異世界にいったったwwwww

あれ

外伝16





 烽火台は完全な夜の中に埋没しようとしていた。俺たちは洞窟を出、村への順路を辿り始めていた。既に、周囲は暗くみえない。火打石で松の油を染みこませた松明を掲げる。懐中電灯より光度が落ちるが、自然に慣れた眼ならば問題はない。
 濃密な樹木と、それらを育てる腐葉土は、先ほどまで降っていたであろう氷雨の為に、濃密な湿り気のある匂いを放っていた。――石造りの烽火台は、洞穴の存在する小山の頂上の連なりに、巨大な影の一個として点在していた。
 「ローア」
 俺は、誰かの名前を呼びたい気分だった。
 「……ん?」
 「先に言っておきたい事があるんだ」
 傍にいる少女の表情は見えない。けれども、それは容易に想像できた。
 「この異世界って、俺のもといた世界よりも厳しいけど……なんだかんだ変わらないんだろうな」俺は本当に言いたかった言葉を途中で変えた。それを言うと俺は、俺自身がまるで相当な間抜けになると思った。いいや、間抜けというよりも、この異世界という場所で自分という異物が「ここに居るのだ」という自覚が芽生えて、苦しむからだ。
 俺の言にちょっと驚いたように息を吸い込んだ音がする。
 「そう」
 興味なさげに返事をする。
 それっきり、村に帰るまで俺たちは会話を一切交わすことがなかった。


 1
 「ただいま、兄さん」
 ローアは家の扉を開き明るく言った。
 彼女は既に元の「ローア」という天真爛漫な少女に戻っていた。
 俺たちは途中で降り出した氷雪を落としながら扉を潜ると、人影があった。
 俺たちの帰りを待っていたのだろう。廊下のすぐ近い部屋からカーリスが神事に用いる道具を抱えながら「おかえり」と微笑した。
 「どうだった?」とは、カーリスは言わない。代わりに妹の瞳を射抜くように一瞥するだけだった。それに対して、ローアは小さく頷くだけだ。
 「どうも」
 俺は気まずさを殺しながら会釈する。
 「――ああ、カイト君もおかえり」
 人当たりの良い笑みで応じる。しかし、知性を明晰に感じられる瞳が瞬間曇ったような気がした。
 彼も大変なのだろう。若い年齢で村全体の司祭を任され、かつ、近年多発している人攫い事件などに神経質になっているのだから。
 「ちょうどいい、ローア。後で、神事に使う物を設えるから手伝って欲しい」
 「うん、それで……カイトはどうしたら?」
 言いにくそうに、兄を俯き加減にみる。
 しばらく沈黙したカーリスだったが、一息の諦めが吐かれてから、
 「彼は旅人となるが、とはいえ我が家の客人だ。前にも言ったが、個人的には恨みなんてない……いいや、ありません。ただ、社会は余りに許容範囲が狭い。そこだけは理解して下さい。私だって、〝役割〟を与えられてしまっているんです」
 そう言い残して廊下の奥に姿を消した。
 俺は少しだけ気持ちが晴れた。
「だってさ。よかった」
 ローアは褐色の頬に張り付いた硬い氷雪を払いながら、俺の方をみやり嬉しそうに肩を竦める。俺も同調するように、肩を竦めた。





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