異世界にいったったwwwww

あれ

63

エイフラムの全身は、生気が抜ける。 彼のすぐ傍に炎の魔術師の死骸が横たわっている。血だまりに横たわっていると、頬に、生暖かった温度が、やがて乾いてゆく推移が感ぜられた。 
(死ぬのか……案外呆気ないな……。兄は……外の様子が……まあ、いいか。どうせ、もう関係なくなる。)
 エイフラムは眠気にも似た衝動に瞼をゆるそうと思った。 と、軽いブーツの底が地面を蹴飛ばす振動が、体に小刻みに伝わる。 
(なんだ……) 
エイフラムは、這いつくばった状態で、必死に頭を動かす。だが、霞がかかったように、視界がボヤけ、おまけに首が、固定されたように、自由にできない。 先ほどの戦闘で、滅多刺しにされたのが、今になって効いてきたようだ。 
足音の主は、横たわった二人のもとまでやってきた。 
しかし、その主の纏う雰囲気はある種独特で、なにか冷気を感じるかと思えば、それがかえって、奇妙な安心にも繋がる、不可解極まりない妖気をまとっていた。 
「ねぇ、貴方、ワタシの契約者を殺したの?」
 含み笑いをしながら、女の声音が、エイフラムに問いかける。
 「……」 
「あら? 口がきけないの? ふふ、それもそうね。あなた、体が細長い孔で貫かれてるもの。よく生きてる。」
 女は、愉快そうに、手を叩く。こ気味のいい響きが、辺りを支配する。 「まぁ、ワタシは貴方の頭で考えていることくらい、わかる。それに、この状況で、魔術師を殺せる人間に、初めて会うのだから、戸惑っているの。許してね。」 
(貴様、一体何者だ!)
 エイフラムは強く脳内に思念した。
 その思惑通り、女も「へぇ」と小声で感嘆を漏らした。 
「ワタシは《蘇》の専属魔族。でも、だからといって、この世界のルールに必ずしも従うわけでもないから、所謂中立者というところかしら。」
 女は、フードかなにかに覆われていたのか、バサリ、と布が翻り、緩く流れる風が、エイフラムの髪の毛を僅かにくすぐる。
 「でも、災難。ワタシの契約者が、こんなにあっさり殺されて。」 
恨みを持った言葉が吐き出された。 
それから、エイフラムのツムジをブーツの踵で踏みつけて、ぐりぐりとねじりこむ。 
「……ッ」
 その力加減が、至る傷口と連鎖して、血を溢れさせた。 
「ふはははっは。ごめんなさいね。でも悪気はないの。だって、こうでもしないと、イライラを解消できないから。」
 そう言うと、エイフラムの顔を蹴りつける。 
「さて、どうしたものか。このまま、《蘇》に帰るのもいいけど、また契約者を選定したりだの、しきたりだの、面倒。それに、一度、魔界に行かないと……」 喋りながら、怪しげな口紅で濡らした唇を、怪しく曲げた。
 そして、炎の魔術師のもとまで歩くと、胴体の丁度、心臓の位置まで佇む。 ヒュ、とおもむろに、長い爪の白い腕で、胴体の皮膚を突き破り、一気にほの魔術師の、まだ新鮮な心臓を抉りだした。
 心臓の太い血管たちから、どす黒い血が撒き散らされた。
 それを一顧だにせず、女は、心臓をしげしげと眺め「ああ、よかった。」と不吉な言葉を吐き捨てる。
 そして、女は、おずおずと、エイフラムを眺めた。
 一瞬、木の間を抜けた突風が、女の毒々しい、褐色の髪の毛を弄ぶ。 
それが、女に、なにかを閃かせたらしい。
 女は、真っ赤な唇を、わざわざエイフラムの耳元までもっていった。 「ねぇ、貴方、まだもう少しだけ、生きてみない?」 
(……?) 
エイフラムは、相手の意図していることが、判らなかった。普通、敵であるはずの自分に、このように持ちかけることは、まずありえない。さらに、罠の可能性もある。 
しかし、考えようにも、刻一刻と、体が痺れて、思考もうまくまとまらない。 それを察知した女が、 
「そう。貴方に教えるけど、この炎の魔術師の心臓にはワタシと契約した時に、心臓にルーンを刻んだの。刻文字ね。これが、ワタシをこの世界と魔界を自由に行き来させる役割」 
女は、心臓を手のひらで、巧妙な力加減で掴んでいる。その指の間からは、脈打つ心臓が、はみ出しそうに、鼓動を続けていた。恐らく魔術の効果だろうか。 「だけど、もしこれが消えれば、問答無用で魔界に戻るの。またこちらに来るには、都市国家と契約するか、秘密裏にくるか。でも、面倒なの。一々、そういうことやるの。だから、ね? ワタシのために、貴方がこの心臓の持ち主になりなさい。貴方の傷も癒すように、魔術も施してあげる。」 
早口で語る女が、身の毛も凍るような話をしていることは、なんとなくエイフラムにも理解できた。が、いかんせん、瀕死の己に、どうすることができようか。 女は、少しの時間も惜しいらしく、エイフラムの胴体の傷口を長い爪の先で、突く。その度、小さな電流のような痛みが、彼を襲う。 この状況で、チマチマと考えてる程のことでもない。 
エイフラムは、深く目を閉じる。 
(わかった。その心臓をもらおう。) 
女は、満足したように、頷き、小さく笑い声をたてる。
 「いい子。でも、貴方、リスクを知らないわけじゃないでしょ? 魔族との契約。あなたの場合、魔術師でなく、眷属に近い、状態になるのかしら? でも、変わらない。対価は、貴方の寿命。いくつ差し出してくれる?」 
エイフラムは自分がどれほど生きられるか、判らなかった。だが、少なくとも、ある“一事”を成せば足りると思っていた。だからこそ、余分なもの以外は、すべてくれてやると脳内で応じていた。 
エイフラムの内側を知った女は「そう」と嬉々として、呪文を唱え出す。 
エイフラムは、暗い闇の泥のようなものに包まれた。 
女は高らかと心臓を掲げ、その闇のような泥に叩きつけた。 
それから、しばらくしてのことだった。 
エイフラムが目覚めると、体が、元通りに治っていた。嘆息とともに、そばにいた魔族の女をみる。
 「あら? もうお目覚め? 案外はやいのね。でも、よかった。」
 その一言にエイフラムは、 
「何がだ?」 
疑問を投じた。 
「あら? もし、貴方、儀式の途中、ううん。瀕死の状態で死霊使いに見つかったら、大変だったのよ。」 
「死霊使い?」
 女は、クスクスと、頭の大きな角を震わせて、あとは誤魔化した。「いずれ、その正体もしれるでしよう。でも、貴方の寿命が、あればの話だけど。」 
エイフラムは上半身をおこした。 
「なあ、どれくらい寿命をもっていった?」 
「さあ? でも、一つ言えるのは、いい? 貴方の“一事”とやらが終わるまで。それまでは十分持ちこたえられる。」 
そう言うと、愉快、愉快と、叫びながら魔族の女が、マントを翻す。布が半円を描くと、すぐさま消えてしまった。 
(一事……か。) 
まだ慣れない体を確かめながら、エイフラムは立ち上がった。

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