おっさんが転生したら、寝取られた元嫁と寝取った間男の息子だった件

ウロノロムロ

ちょっとだけ褒めたるけど、調子のんなよ?(イラ

少年野球の大会、
開会式の主催者挨拶には必ずと言っていいほど
「お父さん、お母さんに感謝して」という
決まり文句が入っている。


逆を返せばそれほど親に負荷がかかっているということ。


おっさんも実際に少年野球をはじめるまでは
まさかここまで大勢の大人に支えられて
少年野球が成り立っているとは思ってもいなかった。




土曜日曜の練習、昼食は弁当持参なので
おかあやんは朝早く起きてお弁当をつくる。


少年野球にはお茶当番という風習があって、
休憩時間中チーム関係者らに
お茶を出すための当番制度があるのだが、
これも人数が少ないために、サイクルが非常に早い。




むしろ母親より大変なのは父親であって、
人材がいなため、田舎の少年野球チームでは
親が監督やコーチをやっているところが多数。


監督・コーチとなれば朝から夕方まで
ずっとつきっきりで子供達と過ごすことが多く、
もちろん休んだり、途中で抜けることも出来るが、
人が足りない時はそういうワケにもいかない。


何より大変なのは公式試合や練習試合の遠征で、
基本的にはチームの全員が車で移動する。
親の移動も含めるとそれなりの台数が必要となり、
その他にも荷物車などがあってかなりの大所帯だ。


野球の荷物はグローブ、バット、ヘルメットぐらいで
それほど多くはないだろうと思いがちなのだが、
小学校のグランドにはベンチがないのに、
椅子やら何やらを並べてターフを立てて
ベンチらしきものを設営するので
それらも車に載せて持参しなくてはならない。


他にも夏合宿に忘年会・新年会、
コーチ会議や審判講習会、
少年野球チームが所属している団体の
大会やらイベントがあれば、
会場設営だの駐車場係りだので、
事あるごとに親がかり出される。


おかあやんが及び腰になるのも無理はない。


-


そんな中、野球のルールすらもわかっていなかったのに、
ビックリするぐらいにやる気マンマンのおとうやん。


「うちの会社の車出しますよ。
バンの大きいやつありますんで」


試合の遠征で車を用意しなくてはならない時も
毎回率先して手を挙げていく。


「審判講習会ですか? 行きますよ。
野球のルールもちゃんと覚えましたんで、ハハハ」


少年野球の試合では、
審判も父親達が交代で担当することになっており、
そのための講習会が年に何回も行われているのだが、
野球のルールを覚えたばかりの人が、
審判をするのはいかがなものであろうか。


「コーチ会議で二次会ですか? なるほど。いい店ありますよ。
会社のやつらとよく行くんで、サービスしてもらいましょう」


土曜か日曜、練習が終わった後、
コーチ会議と称する父親の集まりがあるのだが、
会議なのになぜか飲み屋で開催されるため、
だいたい、ただの酔っ払いの集まりになっていた。


おとうやん、自営業で家族を養っていけるだけあって、
割と社交性もあって、こういうことには手馴れている感がある。


たっくんの中のおっさんは、
おとうやんのこういう態度が
イチイチかんに障ってならなかったが、
今時子供を少年野球チームに入れる父親は
自分も野球経験者か、
三度の飯より野球が好きという人がほとんどなので、
野球のルールもロクに知らないおとうやんが
長く続きはしないだろうと高をくくっていた。
そのうちやめてしまうだろうと。


-


「土日は仕事せんでええのん?」


土日の出席率が異常に高いおとうやんを、
なんとか少年野球の練習に
来させないようにすることは出来ないか必死なたっくん。


「おう、土日に現場が入ってる時は、
滝野たきのに任せてある」


おとうやんの会社の仲間である滝野さんは
時々家に遊びに来たりもしていたので、
たっくんもよく知っていた。


なんでも会社の立ち上げから一緒にやって来た
おとうやんのビジネスパートナー的存在らしい。


「たっくんが少年野球やってる間は
土日は休んでいいって言ってくれてな」




  滝野はん、なんちゅう余計なことすんねん!


  いくら独身だからって気使い過ぎやろ!




とは言ってもおとうやん、
少年野球で土日を休むために
その分の仕事を平日に残業してこなしていた。


そのため家には夜遅く帰って来る日々。
徹夜して、朝家にシャワーを浴びに帰って来て、
そのまままた仕事に行くということも珍しくはない。


たまに家に早く帰って来たかと思えば、
晩酌しながらそのまま寝てしまったりすることも。


成長に伴いどんどん就寝時間が遅くなる
たっくん(おっさん)が、
そんなおとうやんの姿を見かけることも増えていた。




  そりゃそうやろなぁ
  これで元気に夜もバット振ってたら化物やで




しかし、それは夜のホームランよりも
少年野球を優先しているということでもある。


おっさんも前世では忙しく仕事をしていただけに、
この生活がどれだけ大変なことか
わからないでもなかった。


それでも、これまでのことがあって、
おっさんの中にあるわだかまりが消えることはないし、
おそらくこの先もずっと抱えていくことになるだろう。
今はどうであれ、自分から大切なものを奪った相手を
認めるわけにはいかない。


-


この生活環境、おとうやんには気の毒ではあるが、
たっくんにとっては悪いものではなかった。


まぁまずおとうやんの夜の打席数が極端に減った。
疲れて帰って来てすぐに寝てしまうぐらいなので、
それは当然そうなる。


もう一つは、おとうやんの帰りが遅くなった分、
平日の夜おかあやんと二人だけで
一緒に過ごす時間がはるかに増えた。


特に小学校高学年になり
夜遅くまで起きていられるようになると、
夜更かし特有の楽しい時間を
おかあやんと一緒に過ごせるのが、たっくんには嬉しい。


一緒にテレビやDVDの映画を見て、
ただあれこれ言っているだけだったり、
爪や髪が伸びただの、学校がどうだの、
家庭によくある普通の団らん。


「たっくん、このドラマ
録画すればいいじゃない?」


「おかあやんと一緒に
リアタイで見るのがいいんや」


「そうなん?」


そんな些細な会話のひとつひとつが
たっくんの中のおっさんには
どうしようもなく愛おしく、
大切なもののように思えてならない。
平穏な日常、時間がどれほど尊いことか。


ドラマのラブシーンでおかあやんが
気まずそうにしているのも尊いし、
飽きて眠そうにあくびをしているのも尊い。


あまりにも尊いと思えるので
「リモコン取って」と言われただけで
泣いてしまうかもしれない勢いがある。


そうしたことを、
前世でも大切にしていたとずっと信じていたのだが、
今思えば全く出来ていかったようにも思える。


嫁を愛おしいという気持ちは、
転生してもなお再会を熱望するぐらいに
狂おしいほど抱いていたが、
尊いという境地には達していなかったように思うのだ。


もっと前世で二人の時間を大切に取り扱うべきだった、
失ってから十年以上経ってそれに気づく。


そして、もし自分達に子供がいたら
前世はまた違うものだったろうかと思いもする。


-


小学五年生の時に、人がいないため
たっくんはチームのエースピッチャーとなり
キャッチャーのヨシくんと念願のバッテリーを組む。


その頃から、審判の勉強を続けていたおとうやんが、
なぜか練習試合などで時々球審をやることもあった。
球審とはキャッチャーの後ろで
ストライク、アウトの判定をし、
試合を管理する一番重要な審判なのだが。




  なんであいつが球審なんや!
  野球のルールもロクに知らんかったクセに
  だからワイいつも
  土日も仕事しろ!ってずっと言ってたやんけ!




「いくらたっくんでも、贔屓ひいきはしないからな」


『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』とでも言いたげに、
たっくんにドヤ顔をしてみせるおとうやん。
この辺りが空気読めないポンコツと言われる由縁でもあろう。




  うっざいんじゃ クソボケッ!
  なにが『贔屓はしないからな(キリッ』じゃ!
  そういうのがイチイチイライラするんじゃ




その日、たっくんの投球は荒れに荒れ。




  おいおい、さっきはそこストライクとったやろ!
  なんで同じコースが今度はボールやねん!


  なにが『贔屓はしないからな(キリッ』じゃ!
  そういう問題以前にゾーン可変式やんけ!
  ゾーン可変式とかクソパイアやんけ!




相変わらず相性は最悪。
しかもおとうやんはポンコツ故に気づいていない。


冷静さを欠きまくってしまったたっくん、
結果としてその試合はボロボロだったが、
まぁとりあえずヨシくんとの約束は果たす。


-


たっくんが小学校六年生になると、
知らない間におとうやんは
チームの父母会長ということになっていた。


グラウンドレベルで選手を
管理・指導するのが監督だが、
父母会長はチームの運営を任される重職。


いろんな関係者から昼夜を問わず連絡が来て、
親達の人員配置や車両の手配など、
もろもろの調整を行わなくてはならない。


そもそもそうした状況が、
普通のサラリーマン家庭には厳しいので
自営業の父親が選ばれることが多いのではあるが。


今まで以上に忙しくなったおとうやんは
さらに睡眠時間を削って奮闘、
お勤めをなんとか最後まで乗り切る。


結局、少年野球でのたっくんの成績は、
地方大会でトーナメントの組合せに恵まれると
ごく稀に準優勝ぐらいのものであったが、
前世で出来なかったやり残しを
今回の転生で果たすという
当面のおっさんの目標を叶えることは出来た。


そして、少年野球は楽しかったらしく、
中学でも野球部に入ろうかぐらいには思っている。




たっくん達が少年野球チームを引退、卒団する日、
おとうやんは男泣きし、おかあやんは号泣しそうな勢い。


「たっくん、長いことよく頑張ったね」


溺愛おかあやんはそう言ったが、
たっくんの中のおっさんも
似たようなことを思わざるをえなかった。




  野球のルールもロクに知らんかったクセに
  六年も続くとは思わんかったわ
  さすがに長いわなぁ




例えば、一年であれば
その年だけ少年野球を優先して
スケジュールを組むことも出来なくはないだろう。
しかし六年ともなると、もうそういう生活が
当たり前の習慣として定着しているレベルだ。




  まぁ、ここまでようやったわ
  ほんのちょっとだけ認めたるわ……




「中学でも頑張ろうな! たっくん!」
それでもおとうやんの脈絡のないポジティブさに
やはり若干イラっとするおっさん。




  ホンマに、ホンマに
  ちょっとだけやからな
  調子のんなよ!













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