異世界にいったったwwwww

あれ

外伝26



 深い孤独が横たわっていた。もっと正確に表現するならば、――そう、寂しさ。




 そいつが、俺の胸中に尽きることなく広がってゆくようだった。なんだってそんな珍妙な感情について、思いを巡らしているのだろう。……確か昔、祖母におんぶされながら寝ていたときに感じた、「ああ、この人は自分より先に亡くなるのだろう」という生物的な宿命の悲しさに胸を痛めた幼時の頃を反芻する。


 1


 遠い、遠い国から連れ戻されたように俺は意識を取り戻した。照光を目敏く感知する瞼の皮膚。……まるで、全身が自分のものでないような感覚がした。ゆっくりと、瞼を開きこの異世界を凝視する。朝独特の青い空気が、しん、と鎮まり返りながら周囲を延々と充たしている。俺は呼吸をして、生存を確認してみた。――なぜか生きている。どうしてだ? あれほどの拷問を受けた筈なのにまだ生きている?




 朦朧とする視界は霞かかって、白い。けれど、時間と共にその問題は解決され現在は明瞭に外界を正確にとらえている。


 「……イッテテテ」


 潰されたはずの喉も、声を出すことが可能だ。




 「なんだこれ?」


 何気なくむけた腕への視線に違和感を覚えた。手首や関節など、腕のいたる部分で蛍光色のテープが巻かれている。悪戯で、誰かが躰のあちこちに貼り付けたみたいに……。


 「くそっ、クソッ!!」剥がそうと躍起になって叫ぶ。




 けれど、皮膚に密着していて剥がすことは不可能だった。「まさか」と思いながら腕意外の胴体や太ももなどもくまなく点検する。やはり、文字通り「体中」にテープが巻かれてしまっている。




 「なんだこれ? 意味がわかんねーよボケ。死ねッ」




 悪態をついてみる。そういえば、カーリスや村民、……そして、ローアの姿が見えない。あるのはただ、人の消えた村の家屋。焼けた原野は昨夜の積雪で白の絨毯を点在させて地面を覆う。立ち枯れた白樺の林間から日が昇った。輝かしいまでの眩しさである。


 眩しさに目を顰めながら、俺は立ち上がった。




 雪が首筋に付着し、それを軽く払う。


 不自然なほど人影がない。……だけでない。全ての生物の気配を周囲に感じない。おそらく数キロ圏内は生物はいないのではないか?


 いいや、待て、待て。なんでそんな広大な範囲を俺は「感知」することができたんだ? まるで、そうだ! ソナーみたいに脳内に感覚として掴めるのだ!


 俺の目前には依然として、ところどころ崩落しかけた家屋や、延焼のおさまった馬小屋や物置などがあるだけ。




 「なんだこれ? なんだこれ? なぁ、誰か答えてくれェ」


 絶望が胸に満ちる。どうなっていやがる? 




 (お、落ち着いて)


 聞き覚えのある声が、俺の脳内に響いた。


 思わず、




「ハアッ?」


 間抜けな叫び声をあげた。しかし生き覚えのある声音だ。




 「ローア? なのか? どこだ? どこにいる?」




 (だから、ちょっと冷静になって――ね? それから、ぼくの話を聞いて)




 俺は粗く肩で息をしながら肯く。


(よかった、ローアが生きている。まだ、希望があるんだ)


 先ほどまでの混乱がバカみたいだ。そう自嘲してみせる余裕くらいは生まれた。




 乾いた喉に唾を飲み込みながら、己を落ち着かせる。心臓の鼓動がひどくうるさい。だが、それでも時間はかからなかった。




 ――すると、奇妙な事がおこった。


 「「「「「fんせqrhf3るくぃfvhれ@vhjqr38hvf3うrvhrて」」」」


 大量の声の洪水が脳を伝い鼓膜にまで伝播する。蛇口を捻ると水が溢れるようなイメージだった。それほどの『声』の暴力に俺は発狂しそうになった。しかも殆どの声が悲鳴や絶叫、懇願などのネガティブな感情の吐露ばかり。


思わず、


 「やめろォ、黙れ黙れ黙れぇええええええええええええええええええええええええええ」




 地面に膝を屈して、頭を雪面に擦りつけ助けを求める――。




 苦しくて仕方がなかった。息すらまともにできないほど、際限なく他者の声――いいや、具体的に言えば「他者の思考」が俺一個の躰の内部を駆け巡っているのだった。




 「ローア。ローア助けてくれ」


 少女の名前を口にする。


 大勢の声の中から、たったひとりの欲しかった「それ」が不意に前頭葉の一番先端部分に現れた。




 (……落ち着て聞いて。大丈夫、カイトは大丈夫だから)




 そうだ。ローア、俺の本当に欲しかった言葉だ。しばらくすると、声の洪水が収束して再び静かになった。クリアになった思考でもう一度ローアを探す。




 (カイト。大丈夫?)


 「ああ、それよりどうやって俺の脳内に?」




 (…………。)




 「な、なぁ?」




  しかし返事がこない。


 と、右目だけが別の生き物みたいに端に動いた。景色に目をやったのだろう。しかし、俺の意思ではない。




 既に遠景の山並みが新鮮な太陽に洗われた木々が煌くのが確認できた。山峡の巧妙に入り組んだ地形の傍に蟠る陰影が勃然と浮き上がってくる推移がはっきりと分かった。




 (鏡が……祭壇の付近に割れた鏡の破片が雪に埋まっているはずだからそれでカイトの顔をみて)




 どこか沈んだように、そう呟く。




 「は? なんだよそれ。良くわかるように説明してくれよ」






 (…………。)




 だが、それより他は何もない。俺は疑念がふつふつと喉の奥まで湧いてきた。危うく「いい加減喋れよ!」と怒鳴る寸前だった。




 釈然としない気持ちで歩き出して気が付く。幸い、ブーツは履いているようだ。




 暴言を飲み込み、13メートルほど先の、真っ二つに裂けたような檣のような倒木の組み合わさった付近で足を停める。地面には足跡が点々と穿たれた。その雪面の下には何かが埋まっている感触がする。指先まで蛍光色のテープで巻かれた指を動かして(この時、違和感が最大になった)固いなにかモノが爪先に接触した。掘り起こすと、罅だらけで大きな鏡であった。運のいいことに……いいや、運がいいなんて嘘だ。実際は直観のように「地面の下の物」が何となく理解できたからここを掘ったに過ぎない。


 それを拾い上げ、おもむろに俺の顔を覗き込んでみる。




 「……なんだこれ?」




 亀裂だらけの鏡に映ったのは、俺の顔だった……ただ、テープが巻かれてフランケンシュタインのようにも見えた。




 しかしそんな些細な点に驚いたのではない。




 「あ……あっ」


 声にならない声で俺は、喉を絞る。




 俺の瞳が「緑色」になっていたのだ! しかも、その美しい緑は――唯一見覚えのある瞳の輝きだった。




 「なぁ、答えてくれよローア。これはどういう事なんだ? お前、生きてるんだろ?」




 痛切に願っている言葉を知らず知らず、相手に投げかける。けれども、その相手は無常にも俺の希望を砕いた。


 (ううん……それは、今カイトが見ている瞳、そして映し出している映像も全部ぼくの〝瞳〟だよ。……それから、ぼくはもうすでにこの世にはいないんだ)




 たった、それだけの言が俺には信じられないほど長い呪文のように思えた。そして、俺は現実逃避と同様に、こんな現状を分析している二人の自分をみつけていた。
 

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