少しおかしな聖女さまのVRMMO日常記

ガブガブ

5話

5話






『ほっほっほ。これはこれは【大賢者】殿。なぜお主のようなものがここにおるのじゃ』


「耄碌したかクソジジイ。Ayaの頰の紋章がてめえには見えねえのか?」


 ソニアさんが私の頰に触れてそういうと、白龍は顔を私にぐっと近づけてきました。
 すごい迫力がありますね……。あと息が臭いです。


『ほっほっほ…。ここ数百年ほど弟子を取らなかったお主が、まさか弟子を取るとは思っておらんかったわ』


 白龍は私から顔を遠ざけて、高らかにそう笑いました。


「––––で、ワタシのはじめの質問に答えろ。なんでワタシの弟子モノになにをしようとしていた?」


『ほっほっほ。その前に、こやつらの誤解を解いておいてもいいかの?』


 すると突然、白龍が黒龍に近づき、首から上を噛みちぎり、呑み込んでしまいました。


「……えっ」


 私は突然の白龍の奇行に、思わず呆然としてしまいます。
 白龍はほんの数秒で、黒龍の全てを呑み込んでしまいました。
 ソニアさんは「なるほど」と呟いて、


「Aya、あの耄碌ジジイは白龍や黒龍みたいなちっぽけな存在じゃない。あいつの名前は––––」


『ほっほっほ。儂の名前は【始原の龍ウロボロス】じゃ』


 白龍が一瞬光ったかと思った次の瞬間、白龍は、王冠を頭に被り、一対の翼を生やした首と、ただ無骨な首の二つの首を持つ龍に姿を変えました。


 ……ウロボロス、ですか。たしか全知全能やら生と死を司る、やらさまざまな異名を持つ龍、でしたよね。


 チラリと、くふさんの方を横目で見ると先程とは違い、目をキラキラと輝かせてウロボロスさんを見つめていました。
 …ガゼルさんの脇に抱えられた状態で。


「くふさん、なぜそんなにも嬉しそうなのですか?」


「だって、ウロボロスですよ?【錬金術】の象徴と言ってもいい、あの【賢者の石】ですよ?!」


 くふさんは興奮しているのか、息を荒げています。…ちょっと私にはその言葉の意味がわからないです。


 ガゼルさんは、脇に抱えていたくふさんをそっと地面に下ろして、ソニアさんと同様に、キッと睨みつけながらウロボロスを見上げました。


『ほっほっほ。––––こやつらに何をしようとした、じゃったかの?』


「「そうだ(そうや)」」


 ウロボロスは、はあ、とため息をついて私とくふさんを見つめてきました。
 ……この絶対歯磨いてないでしょう!息が臭すぎます。


 私の隣にいるくふさんも、鼻を抑えていないものの、あまりの臭さに顔を顰めていました。


『なに、儂は新たに生まれた【幻獣の卵】を見にきただけじゃよ』


 …なにやら重要そうな単語が出てきましたね。【幻獣の卵】、ですか。


「……おい耄碌ジジイ。なにを言っているんだお前は。Ayaはすでに身体の成長具合から考えて10歳は超えているぞ?ありえない。」


「わてのほうもや。すでにkufurinnは10を超えとるはずや。【幻獣の卵】ならすでに【幻獣化】を果たしとるはずや。」


『ほっほっほ。【旅人】というものはなにやら特殊らしくてのぅ。––––お主ら、種族を言うてみよ。』


 ガゼルさんとソニアさんが、私とくふさんを見つめてきました。


 ……これ言っても良いんですかね?


 私はチラリとくふさんに目配らせをします。


 くふさんもこちらを向いて、こくん、と頷きました。


「––––私の種族は、特殊下位種族【天魔:羊人】というものです」


 その言葉に、ソニアさんの目が見開き、


「––––私の種族は、特殊下位種族【妖魔:狐人】というものです」


 その言葉で、ガゼルさんの目が見開いた。
 …やはりくふさんも特殊下位種族だったんですね。
  

 しかし、二人とも驚いたのは一瞬だけで、すぐに顔を引き締めました。


「んならあの手を伸ばしてた理由は?」


「【大賢者】殿よ、お主は【龍の祝福】を知っているじゃろう?」


 ガゼルさんは訳がわからないと眉をひそめていますが、ソニアさんは合点がいったと納得げな顔をして、申し訳なさそうな顔を作りました。


「すまん、耄碌ジジイ。ワタシの早とちりだった」


 ……【龍の祝福】、ですか。


『わかったならよろしい。説明をせずにやろうとしたこっちにも非があるしのう。––––【龍の祝福】とはまあ、簡単に言えばモンスター等との戦闘の際に得られる種族レベル経験値量が減少する代わりに、スキルレベル取得経験値量が増加する祝福じゃ』


 …おお。滅茶苦茶すごいじゃないですか!
 ……しかし、ソニアさんは納得していましたが、手を伸ばして捕まえようとしてきた理由にはならないのでは…?


「あー…、Ayaにそこな狐人「kufurinnです」…長いからリンと呼ぶぞ。––––【龍の祝福】とは、祝福を与える龍が、祝福を与えるものを殺すことで成立する」


「……祝福を与えられたものが死んでは意味がないのでは?」


 くふさんが私の気持ちを代弁してくれました。…まあ、なんかしらの対策はあるんでしょうがね。


『ほっほっほ。心配いらんぞ。【龍の祝福】を受けた者は、死んでも生き返るのじゃ』


 ……当然ですよね。しかし私たち【旅人】は死んだ場合デスペナルティを喰らうだけで生き返りますし…。


「私たちのような【旅人】の場合はどうなるのですか?」


『ほっほっほ。試したことがないからの。おそらくじゃが––––死んだ際のペナルティがそのときだけ無くなる、かのう』


 よし、なら受けましょうか。


「それなら早速お願いしていいですか?」


 くふさんも、こくんこくんと頷いています。


 …死ぬのは怖くなさそうなのに、なぜくふさんは私との【回復魔法】のレベリングのときは、あんなに顔が恐怖に歪んでいたんでしょうか…。
 …あ、忘れかけていましたね。これが終わったあとに、【回復魔法】のレベリングの続きを再開しましょうか。


 私はそっと笑みを浮かべました。…その笑みを見てくふさんの肩がビクッと震えたのはきっと気のせいでしょう。


『ほっほっほ。そなたらは死を惧れぬのか』


「私たち【旅人】はご存知の通り死んでも生き返ります。まあ、一部を除いて死ぬのに慣れてしまっているんですよ」


『…なるほどのう。––––どうせなら、楽しんで死なぬかの?』


 楽しんで死ぬ死に方なんてないでしょう。この爺龍大丈夫ですかね?


「…ふむ、どういうことでしょう?」


 くふさんが爺龍にそう聞きました。


『ほっほっほ。どうせなら儂と戦闘をして、経験値などを得てから死ぬのはどうかの、という提案じゃよ』


 ……それは………!


「「是非ともお願いします!」」


 くふさんも私ももちろん即答です。こんなところでパワーレベリングができるとは!ラッキーですね。


『ほっほっほ。健気よのう。––––とりあえず、お主らを回復させてやろう』


 そう爺龍が言った次の瞬間、爺龍の頭の上にある王冠が光り、私のHP、MPが全回復しました。
 くふさんにも同じことが起こったようで、私が切断した左腕も、完全に復元されていました。


『前もって言っておくが、戦闘時間は10秒にも満たないものになるじゃろう』


「……それで楽しめるんですか?」


『儂にとってはの。この世の森羅万象が、儂にとっては楽しいし、面白いのじゃ。例えそれが––––ほんの数秒のことであってもの』


 ……なんかそう言われるとカチンときますね。いやまあ、事実はそうなんでしょうが、人間の心って複雑ですね……。
 なぜか、とても悔しく感じます。


「––––じゃ、ワタシは帰るね。Aya、なにかあったらワタシを呼んで。なにがあっても、ワタシは君の味方であり続けるから」


 ……愛が重いですね。私、ソニアさんに好かれるようなことしましたっけ?
 ただ弟子になるだけではこんなことは言われないでしょうし、うーん…、心当たりがありませんね…。


「…わかりました。そのときは––––よろしくお願いします」


 ソニアさんは満足げに頷いてから、まるで始めから居なかったかのように、消えてしまった。…おそらく転移系統の魔法でしょうか。


「ほなkufurinn、わてもいぬわ。何ぞあればわてのとこにこい。助けになってやる。」


「私もなにか珍しい食材を見つけたら、師匠のところに持っていきますね」


 ガゼルさんはニカッとくふさんに笑いかけてから、懐から石のようなものを取り出しました。


 …色が違いますけど、魔石に似てますね、あれ。


 ガゼルさんはそれを手で握りつぶしました。すると、ガゼルさんの体が、数多の蝶に変化して、その全てが空へと飛んでいきました。


 ……おっさんに蝶の演出ですか。


『ほっほっほ。では、始めるとするかのぅ』


 爺龍さんは、温厚そうだった声色を鋭いものに変えて、翼をはためかせて、天へと舞い上がりました。
 私とくふさんはそれぞれ短剣と弓を構えます。


「…くふさん弓使えるんですか」


「ええ。実は現実で弓道やアーチェリーを習っていまして」


 弓って浪漫ですよね。私も何回かやったことありますが、なぜか的に当たらないんですよね、矢が。
 しかしこれまた不思議で、弓を使わずに矢を投げナイフの要領で投擲したら的のど真ん中に当たるんですよね。


『おおそうじゃった。忘れておったわ。––––10秒とはの、前に一度儂が戦った者との戦闘時間じゃ。確か名前は…、【森の覇者リリア・ハイエルフ】じゃったかの?』


 …【森の覇者】って、ソニアさんと同じ【三大賢者】のうちの一人じゃないですか!
 そんな人が10秒しか保たないなんて、結構というよりめっちゃ不味くないですか?


『あやつで10秒保ったのだ。…そうじゃな、お主らが3秒でも保ったら、何か褒美を与えようではないか』


 爺龍さんはそう言って、ニヤリと笑いました。















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