異世界にいったったwwwww

あれ

逢いにいく

文明の文化度というのは、ある種の浸透と拡散を以て語られるべきだと思う。少なくとも、この異世界の中原にいては特にそう言える。というのも、現在分かっているだけでも一神教と多神教の峻別とそれに応呼する摩擦がこの戦乱期では一定時期小さくなっている。




 なぜだろうか?




 その答えは単純であった。そもそも、高度な政治的要因による戦争がこのガルノス、パジャ派閥での戦乱である。それ以後はともかく、この時期には宗教、文明の軋轢は戦火の火種とはなり得なかった。






 1


 とても長い時間走った気がした。目もようやく夜に慣れた、だからもうこの周辺は馴染みのある場所なんだろうと真希は悟った。


 汗ですえた臭いのする服(特に首筋周りの襟)や幾度もの悪路を走った為に傷つき悲鳴を挙げた足元も、真希には最早どうでもよくなっていた。


およそ、三〇メートル以上の城壁は隙間なく石材が積まれている。


 ……その城壁の内側に巨大な火の手が幾つも上がっている。それも、1つ2つではない。群立する幾つもが、折り悪く風の方向に右往左往し、やがて渦となり巨大な火炎の旋風となった。




 バザールが襲われている!!




 そのたった一つの事実が真希の眼に否応なく映した。






 彼女が佇んでる地点はバザールの外縁部といえる、なだらかな形状の丘が乱立する草原だった。刻は夜の隆盛である、しかし目前は尚も盛んに輝いている。不気味な美しさが夜の底にまで届きそうな勢いである。




 「どうしよう……どうしよう……みんな死んじゃう! みんな死んじゃ……」




 バザールに繋がる路には商業用馬車の為に布設されている。また路の両脇に配された林檎の林。それらを見下ろしながら、周囲の赤松やイチイの針葉樹に囲まれ、不穏に膨張した空気に恐怖を感じた。


 一歩、もう一歩、脚を差し出し丘の頂きへと登り、暗闇であろう眼下を窺う……そこには、凡そ〝人間〟という生き物の妙な生暖かい呼吸があった! 数千にも及ぶであろう松明の灯りがバザールの外壁を囲んでいる。




 人間が、多くの人間が暗闇の中、呼吸をしている……多くの『人間が』生きる為に、殺す為に呼吸をしている!!




 どうしよう、どうしよう、私は一体何をすればいいのだろう? 私は、――そう、私は私は私は………


 真希の呼吸器官は停止した。


 呼吸の仕方を忘れてしまったのだ! 彼女が先程までどうやって自分が息を吸っていて吐き出していたのか忘れていしまっていた。苦しい、苦しい、苦しいッ!! だんだん視界が朦朧とし、薄い暗転の兆しを感じた。走ってきた疲れも手伝って震えていた膝小僧から、――いいや、その両足から力が一気に抜けていった。まるで、気のない炭酸飲料のように、気力が萎えた。




 真希の無意識に〝あの砦〟での事が今起こっている現実と二重写しになって彼女の心を捕らえていた。






 へたりこんだまま、胃の腑が酒でも飲んだかのようにカッ、と熱くなる。それから、マグマでも遡行するように口腔にいっぱいの苦味が伝い、肩が大きく波打つ。




 「うッ、……ヴぉぇ!!」




 その場の闇に遮られた地面へと嘔吐した。何度も何度も嘔吐した。ずいぶん前に食べたものが、未だ消化しきれずに、口を抑えた両手の指の隙間から野菜の葉脈だとか、粒粒の形状が僅かに手のひらに付着した。……全部吐き出したハズなのに、まだ胃が痙攣しながら、吐き気が襲う。




 (くそっ……クソッ……なんではやく行かなきゃいけないのにっ……!!)




 真希は酸っぱい唾液を舌先から蜘蛛の糸のように長く曳きながら、目尻に涙を湛えていた。鼻腔には胃液の甘酸っぱい臭いが広がり、舌の根は苦味で満ちている。まるで、喉の奥に何匹ものカエルが鳴き声を漏らすように、ゲ、ゲ、と続く。咽頭の深部から熱い鉄の溶鉱炉から生まれた鉄の延べ棒がひり出されるみたいな、最悪な気分……




 手のひらに残った気持ち悪さを抱えながら、真希は左手をヨロヨロと、レイピアの柄を触る。ベットリと胃液が柄の部分に塗りたくられる。




 『私は生きている、今、私は〝生きている〟』






 真希は伏せた態勢から徐々に理性を回復させ、持っていたペンライトを灯す。おもむろにボールペンを取り出し、服の腕の部分へ微光を這わせる。そこに付属していた白地の布へ文字を震える手と指で記す。




 『アーノ、ノーズリ婦人を探す!!』




 目で読み、口で念仏のように呟く。「……大丈夫、私はこれまでもやってこれた。大丈夫だって、きっと」最後に付け加える。




 「よしっ!」喝を入れる。


 まだ嘔吐物の残る頬を裾で拭い、眼下に広がる大群と対峙する。




 今度は誰も大切な人を奪わせやしない。誰も私の腕から離したりはしない、そう真希は心に固く誓った。


 

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