異世界にいったったwwwww

あれ

外伝20





 凍てついた地表が血の生ぬるい絨毯を拡げる。
 ローアは表情を強ばらせたまま、呆然と佇んでいた。次々と村人たちが惨殺されてゆく。けれども、まるで死にゆく人間が死して肉塊と化す過程を不思議と他人事のような冷静な眼で見つめていた。ローアの巫女の法衣袖は、紗のような布で出来ており、その部分にも返り血の飛沫が点々と付着した。
 ようやくくちびるが僅かばかり動くと、周囲には黒の甲冑に身を纏った人間によって包囲されていた。身の危険を感じるより、寧ろ彼女には以前体験した――祖国の人間狩りの記憶がぼんやりと思い出されていた。
 (嫌だ……)
 ローアは口元を両手で覆い、目を瞠った。
 言葉がでない。
 寒さを感じず緊張からか汗が止まらなかった……。冷や汗かあぶら汗かも判別がつかず、ただひたすらに喉が渇いた。
 黒い甲冑たちは一言も喋らず、不気味だった。彼らの表情はヘルムに隠され伺うことすらできないのだ。
 ――ビュン、と空を裂く音がした。
 黒い甲冑の連中の人垣から突如として、鋭い攻撃が割り込んだ。松明の光に反射して三股の輝きがローアの瞳に飛び込む。更に遅れて一個の人影を捉えた。
 「か、カイト!?」
 エメラルドの双眸が見覚えのある人物を映す。
 その人物は「うぉおおおおおおおおおおおお」と喉を震わせた。怒号とも悲鳴ともつかない喚声をあげて一心不乱にフォークを振り回していた。口を大きく開き叫び唾液を吐き続けている様は、狂っているかのようにもみえた。けれども同時にカイトの目端に涙が浮かんでいるのを認めた。
 どけぇー、と彼は必死の抵抗を繰り返す。
 「カイト! 逃げて」
 「はぁあああああああああああああ?」
 興奮してしまっているのだろう、ローアの言すら通じていない。甲冑の連中はカイトの連撃を避ける為に一時的に距離をとる。その僅かばかりの空間を縫うように走り抜け、ローアとの距離を詰めた。
 ようやくローアの傍にたどり着くと、肩を大きく波打たせている。汗が顔を満たした。カイトから立ち上る湯気が零下の夜気に溶け込んだ。
 「っはぁ……っはぁ……脇腹痛ぇ」愚痴をこぼす。
 俯かないように顔を上げながらも、彼は隣のローアに「怪我はないか?」と訊ねる。無言で何度も頷くと、安堵と疲労の混じった表情で「そっか」と苦笑いした。
 手の甲で額の汗を拭いつつも、目は常に警戒のために動き続けている。カイトはまだ生存の可能性を諦めていないのだろうか。ふと、ローアはそう思った。


 2
 「そういえば、カーリスさんは?」
 カイトはフォークを構えながら肩を並べた少女に尋ねる。
 「分からない……ぼくは、準備が終わって祭壇に向かう途中で急に悲鳴が聞こえて……それで、兄さんの行方は分からない……もしかしたら、まだ祭壇にいるのかも……」
 不安げなか細い声で答えた。
 そうか、と返事するようにカイトはただ肯く。
 ローアはフォークを眺めながら、
 「でも、どうするの? まさかこのまま逃げれるとか――」
 「思ってるよッ! 思ってる。必ずここから逃げて逃げて、そんで生き残るッ!」
 黒い甲冑の連中たちにも聞こえるほど強くカイトは応える。まるで、威嚇のようでもあり決意表明のようでもあった。
 彼のように「生き残る」と素直に主張できる人物が新鮮だった。少なくとも、この世界では生きるという事は即ち「諦め」であり「妥協」であり、また「困難」と「絶望」で塗り固められているからだ。――弱肉強食、それがこの世の理。
 生存への渇望と、自らの考え方を純粋に信じている人間。
 彼が変わっているのはやはり外見だけでなく中身もなのかもしれない、とローアは率直に感じた。
 「その先は? カイト? その先はどうなるの?」
 今更何を聞いているとでも言いたげに目を眇め、
 「俺は旅人なんだろ? なら簡単だ。地の果てまで旅して歩き尽くしてやる。だから逃げるぞ」
 悠長に会話する暇を与えてくれた黒の甲冑たちは、誰かの指示でも受けたかのように二人を囲んだまま身動き一つせずに待機している。
 「んだてめーら、どうした?」挑発するように吐き捨てるカイト。
 興奮の残滓がまだ抜けていないらしい。
 『無駄ですよ、彼らは肉傀儡ですからね』
 そう冷酷に告げる声。首を動かして、声の主を捜すカイトだが発見できない。ただ、幾重にも谺する声が気味悪く、盛んに燃えていた焔も先程より鎮まっていた。
 「誰だ? どこにいる?」
 カイトが怒鳴る。血液が沸騰する位に怒っていた。一体なぜこんな事をしたのか。理由を問う気持ちと理不尽さへの反発があった。


 「――そうですか、カイト君」
 ゾクッ、とカイトは鳥肌がたった。
 (おい、まさか――この声って)
 嫌な予感が肉声を直接聞いたことにより、半ば確信を持っていた。黒甲冑の群れの奥からゆっくりとした足取りで二人のもとまで歩み寄ってくる足音がある。
 二人を包囲する最前列の甲冑を押しのけて、一人の影が浮かんだ。
 「……兄さん?」
 ローアは心臓が停るかと思った。
 狂気に歪んだ眦と、歓喜に咽ぶ口が醜い笑みで歪んでいる。返り血で頬を濡らし、普段の人の良さそうな表情とは全く異なった、人をせせら笑う頬。生き物全てを軽蔑するかのような顔。……顔、顔、顔。
 たった一人の肉親の変貌に理解が追いつけずローアは目を逸らし、肩を震わせながら聞いた。
 「なんでこんな事を……」
 「うるせぇ!」即座に切り捨てる。
 妹を見据えるカーリスの目に憎悪の炎が宿っていた。
 数メートルを隔てても、カーリスの冷酷と狂気にねじ曲がった雰囲気は十二分に体感できた。ショックで美しい瞳を曇らせているローアを目端に留めつつ、「何やってんだよアンタは」とカイトが割って入る。
 ――ああ、君か。とでも言いたげにカーリスは視線をカイトへ流す。まるで存在そのものを忘れていたかのような風であった。



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