風の精霊王の気ままな旅

ガブガブ

2話 能力を把握しよう

2話






 ドドドドドド………。


 滝が水を打ち付ける音が、僕の耳に入った。僕にとっては聞き慣れた音。何故なら毎年必ず、友人…、あれ…?友人って、なんだっけ……。まあいいや。––––一人で・・・滝壺によく遊びに行っていたからだ。


 そこでようやく、僕は目を覚ました。


 目を開いた僕はまず、ここはどこかを確認する。はじめに目に入ったのは、少し大きめな泉。 僕はその泉のほとりに座り込んでいた。


 泉は崖の下にあるようで、顔を上げて上を見ると、太陽の日差しとともに大量の水が降ってきていた。
 その水は、規則正しく泉の中心へと降ってきている。


 泉の水はあの汚染されて、透明さを失っていたものとは違い、とても透き通っていた。そして僕は、その水面に映った自分の姿を見て、驚愕の表情を浮かべる。


 その姿は本来の自分の姿とは程遠い––––そう、まるであの女性を中性寄りにしたような容姿だった。それでも十分、美少年…、いや美少女か?…そう思ってしまうほどに美しかった。


 …ということは。僕は自分の胸と股間に手を当てる。しかし当然ながら女性のような胸はないし、つい先ほどまであったアレは無くなっていた。


 ……うーん、性別が無性になったっていう解釈でいいのかな?


 まあいいかと僕はそれについて考えることを止める。正直言ってどうでもいいしね。
 そして僕は立ち上がり、今度は泉ではなくその反対側にある大地に目を向ける。


 辺りは草花が咲き乱れていて、まるでガラスで作られたかのような蝶のような生き物が、いたるところをを飛び交っている。
 だが少し奥に目を向けると––––そこには薄暗い森しか存在していなかった。


 どうやら僕はどこかの森の奥地にいるらしい。
 僕がここの情景と、《世界の記憶アカシックレコード》から共有した知識を照合させた結果、ここはこの世界の人々から《精霊の泉》と呼ばれる場所であることがわかった。
 そこらへんを飛び交っているガラスでできた蝶のような生き物は風の下位精霊らしい。
 だから透けているのか…。


 さて、どうしたものか。彼女からこの仕事の後任を任された以上、その仕事は全うしなければならない。
 僕は「世界の記憶」からその「出来事の記録の方法」についての情報を引き出す。


 結果、その方法は知性のある生き物と契約をして、一緒に旅をしたりする、などだった。


 何故わざわざ一緒に旅をするのか、疑問に思った僕はそれについて詳しい情報をさらに引き出した。
 …どうやら【高位精霊】と呼ばれる精霊たちは不便なことに自らの意思で生まれた場所、精霊の泉から出ることができないらしい。
 そして「世界の記憶」とは、風の精霊たちが見たり聞いたりした情報を照らし合わせて、それらを精査して、記録するような仕組みになっているみたいだ。
 つまり一番効率がいいのが契約者とともに旅をするというものだった。
 精霊と契約する以上、何かしらの目的があるから、らしい。


 うん、こんな森の奥深くに人が来ない限り、契約もできないから、仕事が出来ないということだね。…どうしよう。


「まあ、なるようになるかな…」


 まるで女の子のような声色が、僕の口から飛び出てきた。…性別は中性だけど身体的には女性よりなのね…。


 うーん、何をしようかな…。あ、そうだ。僕は「世界の記憶」にアクセスして、自分の使える能力をリストアップした。


 僕の使える能力は、アクティブスキルという欄に【創造魔術:風系統】【風精霊の統率者】、パッシブスキルという欄には【不老不死】【不眠不休】【世界の記憶】というものがあった。


 【創造魔術:風系統】…。使い方はわかっている。どうなるかも一応予想はつく。しかし、使ったことのない力というものには、やっぱり憧れるものなのだ。


 魔力の使い方は本能的に理解していた。僕の魔力が、人々に「神位級」と呼ばれる魔法をたとえ1万発、いや1億発撃ったとしても尽きないことを理解していた。そして自らの魔法が、「初級」と付けられているものでさえ人間たちが「災位級」と読んでいる魔法に匹敵することも、理解していた。


 僕は僕が使える一番弱めの魔法を、そっと唱える。


「〈そよ風〉」


 すると僕の前方位にあった森が、まるで強大な嵐に見舞われたかのような、木は折れ、大地はえぐれるという惨状になっていた。


 僕はその目の前にある惨状を目にしても、未知だった力を使えたという感覚に酔いしれていた。しかしながらそれもつかの間で、すぐにやってしまったという後悔の念が僕に押し寄せる。
 僕は変わり果てた森の一部に手をかざして、


「〈大地は恵みを取り戻し、草木は生命いのちを取り戻す〉」


 と唱えた。すると荒れ果てたはずの大地は、死に絶えたはずの草木は、一瞬にして元の姿を取り戻していた。


 そう、別にスキルの欄に表示されていないからといって、他の魔法が使えないというわけではないのだ。僕にとっては微々たる量だが、当然ながら消費魔力は上がるのだが。


 …うん、もうじゅうぶんかな。僕は一度その力を使ったからか、すでに魔法に対する「興味」を失ってしまっていた。自衛には役に立つだろう程度には思っているのだが。


 魔法については、すでに極めてあると言っても過言ではない。無限にも思える「魔力」で、出来ないことなんてほとんどないのだ。
 魔法は練習せずとも、「魔力」と「知識」さえあれば使えるもののはずなのだ。


 僕は、自分の腕を見た。細く、透き通るような白い肌をした腕。男の人と肉弾戦なんかになったら、すぐにへし折られてしまいそうだ。
 ……そうだ!そこで僕は閃いた。


「どうせ暇なら体を鍛えよう!」


 たとえ精霊が魔力が意思を持った存在であったとしても、肉体を持っている以上は鍛えられるはずだ。
 思いだったら吉日。僕は早速、肉体についての知識や、鍛錬についての知識を模索し始めることにした。


 時間はいくらでもあるのだ。不老不死だしね。タイムリミットは…、人間がここに来るまで。始めようか。


 とりあえず基礎から。僕は腕立て伏せ100回、上体起こしを100回をやることにした。
 …魔法で身体強化をすればいいって?…言わないで、やる気をなくしちゃうから。






 知性のある、風の精霊たちは歓喜した。およそ500年ぶりに、【風の精霊王】が誕生したからだ。
 風の精霊たちは、人間も契約者も気にせずに、騒ぎに騒いで騒ぎまくった。


 精霊王が生まれた!精霊王が生まれた!


 と。
 当然ながら精霊語を理解できる者たちは、その言葉に豆鉄砲をくらったかのような顔をして、すぐさま上の者へと報告をしに向かった。




 ––––とある人間の国の、王の間。




「ご報告いたします。風の精霊どもが、『王が生まれた、王が生まれた』と騒いでおります」


 体の全てを覆い尽くすようなローブを着た一人の男が、一際大きな台座の上に座る男に報告を行っていた。
 その男の横には、煌びやかな装飾が施されたドレスを着た女性と、神々しい雰囲気を放つフルアーマーを着て、腰にも神々しい雰囲気を放つ剣を帯剣した性別不明の何者かが佇んでいたる。


「………余の代でようやくこの時がきたか……。––––すでに光と闇は魔族どもに、水と地は森人どもに、そして火は我らの手にある。他の蛮人どもが二柱の精霊王を手に入れてるのに対して、我々人族は一柱しか手に入れていない。言いたいことはわかるな?––––勇者よ」


 台座に座る男は、チラリとフルアーマーを着ている者––––【勇者】に視線を向けた。
 【勇者】は言葉の代わりに、首を縦に振った。
 それを見た台座に座る男––––名を、アリエスという––––は満足そうに頷いて、報告に来たものに


「下がって良いぞ」


 と告げた。ローブを着た男は何も告げずに、静かにこの王の間から退出していった。


「絶対に手に入れるのだぞ?––––火の王の契約者よ」


 【勇者】もなにも告げずに、この王の間から退出していった。




 ––––とある魔族の国の、魔王の間。




「ふむ、そうか…。人間どもはまた、過ちを繰り返そうとしているのか…」


 頭に二本の漆黒のツノを生やし、全身を黒ずくめの格好をした男が、腕を組んでため息をついていた。


「……魔王様。その格好ダサいのですが」


 その横にいる頭にから一本のツノを生やした、如何にも秘書風な格好をした女性が、無表情で魔王に告げた。


「…えぇ、黒ってカッコよくない?」
「限度があるでしょう?限度が。––––で、今回はどうしますか?火のときのように静観を決め込みますか?」


 また魔王はため息を吐いた。


「それなんだよねー…。火の精霊王はさすがに可哀想な人族に譲ってやったのだが…、バカなことをやらかしているみたいでな…。森人たちが動いてくれるのなら助かるのだが…」
「…なるほど。とりあえずは森人族からの連絡待ちということですね」
「そういうこと」




 ––––とある森人族の国の国王の間。




「今すぐに回収にむかうのじゃ。人族に奪われる前にな」
「かしこまりました」


 頭に冠を被り、黒色のワンピースを着た耳の尖った女性––––風精霊森人族ハイ・エルフの女王、ウィーは静かに目を閉じた。


『王が生まれた!王が生まれた!』


 ウィーのすぐ真横で、風の精霊が騒いでいる。ウィーは一人で騒いでいて悲しくならないのかな、と思いながら


風の上位精霊メレフィーよ。場所は如何に?」
『うーん…、森の奥の精霊の泉ー!』
「森…、森なんぞどこにでもあるじゃろう…」
『王みたいになんでもかんでも知ってるわけじゃないしー』
「まあそうなんじゃが」


 一応魔国に連絡しておくかの。そう思ったウィーは、片手を耳に当て、「魔王」に念話を送った。





















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