異世界にいったったwwwww

あれ

67

 一方、真希とナターシャたちは、そうと知らず、鬱蒼とした森と、桟道に続く道を歩いていた。
 「……真希さん。」 
「……ごめん。後にして。」 
歩きっぱなしで、眠たげな子供たちを励ましつつ、ナターシャは、真希の後ろ姿に対話を求めた。
 が、それは、気まずい雰囲気によって、断ち切れられた。
 (なんでなんでなんでなんでッ! 馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ、私は馬鹿だっ。) ナターシャの心の内を知りつつ、それでも、尚、言葉が交わせない自分が歯がゆかった。 
だいぶうすぐらくなった辺りを、懐中電灯で真希は照らした。
 子供たちは、それに興味を示し、キャッキャッと、ナターシャの足元で飛び跳ねる。 
「…………使って……みる?」
 真希は、その様子を眺め、小さいため息とともに、懐中電灯を子供たちにみせた。 
はじめ、子供たちは、発砲した真希に、警戒していたが、ナターシャが「大丈夫」と背中を押すと、長男が、巻の手のひらからひったくるように懐中電灯を握る。
 まじまじとながめた長男は、強烈な光線が漏れる部分に瞳を移す。
 「わっ! あははキャ、わっ!」 
年相応に喜びながら、兄弟たちにも触らせる。 
「いい子ね。えらい、えらい。」
 ナターシャは、兄弟に懐中電灯を譲った長男の背中を、ポン、と軽く叩く。恥ずかしがりながらも、長男は、鼻水を、またナターシャの服で拭う。 「もぅ……」 
嘆息しながら、ナターシャは、困り顔で笑う。 
「ふっ……あははは」 真希は、それにつられて笑う。
 二人の視線が、ようやく結びついた。
 「ふふふふ」 
「あはは」
 この時ばかりは、余計な言葉は必要なかった。 
「暫くここらへんで休もうか?」
 真希が提案した。 
「でも」と遮るナターシャだった。が、真希はナターシャの素足が血まみれでこれ以上無理させられないことを知っている。
 「大丈夫。あ、せっかくだから、今、持ってるお菓子さ、みんなでわけてよ。」 
と、近場の岩に各々腰掛けて、真希の差し出したゼリー状の食料や、ビスケットや、チョコレートなどを子供たちとナターシャに渡した。 
子供たちは目を輝かせて、甘い食べ物を頬張る。 
ナターシャは、子供たちの口の周りについた食べかすを自分の服の袖で拭ってやり、真希から渡された“チョコレート“を握っている。 
「溶けないうちに食べてよ? ね。」
 「……でも真希さん。」
 いいよ、と手を振り、マガジンを替えている。
 「どうせ、また送られてくる物資あるし。あ、せっかくだから、もっと別のお菓子頼もうかな? ね? ナターシャも食べたいでしょ? 私、こっちにいるあいだ、みんなと一緒にお菓子食べ比べしたいな。」 
「……ふふ、よかった。いつもの真希さんに戻ってる。」
 「――っ、ちょっと! まあ、いいか。」
 「でも、そうですね。ここをいずれ立ち去られるのでしょうけど、それまで、みんなで美味しいものを頂くのは嬉しいです。」
 含み笑いをしたナターシャと真希。 
もうすぐ、夜になりそうだった。 
と、草むらから、なにかが近づいてくる。
 この場で憩い賑わいだ一座が、緊張に包まれた。しかし、その心配は無用だった。その草むらから現れたのは、息を切らしたおかみだった。
 「あ! どうしたんですか。皆さんで避難していたのでは」 
アーノをおんぶしながらのおかみは大粒の汗を流して、息も絶え絶えに語る。 「いいかい! よくお聞き! 盗賊連中がこの砦になだれ込んであっちこっちが、大変なことになっているんだよ! 避難場所にも盗賊がいて、あたしの先を歩いてた奴らは皆殺しか、辱めを受けているんだよ。」
 真希とナターシャはショックを受けた。
 「まさか」と、口元に手のひらで覆うナターシャ。
 真希は、おかみのもとまで近寄り、 
「お父さん……お父さんは!」
 「ごめんね、そこまで詳しくないんだ。勘弁しておくれ。とにかく、にげるよ」 おかみは、息を喘がせて、逃げ道を探している。 しかし、いまさら逃げ道などないことを知っていた。
 「……それにこの子供たちの多さ。どうしたもんか。」
 おかみは、なやんでいる。 
「……」 
「……」 
真希もナターシャもなにも言えない。 貧乏ゆすりが、おかみの足元で酷くなる。 
丁度、その時。
 馬脚が疾風するのが感ぜられた。 
また、一座が凍りついた。もしや、盗賊か……と。しかし、暗い闇から輪郭を表したのは、一つの人馬であった。 
「――うそっ、お父さん!」 
真希の視界に、壮一が飛び込んできた。 
「ッ、ハァ、ハァ、あっ! 真希! 皆さん!」
 既のところで、馬を留める。 
ボロボロになった衣服と体の壮一。血にまみれながら、髪の毛を振り乱して、まるで悪鬼羅刹のようであった。 
「どうしたの!」 
「いいか! 盗賊が、連中が裏切った。オレはなんとか門の守備から撤退できたんだか、いかんせん人数が違いすぎて、ほかの連中がしんだ。グズグズしないうちに、逃げよう」 
壮一は、そういうと、真希に手を差し伸べた。
 真希は一瞬それにこたえようとするが、しかし、後ろを振り返った。そこには、ナターシャとおかみ、アーノ、子供たちが立っている。
 「お父さん、どうにかして、みんなで逃げれないかな?」
 そう言うと、機関銃を構えながら、辺りをキョロと見渡し、苦虫を潰したような顔になる。
 「悪いが、そいつはできない相談だ。」
 真希は巨大な衝撃に脊髄が打たれた。 
「なんでッ! どうしてよ?」 
「いいか? 馬にも運べる重量があるんだ。せいぜい、オレを含め、二人が限界だ。」 否定の頭を振り、 
「だったら、みんなと残る! ここで、なんとか……逃げるから、お父さん先にどこかに逃げて」 
すると、怒気に孕んだ眉で、
 「馬鹿! お前は……」 
だが、そう言いながら、壮一も悲痛な顔で、真希の後ろの人たちをながめた。 すると、ナターシャが、
 「あの……わたしたちは、べつの道を知っているので、先に行ってください。ね、おかみ、いいでしょ?」 
その声音となにかを察したおかみも、貧乏ゆすりをやめ、ため息をつく。
 「ああ、そうだよ。ここは、庭みたいなもんで、すぐに逃げられるんだよ。ほら、部外者のあんたらは邪魔だから、とっとと行きな」 
そう言うと、アーノをナターシャに渡した。 ナターシャは静かにアーノの耳元で(ごめんね)と呟く。 
それをみていた子供たちの長男が、大人たちのやり取りをおぼろげに理解した。 「ねぇ。ぼくたちも、お姉ちゃんと一緒でいいけど、アーノだけ、運んでもらえば」 
鼻水を拭い、壮一を指差す。 
彼より大人たちは皆、顔を見合わせた。
 それから、壮一が「ああ、そうだ。赤子一人分は大丈夫だ。真希、アーノちゃんを」と促す。 ナターシャは、妹を固く抱きしめてから、真希にそっと、差し出す。 真希は無言で頷き、受け取る。
 「結構、重いですよ。これから、もっと、もっとたくさんのことを知ることができるんですから」
 ナターシャは、アーノの頭を撫でる。
 おかみは、真希の肩に、ポン、と手を置き「さあ、行きな」と促す。
 ナターシャは、そっと、しかし、力強く、真希の背中を押す。
 長男以外の、子供たちの不安げな顔を察した真希は、 「ねぇ、きっと、すぐまた、戻ってくるよ。みんな、会おうね。」 
二人の子供の頬を撫でる。 ナターシャは、少し、目を潤ませて、唇を必死にかんでいる。それは、真希も同じだった。 
そして、今、幼いながらも、小さい体で長男の重責を全うしている男の子と、握手をする。 
皆の顔を焼き付けるように確認した真希は、最後に、子供たちを抱きしめ、おかみとナターシャに握手を交わすと、すぐさま、アーノをおんぶ紐で結び、背中に配して、壮一とともに、鞍に跨る。 それから一陣の風のもとに、疾風、駆け抜ける。 
どんどんと、ナターシャたちとの距離が遠ざかってゆく。 
それとともに、背後から、大量の松明と、盗賊団の足音がした。
 真希は、二三十秒、髪をなぶらせていた風を感じ、ハッ、と息を飲んだ。 「ねぇ、父さん。まって、ちょっと、止めて! ねえ! やっぱり、あそこから無理だよ! ねえ! 止まってッ! クソ親父! 止まれ! 止まれよッッ! うっ、ぐっ……ねぇ……お願い……止まって……じゃないと……」 
真希の涙は素早い速度で移動するうちに、パラパラと空気に紛れて飛散する。 後ろを、ナターシャたちの影を、輪郭を見つめながら、必死に手を伸ばす――しかし、届かない。 永久に届かない。 
「おかみ、鼻水垂らし小僧の馬鹿兄弟! ナターシャぁぁぁぁぁ、いやだぁぁぁ嫌だよぉぉぉ! なんで! なんで私だけ、こんな目にっっっっ! 私が、私が死ぬから! だから、お願いだよぉ……みんなを、みんなを助けてあげて」 どれほど呪詛の念を募らせても、届かない。 
と、背中のアーノが泣き出した。 
真希は、おんぶひもを緩め、自分の腕で抱く。 もう十分重量のある赤子だった。 壮一は、必死に手綱をとり、期間樹を片手に、移動している。 一つの騎馬の輪郭は、やがて砦を脱した。




ナターシャとおかみは、やがて、くる盗賊を、感じていた。ひしひし、と死の予感だった。 
それを感じていた子供たちは、不安で泣き出した。長男も耐えかねたように、ナターシャやおかみと手をつなぎ合う。
 遠く、遠くなってゆく真希と壮一の後ろ姿。 
静かに、涙を零しながら、最後に真希が伸ばしていた腕を自分も差し出していたことを理解した。
 (行かないで……行かないで……わたしを、わたしたちをおいてかないで) 
なんどもそう、言いかけた。 
でも、そのたび、子供たちのために、頑張っていた。
 自然、感情のすべてがこぼれ落ちた。
(もっと、真希さんと、遊びたかった。もっと、真希さんと、お話したかった。もっと、みんなでお菓子をたべたかった。もっと、もっと……自分の知らないことを知りたい。真希さんと、できるなら、旅をしたかった。もっと……もっといきていたかった……)
 だが、アーノを託す瞬間、満足してしまった。 
だから、
 (真希さんは、きっと、悲しむんだろうな。優しい人だから……悩まなくていいことまで、全部背負い込んで……でも、最期にいいたかったな。きっと、これから、もっと、あなたの行先は厳しいけど、でも……なにか、最期に伝えたいのに) 別れの言葉ではない。本当だったら、顔を歪めたところを知られたくなかったのに……。 
(アーノ。貴方の大人になった時、わたしはあなたを見守れないけど、それでも、ずっと、愛しているよ。だから、だから“さよなら”が……)
 瞬間的に思い出されるナターシャの脳裏に、自然と、喉が震えだし、嗚咽をしてしまっていた。 
(真希さんと、アーノと日々を、もっと、季節を過ごしたい。こんな、わがままだけど……でも、それが……。きっと、二人が、もっと大きくなった頃、手を仲良くつないでるだろうな。わたしもその中にいられないけど……でも見守れるかな。あ~あ、もっと、明るく見送らないといけないのに……わたし、馬鹿だな) おかみは、ナターシャを強く抱きしめる。子供たちも一緒に、そこに固まる。
 やがて、盗賊団の醜悪な影が、松明が、揺らめいた。




 ―――――後年の歴史書には、このときの黒馬の砦の記述で、簡素に「老女、若い娘、子供、皆殺し」と書かれている。 第三者の記述として、見るほうがよいだろう。その凄惨な現場はこの一文に集約されている。
 推察するまでもなく彼女たちがどうなったのかは説明するまでもない。我々地球のこの世界でも、古今東西、戦争の惨さは、言うに及ばない。 その岩場の草むらでは、月夜にいくつもの大小の人頭が、鮮血が、飛び散った。

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