異世界にいったったwwwww

あれ

カルデラ2

 三日経つとエイフラムの身体は僅かではあるが動くようになっていた。ただ完全に回復した訳ではなく自在に手足が作動するのは先になりそうだった。それに加え傷も癒えていない。凍傷の影響で腕や身体のあちこちの皮膚が腐ったように変色している。
 右腕を挙げながらエイフラムは薬草の塗りつけられた自らの二の腕を眺める。指先は未だ痺れが残って完全な握力は戻っていない。
あちこち己の身体を点検しながら、
(情けないなぁ……)
言いながら右手を握り締めた。
「……あ、あの~」戸惑いがちにエイフラムへ投げかけられた。
「なんだ?」
布切れに巻かれた女が柱の蔭からエイフラムの様子を探っている。彼女はこの小屋の家主らしい。エイフラムを介抱したのも彼女だった。とはいえ、相当の人見知りなのか三日経過しても彼に慣れる気配が一切なかった。
「よ、宜しければ夕餉の支度を……と、思いまして」
「……そうか。助けられている身としては貴女がどうなさろうと自由だ」
ボソボソと小声で伝える。声帯も幸いにして使えた。
――でしたら
と彼女は後ずさりでもするように注意深くエイフラムを片方の瞳で凝視しながらジリジリ戸口まで後退してゆき、逃げ去るように外へと出て行った。
(一体この俺が何をしたと言うんだ?)
おかしいな挙動をした彼女の姿を見送りながらエイフラムは藁の上に白いシーツを敷いた寝床の上で寝返りをうつ。だが眼が冴えてろくに眠れもしない。




 
彼女が戻ってきたとき、「ひっ」と短い驚きに続いて、手に抱えた野菜や子山羊の肉塊を載せた籠を足元に盛大に落とした。
「な、なにをなさっているんですか?」
エイフラムは寝床から無理やりに起き上がり、まだ萎えた脚を励まして壁に身体を凭せて、歩こうとしている最中だった。
「みればわかるだろう……歩く訓練だ」
「できるはずないでしょうっ!」
驚愕の声の裡にも怒気がこもっている。三日目にして始めて彼女が怯え以外の感情を示した。だがエイフラムはそんな事には一向気を回さず、衰えた脚で一二歩進ませる。壁をなぞっていた手と身体が均衡を崩し、倒れてしまう。その度、何度も空を掴む掌の動きが虚しい抵抗のようにも思われた。
布切れの彼女は急いで駆け寄って、寝床に身を横たえ息を喘がせる男の元まで走っていった。
「あの山を自力で登攀したんですよ? せっかく回復しているのに無理をしないで」
半ば命令口調となってエイフラムを諭す。
肩で息をついていたエイフラムは怒りの眼差しで彼女を睨む。しかし、彼女の片方の瞳は頑なに意思をげようとしない。
「――チッ。わかった」




予想以上にエイフラムの肉体が復活しつつあることに布切れを巻きつけた彼女は驚嘆の色を隠せずにいた。普通の人間であれば瀕死の状態も着実に傷が癒えてしまっている。
彼は何者なのだろう?
純粋な疑問が頭をもたげる。
夕餉の支度が終わり、エイフラムに薄い玉蜀黍とうもろこしを潰し山羊の乳と大豆などをすり潰した粥を運ぶ。眼を瞑りながら、張り詰めた神経の呼吸音が聴こえる。彼は意識が完全に戻ってから常に瞑想に耽っていた。
「夕餉を準備しました」
そう告げると、
「……誠に申し訳ない」
先程とは態度が異なる紳士的な口調。
熱い湯気の器を両手で包み枕元で膝を屈し、木製のスプーンで器の粥を掬う。
「自分で食べられる」
子供の拗ねたような口ぶりでエイフラムは指をスプーンへ伸ばす。布切れを巻きつけた彼女の指から奪い取ると、痺れる指で口元に強引に運ぼうと努力した。
ボタボタッ、と勢いよくスプーンを手元から取り零した。「チッ、クソッ」苛立ちが隠せないように眉を顰め薄い唇を噛み締める。
(ああ、そうか)
意固地なエイフラムを目前にしながら彼女は悟った。彼が苛立っているのはあくまで非力な自己に対する怒りであって、決して他者を害する類ではない事。また、それ故に自分をどこまでも痛めつける事に躊躇のない事。連日、恐ろしい気迫のもった彼の雰囲気の正体にようやく気がついた。
「当分はわたしがやりますので。あまり周囲を汚されても困りますし」
エイフラムの人物がわかってから、彼女は砕けた様子で言い含める。不承不承としながらもエイフラムは身を寄せている身分である以上文句は挟まなかった。


「なぜ、俺を助けた」
一番の疑問を改めて訊ねる。
口に粥を運ばせた彼女は、その動作をふと停め、
「……わたしはこの村の長に言われて貴方を泊めているまでです」
「長? ここはそもそもどこだ?」
「龍……平地の人たちが昔語りで語る古龍の住まう場所です。そして、ここが地上で唯一の古龍の巣。本当はここに住む人間以外は教えてはいけないのですが、貴方は自力でこの山まで登ってきた。普通この村に来るには龍に乗るんです。勿論、村の人以外は乗ることすらできません」
饒舌に喋る彼女の言葉に耳を傾けながらエイフラムは不思議な感慨を得た。
「貴女たちはどうしてこのカルデラにいるんだ?」
すると、布切れを巻きつけた彼女の顔が曇った様に感じられた。
「……それは……後でお話します。貴方に事情を説明するのもわたしの役割ですので」
そういうと、再びスプーンをとってエイフラムの口に運ぶ。
不思議だ、とでも言いたげに目を丸くしながら彼は黙々と咀嚼する。



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