異世界にいったったwwwww

あれ

その男

ゴーグルを外すとライトを点灯させ、真希は一人で飛び出した。厭な予感がしていた。円形のボヤけた暈が漆黒の大気を照らし出す。半ば朽ちかけた石の階段を降りて、後ろから「真希、待てっ」と叫ぶ父の静止を無視した。




 「……っ!? 危ない」




 危うく欠けていた段に足を取られて転落するところであった。しかし、なんとか堪えて足を速める。


 右手を壁側にして、手で沿わせながら、慎重に確実に降りてゆく。




 後方から追うザルと壮一は、真希の唐突な行動に度肝抜かれた。だが、二人も悠長にことを構えるわけでもない。


 「ウチの馬鹿娘は一体何を考えてるんだ。」怒りと心配を綯交ぜにいう。




 「元気で立派だな。」




 「今は皮肉にしか聞こえない。」






 軽口を切り上げる。










 ……漆喰の塗られた壁に亀裂が幾重も走っている。住居跡だ。闇から浮かび上がった懐かしい風景。まるで記憶の中を彷徨ってるようだった。膝の丈まで雑草が生い茂っていた。燃え尽きたといっても、どこにでも草は密生する。






 急に走り出して、片方の肺というか脇腹が痛い。息を喘がせて新鮮な空気を口腔が求める。






 (あの不審な影は?)再びゴーグルを装着し、周囲を警戒する。








 どこにも熱が見えない。どこにもいない。真希の内心は焦りだす。もし、仲間を呼び出されたらマズいことになる。はやく〝抹殺〟しなくちゃ……。






 まるで躰が機械のように父に習った通りの動作でAKの安全装置を解除し、指を引き金のあたりで固定した。父たちに向けて誤射しないようにしないといけないが、最悪ぶち当たるだろうが、悪運の強い二人だから平気じゃなかろうか、と半ば思う。






 頭に紐でライトを固定し、両腕で銃を抱えると周囲を警戒して、壁に背中を凭れる。ひんやり、夜の息吹を保温している。






 どこだろう、真希の瞳はせわしなく左右に運動する。と、六メートル先に瓦礫の背後に動く感覚がした。恐らくそいつが先程確認した奴だろう。




 「警告だ」短く吐き捨て、引き金をひく。






 ダダッ、と銃口が唸る。やはり、拳銃と違い胸にも腹にも振動がズシっとくる。約三発ほどが瓦礫に穴を穿つ。直後に薬莢と硝煙が舞う。今更だが、これでは他の連中がいれば発見されるだろう。しかし、もう行動した後の祭りだ。


 ライトを遠くへ投げ捨てる。




 割り切って、中腰になり、真希はローブの裳裾を翻し、素早く駆け寄る。いざ接近戦となればレイピアで仕留める。その覚悟を決めた。






 「うぁあああああああ」予想外の声だった。






 (子供?)




 真希は相手との距離が目と鼻の先に迫っていることをゴーグルで確かめる。どうやら、背丈は自分より低いらしい。




 「――今だッ」




 中腰をやめて相手ののど輪に自分の右手で半円形にした指と掌で勢いよく押さえ込む。「あああッ」と悲鳴のようなものをあげて無残に抵抗する余地なく真希に組み伏せられる。素早くマウントポジションをとると、腕を背中で締め上げる。




 か細い悲鳴を無視して、淡々と作業をする。レイピアを引きぬき、相手の首筋へ突き立てる。






 許して、許して、と男の声変わりのあたりの独特な声で喚く。




 「何を許せって?」冷淡に言い捨てる。感情は高ぶっているが、躰は冷静だ。




 そして、真希は相手がどういう類の人間なのかを月明かりが雲間を脱した頃に理解した。






 『盗人』




 それがこの子供の正体だ。栄養不足の痩身の腕にはいくつもの「戦利品」が掴まれていた。このあたりに村はない。かなり遠くでなければわざわざこんなところにくる暇もないだろうに。真希は内心考え、しかし徐々に激情がきた。




 「だれかれ見境なく盗んでるんだ……。」




 真希の瞳の彩は失せ、代わりに暗い深い井戸の底のような冷たい輝きを帯びた。




 子供の手には兜、鎧、装飾品、そして……〝銀紙の欠片〟が掴んでいた。彼の足元には袋に他の戦利品を詰めている。






 「……許さない。」




 間を入れず、固く握られた拳が暗闇の恐らく少年の顔面へと振り下ろされる。




 「ぎャッあああ」呻く。




 だが、真希には関係がない。鎧、兜、その他の戦争の道具とかであれば冷静を保っていたかもしれない。しかし、それ以外のモノとなれば訳が違う。よりにもよって、彼女の記憶に結びつくソレを……。




 何度も、何度も、何度も、真希は腕を振り下ろす。本当に自分の躰は機械と化したのだろう。拳はやがて相手の芯を捉えたように、正確に鼻といい、唇といい、眼窩といい、全て闇の中でも真希には分かった。そして、生臭い血の匂いを漂わせているところで、不意に躰が何者かによって引き剥がされ、呆然とした意識を取り戻す。




 「バカ野郎!! 何考えてるッ、相手を殺す目的じゃなけりゃあ、本当にそのまま死んじまうぞッ!」


 ザルが大きな逞しい腕で真希の胴体を抱える。






 「……ぇ? 私、が? どいて。どいてよッ、そいつを殺せないじゃない!!」




 四肢を暴れてもがく。だが、ザルの拘束から逃れることはできない。




 もう一つの人気が横合いから、




 「――真希、歯食いしばれぇえええ」




 と、打擲が一撃、真希の頬を襲う。突然の事に真希は暫し、頭の思考回路が切断された。




 壮一は、相手の少年を引き起こすと怪我の具合を確かめているようだった。「よかった、死んでない。」と安堵の息を漏らす。






 真希は肩を微細に震わせ、肉体以上に痛む胸に身を捩った――。














 空はやがて衰退する夜に代わり、澄んだ青の面持ちを湛えるようになっていた。




 壮一は盗人の少年を拘束し、彼に詳しい話しを聞いていた。一方、真希は時間が経過するにつれて自分の拳の皮がむけていることに気がついた。しかし、不思議と痛まなかった。膝を抱え、壁に背中を凭れ、呆然としている。その傍でザルが難しい顔をしていた。




 「――どうして、あんなことをした?」


 厳しく詰問するようだ。




 「……わかんない。言いたくない。」




 チッ、と舌打ちをして、ザルは壮一から貰い受けた煙草に火を灯し、銜る。




 遠くで壮一と少年が話しをしている。その後ろ姿を真希はただ、見つめている。そして、思い切り打たれた頬を自分の手で重ねる。




 「私、〝また〟人殺し……しちゃうところだった。」






 ザルは丸くなった真希を横目に、


 「何。不思議じゃない。この世界じゃあ、人ぐらい誰でも殺す。」何の気なしにいう。それが、ザルの、いやこの世界の感覚だった。




 だが、と言葉を続ける。




 「殺す、殺さない、を判断しないで殺すってことはしないほうがいい。不意に殺すのは……まあ、あまり目覚めのいいもんじゃないぜ。ハッ、人間様も偉くなったもんだな。なあ?」




 わかんない、と自己の腕の中で呟く。




 「真希、戦争で憎んでない連中を大勢殺しても褒められるけど、本当に憎んでる奴をたった一人殺すと犯罪で死刑になるのはなんでなんだろうな?」


 ザルは簡単に問いかける。それは深くも考えず、発せられたものだった。






 ふと、真希は頭を上げ、ザルを仰ぎ見る。


 「どう違うの?」  




 
 すると、にっこり、と笑い、


 「さあ? オラァにゃ分からん。賢くない一傭兵だったもんでな。」




 「なにそれ。」




 落胆した。いや、答えというのはそう簡単にあるようなモノでなく、というより試験でもないから問題はあっても答えなぞないのだろうか、と真希は漠然と思う。






 「――頭、冷えたか?」




 やがて、壮一が真希のもとまでやってきて、訊ねる。真希は膝を抱えたまま、頷く。




 そうか、と言いながら少年のあらましを語った。








 どうやら、あの子は大黒柱らしい、なんでもあの子たちは麓のあたりに戦災孤児で元々固まって生きていたらしい。それから戦火を逃れた人々とともに共同体を麓の僅かな土地でやっているのだと。子供だけでなく、多くの人々がたくましくそこで生きているんだろうな、と壮一はいう。こうやって、殺し合いのあとはきまって収入源となる死体あさりが横行する。けれども、中には心あるものもいるらしく、死体を埋葬してやるらしい。普通、あの戦闘だともっと大勢の死体がないとおかしいはずだが、実際はそこそこだ。恐らく、そこの戦災の人々だろうか。と、壮一は血だらけの少年を時折窺う。


 「確かに、オレたちの常識だとそういう行為は許されないし、許さない。お前の私的な感情も分かる。だけど、ここは異世界で弱肉強食なんだが、それを理解しろとも言わない。真希、正直、オレもお前になんと言っていいか分からない。辛い思いしかこちら側にきてしていないお前に何もしてやれないオレは親失格だ。」




 壮一は徐に膝を折り、真希の目前で額をこすりつけ、許しを乞う。




 「……何してるの?」




 真希はショックを受けた。どうして、自分の親がこんな惨めな様子で私に許しを乞うているのか? いや、理解もなにもしたくない。ただ、真希は自分の父の肩を掴んで「やめて」と怒鳴っていた。




 「……やめて。惨めだよ。」




 語尾が弱く曳かれた。




















 「毎度毎度、あんたらといると飽きないな。」ザルは素直な感想を述べた。




 それは真希も同様である。






 3人は少年のために、その戦災の村へと向けて一路を共にしていた。無論、戦利品を馬にくくりつけて……であるが。






 「しょうがない。親孝行な子供を見捨てては置けないだろ?」壮一は鞍に同乗させた少年にいう。




 少年は包帯で顔面を覆われており、どんな顔をしているのか分からない。






 「どう思う? 真希」ザルが訊ねる。




 が、真希はなんの反応も示さず、「うん。」と無表情であった。




 (やれやれ。)




 ガシガシと頭を掻きむしり、視線を前方の壮一に戻す。










 戦災の村は以外にも規模が大きく、人口500ほどである。東西約13キロに伸び、各々が簡単なテントを作り、生活を営む。




 少年は到着すると、急いで自分の家に壮一を案内するために腕を引こうとした。




 「おお、待て待て。馬をとめてからだ――。」




 少年は訛りのつよい言葉で何かを話していた。壮一は大きく笑い、大きく同意していた。








 真希は遠目に、馬を降りると棕櫚の木に繋ぎ周囲を観察する。点々と人々が生活している。洗濯をしているひと。朝餉のための暖かな煙。




 「ザルの村もこんな感じ?」




 素朴な風景が、人間と自然の調和の均衡を展開している。




 「う? いや違う。放牧もしてたからな」






 「そっか。あとについていく?」




 「ああ。」






 壮一は少年とともに、彼の家であるテントへと向かっていた。








 後から追いかけた二人は、しかし、そのテントの目前で嫌な匂いに思わず眉を顰めた。どうして、深い泥濘と酸っぱい皮脂の香りが漂うのだろう。






 「お前、ここで待ってろ。」ザルは厳しく顔を締めてテントを潜る。




 彼一流の直感がそうしろと叫んでいたに違いない。真希は叩かれた肩の感覚にぼーっとしていた。三分もしないうちに、気になってきた。真希は、ゆっくりと歩幅をひろげ、そしてテントの内側へと潜っていた。














  ……濃い闇がその内部に広がっていた。更に匂いはひどく、思わず吐き気をもよおした。ウッ、ウッ、と連続してゲロを吐きたい、という欲求は進むごとにしていた。




 「どうして入って来た?」




 ザルではなく、壮一が無機質に言い放つ。






 「……え?」


 初めてそのような調子でいわれ、真希は戸惑った。だが、それ以上に闇に目が慣れたことで、自分の認識の甘さをしった。








 ――そこにいた少年の〝父〟は、四肢の欠損し、傷口から蛆が蠢くその光景が広がっていた。






 「……恐らく、戦争だろうな。」ザルが呟く。




 ひどく爛れた皮膚は、赤黒く蚊ではなく小蝿が羽音を鳴らす。壮一は救護セットから包帯でなんとか巻いて指で細長い蛆を取り除き、忙しく手を動かしていた。






 少年は包帯の隙間から真希と父を交互にみている。






 と、低く嗄れた声で少年の父が言葉を話そうとしていた。少年はそれに気がつき、水瓶から水を汲んで父に飲ませる。むせながら飲み干すと、




 「――貴方たちは何者だ?」




 それだけ訊ねた。




 壮一は暫し思案したあと、「黒馬の人間だ。」といった。








 少年の父は長い沈黙を、まるで闇と同化するように続けた。だが、調子はずれなようにまた咽を使い、「おい、少し外に出ていろ」と少年に命令した。彼も素直に肯き、テントに出た。すると、出入り口の布の隙間の漏れた光が膨らんだ。


 「……俺の正体はあの子の本当の父じゃない。」




 おもむろに、壮一にいった。目玉は溶けかけている。片方の瞼は皮膚が溶けてくっついているみたいだ。それでも壮一は事も無げに「そうか」と軽く応じる。




 「――俺は元、穀物庫の領主さ。今は死んだことになっている。どうだ?」




 挑戦するみたいに、いった。






 「死んじまえッ、クソ野郎!!」




 真希が言うが早いか、穀物庫の元領主の男が盛大に笑いだした。




 「アハハハハハハハ。快いなぁ。実に快い。」




 無理に笑ったのか、咽頭から血を吐き出した。






 ――惨めだろ?


 痛みで壮一に支えられながら見えないであろう目を真希にやり、口にした。真希の肌は複雑な感覚の鳥肌がたった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品