異世界にいったったwwwww
市場3
……真希たちは厩舎に戻り、直ちに旅の支度を終える。藁屑と枯れ草かそこらじゅうに散乱し、馬糞の匂いや尿の強烈なアンモニア臭は慣れるものではない。いまだに真希は頭が痛くなるほどの感覚に襲われる。
夕刻の僅か前、休まずゆけば隣街の宿場にたどり着くだろう。
真希は鞍に吊り下げた丸い布を一瞥する。顔を戻すと、厩舎で働く男が柱の手綱を解き屋外へと引き連れる。空の模様はまだ良好だ。早いうちにバザールへと帰ろう。そしてグリアに話そう。真希の胸に突如飛来する様々な感情の欠片が擦れ合って、まるで硝子の破片が鳩尾の底に重く沈んで痛めつけられる気分だった。
振り返ると、壮一とザルも乗馬したところである。
1
〈アザラシの寝床亭〉
異世界の――それも、中原の共通語で記された看板の真後ろに絵で宿屋であることを示すベッドと酒場の酒瓶の記号で表されている。この世界の識字率は著しく低い。殊にこのような田舎町で文字で書いてあるだけでも相当に珍しいのだ。
薄暗い視界にカンテラの灯りが連続して地面に光の暈を広げていた。
暖かな光が寒さに領されてゆく温度から僅かに温もりを与えている。壮一は周囲を窺いつつ、今晩の寝床をこのアザラシの寝床に決めた。このように文字で記されている場所は所得階層の比較的高い客を相手にしている証拠である。
酒場裏には馬を繋ぐ専用の馬小屋が僅かに小道を隔てて存在していた。壮一はアクビをして店じまいしようとした馬小屋の前の男に懐から取り出した銅貨23枚を示す。男は目を細めながら客だと判明すると首を振り「あと数枚」というジェスチャーを送り返した。
チッ、と舌打ちしながら壮一は再び二三枚取り出した。男は頷いて、馬小屋の扉を開く。中はお世辞にも綺麗にしているとは言い難い。また他の客の馬でひしめき合っている。その中で、各々目印になるプレートを渡され、馬の首にぶら下げた。
「宿屋はまだ空いてるか?」
「客の人数は?」
「3人、一晩で朝はやく出立する」
「んじゃ、銅貨45枚だ」
壮一は馬から降りて鞍を外しながら呆れた。余りにも足元を見すぎている。
「こちとら、こんな狭い馬小屋でも増額してやっただろ?」
「そりゃあ別問題だ。あんたらこんな夜にくる客を受け入れる店はそうそうないぜ?」
男は40代の些か面長の男だった。ザルはその男を馬小屋の闇の中から僅かに差し込む微光に双眸を輝かせた。さながら肉食獣の目である。流石に分が悪いと感じた男は「分かった。酒場のカウンターで35枚の銅貨渡すだけでいい」「本当にその値段か?」「もちろんだ」
冷や汗を流さんばかりにたじろいだ男に壮一は歩み寄り、太い腕で男の胸ぐらを掴む。
「本当だ……」
面倒になったな、と男は悲鳴を上げそうな勢いで叫んだ。
「分かった。交渉成立だ」
2
3人は10メートル四方の空間に押し込められた。受け取った鍵は如何にも安い。しかし、宿屋自体が安普請である。ザルが躰を動かすだけで家屋が傾く勢いであった。粗末なベッドには汚いシーツがかけられている。ため息をつきながら真希は自らの羽織っていたマントをベッドの上にかけて、その上に座り込む。
「ところで、あの男の首は?」
ザルが訊ねた。今更何故そのような事をきくのだろうか、真希は訝しんだ。
「どうして?」
「いや、だってお前。もしかして、なくしたのかと思って……その丸い包、白い布で血痕がどこにもないだろう」
ザルが単純な疑問を口にするように指差す。
まさか、と真希は腰の傍に置いた丸い包を恐る恐る、解き――ザルの言うとおりであることが理解できた。「どういう事?」動揺した指先は小刻みに震える。そこには、単なる丸みを帯びた人頭ほどの石があるだけだった。どうして今まで気がつかなかったのだろう……。
真希は乾燥して荒れ果てた下唇を噛み締める。
「あの子だ……間違いないよ。あの子……」短く呼吸しながら俯く。
それまで扉付近で佇み沈黙を守っていた壮一は真希に向き直り、
「……あの子は、恐らく死ぬ気だ。あの首を持っていることがどういう意味を持つかぐらい知っているハズだが……」
「まさか……あの村では男の首ぐらいで……」
「ああ、だからあの子は単に父親と一緒にいたかったんだろう」
真希はすくっ、と立ち上がるとしかしその場で足踏みするように行き場をなくした。「どうすればよかったの……」
「オレたちにやってやれることなんて一つもない――ましてあの子には敵だ」
「「……」」
夕刻の僅か前、休まずゆけば隣街の宿場にたどり着くだろう。
真希は鞍に吊り下げた丸い布を一瞥する。顔を戻すと、厩舎で働く男が柱の手綱を解き屋外へと引き連れる。空の模様はまだ良好だ。早いうちにバザールへと帰ろう。そしてグリアに話そう。真希の胸に突如飛来する様々な感情の欠片が擦れ合って、まるで硝子の破片が鳩尾の底に重く沈んで痛めつけられる気分だった。
振り返ると、壮一とザルも乗馬したところである。
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〈アザラシの寝床亭〉
異世界の――それも、中原の共通語で記された看板の真後ろに絵で宿屋であることを示すベッドと酒場の酒瓶の記号で表されている。この世界の識字率は著しく低い。殊にこのような田舎町で文字で書いてあるだけでも相当に珍しいのだ。
薄暗い視界にカンテラの灯りが連続して地面に光の暈を広げていた。
暖かな光が寒さに領されてゆく温度から僅かに温もりを与えている。壮一は周囲を窺いつつ、今晩の寝床をこのアザラシの寝床に決めた。このように文字で記されている場所は所得階層の比較的高い客を相手にしている証拠である。
酒場裏には馬を繋ぐ専用の馬小屋が僅かに小道を隔てて存在していた。壮一はアクビをして店じまいしようとした馬小屋の前の男に懐から取り出した銅貨23枚を示す。男は目を細めながら客だと判明すると首を振り「あと数枚」というジェスチャーを送り返した。
チッ、と舌打ちしながら壮一は再び二三枚取り出した。男は頷いて、馬小屋の扉を開く。中はお世辞にも綺麗にしているとは言い難い。また他の客の馬でひしめき合っている。その中で、各々目印になるプレートを渡され、馬の首にぶら下げた。
「宿屋はまだ空いてるか?」
「客の人数は?」
「3人、一晩で朝はやく出立する」
「んじゃ、銅貨45枚だ」
壮一は馬から降りて鞍を外しながら呆れた。余りにも足元を見すぎている。
「こちとら、こんな狭い馬小屋でも増額してやっただろ?」
「そりゃあ別問題だ。あんたらこんな夜にくる客を受け入れる店はそうそうないぜ?」
男は40代の些か面長の男だった。ザルはその男を馬小屋の闇の中から僅かに差し込む微光に双眸を輝かせた。さながら肉食獣の目である。流石に分が悪いと感じた男は「分かった。酒場のカウンターで35枚の銅貨渡すだけでいい」「本当にその値段か?」「もちろんだ」
冷や汗を流さんばかりにたじろいだ男に壮一は歩み寄り、太い腕で男の胸ぐらを掴む。
「本当だ……」
面倒になったな、と男は悲鳴を上げそうな勢いで叫んだ。
「分かった。交渉成立だ」
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3人は10メートル四方の空間に押し込められた。受け取った鍵は如何にも安い。しかし、宿屋自体が安普請である。ザルが躰を動かすだけで家屋が傾く勢いであった。粗末なベッドには汚いシーツがかけられている。ため息をつきながら真希は自らの羽織っていたマントをベッドの上にかけて、その上に座り込む。
「ところで、あの男の首は?」
ザルが訊ねた。今更何故そのような事をきくのだろうか、真希は訝しんだ。
「どうして?」
「いや、だってお前。もしかして、なくしたのかと思って……その丸い包、白い布で血痕がどこにもないだろう」
ザルが単純な疑問を口にするように指差す。
まさか、と真希は腰の傍に置いた丸い包を恐る恐る、解き――ザルの言うとおりであることが理解できた。「どういう事?」動揺した指先は小刻みに震える。そこには、単なる丸みを帯びた人頭ほどの石があるだけだった。どうして今まで気がつかなかったのだろう……。
真希は乾燥して荒れ果てた下唇を噛み締める。
「あの子だ……間違いないよ。あの子……」短く呼吸しながら俯く。
それまで扉付近で佇み沈黙を守っていた壮一は真希に向き直り、
「……あの子は、恐らく死ぬ気だ。あの首を持っていることがどういう意味を持つかぐらい知っているハズだが……」
「まさか……あの村では男の首ぐらいで……」
「ああ、だからあの子は単に父親と一緒にいたかったんだろう」
真希はすくっ、と立ち上がるとしかしその場で足踏みするように行き場をなくした。「どうすればよかったの……」
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