風の精霊王の気ままな旅
1話 死亡、からの転生
1話
僕––––風間風雅は、現在家族で渋谷に通じている高速道路の上を車で走っている。その理由は3年ほど前に亡くなったおばあちゃんのお墓参りである。なぜ故郷でもない渋谷をおばあちゃんの墓地にしたのか、理解に苦しんだ。
正直言って僕は都会なんか嫌いだ。友人から聞いた話だと、排気ガスと化粧香水などのくっさい臭いがそこら中に充満しているらしい。そんなところ、好き好んで行くはずがないだろう。だからといって、一人で家にいてもやることがない。
僕は顔をむすっとさせて、助手席の窓から外を覗く。
あんなに生い茂っていた草木は見る影もなく、今はガードレールやら防音壁、そして走っている車だけが目に入る。
父親はむくれている僕をみて、苦笑を浮かべていた。楓はいまかいまかと目をキラキラと輝かせている。完全にお墓参りに来たということを忘れてしまっているようだ。母親は、そんな楓を見て目を細めて笑っていた。
僕はイライラという気持ちと同時に、このような父がいて、母がいて、楓がいる、そんな日々が続いてほしい、そんな気持ちが心のどこかにあった。
「ねえ、ねえ。お父さん、もうそろそろ着く?」
「そうあせるなあせるな。渋谷まではあと二十分くらいかな。なぜか珍しく空いているしね」
身を乗り出して話しかけてくる楓を、父親は少し顔を後ろに向けて諌める。そう、今日はなぜか高速道路がとても、というわけではないが空いているのだ。
僕ははぁ、とため息をついた。僕は窓を覗くのをやめて、真正面に向く。
「…………は?」
僕の目に入ってきたのは、すぐ目の前に迫るトラックと、虚ろな目をしている、まるで気絶しているかのようなトラックの運転手だった。
メキョッ
そんな音とともに、僕の体に凄まじい痛みと、衝撃が走った。
––––気がつくと僕は、路上に仰向けで倒れていた。全身が動かない。全身がまるで鈍器で殴られているかのように痛い。寒い、熱い。視界がぼやけてくる。
誰かが僕の体を揺すっているのか、振動が伝わってくる。父だろうか。いや、あのトラックは正面から突進してきた。おそらく生きていないだろう。
「––––おにいちゃんっ!し–––––で!」
この声は……、楓だろうか。なんで、僕のそばにいるんだろう。車とトラックの衝突だ。エンジンに火がついてあたりは火の海になっているはず。なのに、なんで楓は僕のそばにいるんだろう。
「お願い!あと少しで、病院に着くから!お願い、諦めないでっ!お願いだからぁ……!目を、閉じないで……!」
ああ、熱い、熱い。きっと僕の周りは火の海になっているんだろう。楓は逃げてくれたかな。後ろの座席に彼女は座っていたはずだ。僕よりは比較的軽傷だろう。
それにしても、めちゃくちゃ眠い……。いまここで寝たら、とても気持ち良く眠れそうだ。
「先生っ!事故で重症者がっ!」
「話は聞いている。急げっ!」
「おにいちゃんっ!」
きっとこれが、「死」なのだろう。とても、なんだか心地がいい。もう、眠っちゃおうか。きっとお母さんが起こしてくれるはずだから…。
僕は静かに、まぶたを落としていく。
「っ!風雅くん!ダメだ!目を閉じてはいけない!」
そして僕の意識は、暗い暗い闇の中へと消えていった。
無慈悲にも、助かると、信じていたものたちの希望を打ち砕いて。
『見つけた』
目が、覚めた。絶対に眼が覚めるはずのなかった僕の目が、覚めたのだ。
自分がどこにいるかを知るために、僕は辺りを見回す。
僕は、果ての見えない水面––––そう、まるで海のような場所にいた。普通ならば法則に従って僕の体は沈んでいくはずなのだが、不思議なことに沈まずに、まるで地面のように歩くことができる。
どうなってるんだろう。そう思った僕はその歩くことのできる水面に触れようとして––––自らの腕が透けていることに気づいた。
「…………え」
よく見ると、自分の手も、足も、胴体も。全てがまるでお化けのように透けていた。
「ひっ?!」
どうなっている?!僕は透けている両手を合わせようとして––––手は合わさることはなく、するりとすり抜けてしまった。
パニックを起こしている僕に、どこからか声をかけられた。
『……落ち着いて?』
その一言だけで、あんなにもパニックを起こしていた僕の頭はスッキリとして、なぜか気分が落ち着いた。
落ち着いて冷静さを取り戻した僕は、たった今聞こえた声の主人を探すことにした。
僕が顔を上げると––––
「うわっ?!」
僕のすぐ目の前に、絶世の美女といっても過言ではないほどの、女の人がいた。
グリーンエメラルド色をした髪に瞳。肌は透き通るように白くて、服はしっかりと等身にあった白色のワンピースを着ている。耳は僕と違って尖っていて、人間ではないのだろうと推測がつく。
「……どなた、でしょうか」
僕は目の前にいる女性に、何者かと問う。その女性から帰ってきた答えは、
『…私の名前は【風の精霊王】シルフィード。よろしくね』
というものだった。
その言葉を聞いた時、もしかしたらあの事故もこれも全部が夢なのではないかと疑った。
しかし夢がこんなリアリティに溢れているわけないだろうと、その考えを切り捨てる。
「……で、シルフィードさんと僕は、なんでこんなところにいるのでしょうか」
『……私がここに呼んだから』
シルフィードさんは淡々と、僕にそう告げる。
『…私は、私の後継者になり得るものを探していた』
「…つまり、その後継者が僕なんですか?」
シルフィードさんは、こくんと首を縦に振った。
『どうか、私の後継者になってくれませんか?』
「……詳細を、聞かせてください」
––––風の精霊とは、世間一般的には「自由気まま」に色々な場所をフラフラと移動する精霊として伝えられている。しかし、実際のところは違う。
そう見せかけて風の精霊たちは、《世界の記憶》に世界の出来事を記録するという、仕事をこなしていた。
世界は生きている。しかし、その世界で起こったことを勝手に記録してくれるという便利機能は持ち合わせていない。
そのため風の精霊たちは、【創造主】から世界の出来事を【世界の記憶】に記録するという使命を与えられた。
そして「風の精霊王」の仕事は二つある。一つは風の精霊たちと同じ。もう一つは「世界の記憶」の管理である。風の精霊王だけは、「世界の記憶」にアクセスすることができ、その情報を共有することができる。
––––僕の下した決断は、了承というものだった。
どうせ一度は尽きてしまった命だ。何かの役に立てるなら、それもまたいいだろう。
僕がその旨を伝えると、シルフィードさんは笑顔で喜んでくれた。
「で、僕はその後継者になるために何をすればいいんですか?」
僕が尋ねると、シルフィードさんは名前を私にくれればいい、と僕に言った。僕はその言葉に対し首を縦に振る。
それを確認したシルフィードさんは、満足そうに笑い、静かに目を閉じた。
『汝は名《風間風雅》を失い、新たに私が汝に《シルフィード》の名を与える』
すると彼女の胸のあたりから、キラキラと光る半透明な球体が現れた。それはそのまま僕の胸へと吸い込まれていった。
そしてその瞬間、僕は自分のすべきこと、力の使い方を全て理解した。これが、《継承》というものだろう。
それを見届けた彼女は、ニッコリと笑って最後に、真名を知られてはならないと告げてきた。
僕の真名は…、【クレシェンド・シルフ・エリアル・ウィンディア】というものだった。
『もし君の真名を他の生命体に知られた場合、君は行動権をそのものに奪われてしまうから、注意してね?』
「わかりました」
僕が彼女に大丈夫だということを告げると、突然強烈な眠気が僕を襲ってきた。
僕は抗えないそれに、意識を失ってしまった。
『……名前は、力を持つ』
僕––––風間風雅は、現在家族で渋谷に通じている高速道路の上を車で走っている。その理由は3年ほど前に亡くなったおばあちゃんのお墓参りである。なぜ故郷でもない渋谷をおばあちゃんの墓地にしたのか、理解に苦しんだ。
正直言って僕は都会なんか嫌いだ。友人から聞いた話だと、排気ガスと化粧香水などのくっさい臭いがそこら中に充満しているらしい。そんなところ、好き好んで行くはずがないだろう。だからといって、一人で家にいてもやることがない。
僕は顔をむすっとさせて、助手席の窓から外を覗く。
あんなに生い茂っていた草木は見る影もなく、今はガードレールやら防音壁、そして走っている車だけが目に入る。
父親はむくれている僕をみて、苦笑を浮かべていた。楓はいまかいまかと目をキラキラと輝かせている。完全にお墓参りに来たということを忘れてしまっているようだ。母親は、そんな楓を見て目を細めて笑っていた。
僕はイライラという気持ちと同時に、このような父がいて、母がいて、楓がいる、そんな日々が続いてほしい、そんな気持ちが心のどこかにあった。
「ねえ、ねえ。お父さん、もうそろそろ着く?」
「そうあせるなあせるな。渋谷まではあと二十分くらいかな。なぜか珍しく空いているしね」
身を乗り出して話しかけてくる楓を、父親は少し顔を後ろに向けて諌める。そう、今日はなぜか高速道路がとても、というわけではないが空いているのだ。
僕ははぁ、とため息をついた。僕は窓を覗くのをやめて、真正面に向く。
「…………は?」
僕の目に入ってきたのは、すぐ目の前に迫るトラックと、虚ろな目をしている、まるで気絶しているかのようなトラックの運転手だった。
メキョッ
そんな音とともに、僕の体に凄まじい痛みと、衝撃が走った。
––––気がつくと僕は、路上に仰向けで倒れていた。全身が動かない。全身がまるで鈍器で殴られているかのように痛い。寒い、熱い。視界がぼやけてくる。
誰かが僕の体を揺すっているのか、振動が伝わってくる。父だろうか。いや、あのトラックは正面から突進してきた。おそらく生きていないだろう。
「––––おにいちゃんっ!し–––––で!」
この声は……、楓だろうか。なんで、僕のそばにいるんだろう。車とトラックの衝突だ。エンジンに火がついてあたりは火の海になっているはず。なのに、なんで楓は僕のそばにいるんだろう。
「お願い!あと少しで、病院に着くから!お願い、諦めないでっ!お願いだからぁ……!目を、閉じないで……!」
ああ、熱い、熱い。きっと僕の周りは火の海になっているんだろう。楓は逃げてくれたかな。後ろの座席に彼女は座っていたはずだ。僕よりは比較的軽傷だろう。
それにしても、めちゃくちゃ眠い……。いまここで寝たら、とても気持ち良く眠れそうだ。
「先生っ!事故で重症者がっ!」
「話は聞いている。急げっ!」
「おにいちゃんっ!」
きっとこれが、「死」なのだろう。とても、なんだか心地がいい。もう、眠っちゃおうか。きっとお母さんが起こしてくれるはずだから…。
僕は静かに、まぶたを落としていく。
「っ!風雅くん!ダメだ!目を閉じてはいけない!」
そして僕の意識は、暗い暗い闇の中へと消えていった。
無慈悲にも、助かると、信じていたものたちの希望を打ち砕いて。
『見つけた』
目が、覚めた。絶対に眼が覚めるはずのなかった僕の目が、覚めたのだ。
自分がどこにいるかを知るために、僕は辺りを見回す。
僕は、果ての見えない水面––––そう、まるで海のような場所にいた。普通ならば法則に従って僕の体は沈んでいくはずなのだが、不思議なことに沈まずに、まるで地面のように歩くことができる。
どうなってるんだろう。そう思った僕はその歩くことのできる水面に触れようとして––––自らの腕が透けていることに気づいた。
「…………え」
よく見ると、自分の手も、足も、胴体も。全てがまるでお化けのように透けていた。
「ひっ?!」
どうなっている?!僕は透けている両手を合わせようとして––––手は合わさることはなく、するりとすり抜けてしまった。
パニックを起こしている僕に、どこからか声をかけられた。
『……落ち着いて?』
その一言だけで、あんなにもパニックを起こしていた僕の頭はスッキリとして、なぜか気分が落ち着いた。
落ち着いて冷静さを取り戻した僕は、たった今聞こえた声の主人を探すことにした。
僕が顔を上げると––––
「うわっ?!」
僕のすぐ目の前に、絶世の美女といっても過言ではないほどの、女の人がいた。
グリーンエメラルド色をした髪に瞳。肌は透き通るように白くて、服はしっかりと等身にあった白色のワンピースを着ている。耳は僕と違って尖っていて、人間ではないのだろうと推測がつく。
「……どなた、でしょうか」
僕は目の前にいる女性に、何者かと問う。その女性から帰ってきた答えは、
『…私の名前は【風の精霊王】シルフィード。よろしくね』
というものだった。
その言葉を聞いた時、もしかしたらあの事故もこれも全部が夢なのではないかと疑った。
しかし夢がこんなリアリティに溢れているわけないだろうと、その考えを切り捨てる。
「……で、シルフィードさんと僕は、なんでこんなところにいるのでしょうか」
『……私がここに呼んだから』
シルフィードさんは淡々と、僕にそう告げる。
『…私は、私の後継者になり得るものを探していた』
「…つまり、その後継者が僕なんですか?」
シルフィードさんは、こくんと首を縦に振った。
『どうか、私の後継者になってくれませんか?』
「……詳細を、聞かせてください」
––––風の精霊とは、世間一般的には「自由気まま」に色々な場所をフラフラと移動する精霊として伝えられている。しかし、実際のところは違う。
そう見せかけて風の精霊たちは、《世界の記憶》に世界の出来事を記録するという、仕事をこなしていた。
世界は生きている。しかし、その世界で起こったことを勝手に記録してくれるという便利機能は持ち合わせていない。
そのため風の精霊たちは、【創造主】から世界の出来事を【世界の記憶】に記録するという使命を与えられた。
そして「風の精霊王」の仕事は二つある。一つは風の精霊たちと同じ。もう一つは「世界の記憶」の管理である。風の精霊王だけは、「世界の記憶」にアクセスすることができ、その情報を共有することができる。
––––僕の下した決断は、了承というものだった。
どうせ一度は尽きてしまった命だ。何かの役に立てるなら、それもまたいいだろう。
僕がその旨を伝えると、シルフィードさんは笑顔で喜んでくれた。
「で、僕はその後継者になるために何をすればいいんですか?」
僕が尋ねると、シルフィードさんは名前を私にくれればいい、と僕に言った。僕はその言葉に対し首を縦に振る。
それを確認したシルフィードさんは、満足そうに笑い、静かに目を閉じた。
『汝は名《風間風雅》を失い、新たに私が汝に《シルフィード》の名を与える』
すると彼女の胸のあたりから、キラキラと光る半透明な球体が現れた。それはそのまま僕の胸へと吸い込まれていった。
そしてその瞬間、僕は自分のすべきこと、力の使い方を全て理解した。これが、《継承》というものだろう。
それを見届けた彼女は、ニッコリと笑って最後に、真名を知られてはならないと告げてきた。
僕の真名は…、【クレシェンド・シルフ・エリアル・ウィンディア】というものだった。
『もし君の真名を他の生命体に知られた場合、君は行動権をそのものに奪われてしまうから、注意してね?』
「わかりました」
僕が彼女に大丈夫だということを告げると、突然強烈な眠気が僕を襲ってきた。
僕は抗えないそれに、意識を失ってしまった。
『……名前は、力を持つ』
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