青春に贈る葬送曲
#40 白騎士 第二部 (一)
一
漆黒の烈風が吹き荒ぶ。《死神》の二つの刃による連舞が、長槍を持つ純白の鎧で身を固める騎士を八つ裂きにしている。
「なぁ剣佑、これ、あと一〇分くらいで片づくと思うか?」
「……さすがにそれは希望的観測だな」
絶えず怒涛の猛攻を繰り返す美結を見ながら、巧聖と剣佑は苦渋の色を表情に滲ませていた。
四つのグループに分けられ、B棟校舎を探索していた美結、剣佑、巧聖。校舎北側の階段を上って四階から巡回していこうとした矢先、颯希が話していた風貌と同じ人影を見つけては、こうして屋上へと出てきた。
そこにいたのは間違いなく白い鎧に身を包んだ騎士。すでに美結が戦闘モードを発動しており、なんの躊躇いもなく長い髪をたなびかせて黒い風となり、白騎士へと食いかかった。
剣佑と巧聖のどちらかが、他のグループのメンバーを呼びに行こうという話になったが、A棟校舎が視界に映ったとき、そんな暇はないことを悟った。
A棟校舎屋上でも、同じ白騎士を相手に海都、明咲、耀大、二菜が戦闘を開始していた。
二人は、これはおそらく他のグループも同じような状況に陥っていると仮定して、今に至る。
ちなみに、A棟校舎で四人が相手をしている騎士の武器は両手斧。対してB棟校舎で今まさに美結が襲いかかっている騎士の武器は長槍だ。
「ヤロウ、たぶん持久戦に持ち込んでるはずだ。美結さんのラッシュ受けてもビクともしてねぇからな。――美結さんの静的《パッシブ》、知ってんじゃねぇの?」
「……まさか、とも言えないな。とはいえ、ああも美結さんにやたらめったら動き回られては、手の出しようがないな」
長槍を平場――屋上の床――に突き立て、仁王立ちする白騎士の全身に美結が刃をなぞらせる。狂ったように、俊敏に、凄烈に、何度も、何度も。
だが、長槍の白騎士はわずかな微動も見せはしない。ただただ、先ほどから同じ体勢で美結の乱舞を受けるがままだ。
やがて難攻不落の城塞が動き出す。美結が両の刃を揃えて振り下ろしたのに対し、白騎士が槍の柄でそれを弾き、その勢いに乗って時計回りに回旋しては長槍を構えた。
「巧聖、来る――」
白騎士が踏み出したかと思えば、不可視には至らないものの、超速を発揮して巧聖に急迫しては槍の穂先を突き出した。わずかに反応が遅れた巧聖は、その一撃を受けて吹き飛ぶ。
「巧聖ッ!」
「うーわ、迅風突《メイストーム》とか、マジかよ……。俺なんかよりずっと速ぇっつーの――よっ、と」
静的戦技《パッシブスキル》・金剛躯《アダマント》により、どうにかダメージこそ抑えられているものの、それでも直撃を受けた巧聖は左胸が痛むらしく、押さえつけている。だがそれを気にしている余裕もないと分かっており、すかさず飛び起きた。
巧聖が吹き飛ばされた直後、甲高い衝撃音が響いた。白騎士が長槍の横薙ぎを剣佑に見舞ったからだ。
剣佑は白騎士の動きを見切り、直撃より先に盾を構えて重心を下げた。長槍が襲いかかり、どうにか踏みとどまったものの、わずかに押し退けられている。
「なんという剛力ッ――巧聖、行けるかッ?」
「当ッたり前よ! やらなきゃ負けちまう!」
巧聖が長槍を地面と平行に構え、穂先で敵を捉える。
そのとき、白騎士の首に美結が絡みついた。細長い足で組みつき、湾曲した剣を逆手で持っている。
白騎士は頭の後ろに左手を伸ばし、美結の襟首をつかむと、上半身を勢いよく屈めては美結を引きずり降ろし、平場へと叩きつけた。
「そこぉッ!」
美結の犠牲を利用するようで巧聖は心を痛めたが、そうも言ってられず迅風突で白騎士に迫る。旋風をまとった爪牙は瞬く間に白騎士に肉迫し、胴当の腹部を捉えた。
勢いに呑まれたか、白騎士がよろめくように右足を引く。
地面に打ちつけられた美結が、起き上がって巧聖と入れ違うように後方に走り出す。
「もう一丁ッ!」
「らああッ!」
白騎士の挙動から、ここを好機と見た巧聖と剣佑が追撃を仕掛ける。一方は長槍を振りかざし、もう一方は剣を肩に担ぐように構える。
だが、それは二人の勘違い、あるいは白騎士によるブラフだと言える結果を招いた。
白騎士は左足を軸にして体を右に回すと、まずは剣佑の足を長槍ですくい上げる。次いで、穂先で宙に円を描くように長槍を構え直すと、すかさず巧聖のがら空きとなった右脇を撃ち抜いた。
足をすくわれた剣佑は右半身から転倒し、巧聖はまたも吹き飛ばされる。
白騎士はさらに得物を振り払った。
いつの間にか塔屋に上った美結が、そこから跳び立ち、上空から白騎士に急襲を仕掛ける。だが、その動向を認識していた敵の返り討ちにされ、吹き飛んでフェンスに華奢な体を打ちつけた。
「なんのおおおッ!」
立ち上がった剣佑が、意気昂然と盾をかざして突進する。その一撃は、白騎士の長槍の柄に阻まれ、膠着状態に移った。
「だああッ!」
半歩踏み込み、大胸筋を開くように左腕を突き出して、払停頓《アンロック》を放つ。金属質な高音とともに、体がよろめいた。そう、剣佑の体が。
「なにッ――」
払停頓を撥ね返され、無防備となった剣佑の胴のど真ん中に、長槍の石突きが打ちつけられた。今度は剣佑が吹き飛ぶ。
「――くそッ、まったく敵わない、だと」
痛む腹部を押さえながら身を起こした剣佑は、再び長槍を平場に突き立てて仁王立ちする白騎士を見据える。
「なんのつもりだ、いったい……」
敵である自分たちをここまで追い込み、しかしとどめを刺そうとしない白騎士を不思議がった。
吹き飛ばされていた巧聖と美結を確認するために、視線を泳がせる。
巧聖はすでに立ち上がっていた。いつもの飄々とした雰囲気はなく、歯を食いしばって顔をしかめている。
美結は伏したまま起き上がらない。例の戦技《スキル》は、二〇分以上の時間経過とともに身体能力のパフォーマンスが落ちていく。敵が近くにいるうちは勝手に解除されることはないが、気絶したなら話は別だ。さすがに本人の意識が途絶えている内は作用しないらしい。
「うあああああッ!」
巧聖が槍高跳《ハイジャンプ》で跳び上がり、長槍を振って穂先を白騎士に打ちつけようと仕掛けている。
その一撃は、純白の兜に命中するより早く、白騎士の左手によって防がれ、掴みとられた。
白騎士は槍ごと巧聖を放り投げた。その先には剣佑がいる。ゴミ袋の投棄よろしく、二人はぶつかって折り重なった。
「すまねぇ、剣佑……」
「気にするな、これもまた戦い。――とはいえ、さすがに酷い状況だ」
白騎士は相も変わらず仁王立ちを決め込んでいる。剣佑は、白騎士の兜のバイザーの奥に、冷淡な輝きを見せる瞳を見た気がした。
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