異世界にいったったwwwww
50
夕風がひょうひょうと、荒い。
荒涼とし赤土の巨大な淵が、延々と伸びている。ここはヤザン渓谷であった。 遠征軍の別働隊が、各軍団は整然と四角になりつつ、渓谷の入口に集結していた。彼らは恐れていた。盗賊軍がここで迎え撃つために、待ち構えているのだろうと危ぶんだ。
鷹が弧を描いて空を舞う。ヒュー、ヒューと、啼いている。
五千の威力偵察を遠征軍は放ち、はや三刻たっている。各軍団長は、寒くなってきた辺り、この場で野営だろうか、と考えた。 ――遠く、馬脚がいくつもした。
「はて?」
と、この別働隊を束ねる第三軍団長が簡易の野営から顔を表せた。
「報告、報告!」
と、威力偵察と思われる兵隊が、やってきた。
「どうした。」
「はっ、恐れながら。」
戻ってきた部隊は、偵察の最前線を走っていた連中である。敵兵を発見できず戻る時、先頭部隊以外が全て消えていたのである。
「どういうことだ……!」
報告を訊いた軍団長がヘルムをかぶり、この地を避けようと命令を下そうとした。 岩の影がゆっくりと動く。
大量の旗が靡き、金属の擦れた音が巨大な生き物みたいに蠢く。
遠征軍は、渓谷を迂回し、他国を経由しようとする。
と、不思議なことに、徐に砂が渦をつくりはじめた。遠征軍の将兵は、不思議がった。
しかし、その疑問はやがて、危機感に変わった。
渓谷を引き返そうとした時、まるで風の壁のように、行く手に強烈な逆風が遮る。
その勢いが、やがて、小さな渦を集め、嵐になった。渦の螺旋が、遠征軍を渓谷へ押し込むように移動した。
事実、遠征軍は、渓谷に詰められるように、一列に入ってゆく。
「なんだこれはッ!」
第三軍団長が、わけもわからないまま、云う事をきかなくなった兵を必死でなだめる。
だが、“自然”の力には無力であり、ヤザン渓谷があっという間に遠征軍で埋め尽くされた。
――まるで見計らったように、霰のような火弓が降り注ぎ、それと同時に、隕石の如き落石が、轟々と投げられる。
遠征軍の将兵は、まるで為すすべもなく、無残に殺された。弓に串刺しとなり、巨大な岩で圧死し、人間同士の混乱で死に、まるで地獄の様相である。 嵐もいつの間にか二三と増え、兵を飲み込んでいた。
「なんだ……どういうことだ……まるで魔術師の仕業か」
第三軍団長が呟く。
「ええ、そうよ。だから何?」
スッ、と軍団長が背後を振り返ると、ローブを被った女がいた。
「貴様、何者!」
しかし、女は答えず、代わりに左手を差し出し、微笑んだ。
それが、遠征軍別働隊の最高指揮官がみた最後の光景である。
この日、ヤザン渓谷では二万の軍のうち、約五千が戦死、四千が傷を負い、その他は行方不明となった。
常識で考えればありえない。
しかし、実際に、渓谷の死骸と負傷兵を除き、皆消えてしまった。
「ほう、こりゃあ、すごい。よくやった。ガードライ団長。」
ベムは、愉快そうに手を叩き、渓谷の真下を覗く。
「いえ。」
と応じたのは、遠征軍の威力偵察に向かって消えたハズの指揮官の姿だった。 「まさか、戦前に裏切るとは……ハハ」
「いえ、この戦争が終われば、いずれ国家同士の戦争です。ではなぜ敵と共闘して被害を被らねば?」
「ウム、そうだ。貴殿なかなかだ。」
「ベム殿」
「うん?」
と、ガードラインは、
「あの、風。まさか魔術師ですか」
「……それを知ってどうする?」
まるで人相が変わり、白い化粧に、殺意が漲る。
「いえ……」
気まずい空気のまま、数刻が過ぎ、やっと風の魔術師が渓谷の頂上にきた。 「まずまず……といったところ」
と独り言をいいながら、どこか焦っているようだった。
ベムは、おお、と声をかける。
「どうだ?」
すると、深いローブの影から、雰囲気を変えたように、
「そうですね。連中の兵隊の大部分は捕虜として捕まえました。」
「そうか……」
満足げにベムは笑う。しかし、風の魔術師は「あの」と、急いでいる。 「ん? どうした」
「はやく、この“風の魔術師”を黒馬の砦に向かわせてください。」
まるで、懇願するようだった。
(なんだ、この女)
と、遠目から見ていたガードライ団長が、警戒の目で彼女をみる。
「ムム、そうか。すまないが、それは無理だ。」
「――約束が、それでは約束が違います!」
ベムは、白い化粧の裡に何かを秘めたように、ただ一言。
「もう、いまから行っても日にちが足りない。」
と、だけ伝えた。
それをうけて、あんなに焦燥にかられていた風の魔術師は、その場に、ハタリ、と座り込み、脱力していた。
(一体なんなのだ?)
静かに、ガードライはその場を去った。
ふと、渓谷へ闇が、既に死骸の群れを覆い隠していた。
荒涼とし赤土の巨大な淵が、延々と伸びている。ここはヤザン渓谷であった。 遠征軍の別働隊が、各軍団は整然と四角になりつつ、渓谷の入口に集結していた。彼らは恐れていた。盗賊軍がここで迎え撃つために、待ち構えているのだろうと危ぶんだ。
鷹が弧を描いて空を舞う。ヒュー、ヒューと、啼いている。
五千の威力偵察を遠征軍は放ち、はや三刻たっている。各軍団長は、寒くなってきた辺り、この場で野営だろうか、と考えた。 ――遠く、馬脚がいくつもした。
「はて?」
と、この別働隊を束ねる第三軍団長が簡易の野営から顔を表せた。
「報告、報告!」
と、威力偵察と思われる兵隊が、やってきた。
「どうした。」
「はっ、恐れながら。」
戻ってきた部隊は、偵察の最前線を走っていた連中である。敵兵を発見できず戻る時、先頭部隊以外が全て消えていたのである。
「どういうことだ……!」
報告を訊いた軍団長がヘルムをかぶり、この地を避けようと命令を下そうとした。 岩の影がゆっくりと動く。
大量の旗が靡き、金属の擦れた音が巨大な生き物みたいに蠢く。
遠征軍は、渓谷を迂回し、他国を経由しようとする。
と、不思議なことに、徐に砂が渦をつくりはじめた。遠征軍の将兵は、不思議がった。
しかし、その疑問はやがて、危機感に変わった。
渓谷を引き返そうとした時、まるで風の壁のように、行く手に強烈な逆風が遮る。
その勢いが、やがて、小さな渦を集め、嵐になった。渦の螺旋が、遠征軍を渓谷へ押し込むように移動した。
事実、遠征軍は、渓谷に詰められるように、一列に入ってゆく。
「なんだこれはッ!」
第三軍団長が、わけもわからないまま、云う事をきかなくなった兵を必死でなだめる。
だが、“自然”の力には無力であり、ヤザン渓谷があっという間に遠征軍で埋め尽くされた。
――まるで見計らったように、霰のような火弓が降り注ぎ、それと同時に、隕石の如き落石が、轟々と投げられる。
遠征軍の将兵は、まるで為すすべもなく、無残に殺された。弓に串刺しとなり、巨大な岩で圧死し、人間同士の混乱で死に、まるで地獄の様相である。 嵐もいつの間にか二三と増え、兵を飲み込んでいた。
「なんだ……どういうことだ……まるで魔術師の仕業か」
第三軍団長が呟く。
「ええ、そうよ。だから何?」
スッ、と軍団長が背後を振り返ると、ローブを被った女がいた。
「貴様、何者!」
しかし、女は答えず、代わりに左手を差し出し、微笑んだ。
それが、遠征軍別働隊の最高指揮官がみた最後の光景である。
この日、ヤザン渓谷では二万の軍のうち、約五千が戦死、四千が傷を負い、その他は行方不明となった。
常識で考えればありえない。
しかし、実際に、渓谷の死骸と負傷兵を除き、皆消えてしまった。
「ほう、こりゃあ、すごい。よくやった。ガードライ団長。」
ベムは、愉快そうに手を叩き、渓谷の真下を覗く。
「いえ。」
と応じたのは、遠征軍の威力偵察に向かって消えたハズの指揮官の姿だった。 「まさか、戦前に裏切るとは……ハハ」
「いえ、この戦争が終われば、いずれ国家同士の戦争です。ではなぜ敵と共闘して被害を被らねば?」
「ウム、そうだ。貴殿なかなかだ。」
「ベム殿」
「うん?」
と、ガードラインは、
「あの、風。まさか魔術師ですか」
「……それを知ってどうする?」
まるで人相が変わり、白い化粧に、殺意が漲る。
「いえ……」
気まずい空気のまま、数刻が過ぎ、やっと風の魔術師が渓谷の頂上にきた。 「まずまず……といったところ」
と独り言をいいながら、どこか焦っているようだった。
ベムは、おお、と声をかける。
「どうだ?」
すると、深いローブの影から、雰囲気を変えたように、
「そうですね。連中の兵隊の大部分は捕虜として捕まえました。」
「そうか……」
満足げにベムは笑う。しかし、風の魔術師は「あの」と、急いでいる。 「ん? どうした」
「はやく、この“風の魔術師”を黒馬の砦に向かわせてください。」
まるで、懇願するようだった。
(なんだ、この女)
と、遠目から見ていたガードライ団長が、警戒の目で彼女をみる。
「ムム、そうか。すまないが、それは無理だ。」
「――約束が、それでは約束が違います!」
ベムは、白い化粧の裡に何かを秘めたように、ただ一言。
「もう、いまから行っても日にちが足りない。」
と、だけ伝えた。
それをうけて、あんなに焦燥にかられていた風の魔術師は、その場に、ハタリ、と座り込み、脱力していた。
(一体なんなのだ?)
静かに、ガードライはその場を去った。
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