異世界にいったったwwwww

あれ

三十五



 ――今年は度重なる天災により、農作物不作による飢饉、経済の混乱、治安の悪化の報告が夥しい量になった。それは、ガーナッシュ公国も例外でない。更に、バザールにもあと二ヶ月ほどで影響を及ぼすだろうと予測された。




 多年よりの冷夏は愈々(いよいよ)この時期に多層的な損害を放出した。






 「……それほど、酷い状況ですか?」




 グリアは、和気藹々の宴を広げる、食堂でふと眉を翳らせた。ザルやモグラ、ノーズリ、皆川親子など他の者たちはその一言に異様な雰囲気を感じた。このバザールは大陸でも屈指の裕福な土地である。そのために全くとは言わないが、一種浮世離れの感がある。とはいえ、情報も大陸屈指の量で流入する。


 つまり、バザールの巷ではほかの地域は酷い様相らしい……という知識だけであり、生活には一片の不安もないような感覚であった。




 ウールドは根菜類をフォークで突き刺し、口に運ぶ。咀嚼しながら、暫く返答に困ったように無機質な横顔を向けている。グリアはその間、答えを待つように彼の咀嚼する頬を眺める。




 「ひどい。……端的に申し上げて酷い。」




 ようやく、グリアに向き直った彼は真剣な眼差しだった。






 「まず、我が商会の各地の支店でも問題が起こっています。」言葉をそこで切り、ワインを一口啜る。




 「穀物類の価格は?」グリアは椅子の上で胡座をかき、顎の無精ひげを撫でる。




 「既に、高騰しています。我々も必死で情報を収集していますが、どうやら貯蓄の穀物類や食糧の備蓄分は遥かに超える飢饉です。盗賊の台頭も、今や遠征軍の解体でますます活発化するでしょう。はっきり申し上げて最悪の状態です」語尾が強くなる。




 一瞬、氷の薄皮のような雰囲気を保った食卓の上の蝋燭の炎が激しく揺らめく。




 ……真希は腕のアーノを揺り動かしあやしながら、周囲の男たちの顔を上目で窺う。皆、談笑の声こそ絶やさないものの、ウールドの声音に鎮痛さを覚えている様子だった。




 「はーっ、ええ。今、グリアさんを呼んだのは実は本音で言いますが、お知恵を借りたいと思い、お食事にお誘いしました」目頭を揉んで、上を向く。




 「本国からも、倉庫を固めるらしく、今現在ある商品分以上は流通させないとのことで……。地図を執務室から持ってきます。」




 そう言うと、ウールドは絨毯を足音で怒らせて二階にのぼっていく。








 二






 まず、ここで説明すべきは、ガーナッシュ公国の営業している支店の数であるが、大陸の沿岸沿いでは六つほどある。その中でも取り扱う商品は、その六つの地域から出荷される特産品や基本的な食料品などと併せて販売している。場所によっては、幾らかの武器も置いてる。




 A、B、C、D、E、Fを支店として置き換える。






 三




 ウールドは、階段を降りてきて食卓の長いテーブルの上に地図の束を広げた。邪魔な食器類が周囲に散乱した。危うく割れそうになった食器を急いで使用人たちが片付ける。






 ノーズリ夫人やその他の男たちは、その雰囲気に蹴落とされ、饗宴を取りやめという方向で決め、各々解散した。壮一と真希とアーノは、夫人に呼び止められ、一緒に二階へ連れて行かれた。








 誰もいなくなったことを確認したウールドは、




 「みてくれ、これが東回り航路の支店数と場所だ。」


 一気に捲し立てる。


 見ると、地図の線がバザールを中心に地形を構成している。岩肌もこうして俯瞰してみるとロマンがあるとグリアは何気なく考えた。その中でも、一際目立つ拡大された逆三角形の地形は、幾つかの諸島を超えて、一応の終着点である極東まで太い赤の曲線で描かれている。これは航路だろう。




 それを丹念に指先でなぞりつつ、グリアに説明する。






 「しかし、まぁ、問題がある……だろ?」






 「ああ」




 グリアは羊紙に羽ペンで記された詳細な数字の帳簿を掴んで読みながら、ウールドに皮肉な笑みをやる。彼もその数字でグリアが自分の真意を悟ったことに苦笑いした。






 「問題は、実は、この不作と併発し各商会の商品に偏りが異様にできたことなんだ」




 「ほう、理由は?」




 「まず、大貴族、地主、富裕層の買い占め。これを禁止しては商売できん。ウチも苦しいんだ。まあ、それと天然の災害だ。それもある。だが、どうも特産物の、香辛料などの偏りもある。どうやら、穀物の不作の影響がある土地、あるいは盗賊被害で陸路からの輸送運搬が滞る地域、あるいは、干ばつ被害での飲料のない土地、という具合だ。」




 難しい顔で、赤い二重丸で商会ごとの足りないモノのリストが地図に書きたされてゆく。






 「それで、俺にどうしろと?」






 肩を竦めてグリアは、いう。




 ムッ、と怒りを覚えたウールドは、




 「だから、この状況を……」




 と、言いかけて彼はなにか悟った。というのも、グリアの言葉は、その表情と裏腹であったこと。それを確認した。黄金の縮れた髪の毛をかきあげて、今一度、地図とリストを照らし合わせる。






 「船で全部運搬できないのか?」




 「――残念だが、各商会に向かわせた四隻のうち、三隻が嵐でやられた。今本国に問い合わせると、公国本国でも必要らしいので、更に使える船が限定されるだろう……とね。」




 「ははあ! すると、あの《銀の匙》号は?」


 「あれは平気だ。しかし、アレを含めてあと二隻しかできない。つまり、一船団(四隻)つくれない半端でどうにかこの苦難を乗り切るしかないらしい」






 そこまで自分で言って、ウールドは半ば自閉てきな涙声になった。それは、つまり商会の存亡であり、各商店では実は食糧や水のない地域からの悲痛な報告がもたらされている。




 ……ウールドは一種の破滅願望がある。




 自らでグリアたちを招いて豪勢な食事を振る舞い、愉しむ一方、その食べ物も飲料も全て咽と胃袋が満ちる度に報告書の悲痛な叫びを思い起こし、貴重な目前の料理たちを前になぜこのような命令を下したのか自分でも理解できないようになっていた。






 というのも、彼は本国からの命令で、このつい二週間前からこの難問を押し付けられたのだ。




 その原因が本国の総会計係の大規模な賄賂問題があり、その結果浮き彫りになったのが、各商会の不足している現状であった。それはおよそ半年も前から隠蔽工作されており、判明したとき、全てこのような形となってしまった。






 「……父はどうやら、私が次期の王にふさわしくないとお考えだ。」






 ポツリ、と呟く。




 ウールドにこの問題が来たとき、それをどこかで理解した。






 往々にして、国のトップは疑心暗鬼に陥りやすい。その粛清対象に実子がいてもおかしくない。








 ――が、それはグリアにとって、真意をつかみ兼ねる要因であった。そもそも、彼はこの難問をきいた瞬間からどうも解決の糸口があるのではないかと思っていた。








 そうして既に、この一個の英雄風の男は、大柄な体を曲げ、ある解決策を導いていた。






 「なんとかなるぞ」




 左手でウールドの肩を叩く。



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