青春に贈る葬送曲
#39 白騎士 第一部 (終)
八
円錐状の長槍を構えた骨人型騎馬種が、人馬一体を成して突撃する。
その直線上にいた巧聖と海都が、散開しては骸骨の騎士と骨馬によるランスチャージを回避した。
攻撃を躱された騎馬種は、その勢いのままに数メートル突き進むと骨馬が突如として急制動をかける。前半身を持ち上げて、後ろ足を軸に体躯を反転させた。そして再び走り出す。
今度はランスを右肩に担ぐように構えて、徐々に左に軌道を寄せながら泰樹に迫る。すれ違いざまにランスをすくい上げるように振り抜くが、泰樹の霞脚で躱された。
そこで勢いを止めることなく、再びランスを肩にかける。次は湊輔と明咲めがけて金属質な円錐を差し向けた。
これもまた二人に躱され、ランスの一撃は宙を薙いだ。骨馬は依然として走行スピードを落とさず、左にカーブを描いては再び泰樹に向き直り、突撃を仕掛ける。
「やらせねぇッ!」
騎馬種の走行ラインに、大盾を構えた雅久が躍り出て立ちふさがった。
衝突まで数歩といったところで、骨馬が跳躍しては雅久の頭上を通り越していく。壁を越えた途端、騎馬種がランスを振るって雅久の背中を叩きつけた。
「うあぁッ……」
「雅久ッ!」
前によろめく素振りを見て、湊輔が声を上げる。だが、雅久は右足を出して踏みとどまった。
「問題ねぇッ! これくらいでやられっかよ!」
体勢を立て直しながら気勢を示した雅久を見て、湊輔は安堵する。
「なかなか厄介な相手ですね」
「マジそれだよねー。走り出したら止めるのがめんどいし! ――シバさーん、どーするぅ?」
毒づいた明咲が、前方で騎馬種の動きを目で追っている泰樹の背に尋ねる。
「……荒井、丸山、来い!」
なにやら泰樹は打開策を考えついたらしい。招集がかかった巧聖と明咲が泰樹のもとへと駆け寄った。
土壇場の作戦会議中にも、騎馬種の急襲は止む気配を見せない。
――あれ? なんか柴山先輩ばっかり狙ってる?
湊輔の着眼の通り、騎馬種は執拗に泰樹を狙って突進を仕掛け、その都度悠々と躱されている。
おそらく泰樹もそれに気づいたが故に、巧聖と明咲を呼びつけては作戦会議を執り行っているのだろう。やがて槍使いの二人は一緒になって泰樹から離れていった。
泰樹もまた、場所を移す。校舎側に寄った位置から、駐車場のど真ん中へ身を投げ入れた。
「シバさんッ?」
「いいんだ、これで。お前ぇらは、いつでも動けるように構えてろ」
海都の声に、穏やかさを孕んだハスキーな声で応えると、腰を落として騎馬種に剣の切っ先を向けるようにして構える。
これを好機と捉えたか、騎馬種が猛然とした勢いで泰樹に肉迫する。北から南に駆け抜けて泰樹に躱された後、旋回して南西から北東に駆け抜けようと突進した。
泰樹に接触するより直前に、南東から二つの流星が急迫し、骨馬の横っ腹に激突する。不意の襲撃に、騎馬種は愛馬もろとも大地に投げ出された。
「やりィ! タイミングバッチリじゃーん!」
「はッ! ざまぁ見ろってな!」
迅風突のコンビネーションによる奇襲を成功させた明咲と巧聖が、手を打ち合わせる。
「お前ぇら、今だ! 叩きのめせッ!」
泰樹の一声とともに、それぞれの左手に熱が灯った。親指から薬指にかけて、第三関節と第二関節の間に色とりどりの帯が結びつく。
途中南門へ旗のサポートをかけに行って戻ってきていた二菜が、再び旗を振って効果のかけ直しをしていた。
全員が一斉に骸骨の騎士に群がる。片手剣を使う泰樹、海都、湊輔による断甲刃の怒涛。雅久の戦象壁による乱打。槍高跳で跳躍した巧聖が、落下とともに槍の穂先を突き入れる。明咲が渾身の力を振るって鉤爪部分を叩き込む。
翼をもがれた鳥の余命は、蝋燭の灯火のごとく一息に吹き消された。その止まり木もまた、呆気なく根元から折られている。
「終わった、んスかね?」
「いーや、まだだろ。ここで終わったんなら戻されっからな。まだ向こうが終わってねぇ――ってことですよね、シバさん?」
海都に尋ねられたシバは、足元に転がる鎧と骸を見下ろし、顔を上げて南門に目を向けて、視線を二菜に移した。
「深井、向こうはどんな感じだった?」
「そうですねー……小鬼型の集団で、あたしが駆けつけたときには重装種と普通のが残っているって感じでした」
「そうか。まぁ、向こうには長岡に阿久津がいるからな。どうにか片づくだろ」
「シーバ!」
颯希の声だ。桜の並木通りに、小鬼型の大群を倒しきった颯希のグループのメンバーの姿があった。やがて二つのグループは合流する。
「よぉ、こっちが少し遅れたか」
「いいじゃんよー、お互い無事なんだし? ――それより」
唐突に颯希の表情が険しくなり、声が一段低くなった。そこからなにか察したように、泰樹の剣幕がより鋭くなる。
「妙なヤツがいた」
「妙、だ? どんなだ?」
「全身真っ白い鎧のヤツだ。シバ、心当たりあるか?」
白い鎧、と聞いた泰樹は、以前獄の巨人《ムスペルティタン》と呼ばれる敵と獅子型《マンティコア》との戦いで、その時限りの人間離れした力と自身の姿を思い返す。
それを持ち出すか、束の間逡巡した挙句、口外することではないと判断した。とはいえ、数人のメンバーには見られてはいるが。
「……いや、分からん。で、そいつはどこだ?」
「あたしが見たときは、そこの屋上にいたんだけどよ」
颯希がA棟校舎の屋上を見上げ、泰樹もつられるように顔を上げた。だが、そこにはなんの人影も見られない。
「鷹眼《スナイプ》は?」
「それも試したんだけどよ、全ッ然引っかかんねぇんだ」
「そうか。――阿久津、順風耳《レシーバー》は?」
「……ううん……なにも、聞こえないよ。泰樹くんの、俯瞰《センス》は?」
「さっきやってみたんだが、なんも視えなかった」
首を横に振り、ため息をつきながらうな垂れる。
「湊輔、さっき言ってた気持ち悪ぃの、どーなった?」
「……いや、全然良くなってない。むしろ、どんどん増してる気がする」
「湊輔、具合、悪いの?」
俯く湊輔の顔を覗き込むように、有紗が上目遣いで尋ねる。
「あ、ううん、そ、そんなんじゃなくて……その、体調が悪いってより、胸騒ぎ、みたいな?」
突然端麗な面立ちが眼前に現れたことに、湊輔は思わずたじろいだ。
「こいつよー、ここに来たときからずーっと気持ち悪ぃって言ってんだぜ? やけに顔も白いしよー」
「しょーがないだろ、実際にそうなんだし……」
「お前ぇら、聞け!」
声を張り上げた泰樹に、一同の視線が集中する。
「敵を倒しきったってのに、まだ終わらねぇ。長岡が話していた、白い鎧を着たヤツがいるかもしれねぇ。またグループに分けて学校中を探すぞ」
泰樹の指示により、全部で四つのグループが編成され、捜索場所を言い渡される。
海都、明咲、耀大、二菜がA棟校舎。
美結、剣佑、巧聖がB棟校舎。
颯希、有紗、悠奈、陽向がテニスコート、図書館、駐車場。
「遠山、我妻、お前ぇらは俺と来い。体育館と武道館だ。――もし敵を見つけたら、倒せそうなら倒せ。無理そうなら逃げて、他のやつらと合流しろ。無茶だけはすんな、絶対だ」
そうして、各グループは持ち場に向けて駆けだした。
湊輔と雅久は、体育館に向かう泰樹の背中を追って走る。
その間、湊輔の全身に駆け巡る不気味な違和感は、さらに強く、早く、重く蠢く。堪らずに吐き出しそうになるほど、それはあらん限りの膨張を示していた。
やがて体育館に辿り着き、中に踏み込むと、ステージ前に仁王立ちする人影があった。
「――ッ! 先輩、あれ……」
雅久が尋ねると、泰樹は鋭い目つきでソレを見て、閉口したまま頷く。
ソレを目にした途端、湊輔は思わず剣を手から落としそうになった。そして直感する。今回、この異空間に来てから湊輔を蝕む不快感の正体が、まさにソレだと。
全身を純白の鎧で包んだ騎士。体長もとい身長は泰樹と雅久と同じくらいで、二メートルもない。足元には、その身の丈を優に超す大きさを誇る両手剣、いや、大剣と呼ぶのがふさわしいくらいに巨大だ。
三人の登場に気づいたように、騎士は首を横に向けて泰樹たちを捉える。それから、足元に座す大剣を片手で軽々と持ち上げては、肩にかけ、両足を開いて腰を落として構えた。
「お前ぇら、腹くくれ。アレは今までのヤツらとは違ぇ」
「アッタリィー! そのとーり、でぇーす!」
三人が得物を構えて白騎士を見据えたとき、どこからか無垢な甲高い声が響いた。
声の主は、体育館のキャットウォークにおり、柵に寄りかかって頬杖をついて三人を見下ろしている。
「クソガキ、てめぇ……!」
「アハハ! 相変わらずおっかない顔してるよね、タイキくん? あ、生まれつき、だったね、ふふふ」
「先輩? あいつと知り合い、なんスか?」
「……」
泰樹は頭を振るでも、なにかを言うでもなく、ただただ無言で少年を睨んでいる。
「知り合いもなにも――お、と、も、だ、ち、じゃない。ねぇ、タイキくん?」
「……寝言ぬかしてんじゃねぇぞ、ガキが。――まさか、ソイツはてめぇの仕業か?」
「うん、そうだよ! 今日はちょっとした一大イベント、だからね。特別ゲストを呼んだんだ。さっきタイキくんが言ってた通り、かーなーり、強いよ! それにね、その特別ゲストって、全員で五人いるんだ! 多分、他のみんなももう遭ってると思うよ?」
つまり、今体育館にいる白騎士に手こずったところで、他のグループの援護は期待できない、ということだ。
――五人? 俺たちのグループって、全部で四つじゃ……?
ふと湊輔は疑問を浮かべたが、それを解決するための時間はなかった。
白騎士が動き出す。肩に担ぐ大剣の柄を両手で握り締め、三人めがけて迫ってくる。
「任せなぁッ!」
大盾を構えた雅久が前に躍り出ると、凄烈な衝撃音が体育館中にこだました。
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