異世界にいったったwwwww

あれ

外伝 完





 炭鉱の上空を早朝から震わせる飛翔体の影が幾つも浮かぶ……。
 その羽ばたく音は強烈に過ぎ、看板や布巻きなど放擲物を散々に吹き飛ばす。砂埃がひどく大気に舞い上がり、煙幕の如き空気の溷濁を与える。
 ――何事だ、
 と、まずカイトは思った。ついで手近に武器がないか確認のために手を薄暗い闇に伸ばす。けれども、自身を守るものは一切ない。苛立ちを抑えながら冷静に労働宿舎で雑魚寝にされている連中を眺める。彼らの誰ひとりとして眼を覚まさない。この時、己の耳のよさを呪った。と同時に、美しい新緑の瞳をひと撫でする。
 窓の外、不気味な影が屏風のように囲繞する山頂を越える姿が次第に増えるのがわかった。
 (なんだ、これは……)
 訝しがりながらも、尚眼を凝らす。
 日本刀の刃に似た頭を対にした様な頭部。強固な壁を思わせる皮膚。灰色や黒の体色。そして、四枚の両翼が風を切り裂き浮遊する様子。
 間違いない、ワイバーンだ。
 カイトはなぜかその異形の怪物を目前にしても、恐れを感じなかった。……この気持ちは一体なんなのだろうか?
 暫く乾いた喉に唾を飲んで呆然としていたが、やがて窓越しまで歩み寄りワイバーンに騎乗する騎士を発見した。
 (やつら、なんだ)
 額を軽く指先で叩く。
 (連中は、大陸でも有数のワイバーン騎士団だ。どこの国の者であるかはまだ分からんが――)
 へぇ、と目を眇めカイトは自然と口端を歪め笑う。
 ややの間の後、『ねぇ、カイト』と少女の声が頭に響く。
 「どうした?」
 『あれって、どういう意味?』
 そういいながら視線は勝手に動き、天空で円陣を組み飛翔するワイバーンの方向に固定されていた。
 数騎のワイバーンが、その巨体を規則正しく制御されつつ羽ばたく。
 窓の硝子がビリビリと微動を始める。床の粗末な板にもそれが伝う。不意にカイトは背後を振り向く。だが、この部屋にすし詰めにされた労働者たちは連日の疲労から誰ひとりとして目覚めない。ただ寝息があるばかりだ。
 と、次の瞬間だった。
 唐突に轟音が耳を聾する。それは、まるで金属同士が摩耗させ合う最大値の音であるかのように生理的嫌悪感を持たせるものだった。
 「――ッ」
 カイトの体は無意識に危機を察知し、窓硝子を砕いて外へ飛び出していた。幸い二階だった為にさほどの高さではない。また、カイトの各部位の肉体が連鎖的に反応し、潅木の茂みへと難なく着地をさせた。
 直後、先程まで佇んでいた宿舎は業火に焼かれていた。
 どす黒い炎。それが、最初の印象だった。高熱の皮膜がカイトの鼻や口などを圧する。頬には灰の混ざった風が撫で付ける。
 急ぎ上空をみると、ワイバーンが鋭利な三日月に似た口腔から黒煙を幾筋も曳くのが見えた。その怪物は小さな白黄色の瞳に内瞼で瞬きをする。
 円陣を組んだワイバーン隊は周囲の街を焼き尽くすためにきたのだ。
 地獄の業火、というのは目前の「コレ」だと言われても違和感はない。炎の権化となったワイバーン達は火炎放射器のように直線的な火炎を吐瀉する。
 早朝のよく晴れたよい日だった。


 青磁の色を湛えた空は、鱗雲が浮かんでいる。


 ただ、圧倒的な光景をカイトは目に焼き付けていた。
 二度とこのような殺戮に、深い意味を見出すことはないだろう。けれども、この出会いはきっと運命だと思った。
 雲に遮られ、薄い光を放つ太陽を背中にうけたワイバーンは四翼を重厚に羽ばたかせる。その姿がひどく印象的で、脳裏に離れることのない映像を刻む。
 『カイト……?』
 「ああ」
 『ねぇ、カイト――あれ、なんでこんな……』
 「ああ、俺はみつけた、」
 『え?』
 「この世界に来た意味を……な」
 そう言いながら、カイトは潅木の茂みから殺戮を尽くすワイバーンを見つめていた。後年、竜王と対峙する仮面の者――誕生の瞬間であった。
 彼の経歴は全て謎に包まれている。けれども、唯一わかる手がかりは元奴隷であり、そして王にまで上り詰めたことだけだ。それに付言するならば、「ワイバーンの最高クラスの乗り手」だった、という事である。


                        外伝「仮面の男」、完



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