異世界にいったったwwwww
出航の代償
中原に至る大河と海を繋ぐ部分に、
「キーフ軍港」
という軍港がある。王朝時代より普請され、完成した折りは最大の軍艦収容地として知られた。
北方からの船、南方からの船、また中原を隅々まで行き渡る定期船も頻繁に往来し、人々はその眺めを岸部から楽しんでいた。……それも今は昔である。
年間平均温度15度を推移する。
そこにガーナッシュの第一船団が赴こうとしている。
「結局、カカァに黙ってボスにもらってきちまったな……」
琥珀色の果物のように甘い香りを放つ酒を最高級の硝子の杯に注いだ。とく、とく、とく、と壜から流入するたび舌がアルコールを待ちわびる。かれこれ3年も断酒した。この光景をみるときっと起こるだろうな、とプーフは思う。ウールドガーナッシュに仕えたのが、彼がまだ13の時だから長いものだ。
杯を回すように楽しむ。ゆっくりと、唇で一雫も無駄にせず飲んでゆく。
(うまい)
声が出そうになった。嚥下する液体は胃の腑を熱くする。頬が喜びに歪んだ。
〈椋鳥号〉は既に20日目の航海となっている。船舶数凡そ6隻。偵察部隊という訳である。通常であればなんの難しいこともない航行であるハズだった……。戦乱でさえなければ。
この第一次に志願しれくれた船乗りは皆、半ば己たちが死地に赴くことを知っており、尚それでも志願した訳である。これもひとえにプーフの人望のなせる技であった。
マストは大きな風に膨らんでいる。
「お前たち、仕事が終わったら一杯どうだ?」
プーフが甲板で働く部下に杯を掲げた。部下はその様子をみて、笑った。「怒られませんか? 奥さんに?」長い付き合いの部下が叫んで冷やかす。プーフは「今のはナシだナシ」と憮然と言い返す。
――〈死〉それに関連する言葉をこの船内を含め船団全てで暗黙の了解でもあるかのように話題から避けられていた。
キーフ軍港は、天然の要害がある。通常は巨大な水門を潜るだけでよい。が、折り悪くパジャ側の部下が抑えてしまった為侵入は難しい。しかし、プーフも長年この軍港を活用してきた。地の利という点では五分五分である。
が、如何せん数が少ない。
凹になった地形を思い浮かべる。プーフはいかにして敵勢の攻撃を抜け、ガルノス達に武器と食料、薬品を届けるかを考えた。何度も、航路図を書き直した。この一つの線を誤るだけで部下も自分も海の藻屑だ。
「なんだ、弱い酒だなァ……ボス、まったく酔えませんよ」
一人呟く。
夕刻が迫って仄暗い地形が遠く輪郭を保っている。太陽光を浴びた硝子の杯はプリズムを七色反射する。
2
歴史書を紐解くに、この第一次輸送作戦は通説では無謀な作戦と揶揄されてきた。無論、筆者もそう思う。……が、それは必ずしも作戦に関係する人間には当てはまらない。
少なくとも、現場で死をとして働いた人々を筆者は悪し様には言えない。
中原に至る運河は五つあり、そのうちキーフは守りが薄いと思われてきた。一つには天然の要害でありこの地点を抜けるという無謀を犯すことはありえない……というのが当時から現在までの一般的な認識である。
ガーナッシュ商会
……〈椋鳥号〉船員九〇〇名
……〈銀の匙号〉船員八〇〇名
以下、商会協力船団4隻――資料なし、の為不明。
という状況である。
3
その日、早朝。
まず始めに哨戒役をになった〈磯潮号〉から連絡がきた。
『敵、軍港。迎撃の用意アリ、至急連絡モトム』
という内容であった。飛び起きたプーフは唇を噛み締め、静かに俯き舌打ちをした。
(待っていたのだ……知っていたのだ……全てを!)
王は知っていた。捨て駒にするつもりだったのだ、実の息子を!! プーフは二〇年下の主君の幼年期を思い返す。いつの間にか、我が息子のように可愛がっていた事実がありありと思い返される。
「……はははは。耄碌したかな。船乗りは悔いなんて陸に全部残してくもんだけどなァ」
枕元に転がした壜の栓を引き抜く。ポン、と景気のよい音がした。
直接口をつけグビグビと呑む。
『――なんで、また飲んでるのォ!』
妻の怒鳴り声が懐かしい。プーフは肉厚の腹を揺すった。子供達は大きくなっている。息子は商会の帳簿係だ。娘は隣町の農夫の嫁にいった。思えば子供達になにもしてやれなかったことを悔いる。
「なんだ、ヤメだヤメだ」
難しい考えを捨てて本来の自分らしく、急いで甲板に繋がる梯子をのぼる。
4
砲台のカタパルトから発射された飛来物が海面を叩く。
「船長、既に二隻大打撃を受けておりますッ!」
若い船員が伝える。額から大きな傷をつくりながら早口で喋る。それを一々肯き、プーフは目を細め垂れこめた霧の奥の砲台をみた。
毎分二〇発の投石がある。ズドォン、ズドォン、と腹の底の軸が震えるようだ。
檣付近にかかった灯火が左右に揺れ、マスト付近の修復をしていた船員が海へ投げ出された。
「急げ、迂回路はあるか?」
だが、全てが遅かった。
この時、椋鳥を含む6隻の背後には既に中型船が霧に乗じ接近していた。地元の漁師は潮と勘を頼りにさせ、パジャ軍の水軍は総勢二千名で死を通告しにきた。
無論、輸送船であるため抵抗はたかがしれている。
暫し瞑目したプープは左手に持った酒瓶を掲げ「よし、酒が欲しいやつはオレにいえ。くれてやる。後ろにも小蝿がたかっているらしいなぁ。いっちょ、潰すか――ガハハハハ」
豪快に笑ってやろう。そうだ、金髪のあの小僧のように。若き主の傍で才能を振るうあの愉快で英雄風の若者のように……。
船内倉庫から火槍の積まれた重い木箱を引っ張り出し、甲板で次々投げる。
「臨戦体勢、各船に通達。火槍を使え!」
弱い波が日の昇と共に荒くなった。船体が微弱ながら左右になり、白粒が顔に張り付く。
プーフは天を仰ぎ見る。
薄い薄い曇天の向こうに僅かな日輪の輝きがある。
「今日はヤケに天気がいいですなぁ……ボス」
先程の酒は既に空になっていた。思わず苦笑いする。それから最後の一滴を飲むため壜に口をつける。
『――なんで、また飲んでるのォ!』
(すまんな。許してくれやカカァ。もう二度と約束は破らねぇよ……)
周囲から喚声が上がっている。敵か味方か分からない。
「いくぞォおおおおお」
プーフは火槍を手に船の先端まで肩をいからせ歩き出した。
5
第一次輸送作戦……生存者ゼロ。
帰還船舶ゼロ。
歴史家たちはこの無謀な作戦の男たちに思いを馳せる。彼らは一体何を見て何を感じたのだろうか。
少なくとも、以後の輸送作戦の糧となる情報は全てキーフ軍港海域で沈んだ。
この日、グリアは珍しく一室に籠り座禅のような座り方で椅子の上にいた。
扉がノックされる。許諾すると、ウールドがいつものように書類を眺めながら、
グリアは眉根を静かに釣り上げ、何もない空間を睨む。
「硝石の出る村にいこう」
――ウールド・ガーナッシュは、驚愕しつつ、だが彼の何らかの策があるような気がしてそれを頼ることにした。
「キーフ軍港」
という軍港がある。王朝時代より普請され、完成した折りは最大の軍艦収容地として知られた。
北方からの船、南方からの船、また中原を隅々まで行き渡る定期船も頻繁に往来し、人々はその眺めを岸部から楽しんでいた。……それも今は昔である。
年間平均温度15度を推移する。
そこにガーナッシュの第一船団が赴こうとしている。
「結局、カカァに黙ってボスにもらってきちまったな……」
琥珀色の果物のように甘い香りを放つ酒を最高級の硝子の杯に注いだ。とく、とく、とく、と壜から流入するたび舌がアルコールを待ちわびる。かれこれ3年も断酒した。この光景をみるときっと起こるだろうな、とプーフは思う。ウールドガーナッシュに仕えたのが、彼がまだ13の時だから長いものだ。
杯を回すように楽しむ。ゆっくりと、唇で一雫も無駄にせず飲んでゆく。
(うまい)
声が出そうになった。嚥下する液体は胃の腑を熱くする。頬が喜びに歪んだ。
〈椋鳥号〉は既に20日目の航海となっている。船舶数凡そ6隻。偵察部隊という訳である。通常であればなんの難しいこともない航行であるハズだった……。戦乱でさえなければ。
この第一次に志願しれくれた船乗りは皆、半ば己たちが死地に赴くことを知っており、尚それでも志願した訳である。これもひとえにプーフの人望のなせる技であった。
マストは大きな風に膨らんでいる。
「お前たち、仕事が終わったら一杯どうだ?」
プーフが甲板で働く部下に杯を掲げた。部下はその様子をみて、笑った。「怒られませんか? 奥さんに?」長い付き合いの部下が叫んで冷やかす。プーフは「今のはナシだナシ」と憮然と言い返す。
――〈死〉それに関連する言葉をこの船内を含め船団全てで暗黙の了解でもあるかのように話題から避けられていた。
キーフ軍港は、天然の要害がある。通常は巨大な水門を潜るだけでよい。が、折り悪くパジャ側の部下が抑えてしまった為侵入は難しい。しかし、プーフも長年この軍港を活用してきた。地の利という点では五分五分である。
が、如何せん数が少ない。
凹になった地形を思い浮かべる。プーフはいかにして敵勢の攻撃を抜け、ガルノス達に武器と食料、薬品を届けるかを考えた。何度も、航路図を書き直した。この一つの線を誤るだけで部下も自分も海の藻屑だ。
「なんだ、弱い酒だなァ……ボス、まったく酔えませんよ」
一人呟く。
夕刻が迫って仄暗い地形が遠く輪郭を保っている。太陽光を浴びた硝子の杯はプリズムを七色反射する。
2
歴史書を紐解くに、この第一次輸送作戦は通説では無謀な作戦と揶揄されてきた。無論、筆者もそう思う。……が、それは必ずしも作戦に関係する人間には当てはまらない。
少なくとも、現場で死をとして働いた人々を筆者は悪し様には言えない。
中原に至る運河は五つあり、そのうちキーフは守りが薄いと思われてきた。一つには天然の要害でありこの地点を抜けるという無謀を犯すことはありえない……というのが当時から現在までの一般的な認識である。
ガーナッシュ商会
……〈椋鳥号〉船員九〇〇名
……〈銀の匙号〉船員八〇〇名
以下、商会協力船団4隻――資料なし、の為不明。
という状況である。
3
その日、早朝。
まず始めに哨戒役をになった〈磯潮号〉から連絡がきた。
『敵、軍港。迎撃の用意アリ、至急連絡モトム』
という内容であった。飛び起きたプーフは唇を噛み締め、静かに俯き舌打ちをした。
(待っていたのだ……知っていたのだ……全てを!)
王は知っていた。捨て駒にするつもりだったのだ、実の息子を!! プーフは二〇年下の主君の幼年期を思い返す。いつの間にか、我が息子のように可愛がっていた事実がありありと思い返される。
「……はははは。耄碌したかな。船乗りは悔いなんて陸に全部残してくもんだけどなァ」
枕元に転がした壜の栓を引き抜く。ポン、と景気のよい音がした。
直接口をつけグビグビと呑む。
『――なんで、また飲んでるのォ!』
妻の怒鳴り声が懐かしい。プーフは肉厚の腹を揺すった。子供達は大きくなっている。息子は商会の帳簿係だ。娘は隣町の農夫の嫁にいった。思えば子供達になにもしてやれなかったことを悔いる。
「なんだ、ヤメだヤメだ」
難しい考えを捨てて本来の自分らしく、急いで甲板に繋がる梯子をのぼる。
4
砲台のカタパルトから発射された飛来物が海面を叩く。
「船長、既に二隻大打撃を受けておりますッ!」
若い船員が伝える。額から大きな傷をつくりながら早口で喋る。それを一々肯き、プーフは目を細め垂れこめた霧の奥の砲台をみた。
毎分二〇発の投石がある。ズドォン、ズドォン、と腹の底の軸が震えるようだ。
檣付近にかかった灯火が左右に揺れ、マスト付近の修復をしていた船員が海へ投げ出された。
「急げ、迂回路はあるか?」
だが、全てが遅かった。
この時、椋鳥を含む6隻の背後には既に中型船が霧に乗じ接近していた。地元の漁師は潮と勘を頼りにさせ、パジャ軍の水軍は総勢二千名で死を通告しにきた。
無論、輸送船であるため抵抗はたかがしれている。
暫し瞑目したプープは左手に持った酒瓶を掲げ「よし、酒が欲しいやつはオレにいえ。くれてやる。後ろにも小蝿がたかっているらしいなぁ。いっちょ、潰すか――ガハハハハ」
豪快に笑ってやろう。そうだ、金髪のあの小僧のように。若き主の傍で才能を振るうあの愉快で英雄風の若者のように……。
船内倉庫から火槍の積まれた重い木箱を引っ張り出し、甲板で次々投げる。
「臨戦体勢、各船に通達。火槍を使え!」
弱い波が日の昇と共に荒くなった。船体が微弱ながら左右になり、白粒が顔に張り付く。
プーフは天を仰ぎ見る。
薄い薄い曇天の向こうに僅かな日輪の輝きがある。
「今日はヤケに天気がいいですなぁ……ボス」
先程の酒は既に空になっていた。思わず苦笑いする。それから最後の一滴を飲むため壜に口をつける。
『――なんで、また飲んでるのォ!』
(すまんな。許してくれやカカァ。もう二度と約束は破らねぇよ……)
周囲から喚声が上がっている。敵か味方か分からない。
「いくぞォおおおおお」
プーフは火槍を手に船の先端まで肩をいからせ歩き出した。
5
第一次輸送作戦……生存者ゼロ。
帰還船舶ゼロ。
歴史家たちはこの無謀な作戦の男たちに思いを馳せる。彼らは一体何を見て何を感じたのだろうか。
少なくとも、以後の輸送作戦の糧となる情報は全てキーフ軍港海域で沈んだ。
この日、グリアは珍しく一室に籠り座禅のような座り方で椅子の上にいた。
扉がノックされる。許諾すると、ウールドがいつものように書類を眺めながら、
グリアは眉根を静かに釣り上げ、何もない空間を睨む。
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