異世界にいったったwwwww
王佐の人
なにも、 男は宿痾の為だけに苦しんでいたのではない。悉くがまた、彼の道理の通らぬことばかりだった。けれども、この戦争によって……もっと正確に言うならば、ガルノスのお蔭で自らの名を広める機会を得た。中原を二分する大戦に獅子を支えることの出来る事――
1
臭気のひどい天幕の暗い室で胡坐をかいている。
アーロンは溶けたような赤黒い皮膚を一つ撫でる。すると、その下からは病理に犯されていない新鮮な皮膚が現れた。
(さて、これで騙すことができたな……)
アーロンには、絶対に中原の獅子には全貌を知られることをよしとはしなかった。包帯をほどくと、化粧を直ぐに冷水を湛えた盥で洗い流す。冷たい感触が彼の猥雑な脳内を整理してくれるようだった。
「主よ、よろしいでしょうか?」
やさしい声音の男が天幕の口から問いかける。その聞き覚えのある声に、アーロンは「ああ、なんだ?」と投げかける。
僅かな微光に膨らんだ天幕、その影は柔和な笑みを浮かべる灰色の髪の男だった。
「コーウェンか、なんだ。」
コーウェンは手元の紙束を小脇に抱え直し、アーロンの座した寝台の下で跪いた。
「中原に変化か?」「――そうお思いですか?」「よせ、冗談は好まぬ。」「……でしょうな。では」
コーウェンは一枚の紙をアーロンに差し出した。どうやら、影の群躍者が調べた報告書らしい。仔細な数字と簡潔な文字の羅列、あるいは簡単な絵も添えられており、優秀な書類といえる。それに目を通しながら、「どういうことだ」と疑問を口にする。
『中原、侵攻軍劣勢』
と、大きく記されていた。半ば予想していた事であるが、ガルノスという英雄を此方に引き留めているのだ、致し方ない。
「報告によると、火槍が戦術のレパートリーを変えた、とありますな。我が軍でも導入を急いでおります。更に、大砲なる兵器がパジャの直営軍が運用いたしており、成果が甚大とあります。」
アーロンは耳を傾けつつ、報告書を投げた。
「……だから何だ?」
乱暴なもの言いだったが、コーウェンは表情を変えず慣れた物で、サッ、と投げた紙を回収する。
「どうでも良い。いざとなれば裏切ればよい。ガルノス殿の首をパジャ殿に差し出すのも策でござる。」
「ふっ……流石、宰相格に相応しい男だ。」
呆れたように、コーウェンは肩を竦める。コーウェンは名家の生まれであり、その実力は中原の最高教育機関でも指折りの成績実務を残していた。卒業時には各国からの宰相としての打診がきていた……にも関わらず、理由は分からないが今こうして新興国といえるアーロン体制に随行している。いや、王佐を行っているといってよい。
コーウェンの幼時の記憶にはただ一片の映像が色濃くあった。
中原の宮殿にて、各国の代表が一同に会する晩餐会の中、一組の親子がきていた。コーンウェンが父の傍で控え、窓を窺っていた。退屈な事この上なかったのである。しかし、そんな折――
『貴殿はきっと、良い王佐を行うだろう。』
急に語り掛け、そういって頭を撫でてくれたのは、帝国の外交官であり、且つ、一国の領主である。――誰であろう、アーロンの父である。その偉大に見えた男の脇には自分よりもやや齢上の少年が猛禽類のような眸をしながら、此方を窺っている。
『貴様を臣下として取り扱おう』
不遜といえば不遜な物言いだったことを覚えている。当時のコーウェン少年は動植物の学者にでもなろうかと思っていた程、軍人政治家という類には興味がなかった。上2人の姉の影響もあろうし、下の妹の影響もある。とにかく、女系家族であるからそういう思考があまり育まれなかったようだ。
だが、その澄んだ瞳の奥は不気味な程に純粋であった。
(いつか、お仕えするならばこのような人物の下で……)
たった一度の出会いが彼を、中原の最高学問機関の受験へと向かわせた。心優しい少年はいつしか、悠々たる風格を備えた政治家であり、参謀として、国家を簒奪したアーロンの前に再びまみえることとなった……のではあるが、それはまた別稿で語る。
「まあ、頃合いだ。我が軍はこれより進軍する。国内安定はお前に任せる。」
アーロンはそう言うと、全ての化粧を拭い取った。
今一人の風雲児が立ち上がった。
この頃を境に、大陸史上に残る大戦乱の役者が揃ったといえよう。
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臭気のひどい天幕の暗い室で胡坐をかいている。
アーロンは溶けたような赤黒い皮膚を一つ撫でる。すると、その下からは病理に犯されていない新鮮な皮膚が現れた。
(さて、これで騙すことができたな……)
アーロンには、絶対に中原の獅子には全貌を知られることをよしとはしなかった。包帯をほどくと、化粧を直ぐに冷水を湛えた盥で洗い流す。冷たい感触が彼の猥雑な脳内を整理してくれるようだった。
「主よ、よろしいでしょうか?」
やさしい声音の男が天幕の口から問いかける。その聞き覚えのある声に、アーロンは「ああ、なんだ?」と投げかける。
僅かな微光に膨らんだ天幕、その影は柔和な笑みを浮かべる灰色の髪の男だった。
「コーウェンか、なんだ。」
コーウェンは手元の紙束を小脇に抱え直し、アーロンの座した寝台の下で跪いた。
「中原に変化か?」「――そうお思いですか?」「よせ、冗談は好まぬ。」「……でしょうな。では」
コーウェンは一枚の紙をアーロンに差し出した。どうやら、影の群躍者が調べた報告書らしい。仔細な数字と簡潔な文字の羅列、あるいは簡単な絵も添えられており、優秀な書類といえる。それに目を通しながら、「どういうことだ」と疑問を口にする。
『中原、侵攻軍劣勢』
と、大きく記されていた。半ば予想していた事であるが、ガルノスという英雄を此方に引き留めているのだ、致し方ない。
「報告によると、火槍が戦術のレパートリーを変えた、とありますな。我が軍でも導入を急いでおります。更に、大砲なる兵器がパジャの直営軍が運用いたしており、成果が甚大とあります。」
アーロンは耳を傾けつつ、報告書を投げた。
「……だから何だ?」
乱暴なもの言いだったが、コーウェンは表情を変えず慣れた物で、サッ、と投げた紙を回収する。
「どうでも良い。いざとなれば裏切ればよい。ガルノス殿の首をパジャ殿に差し出すのも策でござる。」
「ふっ……流石、宰相格に相応しい男だ。」
呆れたように、コーウェンは肩を竦める。コーウェンは名家の生まれであり、その実力は中原の最高教育機関でも指折りの成績実務を残していた。卒業時には各国からの宰相としての打診がきていた……にも関わらず、理由は分からないが今こうして新興国といえるアーロン体制に随行している。いや、王佐を行っているといってよい。
コーウェンの幼時の記憶にはただ一片の映像が色濃くあった。
中原の宮殿にて、各国の代表が一同に会する晩餐会の中、一組の親子がきていた。コーンウェンが父の傍で控え、窓を窺っていた。退屈な事この上なかったのである。しかし、そんな折――
『貴殿はきっと、良い王佐を行うだろう。』
急に語り掛け、そういって頭を撫でてくれたのは、帝国の外交官であり、且つ、一国の領主である。――誰であろう、アーロンの父である。その偉大に見えた男の脇には自分よりもやや齢上の少年が猛禽類のような眸をしながら、此方を窺っている。
『貴様を臣下として取り扱おう』
不遜といえば不遜な物言いだったことを覚えている。当時のコーウェン少年は動植物の学者にでもなろうかと思っていた程、軍人政治家という類には興味がなかった。上2人の姉の影響もあろうし、下の妹の影響もある。とにかく、女系家族であるからそういう思考があまり育まれなかったようだ。
だが、その澄んだ瞳の奥は不気味な程に純粋であった。
(いつか、お仕えするならばこのような人物の下で……)
たった一度の出会いが彼を、中原の最高学問機関の受験へと向かわせた。心優しい少年はいつしか、悠々たる風格を備えた政治家であり、参謀として、国家を簒奪したアーロンの前に再びまみえることとなった……のではあるが、それはまた別稿で語る。
「まあ、頃合いだ。我が軍はこれより進軍する。国内安定はお前に任せる。」
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