異世界にいったったwwwww

あれ

ガーナッシュ邸

「なるほど、盛大な火花が散っておるな」
バザール議会正堂。ここは、円形のバザールの丁度中心部に位置している。この政治の中枢は砲弾の射程範囲より僅かに離れているため主だった被害はない。とはいえ、衝撃の余波が正堂の各所で揺れ強烈な響きが伝う。
天井の梁が軋む音に耳を傾けながら、不安げに青白い顔の男が口を開く。
「……おい、本当に大丈夫なんだろうな? この件でうまく行けばバザール議会の終身議長の座に就けるのだろうな?」
この男はバザール商人代議士の一人である。しかし、生来の不安症らしく親指の爪をかじりながら喋る。そのため手元が濡れて光っていた。


正堂の一番見晴らしのよいバルコニーへ出た賢しげな男は不敵に笑みをこぼす。
「――当然ですとも。ですが、貴殿の協力なくしては不可能というもの。我らふたりがバザールを牛耳らねば。このように面倒な議会制にして、商人どもに好き勝手にさせたおかげで纏まるもとも纏まらない。叔父上はおかわいそうだった……」
この男の叔父上は嘗て、バザールで終身議長の座を狙い暗躍した。バザールの掟には絶対的権力の集中を戒める幾つもの法が存在した。それを躱しながら叔父上と呼ばれた男は政略に勤しんだ。


……結果は当然であるが、叔父上と呼ばれる男の敗北に終わった。このバザールでは珍しくもない反逆者――つまり、独裁者を目指した人物は過去にも存在はしている。
そして、その誰もが皆、抹消された。
バザールの議会正堂には歴代の代議士たちの肖像画や銅像がある。……が、反逆者となった者には容赦なく制裁が加えられる。まず、歴史に名前が残らないように徹底して削除される。次に反逆者への加担した者への徹底的な弾圧。その殆どは処刑である。様々な方法で消された結果、現在「叔父上」としか呼ぶことを許されないのは、名前すら口にされる事が罪になるのだ。幸い、分家のこの男の家は助かった。が、以後姓名を変えてのバザール生活となった。その屈辱は、今日の我々には推し量れない領域である。


「さぞご無念だったであろう……叔父上」
賢しげな男は白髪に染まった髪をかきあげ、炎上するバザールの街を眼下におさめる。まるで子供が玩具を見つめるように愉しみ、この男は混乱する人間、破壊されていく建物、全て失われてゆく時間にたっぷりと思いを馳せた。復讐の美酒とでも言おうか。
と、後ろを振り返ると先程の爪を噛んだ男が背後で独り言をブツブツと言っている。
「まだご不満か?」
「と、当然だ。と、盗賊なんて――あんな連中、やっぱり、……う、裏切るに決まっているッ」疑心暗鬼の目を左右に動かしながら俯く。
はぁ、とため息をつきながら、
「いいですかな? 一度決めて実行したのです。我々に後なんてない。ここで成功しなければ我らは死ぬ。盗賊に手を貸してバザールを攻撃させ、その後の権力を我々が独占する。こんな事が知られてみればどうするのだ?ここでやらねば……」
そういいながら、再び視線を街へと戻す。埃灰の欠片が外気に漂い熱風と共にバルコニーへと密に充満した。



ひどい曇天で、今が一体何時くらいかも分からない。
「ゴホッ……ゴホッ……。あっヴッ、くっさっ」
下水道を潜り抜け、ようやく真希はバザールの五番街と呼ばれる比較的大通りの排水口から顔を覗かせた。慎重に頭だけ出して周囲を警戒、妙に人気ひとけがないことを怪しみながらも、何事かを決意したように鉄格子を腕で払い除けた。
「あー、もう気持ちわるい」
靴下がジュクジュクと濡れている。未だに靴下が汚れるのは慣れない。というよりも、こんな事に慣れる人間が果たしているだろうか? などと、埓もあかないような思索に暫し耽った。
と、鼻先を粉っぽい風が掠める。……灰か。景色は倒壊した家屋や半ば崩れかかった建築物などが群れをなしていた。
――大火災が起こっている。
真希はなんとか周囲の情報を整理して考えようと試みる。
下水道は下水道で糞尿など生活排水が酷いが、バザールの地上では砲撃による被害の様相が凄まじい。黒灰が埃と共に空気を漂流している。服の裾で口と鼻を覆いながらゆっくりと身体を外へ出した。
……それにしても、こんなにも糞尿臭い10代の女子も稀ではないだろうか。
本当になんというか……泣きたくなってくる。というか、正直半泣きだ。
べっとり、髪は油で汚れている。下水の影響もあるが、ここ数日マトモに身体を洗っていない。流石に気持ち悪さがこみ上げてくる。
「ふたりを助けてから……だからね」二の腕に記した文字を読みながら自分を鼓舞する。
真希は改めてメガネのレンズを脇の間で拭く。かけ直して軒を連ねる店舗の看板を眺めた。どうやら、殆どが宝石店や貴金属の取り扱い店のようだ。
文字が読めなくとも看板には絵で表示されている。各店によって看板の絵柄が異なりそれが店の個性とも言えた。が、残念だがそんな差異の発見なぞ現在いまとなっては瑣末な事である。
(それにしても人がいない……もしかしてみんな逃げた……とか?)
希望的憶測にしろ、真希にはバザールの人々が避難しているのだ――という仮定にすがりたかった。無論、人を信用すれば大抵は裏切られる。いいや、正確には違う。そもそも相手にはその「信用」こそが迷惑なのだから。
だからいつも、一人相撲の空回りという事になる……。
バン、バン、と両頬を真希は叩く。気分がついつい迷いがちになって目的がわからなくなる。冷静にならなければ、誰も救えない。
グリアに手渡された下水の地図は丁寧にも地上の街の情報を網羅している。
「えーっと、なになに? 五番街からガーナッシュ邸までは……おお、ビンゴ。結構近いじゃんか」
指を弾いて鳴らす。
妙に気持ちが昂ぶってしまうのは、きっと感情を締めるバルブがぶっ壊れているからかも――真希は自分の気持ちを俯瞰しながら同時にそういうヘンに冷淡な己に戸惑いを感じる。
余りにも色々な事がありすぎた。頭では理解できない事が次々に押し寄せて、何度も涙を堪え、或は泣きはらし、或は僅かな時間だが喜びもした。
左手の地図が炎にあぶられてできた不思議な文様のような皺をつくる。





五番街から30分を徒歩で移動する道すがら、真希は次々に打ち込まれる砲弾が天高い頭上を何度も交差するのをみた。始めこそビクビクと被弾しないか恐れていたが、どうやら問題は直撃での死亡よりも、建物の破壊に伴う壁の破片や或は砲弾内部に詰められた鉄片なのだと理解した。
レイピアの細い柄を握りながら、しかし、それで被害が防げる訳でもないのに……と自嘲もしてみる。
左手で頭を覆いながら足早に進んでゆく。足元の煉瓦を整然と敷き詰めた舗道が砲撃の雨によって陥没した箇所が散見される。注意深く足元を確認しつつ蛇行する。遠く直線の彼方には小高い山のような地形になっており、神韻と静謐さを備えた木々の奥には薄く赤い屋根が見えていた。
そこがまさにガーナッシュ邸である。



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