがないし。
まあ僕がお金持ってるし、借りる必要はないけどね。
なんで持っているのかというと、空間魔法〈宝物庫〉の中に、金貨と思われる通貨がたくさん入っていたのだ。
おそらく、というより絶対先代から引き継がれたものだろう。
とはいってもこれは登録のときと彼の身なりを整えるときと、そして非常時以外には手をつけないつもりだ。
だってこれを好きに使ったりして、もしクレスが冒険者の仕事をしなくなったらつまらなくなっちゃうじゃないか。
あ、ちなみに通貨をイコール円にすると、金貨1枚=1万円、鉄貨1枚=10円、銅貨1枚=100円、銀貨1枚=1000円、白銀貨1枚5000円となる。
金貨の上に100万円相当の白金貨というものがあるらしいけど、大口の取引や竜などの討伐報酬くらいにしか使われることがないらしい。
んー、そういえば精霊王たちの真名はいくらで売れたのかな?
とっても、気になるなぁ。
「よっしゃ!シルフィード、こうしちゃいられねえ!早く共和国に行こうぜ!」
先ほど泣きそうになっていた子供とは思えないほどの目の輝かせっぷり。
僕は内心苦笑しつつ、彼の手を取った。
「もうそいつは何も出来ないから大丈夫だよ。安心してね」
そう告げると、クレスは顔をうつむかせて身体をプルプルと震わせて––僕に殴りかかってきた。
その瞬間、世界の動きが突然スローモーションになり、そのためクレスの動きもそれに合わせて遅くなる。
……これは僕が戦闘を行ったとき、勝手に発動してしまう魔法だ。ちなみに制御不可能。
この魔法の効果は単純で、「僕自身を加速させる」というものだ。
もっと詳しくいうと、この世界の時間軸と僕の時間軸をずらして、僕のありとあらゆる動作等を加速させる。
常人がこれを使ったらどうなるか。
その結論だけ言うと、使った瞬間に老衰で死ぬ。
理由はさっき言ったこの魔法の効果を見ればわかると思う。
……つまり、不老不死系統のスキル持ちでないと使えない。
––足を一歩引けば避けられるであろうクレス拳。
しかし僕は敢えてそれを避けずに顔面で受け止めることにした。
だってクレスがいきなりそんな行動に出るということは、僕の行動に非があったってことだ。
ここで避けたりなんかしたらもっと怒ってしまうかもしれないからね。
クレスの拳は見事に僕の顔面にクリーンヒットした。
怒りかはたまた別の感情からか、それに身を任せて僕を殴ってしまったんだろう。
彼は顔をハッとさせ、すぐさま拳を引いて泣きそうな顔になった。
……なんで僕を殴って泣きそうになってるんだろう?
僕がクレスを殴ったならわかるけど、一体どういうこと……?
人間だったときには分かっていたはずの、人間の論理。
それがわからなくなっていることに、このとき僕はなぜか違和感を覚えなかった。
「……ごめん」
「特に外傷も痛みもないし、大丈夫だよ。それに非は僕にあるみたいだし」
外傷や痛みもないというのは、決してやせ我慢などではない。
だって彼の拳に秘められていた運動エネルギーは、勝手に風が全部打ち消してしまったから。
うん。本当に、つまらない。
「ところでどうしていきなり僕に殴りかかってきたんだい?」
そう聞くとクレスはまた顔をうつむかせて、ギュッと拳を握った。
僕自身に非があるとわかっていても、何が悪かったのかわからないからね。
「……まともに戦闘の訓練をしたことがないのに、あんな化け物と戦わされるなんて––って思ったら気づいたらお前を殴ってた。……ごめん」
「……?命の保証はされていたのに、キミはそれで怒るのかい?」
「そりゃそうだろ。命の保証がされていたとしても、危険な目にあわされたのには変わりねえんだから」
「……ふむ」
うーん、やっぱりよくわからないな。
なんで命の保証はされていたのに、そして生きているのに、殺されそうになって怖かったってだけで怒りを覚えるなんて。
殺されそうになってそれに恐怖を覚えるということは、自分が今生きているということを実感できる素晴らしい事じゃないか。
だというのになんで、クレスは怒って殴ってきたのか。
それが僕にはわからなかった。
「まあ、うん。"殺されるかもしれない"という瞬間を体験できただろう?そしてキミはそれで折れなかった。ということは戦う上で必要不可欠な素質はあるということだ」
「……それはそうだろうけど」
「それにキミがどこに重点を置いて鍛錬すべきか、確認できたしね」
クレスが重点を置いて鍛錬すべきなのは「精神」と「魔法」で決まりだね。
肉体の強化は僕が与えた有り余る魔力ですればいいし、体力も同様だ。
魔力による肉体等の強化は魔法じゃないから、魔法が使えない空間でも使えるからね。
鎖術に関しては何もする必要はないだろう。
だって適当に放てば勝手に相手を捕まえてくれるし。
どんな状況においても動じない精神と、有り余る魔力による魔法があれば、大半のものには勝てるだろう。
……〈自由と栄光の鎖〉に捕まれば僕でも脱出は難しいだろうし。
「ま、鍛錬は帝国についてからだ。冒険者になってキミの生活費稼ぎと実践を積みながら、鍛錬をして強くなろうじゃないか」
そう言って話を締めくくろうとすると、クレスが暗い表情を一転させて急に明るい表情になり、僕の肩を掴んで揺さぶってきた。
「オレが冒険者になれるのか?!あの、冒険者に?」
え、なに。冒険者ってそんなに憧れの存在なの?
「え、うん。なれると思うよ。あの組織は来るもの拒まず去るもの追わずがポリシーだったはずだし」
500年前の話だから心配になって風の精霊に調べてもらったけど、やっぱり変わってなかった。
500年前と変わっていたのは何やら裏ギルドとかいう怪しげなものが増えていたのと、E、D、C、B、Aの5つのランクの上にSランクとEXランクが加えられていたことくらいだ。
ちなみにEXランクは1人、Sランクは5人しかこの世界にいないらしい。
それだけ審査が厳しいってことかな。
「え、でも爺ちゃんは冒険者はすんごい力を持っている人じゃないとなれないって言ってたぞ?」
訝しむような目を向けてきたクレスに、僕は首を傾げて
「ふむ?冒険者はたとえまともに訓練をした事のない子供でもなれるよ。流石に町の外に出る依頼は受けられないらしいけど」
と言った。
んー、どういうことだろう。
仮にも賢者と呼ばれていたクレスのお爺さんが、冒険者ギルドの仕組みについて知らないとは思えないけど……。
意図的に間違った情報を教えたのかな?となるとクレスのお爺さんはクレスが冒険者になって欲しくなかったってことになるけど。
「世界の記憶」にもそのお爺さんについてのこれと言った情報はないし。
このとき僕はそのお爺さんが世界の記憶の情報を書き換えたのでは?と疑ってみたが、そもそも人間たちには情報––つまり情報子を扱う権限は与えられていないので、その考えは打ち捨てた。
まあ今はそのことを気にする必要はないだろう。
……一応風の精霊にそれについての情報を探るようには命令したけどね。
「あ、でもオレお金持ってないぞ?町に入る時とか冒険者登録するときのお金はどうするんだ?」
「大丈夫だよ。それくらいのお金なら僕が持ってる」
心配そうに言ってきたクレスにそう告げると、彼は子どもみたいに––いや、子どもだったね––はしゃぎだした。
……というか多分、冒険者ギルドの登録料は貸し出しを行ってると思うんだよね。じゃないと小さな子供が登録できるはずがないし。
まあ僕がお金持ってるし、借りる必要はないけどね。
なんで持っているのかというと、空間魔法〈宝物庫〉の中に、金貨と思われる通貨がたくさん入っていたのだ。
おそらく、というより絶対先代から引き継がれたものだろう。
とはいってもこれは登録のときと彼の身なりを整えるときと、そして非常時以外には手をつけないつもりだ。
だってこれを好きに使ったりして、もしクレスが冒険者の仕事をしなくなったらつまらなくなっちゃうじゃないか。
あ、ちなみに通貨をイコール円にすると、金貨1枚=1万円、鉄貨1枚=10円、銅貨1枚=100円、銀貨1枚=1000円、白銀貨1枚5000円となる。
金貨の上に100万円相当の白金貨というものがあるらしいけど、大口の取引や竜などの討伐報酬くらいにしか使われることがないらしい。
んー、そういえば精霊王たちの真名はいくらで売れたのかな?
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