風の精霊王の気ままな旅
プロローグ
プロローグ
僕の目の前にある、煌びやかな装飾が施された豪華なベッドに一人の男性が横たわっている。
その男性はすでに動く気力もないのか、体をピクリとも動かさない。
それもそうだ。僕の目の前にいるこの人は、すでに250もの年を過ごしている。
すでに顔や手はしわくちゃで、かつて【英雄王】と謳われた見る影もない。
この部屋には彼と僕以外の人は存在しない。いや、厳密に言えば僕も人ではないのだけれど。
「……クレス、人の限界を超えて生きて、本当になにがしたかったの…?」
「………」
彼はなにも答えてくれない。ただ、虚ろな瞳を虚空へと向けるだけだ。
彼の愛した人はすでに180年ほど前にこの世から去っている。その時の彼の慟哭は、とても見ていられるものではなかった。
僕は泣けない。泣くための器官がない。でも、気持ちを理解することはできた。だからこそ、見ていられなかったのだ。
「君の願いは、巨万の富を得ること。今まで自分のことを見下してきた人たちを見返すこと。女性にモテること、だったよね」
まるで人の欲望を素直にあらわしたような、そんな願い。だからこそ僕は、彼と契約した。馬鹿げた願いを口にできる愚かさ、そして自由さに惹かれたから。
「…全部、全部君の力で叶えたよね。【金の迷宮】を攻略して巨万の富を得て、クレスを見捨てた人たちを、ありとあらゆる力で見返して、愛する人もできて、おまけに自分の国まで作っちゃって」
僕が懐かしげに、目を細めて笑いかけても、やはり彼はなにも返してくれない。
「………ねえ。願いは全部叶ったんだよ?それなのに、どうして転生するための権利を捨ててまで、そんなに長く生きる必要があったの?」
僕はベッドの空いている部分に顔をうずめて、震える手で、彼のしわくちゃな手に触れる。キュッと弱々しい力で彼の手を握ると、それ以上に弱々しい力で、握り返された。
「ッ!クレスッ!」
僕は顔をガバッとあげて、彼の目を見つめる。そこには、先ほどのような虚ろな目ではなくしっかりと光の宿った目があった。
「………すまな、い、な」
彼は僕の目を見据えて、そう言った。
「……なんで、なんで謝るの?ねえ、どうして?」
心がまるで締め付けられているかのように、痛い。
いや、本当はわかっていたんだ。認めたくなかっただけで。彼はもう、死んでしまう。
それなのに彼は、ものすごく穏やかで、そして悔しそうな顔をしていた。
「……お前、を」
彼は掠れる声で、涙を流しながらこう僕に告げた。
「お前を––––お前を一人にして、逝ってしまうことを、許してくれ」
そして彼は静かに息を引き取った。僕はその場に、膝から崩れ落ちた。
扉も窓も開いていないはずなのに、どこからか強い風が吹いてきた。まるで僕が、悲しみを涙に表すことのできない、その代わりに。
僕の目の前にある、煌びやかな装飾が施された豪華なベッドに一人の男性が横たわっている。
その男性はすでに動く気力もないのか、体をピクリとも動かさない。
それもそうだ。僕の目の前にいるこの人は、すでに250もの年を過ごしている。
すでに顔や手はしわくちゃで、かつて【英雄王】と謳われた見る影もない。
この部屋には彼と僕以外の人は存在しない。いや、厳密に言えば僕も人ではないのだけれど。
「……クレス、人の限界を超えて生きて、本当になにがしたかったの…?」
「………」
彼はなにも答えてくれない。ただ、虚ろな瞳を虚空へと向けるだけだ。
彼の愛した人はすでに180年ほど前にこの世から去っている。その時の彼の慟哭は、とても見ていられるものではなかった。
僕は泣けない。泣くための器官がない。でも、気持ちを理解することはできた。だからこそ、見ていられなかったのだ。
「君の願いは、巨万の富を得ること。今まで自分のことを見下してきた人たちを見返すこと。女性にモテること、だったよね」
まるで人の欲望を素直にあらわしたような、そんな願い。だからこそ僕は、彼と契約した。馬鹿げた願いを口にできる愚かさ、そして自由さに惹かれたから。
「…全部、全部君の力で叶えたよね。【金の迷宮】を攻略して巨万の富を得て、クレスを見捨てた人たちを、ありとあらゆる力で見返して、愛する人もできて、おまけに自分の国まで作っちゃって」
僕が懐かしげに、目を細めて笑いかけても、やはり彼はなにも返してくれない。
「………ねえ。願いは全部叶ったんだよ?それなのに、どうして転生するための権利を捨ててまで、そんなに長く生きる必要があったの?」
僕はベッドの空いている部分に顔をうずめて、震える手で、彼のしわくちゃな手に触れる。キュッと弱々しい力で彼の手を握ると、それ以上に弱々しい力で、握り返された。
「ッ!クレスッ!」
僕は顔をガバッとあげて、彼の目を見つめる。そこには、先ほどのような虚ろな目ではなくしっかりと光の宿った目があった。
「………すまな、い、な」
彼は僕の目を見据えて、そう言った。
「……なんで、なんで謝るの?ねえ、どうして?」
心がまるで締め付けられているかのように、痛い。
いや、本当はわかっていたんだ。認めたくなかっただけで。彼はもう、死んでしまう。
それなのに彼は、ものすごく穏やかで、そして悔しそうな顔をしていた。
「……お前、を」
彼は掠れる声で、涙を流しながらこう僕に告げた。
「お前を––––お前を一人にして、逝ってしまうことを、許してくれ」
そして彼は静かに息を引き取った。僕はその場に、膝から崩れ落ちた。
扉も窓も開いていないはずなのに、どこからか強い風が吹いてきた。まるで僕が、悲しみを涙に表すことのできない、その代わりに。
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