異世界にいったったwwwww

あれ

坂の戦い

灰色の空が落ちそうなほどの沈鬱な淀んだ雲を押し流そうとしていた。
「次、次を用意しろ」
部下にむかってモグラは慣れた手つきで弾を込めて指示を飛ばし、小さな赤い鼻をピクヒクさせた。隣にいた筈のザルの姿は消えていた。
(まさか……奴ッ!)
と、前方の方に顔をやると大柄の熊のような風貌の男が仁王立ちで右手に槍を握っている。殺到する敵兵士は彼に攻撃を仕掛けようものならば、血煙と共に大地にひれ伏す。その残骸は鋭い胴体の断面となってうず高く死骸の山と化した。
「ガハハハハ! どうした、おい。キサマらがこないとやりがいがないなァ」
地に濡れた鍵型の穂先を振るう。草の上に血が飛び散った。恐れをなした敵兵は及び腰で距離を保ちながらザルを避けて別箇所を攻撃し始めた。
ムウ、と唸りながらザルは余裕綽々でその場を動かない。彼が前方の一番攻撃が厳しい位置を守おかげで、大分戦線の維持が楽になった。
「礼をいうぞ、ザル」
左手に剣と右手に火槍を手挟みながらグリアは金色の縮毛をなびかせる。
ニィ、と口端を歪めながらザルは「あと数人力自慢がほしい」と叫ぶ。
「任せろッ」
グリアは土嚢の載った荷台の間を飛び越えて自らザルの元まで走ってゆこうとした。
それに驚いたのは、寧ろ敵の兵であった。ボスらしき人間が最前線にきたのだ。一気にグリアにむかって雪崩をうって囲もうとした。――だが。
「いまだ、放てッ」グリアは長身の身を軽やかに自軍の陣地方向へと逃げながら途中でスライディングした。
彼の指示をうけたガンツは床机から「やれ」と短くいう。
頷いた前線の火槍をもった兵は土嚢の隙間からグリアに殺到する兵集団に砲撃した。連続した爆発音に次々と崩れ去る兵。伏せながら、周囲を警戒するグリアの目にも鮮烈に紅蓮の火花は美しくみえた。
「突撃ィいいいい」
モグラが号令をかけながら、槍を握った精鋭黒馬兵五〇は土嚢を超えて怯んだ敵前線に切り込んだ。
両面を山の岩肌に阻まれ、限られた場所でしか戦闘の範囲がない。つまり、数の優位は生かせない格好となっていた。それを見越して敵の士気を挫きながら勢いを制する。
『軽弓兵、援護射撃用意ッ!』
敵の指揮官はすぐさま対策を講じたらしい。味方ごと射抜くつもりだ。
「ここで引けば勢いが削がれる。そのまま進め」
ザルは大股で遁走する敵兵の首を刎ねた。
血濡れた腕を大の字に伸ばし、「そりゃあああああああ」と絶叫した。
たちまち、隊伍を組もうとした弓兵の五人の首が跳ねる。そのあとに轟という音がした。
「進め進め進め」
モグラは剣を抜き走り出した。既に先駆けの味方が矢を受け負傷し、あるいは死んでいた。それでも、進ませる。今勢いを失えば即死に直結する。
グリアの視界は煙幕に包まれた。




「はっ、はぁっ………これで全部か?」
白い息を吐きながらグリアは長剣についた血を払う。頬にはべっとり汚れが染み付いている。泥と血と脂と……様々な汚れであった。
「敵さんは向こうでこちらの出方を窺うようだな。面倒だ。はよう、諦めてくれればよいものを」ザルは舌打ちする。
飛沫を浴びているようだった。ふと気が付くと、それは血ではなく小雨だった。
味方の方をグリアはゆっくりと眺める。地面に倒れ呻く者、既に死んだ者。或は土嚢の奥で銃口を構える者。――それから、坂の下にいる敵にも視線を移す。彼らの表情までは読み取れないが恐らく疲労困憊だろう。しかし、皆、雨に等しく打たれている。鼻の粘膜には冷たい凍てつく大気と共に山の針葉樹の匂いが微かにした。
肩を大きく上下させながら長剣を鞘におさめる。左手で前髪をかきあげる。
「大将」
海賊の荒くれバウが厳しい顔をしながら土嚢の垣を抜けてこちらに歩いて来る。
「どうした?」
冷然とした己の声に、グリア自身が驚かされる。どうやら、戦闘の興奮が冷めやらぬらしい。
「――あんたらも相応な修羅場をくぐってきたようだな」
そう言いながら、噛みタバコを唾とともに吐き捨てる。
雨が本降りになってきた。
鎧防具をガチャガチヤと鳴らしながらグリアは息を呑む。
「……あの敵勢の遠くの別の旗が上がっている。あれは?」
あ? とバウは目を細めて言われた方をみる。確かに、雨の山道を駆け上る連中がいる。しかし、その旗の正体まではつかめない。
「ガンツ殿、わかるか?」
後方へ叫ぶ。




禿頭を撫でて雨粒を払いながら白い髭を捻る。跛を引きながら土嚢の方まで歩み寄り眉根を寄せる。


「ありゃあ――もしかしたら、大変な事になるぞ」
一人でつぶやきながら、グリア達前方の兵に「はよう、こちらに戻れ」と鋭く怒鳴る。
訳もわからぬままに負傷した兵士を運びながら泥濘む地面をはしった。






髑髏の絵に鎖の描かれた不気味な旗。
嘗て、大陸を二分する戦争の後、各地に散らばった野党を殺した専門の軍団。王朝軍の最新軍備を備えた職業軍人だった連中が野党となる。通常の軍でも対処しきれない厄介な存在。それを数多く仕留めた……
「坂道を塞ぐ連中に告ぐ。今すぐ投降せよッ」
数十騎を従えた騎士らしき男が叫ぶ。
しかし、当然だが、グリアたちと対峙したまま動く気配がない。それどころか数に任せて襲う用意をしている風にみえた。
「……ふぅ。ダメですか」
兜の下で頷く。
「やれェ」
数十騎の騎馬はしかし動かない。構えた食人軍の連中は怪訝に思いながら様子を伺っていた。


「ありゃあ、どういうつもりだ?」
グリアが雨粒で濡れた瞼を揉みながらいった。それと同時だった。


「うぉおおおおおおおおおおお」


と怒号が響く。何事かと声の方向――つまり、グリア達が陣取る道の更に上。そこは閉山された炭鉱跡だった。その穴から髑髏に鎖の旗を持った兵が溢れた。
「な、なんだこの数! ずっといたのか?」
ガンツは首を振る。
「移動してきたらしい。誰か炭鉱地図を持っているらしい。でなければ、炭鉱跡は――」
会話が途中で途切れた。
数十人の騎馬と侮っていた食人軍勢は予期せぬ方向からの奇襲を受け手全く防備をしていない。徒歩兵が中心で更に白兵戦に特化した武器で攻め寄せられた挙句、更に騎馬隊も突撃する。
「ありぁや、コッチの味方か?」
怪訝な口ぶりでザルが囁く。
――ああ。
グリアは頷きながら再び長剣の柄を握り、趨勢を窺う。しかし、明らかに勝敗は決していた。奇襲をかけた側の有利は言うまでもなく見事な采配が効いていた。投降する兵が現れ始めた。
だが、それを受け付けず武器を投げた兵すらも血祭りに上げた。その様子がまるで狩りと形容できるようだった。殲滅戦だった。それも生半可なものでなく、徹底した軍団単位の殲滅。それは昔砦で受けた屈辱に似ていた。しかも、数千もいた兵が既に意気阻喪しているのが手に取るように分かる。
「俺たちもいくぞ」グリアは剣を再び抜くと屈んだ姿勢から身を起こし雨の大地を走る。それに続いて八〇〇弱の兵も従う。






人の死骸が坂を塞ぎようやく決着した。結局、ほとんどの兵に逃げられた。が、勝利という意味では変わらない。元々、殺し尽くすには数が足らないのだ。
「おい、そちらの隊長を出せ」
重く響く声だった。
グリアは長靴を泥濘んだ地面を踏ませて土嚢の垣から出た。傍にザルを伴いゆっくり歩む。動悸が早まる。仮に敵だったら、首はないだろう。しかし、奇妙な事は兵数が自分たちより少ない事だ。せいぜい二〇〇―――。
「輸送隊、隊長グリアだ。貴殿は?」
ずんぐりむっくりな小柄だが、筋骨隆々の男に尋ねる。彼の目はギョロ目で無精ひげを生やしている。
「ム? 今はザンと名乗っている……一応、昔は残党刈りのベンと言われてたがな」
愛想のいい笑顔で雨に濡れた頬を緩める。悪い奴ではないらしい……。
ホッ、と安堵しながらグリアは、
「そうか……所属は?」
ム? と眉を釣り、ザンと名乗った男は笑う。
「そりゃあ、衛軍の残党狩りをしているんだ。連合軍側だ。衛軍に滅ぼされた部族連合の元武将だからな」
――えっ? と咄嗟に驚きが漏れた。
マズイ、このまま衛軍所属だとばれるとマズイ。グリアは雨に混じって冷や汗が流れる騎がした。



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