異世界にいったったwwwww

あれ

四十二

 ガーナッシュ邸の大門が叩かれた。ノーズリ夫人は、日課の巨大な庭園の手入れの為に早くから起きていた。老執事が生垣の間から顔を覗かせ「奥様、お客人です」といった。「ええ」と返事をして、身だしなみを整えると、老執事を伴い対応をする為に自ら門に向かう。と、内壁側の待合小屋で門衛二人が丁度困った顔をし、夫人がくると安堵した。


 「奥様。こちらの方がどうしても会いたいと……」


 門衛の二人は赤壁にある小さな扉を開く。と、外に人影があった。


 はて、とノーズリが首を傾げると、門衛の前に真希と父の壮一、そして巨漢というべき男が佇んでいる。


 「――あっ、ノーズリさん!」


 真希の黒い艶やかな漆色の髪は薄い陽光に照らされた。嘗て、栄養状態の悪い髪質ではなかった。何となく、夫人は改めて安心している自分に気がついた。


 「どうかされたの?」


 夫人は土のこびりついた爪を指の腹で剥がす。固い土はポロッと落ちる。まるで、恥ずかしい所を見られる……という風に微笑した。


 「はい。あの……実はご相談があるのですが」


 真希は腕に抱きしめた嬰児を見るため、俯き加減で喋りだした。夫人は「なんでも話して」と柔らかく答える。




 「……暫く、アーノを、この子を預かって頂けませんか?」


 やや、顔を上向きに夫人の表情を恐る恐る窺うように真希は切り出した。夫人はただ、眼を瞠り一言もなく息を呑んでいた。


 「……その、私はこれから用があって……すこしここを離れなくちゃいけなくなったんです」


 その言葉が、どうしてか夫人には無責任に感じられ、思わず「どうして、赤ちゃんを置き去りにして……そんなことを? そんなに大切なことなのですか? まだそんな幼い子を一人他人の手に渡すほどの……」


 と、言いかけて夫人は真希のどこか深い影が刻まれる様子を感じ取った。


 それは紛れもなく、本当は芯の強い子だと思っていた少女の、初めて出会って以来の〝哀しみ”の漂う姿、表情だった。


 人間は誰しも必ず、過ちを犯す。それは、人生の中で罪の象徴として記憶される。その「十字架」は真希にとって、救いたい人を救えない自分……それを生かしてくれた人たち。


 罪滅ぼしとも違う。義務とか責務という類のモノでなく、もっと根本的な部分を真希は実感していた。


 「……あの、安心しました。そこまで、この子のことを思ってくれる他の人ってパッ、と思いつかなくて……だけど……あの、ごめんなさい」


 涙声で、真希は下唇をキツく噛み締めた。それから、乱れた呼吸を暫し整え、言葉を続けた。


 「実は私、この子と血も繋がってない赤の他人なんです。……この子の本当の家族は……その、もうこの世にはいなくって……。だから、私の責任を……その子の〝本当”のお姉ちゃん、家族の遺骨を……拾いに行く為に離れないといけないんです。すごく勝手なことを言ってすいませんでした。でも……」


 儚い笑みで、真希は夫人をそっ、と静かに見つめる。




 (この子は思っていた以上に、強い子だ。だけど……)


 夫人は思う。


 確かに乱世で真希より年下でしっかりとした人間なら多くいる。だが、こうして他人の為に感情を、自分を責め立てるほど優しい性質ではない。乱世で人心は荒廃し、生存だけのために他者から奪い尽す、ある種の図々しさである。


 夫人はそれをよく諒解している。




 だから。


 「……すいません、真希さん。先ほどの無礼を謝罪します」




 折り目正しく、夫人は頭を下げる。それに驚愕したのは老執事で、慌てて「奥様!」と叱責でもするほどの反応をし、頭を上げるように促した。無論、真希も同様である。


 「いいえ、――真希さん。我がガーナッシュの邸で貴方たちの無事の帰還まで誠心誠意その子、アーノちゃんをお預かりしますわ」




 門衛は「はて?」と顔を見合わせ不思議がっている。




 ザルと壮一は敢えてなにも語らず、真希の後方で、彼女の小さな、柔らかい輪郭の――しかし、軸のブレない姿を見守っているようだった。




 真希は暫く無言だったが、




 「……ありがとうございます。」


 と、ただ一言いった。




 ノーズリ夫人は、真希の眼鏡の奥に潜む漠然とした運命のようなモノを感じ取った。と同時にただ、夫人は、ふと疑問を口にする。


 「そういえば、他に黒馬のお仲間ではいけなかったのですか?」




 真希はすこし考えて、それから頷く。


 「……ノーズリさんが初めてこのアーノを見たとき、何故だかおかしいくらい取り乱して瞳が反応したのを覚えてるんです。それで」


 ……ノーズリ夫人は、嘗て流産した。それが原因で今では子供の産めない体となったという。それは、即ち、後継者の欲するガーナッシュ公国並びに商会では彼女の「正妻の女性」としての〝価値”が軽んじられる傾向になったという。継嗣の出生こそが中世時代では正義であり、つまりノーズリ夫人は悪になった。


 が、一向夫は責め立てなければ側室も持たなかった。それは、彼自身に理由があるだろうが、なにより夫人の大らかな雰囲気を愛していたというにほかならない。




 夫人は、小さく口をついて、真希に囁くように話す。




 「――嘗てわたくしの体で子供が亡くなったとき、血にまみれた嬰児の体を見たことがあるの。それは本当にアーノちゃんにそっくりで……」


 口元の震えを隠すように、右手で覆い隠す。




 邸宅を囲むように、マロニエの木々が騒々しく風に揺れた。葉音が幾つも重複する。


 「……アーノを、お願いします」




 ゆっくり、真希は胸元から、まだ判然としない顔の嬰児を差し出す。夫人は長い腕を伸ばして、ゆっくりと受け取る。その時、腕に人の重量がずっしりと感じられた。




 夫人は自らの胸元に引き寄せ、揺籃のように腕を動かす。




 遠い昔、夫人が思い描いていた夫との子供とあるべき未来であったハズの青写真――まさか、こんな形で赤子を抱くとは予想もしなかった。




 その光景を静かに……どこか寂しそうに真希はみた。




 壮一とザルは太い幹に縛った手綱を解き、馬に乗る準備を始めていた。真希は名残惜しげに後ろを振り返ろうとしたが、意を決して二人の元へと駆け出した。石畳の舗道が真希の靴音を反響させた……。






 そして、悠然とした雲層に支えられた空の下を三つの馬が駆け出した。夫人はその小さな影が消失するまで、暖かな気候のもと、立ち続けた。


 

「異世界にいったったwwwww」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く