犬女ちゃん -見た目は美少女、知能は犬並みー(旧題:犬女ちゃんとピュアハート)

ウロノロムロ

犬女ちゃんと交換留学生(1)

この学校では
海外からの交換留学生が
数十人単位で来ている。
学校側がそういう部分にも
力を入れているらしいので、
然るべきなのだろう。


交換留学生はだいたい
夏休みから二学期にかけて、
やって来ることになっている。


なので
以前体育の剛田先生が
犬女ちゃんを交換留学生と
間違えたのは多少
仕方ないところでもある。
それにしても
間違い過ぎだろと
純心は思うのだが。




純心と犬女ちゃんが、
屋上でお昼を食べていると
ときどき交換留学生の
生徒がやって来たりする。


だいたい
海外からの交換留学生は
まだ日本語がカタコトで
コミュニケーションが
なかなか難しい。


そんなときに
お嬢様や生徒会長が
ちょうどいると
それはそれは流暢に
見事な英語を
披露してくれる。


この人達は
普段のポンコツ振りからは
想像がつかないような才女なので、
英語以外にも何か国語か
話せるらしい。


ただ英語圏以外の出身者だと、
英語もカタコトなので、やはり
コミュニケーションに難航する。
英語が得意ではない純心には、
そもそもまったく
関係がない話ではあるが。




しかし犬女ちゃんは、
交換留学生と
コミュニケーションを取るのが
なぜか上手だった。


案外感性が日本人よりも
外国人的なのではないかと
純心も思ったりもする。




その日はたまたま
交換留学生が屋上で
ご飯を食べていた。


中国大陸部出身の呉さん、
ロシア出身のターニャさん、
ベトナム出身のチャンティマーさん
の三人と犬女ちゃんが
一緒にコミュニケーションを
はかっていた。


出身国だけで見たら
なんとも赤いメンバー達である。
まるでそこにアジアの縮図が
再現されているようでもある。
この場合、日本代表が
犬女ちゃんということになるのだが、
それでいいのかと純心は首を傾げる。


『あぁ、
そうか、資本主義の犬とは
犬女ちゃんのことだったのか』


そんなわけのわからない
ことまで考えてしてしまう。


純心はどうもその輪に
入っていけなかった。
それは人種差別や偏見ではなく
単純に言葉の壁の問題である。
言葉が通じない相手と
接するのがコワかったのだ。


普段言葉が通じない
犬女ちゃんと
ずっと一緒にいるのに
えらく矛盾した話だと
思うかもしれないが、
純心は犬女ちゃんのことを
犬側の存在だと思っているので、
むしろそこは喋れなくても
問題はないのだ。
犬女ちゃんが喋れたら
どんなにいいだろうとは思うが、
喋ったら喋ったで、
とんでもない違和感を覚えるだろう。
慣れるまで時間がかかるかもしれない。




で、その四人の会話なのだが、
少し離れて聞いている純心にも
グダグダなのがわかるレベルである。


そもそも出身国も
母国語も違う人達が
カタコトの日本語を
共通言語として
会話しようというのに
無理があった。
正しい日本語を
知る人がいないのに、
日本語をベースに
会話してどうするのだと
純心ですら思う


日本語で通じない
となると出て来るのが、
今や世界の共通と言っても
過言ではない英語になる。


が、所詮は英語も
母語ではない人達なので、
それでもやはり
ろくに会話が通じない。


つまり、最初は
日本語で話をしていて、
通じないとなると、
英語で話しはじめて、
結局それでも通じなくて、
最終的には三人が
それぞれの母語で話はじめる。
それぞれが思い思いの
三言語で勝手に
話しているだけ状態になるのである。
それでは話など通じるはずもない。


純心からすると
この人達は一体なぜ
一緒につるんでいるのか
わからないレベルなのだが。


それでもなんとなく
盛り上がったりしているのだ。




あろうことか、
人間の言葉がわからないはずの
犬女ちゃんまで一緒になって
盛り上がっていたりする。


犬女ちゃんの発声については
明らかに犬と同様であるため、
人間のように笑うわけでは
ないのだが、様子を見る限り
明らかに笑っているのだ。


ボディランゲージさながらに
身振り手振りでワンワン鳴いて、
四人で大声で笑ったりしている。




そんな犬女ちゃんを見ていると
純心の脳裏にふと考えがよぎる。
もしかしたら、犬女ちゃんは
日本語が理解出来ないだけで、
英語とか他の言語だったら、
理解出来たりするのではなかろうかと。


もしそうだったら、
英語が苦手な自分より
はるかに国際的ではないか、
知能では自分のほうが上だと
今までずっと思っていたのは、
実は勘違いしていたのでは
ないだろうか。
そうだったとしたら
すごい騙された気分なのだが。


などと例によって
あれこれ考えていたが、
別にそんなことはなかった。




犬女ちゃんだって、
別に三人の言葉を
理解していたわけ
ではなかったし、
他の三人も別にすべてが
通じているわけではなかった。


三人の理解度にしても、
通じているのは会話全体の
三割ぐらいのものだろう。


それでもなんとなく
コミュニケーションは
成立していたし、
盛り上がったりもしていたのだ。


純心と犬女ちゃんの決定的な差は
要するにバイタリティの差、
ということになるのだろうか。











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