異世界にいったったwwwww

あれ

決着

眩暈がした。私は三秒ほど気を失っていたようだ、体感としてだから正確ではないが。再び目を開いたとき、大鎌の男はゆっくりと足を引きずりながら下卑た笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
「……ぁ」
掠れた声しか出ない。
――ッ、鈍痛が手首を襲う。
私は改めて周囲を眺める。瓦礫の山。先ほどの歩廊の残骸だと思われる。そのうず高く積まれた上に奇跡的な位置で横になっていた。瓦礫に挟まれる事もなく、目立った怪我はない……筈だ。
急いで立ち上がろうとして、私は右足の膝小僧が痛むのをわかった。咄嗟に「うそ……」と絶望を漏らした。男はその巨漢故に足が遅く装備も重い為にまだ距離がある。いいや、あの眼の様子は追い込んだネズミを食い殺す算段をする猫のような殺戮者の瞳。
無意識に右手に握った銃を構える。
「死ね」
私は痛む手首を反対の手で固定しながら男に狙いを定める。照準が男の額に重なる。
カチ、と音がしただけだった。
引き金の撃鉄は落ちている。だのに、なんの反応もしない。8ミリ拳銃は引き金をいくら引いても無言のままだった。あの大鎌の男と私の実力差を埋めてくれる唯一の武器が使えなくなった……
「おい、牝ガキ。今その頭砕いてやるから待っとれや」
涎を黄色い歯の隙間から溢れさせながら笑っている。キモイ、キモイ、キモイ、キモイ。しねしねしね――
何度も内心で罵倒した。だけど、その巨体が近づくたびに足の震えと暴力の恐怖には抗えなかった。
私は瓦礫の山を滑り降りて、一定の間隔で並んだ柱廊の影に隠れようと移動した。痛む膝を庇いながら、必死で移動する。
「逃げても無駄だぞ」
嬉しそうに男は鼻を膨らませる。表情がより明確に見える。だが、まだ距離はあるハズだ。
脂汗が額から噴き出した。死にたくない。肉体が必死に要求しているのだ。カッコ悪い。散々偉そうな事いっておいて、「死にたくない」とか――




大気を圧縮するような強烈な空気の衝撃波を感じた。
頬を掠めたのはその空気の残滓。
「なに……」
私が隠れようとした柱廊の一本に鉄球がぶつかっていた。すぐにその鎖の元を視線で辿る。男は鎌の柄から余裕な顔で投擲したに違いない。息も一切乱れていない。
「おとなしくしろォ」
嫌だ、私の存在全てを賭けても奴を拒んでいる。それが、細胞の一個一個から命令されているみたいだった。大理石の磨かれたオセロ盤模様の床を歩く。周囲は明るく、恐らく昼のわずかな晴れ間なのだろう。曇天が嘘ようだ。
男が鉄球に手間取っている間に、距離を稼ぎつつ佩いたレイピアを引き抜いた。頼りない刀身だがこれが唯一の武器になってしまった。左手に握りながら柱廊の隙間を縫うように小走りする。鈍痛がその度激しく思わず呻く。だけど、捕まれば一瞬でオシマイ。


「ちょこまかするなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
男が怒鳴った。縮れた髪の間から血走った眼球が二つ飛び出している。乱暴に鉄球を手元に戻すと、もう一度遠心力をためるように回し始める。
なんども後方確認をしながら私は武器を探す。なにか使えそうなモノがほしい。


しかし、ふと私は疑問が生まれた。


誰もこの体育館ほどもある広間にやってこない。議会堂の玄関口にこうして暴れているのだから誰かが駆けつけてくるハズではないか? いいや、違う。恐らく近寄れないのだ。あの男が暴走すれば敵はおろか味方すら殺すから……。私はどのみち罠にはめられたような格好になっていた訳だ。




使えなくなった拳銃を投げ捨て、身体を反転させると後ろ向きにジグザグと円柱の間を移動した。当たる確率が低くなるだろう。


――だが、そう簡単に逃がしてくれる訳はなかった。


鉄球がなんと柱の間を大きく旋回するようにジグザグと避けてゆき、私の目前に迫った。考える暇もなく私はバックステップを試みる。だが負傷した足の為にバランスを崩して盛大に倒れた。鉄球は回避できたが、大きく身を打ち付けてしまった。再び起き上がろうとすると、手首の痛みが連動する。多分折れているだろう手首は紫色に腫れている。強烈な痛みで涙が滲む。嫌だ、あんな奴に殺されたくない……
男は投げた鉄球をもう一度引っ張り手元にまで戻す。鎖のジャラジャラという音が恐怖を煽り立てる。私の身体はもう動くという行為そのものが痛みによって阻害されている。
ヴオン。
風が私の頬に吹き付ける。鉄球は私のすぐ傍の床に激突した。粉っぽい空気が漂う。思わずむせて咳をした。
「ゴホッ……ゴホッ」
「がぁあああああああああああああああ」
男は喜びに叫び続けた。私はその声で完全に生きる希望が絶たれた。人の形をした絶望が今や私に残酷な処刑を宣告しているのだ。




鎌の柄をうまく使い鉄球と鎖を外すと、数メートルある鎖部分だけを左手に持ち替えて私に向けて鞭の要領で振る。
数メートル離れていたハズなのに私の首に巧妙に巻き付き、縛り上げる。
「……ぅ」
声もおろか息ができない。視界が霞む。空気を求めて私はもがいた。
そのまま鎖は男の足元へたぐり寄せるように引っ張られた。私は手を付きながら負傷した足と肘が床の上に強く叩きつけられ、動く。ほとんどモノのように床を滑る身体。
人間扱いではなく完全なモノとしての私。抵抗しようにも、首に巻き付いた巨大な鎖が逃がしてくれない。
薄く白く霞んだ視界がだんだんと、視認範囲を狭めていった。黒く塗りつぶされていく世界。涎が口から溢れる。酸っぱい涎だ。鼻水も出る。だが、さにより頭部の血管が破裂しそうになっていた。血管が訴えるのだ――イタイイタイイタイイ。




男は足元に真希を引き寄せると、掴んでいた鎖を手放した。
それから、頭部を掴み高く持ち上げ、思いっきり大理石の頑丈な床に叩きつけた。
「がっあ」
短く呻いた真希。
一時的に緩められた為に呼吸をした矢先、今度は強烈な衝撃が襲う。軽い脳震盪を起こしたような状態になっていた。
「ははははっはは」
男は右手の鎌を横に投げて鎖を解く。
華奢な真希の身体を叩きつけたまま、投げた鎌をすぐに掴んで刃先で細い喉筋の皮膚を着る。針のような傷跡ができた。そこから小さな粒が夥しく溢れ、一筋の流れになった。
「寝るな寝るなあははははっはあ」
巨漢の男は分厚い掌で真希の頬を叩く。その衝撃で鼻から血がでた。
潰す潰す、潰す、と男か唱える。
鎌の刃先は方向を変えて真希の着ていたアーミー服を胸ぐらから破り、灰色のスポーツブラが露出した。真希の細い肢体の白い肌、胸郭が目視できる状態になった。
「潰して犯す犯す」
屍姦趣味の男は涎と黄色い鼻水を流して笑い続けた。
真希の意識はもう寸前で途切れる状態だった。


「そこの汚い熊……」
涼やかな女の声がした。


「――あ?」
男の顔が声のした方向を見ようとした。
だが、その前に鋭い耳鳴りがする。怪訝に眉を歪め周囲を見回した男は誰もいない事に首を傾げて、真希ののど輪を掴んでいた左手に視線を戻す。


そこには細い少女の首を握る己の掌と腕が手首から切断されているだけだった。


「あ? ナンデだナンデだ?」


女はその様子を眺めていたのだろう。ただ、冷淡に、
「あら、お馬鹿さん。一生その馬鹿は治らないのね」
と口にする。
直後、男の絶叫のような悲鳴が大きな部屋空間に木霊する。左手から噴水のような鮮血が噴出していた。
「腕、腕が」
幼子のような涙声で男が巨体を揺らしながらいった。
咄嗟に男は真希を盾にしようと腕を伸ばした。


「しねぇえええええええええええええええええ」
意識を半ば保った真希が男の胸板の距離にきた瞬間にレイピアで顎の下から剣先で貫く。柔らかい感触が柄を伝い、真希の掌に感じる。けれどもやめない。
「しねしねじねしね」
ヒステリックな声で深く貫いた頭。剣先は頭蓋骨のアーチ部分で止まっている。そこで、剣をかき回すように左右上下、様々な角度から剣を動かす。真希の右手は男の脳漿の液だとか血だとか、唾液だとか全ての体液で汚れていた。それでも構わず運動する。
「しねしねしね……しねっ」
途中から恐怖や虚しさや、やりきれない思いの悲しさで涙ぐむ。
「がぁああ」
男は尚も生命力があるらしく、真希の腕をへし折ろうとした。


ハァ、と溜息が聴こえた。
「もういいわ。死んで」
柱廊の影から扇型の鋭い光が放たれた。




女は長いローブを羽織っている。頭もフードをしており、全身黒で統一されているのが不気味だった。
ゴロリ、と頭部が白黒のタイル上に転がっていた。
首は美しい輪切り状態であった。女は膝を屈している太い図体の死体を一瞥する様に顔を動かすと右手を一閃する。
突如、男の死体は破裂したようにバラバラに四角に切れた。大量の血液がバケツで撒いたように周囲を濡らす。
「クズね。死ぬときまで迷惑かけるなんて」
心の底から侮蔑するように女はいう。足元のキューブ状の肉塊を踏み潰しながら真希の元へ駆け寄る。ハイヒールの踵には人間のひき肉がこびりついている。
女は左手で鼻をつまんでいたが、その手をやめると跪いて真希を抱き起こす。
「今、治癒魔法をかけますね。よく頑張ってくれましたね」
優しい声音で真希の傷だけの頬を撫でる。
女はフードを振り払う。髪は長く、藍色の闇のような印象を与える。
「……だ……れ?」
気を失う混沌とした意識の中、真希は呟いた。
ローブの女は優しい笑みを浮かべた。
「わたしは、風の魔術師です……本当の名は……」


そこで真希は糸が切れたように気絶した。




ローブの女に抱かれた真希。二人に天井付近のステンドグラスで出来た宗教絵画から射し込む日差しが注がれていた。床を乱反射するように、毒々しいまでの色彩で二人に光を浴びせる。



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