青春に贈る葬送曲

長月夜永

#41 白騎士 第二部 (二)

 


     二



 美結みゆ剣佑けんすけ巧聖こうせいの三人が屋上に出るより少し前。

「ねぇ、アレッ!」

 A棟校舎を探索していた四人のうち、明咲めいさがなにかに気づいて声を上げた。三階の二年A組の教室の前で、海都かいと耀大ようだい二菜になが明咲の視線を辿たどるように振り向く。

 真っ白いよろいの、両手おのを持った騎士の姿が見えた。その白い騎士は、四人の視線が集まったことを確認すると、途端に南階段へと姿を消す。

「おい、あれが颯希さつきさんが言ってたヤツだろ! 追うぞ、急げ!」

 海都の一声によって、一斉に南階段に向かって走る。

「しまった……どっちに行きやがった……」

 すると、上から短く高い金属質な音が二度、三度鳴った。まるで、四人を屋上へと誘うように。

 音を聞いた四人は、すかさず階段を駆け上がる。四階に上がり、五階――屋上の塔屋から外に飛び出した。

 その向こうに、先ほど見た白い甲冑かっちゅうの人物がいた。両手斧を平場に突き立て、悠然と待ち構えている。

「耀大、前頼むぞ。二菜、旗を」

「うん、任せて!」

 耀大を最前に、その両側斜め後ろに海都、明咲、後衛に二菜という菱形ひしがたの陣形を組む。

 二菜が旗を振る。

 頭上で左、右、左、右。四人の左手親指、第三、第二関節の間に赤色の帯が浮かぶ。攻撃力の強化、攻勢《オフェンシブ》。

 自身の体の前で、クロスを描くように、右上から左下、左上から右下、これをもう一セット繰り返す。左手人差し指の第三、第二関節の間に青色の帯が浮かぶ。防御力、耐久力の強化、守勢《ディフェンシブ》。

 旗を眼前から頭頂部にかけて、円を描くように右から左へと四度振り回す。左手中指の第三、第二関節の間に、黄色の帯が浮かぶ。走行速度と持久力の強化、強壮《エンデュランス》。

 旗の棒の中心を持ち、眼前で向かって時計回りに四度回す。左手第三、第二関節の間に、白色の帯が浮かぶ。三度まで敵の攻撃によるダメージを無効化する、防護《プロテクション》。

「みんな、いいよッ!」

「うらああッ!」

 旗のサポート効果の付与が終わった途端、まずは耀大が動き出した。大盾を構え、白騎士へと突進する。

 それを見た白騎士も動く。両手斧の柄を両の手で持ち、一足の踏み込みとともに斧の先端を突き出した。

 斧と盾がぶつかる衝撃音が上がると、耀大の体は完全に押し止められた。

「だああああああッ!」

 大盾の後ろから、S字に湾曲した刀剣を構え、跳び上がる。明咲の跳躍台《スプリング》で耀大の頭上を通り越すと、上空から上段斬りを見舞う、墜兜割《ヘルダイブ》を騎士に繰り出した。

 刃が標的を捉える。その標的は白騎士。ではなく、海都だった。

 耀大との膠着こうちゃく状態の中で白騎士は、右足を踏み込んで両手斧を押し出し、大盾を弾き返す。その反動を利用して左足を軸に体を回旋させ、海都の墜兜割をかわした。

 その際、斧を振り回さず左半身側に固定し、海都の着地とともに右薙ぎに振り払う。刃は海都の右肩に直撃し、そのまま全身を吹き飛ばした。

「うああッ……いでえええぇぇ!」

 海都の苦痛の絶叫が上がり、三人の顔から色が抜ける。

「な、なんでッ? 防護はッ?」

「――効いてるよ。……でも、肉体の損傷を無効化できても、痛感まで遮断しない、ってことだと思うよ。ごめん、防護の効果がどこまで有効か、実験してないんだ……」

「そーゆうこと……くッ、よくも海都をぉッ!」

「明ちゃん、待っ――」

 激情に巻かれた明咲が二菜の制止など聞くはずもない。両手で持ったやりを平場と水平に構え、腰を落として一挙に駆け出した。

 迅風突《メイストーム》によって烈風と化した明咲が、瞬く間に白騎士へと迫る。槍の穂先が胴当を捉えたが、穿うがつまでは至らなかった。

「うそッ……金剛躯《アダマント》ッ?」

「いや、弾攻構《スーパーアーマー》じゃ!」

 明咲の鉤鎌槍こうれんそうの先が当たる直前、白騎士は両足を開き、腰を落として構えていた。一時的に金剛躯以上の防御力・耐久力を発揮する弾攻構。

 明咲が呆気あっけにとられている隙を突いて、左腕で制服の襟をつかむと、背負い投げを決めて平場へと明咲をたたきつけた。すかさず仰向けの体の左側に動くと、左の拳を振り下ろし、みぞおちへと食い込ませる。

「うッ……………………ごほッ、げふッ、は……は……はぁ……」

 呼吸困難に陥った明咲は、身をよじらせて苦しみもがく。

「貴様ぁッ!」

 普段温厚な耀大が、言葉つきを荒げて白騎士に肉迫する。大盾を左に開き、メイスを振り下ろした。

 その瞬間には、すでに白騎士の姿は耀大の視界から消えていた。正確には、両手斧の石突きを平場に突き立てて、上空へと飛び立っていた。

 メイスを振り抜いた耀大の右肩甲骨に足をかけ、白騎士はそのまま前に飛び跳ねる。

「――ッ! 二菜ぁ!」

「ぎゃ――」

 耀大の体が反転した時点で、二菜は小さい悲鳴を途中まで上げ、フェンスに体を叩きつけられていた。

「うああああ!」

 絶叫のような怒号が上がる。それは耀大のものではなく、最初に吹き飛ばされていた海都のものだ。

 得物の切っ先を白騎士に向け、破突《ペネトレイト》の構えで突撃する。

 鈍い音が上がった。白騎士が突き出した両手斧の先端が、刀剣の切っ先の到達より早く、持ち主の胸部を捉えている。斧を突き出して海都を押し退けると、間合いを詰めてはアッパーカットを下顎に打ち込んだ。

 海都の体が宙を舞い、やがて平場に打ちつけられる。

「むぅん!」

 いつの間にか接近していた耀大が、メイスを右から左へとぐ。

 白騎士は不意を突かれていた。だが、反応が速い。弾攻構を発動して、左腕でメイスの重撃を受け止めると、振りかざした両手斧を耀大に勢いよく繰り出す。

 耀大が咄嗟とっさに左手に持つ大盾をかざした。再び金属質な衝撃音が響く。今度は膠着状態にはならない。耀大が反衝《リジェクト》で斧の刃を弾いたからだ。

 すると、耀大の足元から平場につけているはずの足裏の感覚が消える。視界が横倒しになるとともに、右半身に衝撃が走った。

 白騎士は確かに、両手斧の一撃を反衝で弾かれていた。だが、その反動を利用して体を右に回すと、斧で耀大の足を払ったのだ。

「まさか……反衝で反撃をされるとは、のぅ……」

 両手斧の石突きを平場に打ちつけて、白騎士はその場に仁王立ちをする。

「なんで……なんで……防護も、守勢もかけた……じゃん……なのに、なんで……」

 防護で肉体の損傷を無効化し、守勢で防御力も耐久力も上がっているはずの四人が、たった一人の敵に打ち負けた。

 威風堂々たる立ち姿を見せる白騎士を見ながら、二菜は絶望に涙を流すばかりだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品