異世界にいったったwwwww

あれ

基地

統合自衛団――市ヶ谷駐屯基地。







 この日、朝早くから忙しくなっていた。余り真面目とは言い難い勤務態度で上官から何度も叱責を受けた神林公平大尉は給湯室で湯を沸かしながら、煎餅を齧っていた。ここ数日はデスクワークの量が異様に増え、まともに帰宅できる時間などありはしなかった。


 出来立ての熱いコーヒーを啜りながら、無機質な白い壁の四隅を眺める。銀色のシックに手をかけて、嘆息する。誰にも言わなかったが、そろそろ辞表を出そうと思った矢先、このような忙しさでは言い出しにくい。ギチギチの組織には息が詰まる。防衛大學をたまたま主席で卒業できた、という幸運は俺にとっては個人問題として不幸だったかもしれない。大昔だったら恩賜に預かっていただろうな。




 この市ヶ谷基地は嘗て帝国時代は国の重要拠点となり、戦争後は有名な文学者が切腹した場所である。しかし、それは厳密に言えば既に取り壊された「市ヶ谷」であり、現在のこの建物とは異なる。


 神林は廊下を出、諜報課の中でもセキリュテーレベルの低い部屋の前でIDカードを掲げ、ゆったりとした歩幅で入室する。




「神林大尉」


 儀礼的な声がした。居並ぶ机に一人男が座っていた。




「島長中尉、どうした?」


 6歳ほど歳の離れた二人は、しかし、一つの階級違いによる軍隊特有の奇妙な対照コントラストが生じていた。神林は今年で二六歳、島長はそれにプラス6するだけだった。


 「先週捕らえたあちら側(異世界)の住人の一人が妙なことを言い出していて……」


 「なるほど、それで?」


 余りにもこういう異世界関連の事件が日本で多発している為、現状としてギリギリのラインで隠蔽工作せねばなるまい苛立ちに神林はこめかみが痛くなる。


 「その男、どうやら日本に異様に通じているようでして」


 「それのどこが問題だ? かつてテレビというメディアでやっていた頃なんざ、日本は悪い、いいや日本は最高だ、と訳のわからんポピュリズムを煽るツールだってあったんだがな。大方あちらさんに何らかの保存媒体で密輸したと考えてもいいがな」


 皮肉な口調で神林はいう。それというのも、最近、ランダムで暫定的な次元断層の発生が関東一圓や東北の数箇所、近畿の山間、九州の西南部などで報告を受けている。いいや、実際は日本各地であるのだろうが、如何せんこんなふざけた〈異世界対策課〉という課を自衛団が公に大々的に公表したがらないのと同じ心境であることは容易に類推できた。つまるところ、対応しきれないで零れる情報が無数にあるのだ。




 「そもそも、今予算委員会という時期も悪く、報告しようにも上が口止めして情報がこの課と他いくつかだけの共有となっていまして」


 島長は疲れた表情で笑う。彼もバカバカしい仕事をしているのだと思っているらしい。かつてのSFではあるまいし、と。






 「それで、その男がなんだったかな?」




 「あ、ええ。それが、何故か……」








 2








 ……なぜ、統合自衛団が異世界へと軍人を派遣できなかは簡単な理由があった。それは「個人ID管理」システムであった。それはつまり防衛省が予算拡大と国内での軍需産業を拡大する対価として統合自衛団では公務員兼軍人として国が公共性パブリック管理にネットなどで公表する確約をした。


 9月の予算審議員会に国会で突如として持ち上がった「文民統制の精査」はどうやら当時の資料を漂流する限りにおいて異世界との接続が問題であったと見て良い。




 とにかく、委員会は突如国会の臨時招集のもと侃々諤々の議論へと転換していった。メディアも当時、急な国政の動きを戸惑いと不審の目をもって報じていた。しかし、余りに「秘匿事項」が多いため、また普通ではないという雰囲気が霞ヶ関を含む省庁報道人にも伝播し、結局15年ルール(15年後に資料公開)を約束して報道は沈静化した。




 ――個人ID管理システム




 それは、統合自衛団の団員、職員に義務付けられた制度。個人の体内にIDナノマシンを注入し、働いている限り、公の仕事の時はどこで何をしているかを逐一データとして公表される。所謂行動追尾である。これは野党の代表が唱えた「国営管理の監視」を渋々与党自衛団高級官僚が飲み込む形で成立した。それは当時欧州米国、ロシア、中国でも既に導入されていた制度である。




 しかし、導入時期が悪かった。


 折り悪く異世界との連結ポイントの出現がこの年多発した。結果、ID管理された自衛団は迂闊なことはできなかった。結局民間軍事会社の協力を得て (殆どが臨時の外注企業で多額の出費となった) 調査が始まった。




 真希や壮一などの民間人及び関係者などは戸籍謄本の一時削除などの方法により、違法な方法で異世界に送っていた。無論、護衛を付けるべきだろうがIDシステムが邪魔をして容易に軍人派遣はできない。その場合、法律の改正に手間取る。一刻もはやく自体の解明を急ぐ形で民間のみの派遣となった。




 3




 「お前らで言うところの神とは一神教ではないのか?」


 強烈な白光照明の取調室で声が響く。


 神林は無精ひげを撫でながら訊ねた。




 日焼けした30半ばの疲れ果てた異国の男は背もたれに寄りかかる棒のように口端に涎をたれながら虚ろな目で応じる。




 「あんたらのいう多神教だって、とどのつまりオウシュウの一神教と変わりがない。つまり、一神教の場合はその文化圏の人間にとっては原理主義という意識の回帰運動が起こりやすい。だがなあんたら多神教だって個別の一神教だと考えれば何も違いはない。要するに一個の豆粒と豆粒の袋の違いで一個一個の豆粒は変わらない豆粒で区別しない。袋という認識になるだけだ、常に一神教の場合物事の帰結に神が数学の証明の最後に待っているような錯覚を受ける。常に理由がある、そのために理論という道具で筋道をたてて神の下へと続く道を積み上げるだけさ。それを多神教の連中は勘違いして、神との関係を意図的な意思の転校を行い、その都度都合のいい神を設定してしまう。その多神教は大抵一定の分岐路をつくり相互関係を持つ神として各種の唯一神の役割を付与しているに過ぎん」




 ため息をつく。島長は「万事この男はこの調子です。ただ、思った以上に彼の我が国と世界への知識を有してはいますが」




 と、付け加えた。




 「そうらしいな」




 ペンの尻で耳の後ろを掻いた。




 それから島長に、


 「この男危ないクスリやってはないだろ?」




 「……どうでしょうね? 本来からこんなヤツだとまずいですがね」

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