異世界にいったったwwwww
十
……皆川真希は悩んでいた。
このバザールに到着してから随分の時間が過ぎようとしている。日々を無為にしていた訳でもないのに、あの大規模な戦争の後を忘却しようとしている。
自分はそんなにも非人道を歩んでいるのだろうか? いや、少なくとも異世界に来てから〝あの日の夜″の事までがごっそりと、嘘のように記憶から抜け落ちている。そして、時々、いや、最近は結構頻繁に自分がなんでこの世界にいるのか……そもそも自分とはなんだろうと、疑念が心の隅から湧いてくる。
最初の二三日程は、連日の衝撃的な事態と、心体の疲労のために嬰児のアーノを傍に抱き寄せたまま眠り込んでしまうことも屡々あった。とはいえ、泣き声で眼を覚まして世話をし、寝る。それの繰り返しであった。
難しい事なんてない。日々の忙しさに身を任せればいいのだ。そうすれば、いつか綺麗に――辛いことは忘れられるはずだ。
真希はいつの間にか自己暗示のように内心で呟いた。
そして、そのことに気がついて自責の念にかられる。こんなことは、自傷行為と変わらない。
バザールは暮らしやすくて、日本ほどではないにしても、住み心地として文句のつけようがない場所だ。グリアの知り合いであるピーニクという優しそうな男性が、このバザールの一角を黒馬の逃げてきた人々のために借家してくれたそうだ。
どういう事情か詳しくは知らない。だけど、皆つかれていたのだ。
雨風をしのげる家を借りられた喜びよりも、土のように暗い顔色で各々は、まるで死んで行くように眠り始めた。こんな安息はいつ以来だろう。そう囁きあう声は真希たちの周囲でも多く聞こえた。
(なんだろう……。)
だが、どうしても心の違和感というかトゲが抜けない。
半球型の、規則正しい輪郭の線の建物たちは燦々と降りしきる太陽の光を反射している。街には常に人々の活気で溢れている。
そんな様子を借家の、ゴツゴツとした花崗岩のような手触りの黄土色の壁に囲まれながら、その窓から街を見下ろす。
部屋は、おそらく感覚として六畳くらいだろうか。丸い形のテーブルが中央に据えている。ベッドはなく、その代わり、ソファーのような寝具で寝起きする。このソファーのような寝具。実は海洋国家では一般的なものであるらしく、文化的にも伝統あるものらしい。
真希は何度その寝具の名前を聞かされたが覚えられず、結局ソファーといっている。
今日も、正午からだ。日々の記憶が千切れるのを、必死に縫い合わせるようだ。
「……ねぇ、○○」
ハッ、と息をのんだ。今、一体誰の名前を呼んだんだろう? こうやって、街を窓から肩肘を窓辺りについて眺めていると、時折懐かしい名前をよんでしまう。なのに、意識すると、それが逃げていくようだ。
この前は、知らないうちに流れていた、幾つかの涙を拭っていた。
「あーっ、あーっ、あーーッうぅう、あーーーーっ」
胸元に抱き抱えたアーノが眼を覚ましたらしく、口内を大きく広げて泣き出した。まるで、サイレンのように響く。これが、キツイ。
「あっ、はいはいはい。ちょっと待っててね。はいはい、っと。オシメか、ご飯か――。」
ソファーの上に大泣きした赤ん坊をゆっくりと寝かせて、布のオムツをひらく。別段、黄ばみも汚れもない。すぐに、お腹に耳をあてる。お腹もなっていない。
「あぁーー」
助けを求めるように、泣く。
すぐに抱き上げて、一定の緩やかな速度で上下にして揺らす。
(やっぱり、甘えたいのかな……)
最近、こんな泣き方が増えたように思う。以前――なんの以前かはわからない。だけど、多分、一緒にいてから誰かを探す素振りは多かったが、最近はそれも減ったように思っていた。
(なんでなんだろう?)
胸のあたりが締め付けられるような錯覚を、アーノが泣く度に、感じる。
「お~、よしよし」
あやしながら、真希の双眼は虚ろな闇を帯びていくようだった。
と、玄関の扉が開かれたような気がした。その足音はすぐに、二階にのぼるため、リズミカルに階段を駆け上がり扉を開いた。
「おっ、ただいま。いいこにしてたか?」
真希の父……壮一であった。
小太りで、一見頼りなさそうな彼であるが、中東や世界各地の紛争地域の新聞記者をしていたり、ことによっては傭兵の真似事もしていたらしい。
以前、ほぼニートであった真希であれば、小汚くて、近寄ろうともしなかっただろう。しかし、あの〝一件″以来父が頼もしく感じることはないと思う。
「ん~? なに、どうしたの?」真希はアーノを見つめてあやしながら、父に問いかける。
部屋を歩きながら、その辺の机に上着を投げ捨て、
「グリアさんが、またなにかやるらしい。」
壮一はそう言いながら、街で買ってきたらしい瓶の酒のコルクを抜いて、直接飲みはじめた。うまそうに喉を鳴らし、グビグビとあおる。
「そっか。今度は、危ない感じのヤツじゃないんでしょ?」
「さあ、どうかな。ただ、俺たちはついてきた身として、どうとでもできる。」
そういいながら、壮一は左腕に巻いた腕時計型の通信機を触る。これは、日本と彼らをつなぐ唯一の機器類である。
「そうだよね」
小さく、同意するように真希はうなずく。
風が窓から吹き抜け、真希の髪をふんわりと流していく。
このバザールに到着してから随分の時間が過ぎようとしている。日々を無為にしていた訳でもないのに、あの大規模な戦争の後を忘却しようとしている。
自分はそんなにも非人道を歩んでいるのだろうか? いや、少なくとも異世界に来てから〝あの日の夜″の事までがごっそりと、嘘のように記憶から抜け落ちている。そして、時々、いや、最近は結構頻繁に自分がなんでこの世界にいるのか……そもそも自分とはなんだろうと、疑念が心の隅から湧いてくる。
最初の二三日程は、連日の衝撃的な事態と、心体の疲労のために嬰児のアーノを傍に抱き寄せたまま眠り込んでしまうことも屡々あった。とはいえ、泣き声で眼を覚まして世話をし、寝る。それの繰り返しであった。
難しい事なんてない。日々の忙しさに身を任せればいいのだ。そうすれば、いつか綺麗に――辛いことは忘れられるはずだ。
真希はいつの間にか自己暗示のように内心で呟いた。
そして、そのことに気がついて自責の念にかられる。こんなことは、自傷行為と変わらない。
バザールは暮らしやすくて、日本ほどではないにしても、住み心地として文句のつけようがない場所だ。グリアの知り合いであるピーニクという優しそうな男性が、このバザールの一角を黒馬の逃げてきた人々のために借家してくれたそうだ。
どういう事情か詳しくは知らない。だけど、皆つかれていたのだ。
雨風をしのげる家を借りられた喜びよりも、土のように暗い顔色で各々は、まるで死んで行くように眠り始めた。こんな安息はいつ以来だろう。そう囁きあう声は真希たちの周囲でも多く聞こえた。
(なんだろう……。)
だが、どうしても心の違和感というかトゲが抜けない。
半球型の、規則正しい輪郭の線の建物たちは燦々と降りしきる太陽の光を反射している。街には常に人々の活気で溢れている。
そんな様子を借家の、ゴツゴツとした花崗岩のような手触りの黄土色の壁に囲まれながら、その窓から街を見下ろす。
部屋は、おそらく感覚として六畳くらいだろうか。丸い形のテーブルが中央に据えている。ベッドはなく、その代わり、ソファーのような寝具で寝起きする。このソファーのような寝具。実は海洋国家では一般的なものであるらしく、文化的にも伝統あるものらしい。
真希は何度その寝具の名前を聞かされたが覚えられず、結局ソファーといっている。
今日も、正午からだ。日々の記憶が千切れるのを、必死に縫い合わせるようだ。
「……ねぇ、○○」
ハッ、と息をのんだ。今、一体誰の名前を呼んだんだろう? こうやって、街を窓から肩肘を窓辺りについて眺めていると、時折懐かしい名前をよんでしまう。なのに、意識すると、それが逃げていくようだ。
この前は、知らないうちに流れていた、幾つかの涙を拭っていた。
「あーっ、あーっ、あーーッうぅう、あーーーーっ」
胸元に抱き抱えたアーノが眼を覚ましたらしく、口内を大きく広げて泣き出した。まるで、サイレンのように響く。これが、キツイ。
「あっ、はいはいはい。ちょっと待っててね。はいはい、っと。オシメか、ご飯か――。」
ソファーの上に大泣きした赤ん坊をゆっくりと寝かせて、布のオムツをひらく。別段、黄ばみも汚れもない。すぐに、お腹に耳をあてる。お腹もなっていない。
「あぁーー」
助けを求めるように、泣く。
すぐに抱き上げて、一定の緩やかな速度で上下にして揺らす。
(やっぱり、甘えたいのかな……)
最近、こんな泣き方が増えたように思う。以前――なんの以前かはわからない。だけど、多分、一緒にいてから誰かを探す素振りは多かったが、最近はそれも減ったように思っていた。
(なんでなんだろう?)
胸のあたりが締め付けられるような錯覚を、アーノが泣く度に、感じる。
「お~、よしよし」
あやしながら、真希の双眼は虚ろな闇を帯びていくようだった。
と、玄関の扉が開かれたような気がした。その足音はすぐに、二階にのぼるため、リズミカルに階段を駆け上がり扉を開いた。
「おっ、ただいま。いいこにしてたか?」
真希の父……壮一であった。
小太りで、一見頼りなさそうな彼であるが、中東や世界各地の紛争地域の新聞記者をしていたり、ことによっては傭兵の真似事もしていたらしい。
以前、ほぼニートであった真希であれば、小汚くて、近寄ろうともしなかっただろう。しかし、あの〝一件″以来父が頼もしく感じることはないと思う。
「ん~? なに、どうしたの?」真希はアーノを見つめてあやしながら、父に問いかける。
部屋を歩きながら、その辺の机に上着を投げ捨て、
「グリアさんが、またなにかやるらしい。」
壮一はそう言いながら、街で買ってきたらしい瓶の酒のコルクを抜いて、直接飲みはじめた。うまそうに喉を鳴らし、グビグビとあおる。
「そっか。今度は、危ない感じのヤツじゃないんでしょ?」
「さあ、どうかな。ただ、俺たちはついてきた身として、どうとでもできる。」
そういいながら、壮一は左腕に巻いた腕時計型の通信機を触る。これは、日本と彼らをつなぐ唯一の機器類である。
「そうだよね」
小さく、同意するように真希はうなずく。
風が窓から吹き抜け、真希の髪をふんわりと流していく。
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