異世界にいったったwwwww
外伝4
「皆川さんは、あんまり学校が好きそうじゃないね」
「は?」
廊下を不覚にも男子と肩を並べて歩いている途中、隣から言い放たれた。コイツはいったい何が言いたいのだろう。私は軽い溜息を吐きながら、
「それって普通じゃない? えーっと」
隣の男子の名前がわからず、指を指したまま黙ってしまった。彼は人の良さそうな柔和な笑を浮かべながら「桐生だよ。桐生海斗」と名乗った。
それから、改めて私が学校にいない間の出来事などを冗談混じりに教えてくれた。
私はどうやら一週間近く休んでいる間に色々な面倒事をクラスメイトたちに押し付けられていたらしい。この学級委員が最たるものだ。
「桐生君は面倒じゃないの? 部活とか入ってたら……」
「ああ、もちろん入ってるよ。でもしょうがないよ。誰もやらないし」
そう言いながらも、誰かに頼られていることに対する満足した表情を浮かべている。彼はきっと根っからの善人なのだろう。短く刈りそろえた髪、鼻梁の通る彫りの深い顔。それに加え、雰囲気からも滲み出る人の良さそうなカンジ。さっきから、知らない生徒たちが桐生君にやたら話しかけてきていた。人望もあるらしい。羨ましいことで。私には一切持ち合わせない社交性まである。
……だけど、私は正直にいって彼のことが苦手だ。
ううん。もっと正確にいえば、ダイキライだ。息苦しさすら感じる。でも――なぜだろう? 自分自身でもその理由が分からない。きっと嫉妬だと思う。
もう一度、彼を横目で盗み見る。制服の袖からチラリとみえる筋肉質な腕、健康そうに灼けた皮膚。優等生特有の余裕を感じていた。
話題も尽きて、無言でしばらく歩いていた。職員室のある廊下の奥、会議室1というプレートの掲げられた一室の扉の前で桐生君が立ち止まった。
「さ、着いたよ」
肩を竦めながら、此方に視線を投げかける。まるで「どうする? 中に入る?」とでも言いたげな様子だ。それも、此方の気分を訊ねているようだった。何もかも見透かしているようで、それもイヤミったらしくない分余計に私は彼と相容れないのだと本能的に思った。
1
部屋に入るなり、眼鏡をかけた男子生徒が右手を軽く挙げて、
「お、遅かったな桐生」
口の端を曲げて意地悪く笑う。
「笹崎かよ」
砕けた口調で喋りながら桐生君は笹崎と呼ばれた生徒の脇の空白の椅子に座った。私は呆然と彼の背中を見送ることしかできなかった。周囲を私は隈無く見渡す。
長机が「コ」の字型に並べられ、パイプ椅子には既に数十人の委員が着席している。ご苦労なことで、昼食時間にわざわざこんなことの為だけに集められる。ほんと馬鹿らしい。
「……あれ、コッチコッチ」
驚いた顔で桐生君は自らの隣の空いている席に来るように手招きした。私は数十人の視線を一気に引き寄せていることに気がつき、恥ずかしさのあまり小走りでその席に向かった。
(まだ先生は来てないってさ)
私の耳に彼が囁く。
「へぇ」私は震えた声を抑えながら、俯いてただ自分の膝を見つめる。
2
生活指導の体育教師が「悪い悪い遅くなった」と言いながらやってきた。それから、今年一年の計画を発表しながら最後に委員長から順に学年やクラスごとの委員が目標や、やる気を発表する。
本当にこういう空間は反吐が出る。無理だ、私みたいに部屋に引きこもってゲームとかネットやってる人間には無縁の空間なのだ。
「次、えーっと」
体育教師が名簿をみながら、指でたどっている。
「次は一年の皆川真希」
「は、はひぃ」
反射的に起立すると、声が裏返った。クスクス、と男女の委員の連中が笑うのが聞こえてきる。そんなに面白いことをいった覚えもないのだが、人を嗤うことに余り理由はいらないのだろう。
「おい、今年の目標と、他に一言だ」
年中怒鳴っている野太い咆哮を私に向ける。
「え……えーっと」
マズイ、マズイ、マズイ。なんにも考えてない。だって、正直にいえば「ただ単にクラスのクソな連中にハメられてここに立ってます。私もやりたくてここにいる訳ではありません。ですので、サッサと辞めさせてください」くらいの啖呵をきれてれば上等なのだろうが、生憎そんな度胸はない。
しばらくまごついていると、体育教師がイラついたように、
「はよしろ、時間の無駄だぞ。皆の時間を返せ!」
と、一喝。
それなら、貴方も遅刻したのはいいんですかね? とやり返したくなったが、そんな事ができればとっくにやってる。私はただ「はい」と下唇を噛み締めながら、学生連中特有の気分の悪い目線に晒されていた。
(皆川さん、これ)
私の左手の手の甲を叩く感覚に、その方をみた。隣の桐生君が自分の左手に私へのカンペを書いてくれていた。
「えーっと、その……」
3
「死ぬかと思った」
「お疲れ」
委員会が解散してから、私はぐったりと疲れてしまった。そして、ここで心に固く誓った。明日からは二度と学校には行かないと。
そんな私の心象を知ってか知らずか、
「皆川さんは結構面白いね」
イヤミではなく素直な感想を彼は述べた。他の連中の嘲笑うのとは一線を画するのがわかる分、尚更タチが悪い。そんな言い方なら一層「お前、変人」くらい言ってくれればスッキリするのに。
……まあ、とはいえ彼のおかげで今日は助かったのだ。
「さっきはありがとう」
ボソッ、と呟いた。最近、人と話す事がなくて声の調節が難しい。これが限界ギリギリのお礼なのだ。まあ、若干の照れもあるのだが……。
「いやいいよ。あ、時間やべぇな。じゃ、皆川さん」
そういいながら、桐生君は廊下に飛び出して走っていった。
人の消えた一室に佇みながら私は、深い息を吐いた。二度と、二度とこんな場所に戻ってくるものか。死ね、ボケ。様々な悪態を内心につきながら、眼鏡の位置を直す。
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