異世界にいったったwwwww

あれ

御出馬

世が世ならば、不敬で処罰されていたに違いない――。


 そう彼は思わずにはいられなかった。


  今時こんじ王朝は崩壊し、旧態の定められた掟は悉く瓦解した。となれば、当然無法者は世に跋扈し乱暴を極める。或は人の理性のたがが外れたと形容できよう。




 そのような荒れ果てた世俗から隔たった数少ない場所。


 スヴァールム寺院。


 別名は紅岩の地とも呼称される。




 嘗て聖人が修行により拓いたと言われた由緒正しい地であった。海抜4千メートル以上もする高地の急斜面にココはひっそりとある。西方と東方風の建築様式、その融合した形の塔と建造物達が木々に覆われて存在した。


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 窓枠には渓流から砕け散る滝の轟音が殷々と耳朶を聾する。


 「……我が主よ、お久しゅうございます」




 パジャは恭しく傅き、頭を垂れる。このように慇懃な態度を示すパジャに驚いた。北方の賢王は目端を僅かに開き、息を呑む。それと同時に、パジャの脇に控えながら臣下の礼をとる。






 「そこにあるのは……パジャか? うむ、苦しゅうない。もうひとりあるな……」




 「ハッ、もう一人はブリアンという北方の賢王として名高い名将で我が右腕でござる」




 ――そうか、と応じた。




 声の主は、寝台の縁に腰掛け頷く。年の頃はまだ9歳程であろうか。






 彼こそが、ゴールド王朝唯一の生き残りの継子第13皇子。現在では名はスヴァールムとされている。この寺院の名を以て世から解脱したものとされた為である。そのために嘗ての名を放棄した。


 とは言うものの果たして皇子が直接の継子というべきかは疑わしい。それは、皇子の母は出自が不明であり、かつ王朝自体はとうの昔に滅んだ。その為、正確にはパジャは二度ほど皇子を救ったといわねばならない。一つは王朝の執政補佐であった皇帝の甥。彼が自領に戻り力を回復させたこと。公には王朝とは関係がないこととされた。


 そして、もう一方が都市国家連合の討伐軍によりその国が壊滅させられたこと。理由は現在でも尚不明である。しかし、それによって当時まだ七歳であった皇子が亡国の王となった。戦火に紛れ密かにこの寺院にパジャは匿った。


 そうして今に至る――。




 「皇子、なにかお困りのことはございますでしょうか?」




 パジャは尚も声色を変えず、しかし、最大の敬意をもって訊ねる。




 「いいや、ない。パジャ、貴様のおかげでこうして何不自由なく暮らしておる。僧侶になるため精進しておる」




 そう言いながら頭を左右に動かす。周囲は抹香が焚かれ、漆喰の壁が四方を囲む。10メートル四方の部屋には殺風景といえた。




 ブリアンは、無礼を承知で終始、パジャの旧主をみた。……青白い肌と、意外と痩せた身体は白い質素な衣服に身を包み手持ち無沙汰の指も折れそうであった。しかし、それらはスヴァールム皇子を言い例えるには適切でない。皇子は訪ねたときから、瞼を一度として開きはしなかった。




 彼は盲目の人であった。




 その為、王朝でも最下位の継子序列であった。当時の慣習としては異例の女子よりも下の位であった。




 (しかし、何という無欲な人だろうか……。)






 ブリアンは思った。パジャが嘗て己が手で滅ぼした王朝の皇子を裏で匿い、庇護していたのだ。成程、某かの策略が密かに巡らされているのかもしれない。しかし、それを抜きにしてもこの皇子を上に頂くことは自然な成り行きだとも考えられた。




 表情こそ動きはしないが、その顔立ちは中性的で優しさを湛えた目元や口元からもその人柄を感じさせた。もし仮に王朝最後の皇帝が彼であれば歴史も今とは違っていたのかもしれない。






 だが、皇子にはこの暮らしの方が良いようだ――。






 ブリアンは密かに意を胸に蔵した。それよりも、この寺院にくる途中の長い石階段でパジャに言われた言葉を今更になって甦ってきた。「……これから、かの御仁には無理を強いることになるだろうな」




 パジャのぼやきがどこか苦い影を伴うようだった。その時横顔に混ざる真意が射し、それを手で抑えて隠す様を見て取った。それ故、ブリアンも目前の皇子にはどこか罪悪感のあるモノが湧き上がった。




 皇子は「それにしても、余……いや、今は拙僧か。うん、拙僧に何か用向きがおありか?」と長い腰元まで伸ばされた解れ髪を僧侶用の形式に結び直す。漆黒の髪に銀色の髪が多く混ざっている。北方系の血が混ざっているのだろう。そこにブリアンは親近感を持った。




 初めてパジャは虚を突かれた。思わず口ごもり、




 「はっ、それがその……」




 と言葉を濁した。が、流石の大陸随一の宰相各である。すぐさま切り替えると、「折り入ってご相談がござる」と実務的な声音で皇子にいう。


 旧主は瞑目し、長い睫毛を微動もさせずにいた。まるで、観念したと言うよりも悟ったというべきかもしれない。








 ……後世、「継子の御出馬ごしゅつば」と呼ばれる一連の動きの発端はここにある。




 パジャの狙いは、あくまで王朝の継子を世間に喧伝することで、権威がパジャ側連合に譲渡されたものとする印象操作を行うことが目的であった。そのために必要な一手である。実はそれが皇子を助けた理由でもあった。




 が、彼個人としては政治利用よりむしろ隠遁生活を送って欲しいと願っていた節がある。しかし、現在となっては真相は藪の中である。




 重ねて余談であるが。この皇子の運命は生涯を通じて波乱に満ちていたと言って良い。彼が薨ずる前年まで結局安穏とした日々はついに訪れはしなかった訳である。それはともかく、皇子は思案の一つする暇もなく「分かった。そちの言うとおりにしよう」とだけ言った。




 つくづく、人の運命は奇妙奇天烈である。
 

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