異世界にいったったwwwww

あれ

59

パプキンの胸部に耳をあてた。 
(心音が弱くなってきてる……。)
 真希は、焦る内心をなだめて、方策を思考した。
 「待って……必ず、必ず助けるから。」
 パプキンが微笑した。
 だが、彼の顔面は柘榴の実のように裂けて、新しい血が溢れている。鼻の骨が表面につき出していた。 
(どうしよう。私の知識も持ち物でも、どうやっても、助けれない)
 胸部から耳を離して、周りを見渡す。 
「……ちょっとだけ、待っててね?」 
真希はタオルをパプキンの首に挟むと、協力者を探しに焦げ果てた森を歩き出す。 
真っ黒な炭のような人々に新緑を誇っていたハズの森。
 (何で……なんでこんな事になっちゃったの。)
 一歩、また一歩踏み出すたびに、短い間過ごした景色の変容に哀愁を禁じえない。
 (……ここで焼死体になっている人たちも、戦争で死んだ人も……みんな、みんな、きっと、パプキンや、ナターシャとかみたいに、この先も生きていけるハズなのに……。)
 鼻腔が異様な獣臭い匂いに満ちている。その匂いが酷くなる。 
「だっ……誰か、誰か、手伝ってください。あの……誰かッ!」
 涙ぐんだ声になりながら、叫んでみる。
 酷い香りが執拗に鼻に絡みつく。昨日まで肩を並べて一緒に生きていた人間だった。これは、普通に死ぬより酷い様子を晒している。 
(そうだ、ナターシャ、あの娘は!)
 「ナターシャ! ッ、誰か、誰でもいいから返事してください。」 
鼻水が、止まらない。
 不安な心を制御するため、走りだした。ジンジンと痛む喉輪を無理やりに叫びを捻り出す。もう、なにも構わない。今、この瞬間に、全てを賭けるつもりだった。
 ……静寂。 
全く、何者も応じない。ただ、焦げ果てた木々と、その後ろに難を逃れた森の緑。砦の中央は建物もことごとく瓦礫と化して、自分がどこにいるかわからなくなる。 
「……どうして」そうだ、と、トランシーバーで壮一に連絡を図るも、ノイズがあるだけで、全く反応しない。 膝を落とす。服の袖で何度も頬を拭う。 
「くそ、くそ、くそ、こんな……こんな理不尽に!」
 真希は、混乱した脳内を空にして、とにかくパプキンの元まで戻るように、足を奮い立たせた。


 (ああ、きっと、エイフラムさんが、あの魔術師を倒したんだろうな……絶対そうだ。あの人が負ける訳がない。しかし、なんで自分はこんなに非力なんだろうな) 
パプキンは徐々に弱ってゆく視力を感じ、薄目を閉じる。 呼吸が先ほどまで荒かったが、今は苦しみも少ない。
 (きっと、真希さん。どうにかして自分を助けようと思って、頑張ってるんだろうな。へっ、そんなことしなくてもいいのに……。)
 筋肉が凝結してゆくようだった。 
パプキンは自分の死期が近いことを本能で感じていた。
 と、聞こえにくくなった聴覚が、人の足音をきく。


――それは“守れた”人間のひとりのものであった。


 「……キン、パプキン、とりあえず、もう一度、局部麻酔の注射やるから、ね? きっと、大丈夫だから」
 真希は地面に正座して、パプキンの頭を自らの太ももで膝枕をする。そして、ポシェットから、応急処置の箱を開き、注射器を取り出す。
 (なんて言ってるんだろう……多分、もうなにしても手遅れだから、もういいのに……。) 
パプキンの視力は最早微かな光を感じ取ることしかできなくなっていた。 「ねぇ、パプキン、いい? しっかりして。まず返事して。いや、わかるんだったら、手を握って?」
 真希はパプキンの掌と繋ぎあう。
 ピクリ、と指先が動く。 
だがそれだけだった。 不安げな顔を見せまいと、必死に、真希は表情を取り繕う。 パプキンが、また微笑する。 
(ああ、言わなきゃ。もう、自分はこのへんで死のう。この人には悪いけど、殺してくれるように頼もう) 
彼は、必死で口を動かし、何かを伝える努力をした。 真希はそれに気がつき、ハッ、と表情を引き締め、懸命に「うん、大丈夫、なに? 聞くよ、待ってて」と何度も繰り返す。 
僅かに漏れるパプキンの呼吸音。
 ――それから、 
「……っき、さん。……ろして。」 
真希は怪訝な顔で、口元に耳をもってゆく。 
「ん? どうしたの?」 
「……こ……ろ……してくだ……さい。」 
パプキンは何度も繰言のように口を動かす。 
真希は最初、何を言っているのか、その意味すら判らなかった。だが、パプキンの瞳を覗くと、光彩を欠いて、血が夥しい中、彼の伝えたい一念を、真希は“捉えて”しまった。 
彼女は、頭を無意識に何度も振って否定していた。だが、それすら、彼には見えない。いや、仮に見えていても、同じことだったろう。
 そして、だんだんはっきりと、パプキンが自分を殺すように、促しているのだと理解した。 
「殺してください。」 
微かだが、ハッキリ、きかれた。それは彼の振り絞った力の一語だった。
 真希は、パプキンの頬を優しく撫でた。そして、彼の皮膚に触るたび、涙が堰を切って溢れる。 
きっと、人生のうちで、人の関係は、時間の長短でないことを、今更思い知る。 つるり、と美しい禿げた頭を、それから二三度撫でる。 
すると、パプキンは嬉しそうに、無邪気な子犬のように、笑顔になっていった。 パプキンのいたるところの傷口が、化膿を始め、濃い黄色の粘着な液体が、血とともにドロリ、と垂れた。そこに、小さな虫が群がっている。 また、パプキンは、苦しみだす。
 (ごめんね……) 
真希は、パプキンを静かに、地面に寝かせると、腰元のホルスターから拳銃を抜いた。 皮肉にも、彼女は思い知った。戦争とは、敵だけでなく、味方ですら、殺すこと。そして、彼女の初めて殺す相手が「味方」であることを……。 パプキンは軽く拳を握った。 
臓の鼓動が耳朶に寄り添う。
 パプキンを助けるために、一発撃てたのはきっと気持ちを先行させたからだ……今、冷静を取り戻している自分はこんなにも臆病なんだ。




(悪いことしたな……自分なんかを助けようと、懸命に動いてくれた人に……。)
真希は、前髪をわざと乱して、影をつくる。 


それがスイッチになり、引き金を自然に引いていた。 
ダン、と自転車のタイヤがパンクしたような破裂音で4発撃つ。


夕刻を過ぎ、重く鉛色の雲が沈殿している中、真希とパプキン、二人を囲む真っ黒に焼き焦げた森に四発の閃光がピカ、ピカ、と小さい稲光のように弾けた。


 その後は、また沈黙が帰ってきた。



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