異世界にいったったwwwww
三十九
……山巓の霊峰へ、傾斜しゆく洛陽の夕色を滲ませた。
その悠に下、出店のような半ば朽ちたような小さな村があった。軒と向かいの軒を幾つもの縄で繋ぎ、そこに色とりどりの布を巻き付けていた。これは、登山に望む人々が願掛けでここまで戻ってくるように……と結んだのが始まりである。
標高四千メートル位の展望のよい処に、この村がある。
(あの老人の言っていたことは正しい……感謝しなければ)
エイフラムは分厚い毛皮でできた上着の襟に首を埋めながら這うように山道を登ってきた。しっかりとした装備とは言えないものの、標高の遥かなこの場所まで来れる位の装備状態でこれた。
それは、ひとえに、山小屋で出会った老人の好意により着るものと食糧水をもらった為である。謝礼で老人へ金を渡そうとエイフラムは差し出した。しかし、老人は頑として受け取らなかった。
この山小屋で一人で暮らしている老人にとって生活は楽ではない。エイフラムは怪訝に思った。彼は、出立の前、近隣の店で食糧などを金で買い山小屋の傍に置いた。
そうとも知らずに、老人はエイフラムを見送った。最後まで、この献身的な老人の助けにエイフラムは久しぶりの人の温情を感じた。
一
「……この辺りに龍の巣窟と言われる場所はあるか?」
朴訥な風に、エイフラムは出店を開いている店主の一人に訊ねた。しかし、その彼は「さぁ?」と肩をすくめる。
その後も、同じように幾つもの店とも住人とも聞いて回ったのだが、誰ひとりとして、ようとしてその存在の在り処すすらわからない。
この、小熊の毛皮は十分な暖かさがある。足元は刺の形状をした金具などが煌き、氷のように固く滑る雪の上をしっかりと突き刺さる。
細い山道の両側に展開した店店は、近隣の村とも交流があるらしく、四日市を開いているらしい。この村は登山者やそれに付随する人々、交易などで生計をたてている。
なるほど、ここではむしろ貧しい地上の市場よりも物品が豊富に揃っているらしい。だが、ここで一番欲しかった情報がエイフラムにはない。
諦めて下山しようとも思った。
……しかし、捨てる神あれば拾う神ありと古人はいった。
この時のエイフラムにもそれがあった。襞の岩盤をくり抜かれた家屋が点在する。それらの戸外で戯れる子供たちがあった。その中で、小さな岩場の腰掛け場所で歌う童女があった。
《されば龍よ、帰られよ奚ぞ
荒野に屍晒さんと 欲せども 靉靆たる
雲の海よ 天空を守護せし 龍よ願わくばこの地にて
我ら儚き 人の 世の移ろいこそを 見守り給え》
童女は歌詞を間違え、時折、赤口を舐め、笑ってごまかした。エイフラムはこの地方語特有の言い回し、そして幼い声ながらもしっかりとした歌に含まれた荘厳な神話の世界の一節に暫し聞き惚れた。
エイフラムは不思議とそれに釣られるように、童女のもとまで向かった。
周囲に戯れていた子供たちは、異様な雰囲気を帯びたこの男に恐れをなして蜘蛛の子を散らすように逃げた。童女は尚も気づかず歌っていた。
「……いい歌だ」
ポツリ、呟いた。彼の真意からの言葉だった。
「キャ」
しかし、その声に驚いて、童女は岩場におろした腰を滑らせ、地面に尻餅をついた。すぐに助け起こそうとエイフラムが手を差し伸べると、それを厳しく撥ね付けて、警戒した様子で彼を窺う。
「……すまない。自分は……その龍の巣という者を探しているのだ。君の歌がなにか関係しそうで、つい声をかけた。すまない」
死んだような魚の眼をしながら、喋る。
童女は尚も怪しみつつ、
「……の? ……名前は?」
「……名前?」聞き取りにくく、指でエイフラムは自分を指差す。
頷く童女は気が強そうな顔だった。それは、どこか懐かしい記憶の人と重なった。
そして、思わず、
「――ふっ、ふははははは」
朗々とした声で笑ってしまった。自分でも殆ど希な大爆笑であった。周囲を歩く大人の通行人たちもジロジロとエイフラムに注視した。
ようよう、腹を抱え、息を絶え絶えに「俺はエイフラムだ」と伝えた。
童女はコクン、と再び頷いてどこか飛び出すように駆けていってしまった。それを残念に思いながらも、彼はしかし重要な手がかりを手にした。それは、この民間伝承、とりわけ口承による言い伝えで龍が出てきたことだった。
(うまく行けるかもしれない……)
と、思った矢先、先ほど戯れていた子供たちの親が厳しい目つきでエイフラムを取り囲んでいた。どうやら、逃げたあと、子供たちは親を呼んだらしい。
「……なぜだ」
無表情で、薄い唇に面倒くさいという意思を表した。
その悠に下、出店のような半ば朽ちたような小さな村があった。軒と向かいの軒を幾つもの縄で繋ぎ、そこに色とりどりの布を巻き付けていた。これは、登山に望む人々が願掛けでここまで戻ってくるように……と結んだのが始まりである。
標高四千メートル位の展望のよい処に、この村がある。
(あの老人の言っていたことは正しい……感謝しなければ)
エイフラムは分厚い毛皮でできた上着の襟に首を埋めながら這うように山道を登ってきた。しっかりとした装備とは言えないものの、標高の遥かなこの場所まで来れる位の装備状態でこれた。
それは、ひとえに、山小屋で出会った老人の好意により着るものと食糧水をもらった為である。謝礼で老人へ金を渡そうとエイフラムは差し出した。しかし、老人は頑として受け取らなかった。
この山小屋で一人で暮らしている老人にとって生活は楽ではない。エイフラムは怪訝に思った。彼は、出立の前、近隣の店で食糧などを金で買い山小屋の傍に置いた。
そうとも知らずに、老人はエイフラムを見送った。最後まで、この献身的な老人の助けにエイフラムは久しぶりの人の温情を感じた。
一
「……この辺りに龍の巣窟と言われる場所はあるか?」
朴訥な風に、エイフラムは出店を開いている店主の一人に訊ねた。しかし、その彼は「さぁ?」と肩をすくめる。
その後も、同じように幾つもの店とも住人とも聞いて回ったのだが、誰ひとりとして、ようとしてその存在の在り処すすらわからない。
この、小熊の毛皮は十分な暖かさがある。足元は刺の形状をした金具などが煌き、氷のように固く滑る雪の上をしっかりと突き刺さる。
細い山道の両側に展開した店店は、近隣の村とも交流があるらしく、四日市を開いているらしい。この村は登山者やそれに付随する人々、交易などで生計をたてている。
なるほど、ここではむしろ貧しい地上の市場よりも物品が豊富に揃っているらしい。だが、ここで一番欲しかった情報がエイフラムにはない。
諦めて下山しようとも思った。
……しかし、捨てる神あれば拾う神ありと古人はいった。
この時のエイフラムにもそれがあった。襞の岩盤をくり抜かれた家屋が点在する。それらの戸外で戯れる子供たちがあった。その中で、小さな岩場の腰掛け場所で歌う童女があった。
《されば龍よ、帰られよ奚ぞ
荒野に屍晒さんと 欲せども 靉靆たる
雲の海よ 天空を守護せし 龍よ願わくばこの地にて
我ら儚き 人の 世の移ろいこそを 見守り給え》
童女は歌詞を間違え、時折、赤口を舐め、笑ってごまかした。エイフラムはこの地方語特有の言い回し、そして幼い声ながらもしっかりとした歌に含まれた荘厳な神話の世界の一節に暫し聞き惚れた。
エイフラムは不思議とそれに釣られるように、童女のもとまで向かった。
周囲に戯れていた子供たちは、異様な雰囲気を帯びたこの男に恐れをなして蜘蛛の子を散らすように逃げた。童女は尚も気づかず歌っていた。
「……いい歌だ」
ポツリ、呟いた。彼の真意からの言葉だった。
「キャ」
しかし、その声に驚いて、童女は岩場におろした腰を滑らせ、地面に尻餅をついた。すぐに助け起こそうとエイフラムが手を差し伸べると、それを厳しく撥ね付けて、警戒した様子で彼を窺う。
「……すまない。自分は……その龍の巣という者を探しているのだ。君の歌がなにか関係しそうで、つい声をかけた。すまない」
死んだような魚の眼をしながら、喋る。
童女は尚も怪しみつつ、
「……の? ……名前は?」
「……名前?」聞き取りにくく、指でエイフラムは自分を指差す。
頷く童女は気が強そうな顔だった。それは、どこか懐かしい記憶の人と重なった。
そして、思わず、
「――ふっ、ふははははは」
朗々とした声で笑ってしまった。自分でも殆ど希な大爆笑であった。周囲を歩く大人の通行人たちもジロジロとエイフラムに注視した。
ようよう、腹を抱え、息を絶え絶えに「俺はエイフラムだ」と伝えた。
童女はコクン、と再び頷いてどこか飛び出すように駆けていってしまった。それを残念に思いながらも、彼はしかし重要な手がかりを手にした。それは、この民間伝承、とりわけ口承による言い伝えで龍が出てきたことだった。
(うまく行けるかもしれない……)
と、思った矢先、先ほど戯れていた子供たちの親が厳しい目つきでエイフラムを取り囲んでいた。どうやら、逃げたあと、子供たちは親を呼んだらしい。
「……なぜだ」
無表情で、薄い唇に面倒くさいという意思を表した。
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