青春に贈る葬送曲

長月夜永

#38 白騎士 第一部 (七)

 


     七



「――おぅ、戻ったぜ」

「どうでした、南門の様子は?」

「八〇くらいいたな」

「内訳は?」

「指揮種《ロード》が一、重装種《ガード》が五、戦士種《ファイター》が一〇、弓兵種《スリンガー》が二〇、あとは普通の小鬼型《ゴブリン》だ」

「なかなか張り切っている様子、ですね」

「あぁ……ったく、面倒だな。――さぁて、どーするよ、悠奈ゆうな有紗ありさ?」

 颯希さつき剣佑けんすけとのやり取りを終えると、それに耳を傾けていた悠奈と有紗に尋ねる。

 颯希のグループはグラウンドを離れた後、体育館と武道館の連絡通路を抜けて、武道館と図書館に挟まれた路地を通るルートで南門を目指す。

 図書館の裏手に差しかかったころに、颯希が残りのメンバーを待機させて、単身で敵勢力の偵察に赴いていた。

 二菜になの旗の効果の持続時間が気になるところではあったが、敵の数が分からない以上、むやみに正面からぶつかるのはリスクが高いという剣佑の提案で、いったん敵勢力の偵察をすることになった。

 先に有紗が切り出す。

「あの、長岡ながおか先輩は天降矢《アメフラシ》や長遠射《ナガエウチ》ができましたよね? まずは遠距離から戦士種を削っていくのはどうですか? ヤツらとぶつかったときに、驚異的な攻撃力を持つ敵が少ないほうが被害は少なくなると思います」

「あたしは弓兵種を先に片づけたほうがいいかなって思います。近接戦闘なら福岡ふくおかさんに日下くさかさん、美結みゆさんがいるので、戦士種はそこまで脅威にならないんじゃないかなって。それに、颯希さんだって近接戦闘ができふむぅ――」

 颯希が急に顔を引きつらせて、悠奈に近づいては口をふさぐように抱き寄せた。

「あの……長岡先輩? 今はふざけているときじゃ――」

「お、おぅ! わりぃな! ゆ、悠奈があんまりにも可愛いもんでよぉ!」

「それで、どうしますかのぅ? 戦士種と弓兵種、どちらも乱戦では厄介になるのは間違いない。まぁ、重装種も面倒といえば面倒じゃが……」

「……有紗ちゃん……長遠射、できる?」

「――はい、それほど試してはいませんが……」

「なるほど! そういうことですか、美結さん」

 美結の有紗に対する問いから、剣佑がなにか納得したように声を張る。剣佑以外の六人の視線が一斉に熱血漢に向けられた。

「まずは颯希さんと有紗で遠距離攻撃で射かけつつ、寄ってきた敵を近接組で各個撃破していこう、ということです。――ですね、美結さん?」

「剣佑くん、すごーい……。以心伝心、だね……」

 美結がほほ笑みながら剣佑に向けて手をかざす。それがどういう意味かよく分かっていなさそうな表情で、剣佑も倣って手をかざす。すると、美結が剣佑の手に自身の手を打ち合わせた。

「はぁー……なるほどな。よし、それで行くか。有紗、どうだ?」

「はい、異論ありません」

「うっし、決まりだ。あたしと有紗で長距離射撃をかます。残りは、そうだな――そこで寄ってきた敵を倒す。あー、通れっところが二つあるのか。だったら南側は耀大ようだい陽向ひなた、西側を剣佑と悠奈だ! 西側は狭ぇから、余裕ありそうなら悠奈は南側を援護しな!」

「……颯希ちゃん……私、どうしよっか?」

「美結は自由に動いてくれて構わねぇ。戦力が足りてなさそうなほうに加勢してくれ」

「うん、分かった……私、頑張るね」

 颯希の指示の下、西側の図書館裏と武道館に挟まれた路地に剣佑と悠奈が、南側の図書館と食堂に挟まれた広めの路地に耀大と陽向が着いた。美結は二つの路地とB棟校舎と武道館をつなぐ連絡通路に囲まれた袋小路で待機する。

「うし、有紗、あたしらも行こうぜ」

「行くって、いったいどこに……?」

「決まってんだろ、たけぇとこだよ」

 颯希は有紗を連れ立って図書館へと入っていく。上階に続く螺旋らせん階段を駆け上がり、三階北側にある引き戸を開け放って狭いバルコニーに出る。壁面につけられたはしごを上ると、屋根に辿たどり着いた。

「まさか、屋根に上るだなんて思いませんでした……」

「あたしもここ上んのは初めてだよ。――そーいや有紗、高所恐怖症とかねぇよな? 今さらだけどよ」

「はい、問題ありませんが……足元には気をつけないと危ないですね」

 図書館の屋根はかなり緩やかな湾曲を描く銅板が使われている。当然ながら転落防止の柵はないため、動き回るには注意を払わなければいけない。

「おぅ、落ちんなよ? ――でもま、おかげでいい眺めだぜ?」

 三階建ての高さは伊達だてではなく、南門付近で隊列を組んでいる小鬼型たちがよく見える。

「有紗、悪ぃ、これ持ってくんね?」

 颯希は肩にかけていた矢筒を有紗に差し出す。

「いいんですか? いざとなったときに矢がなかったら……」

「そんときはそんときで、死に物狂いでお前を追っかけるよ。――んーじゃ、おっ始めようぜ。あたしが戦士種を射つから、有紗は弓兵種を頼む」

「分かりました。――では」

 二人は矢をつがえると、四〇メートル先の敵めがけて長遠射を放つ。着弾より早く二本目の矢を射出しては、さらに立て続けて矢を射かける。

 一分弱というわずかな時間に、颯希は一三本、有紗は五本の矢を射た。

「前々から思ってましたけど、長岡先輩って、弓の才能にあふれていますよね」

「お? いやいや、これ才能っていうよりかは静的戦技パッシブスキルだよ、魔弾《エイム》っての。狙いをつける速さと正確さ、つがえて放つまでの速さ、それと威力が上がるっていう戦技スキル。これがなかったら、今の有紗と同じくらいのスピードで射ってるよ。――と、来やがったな……」

 南門辺りが騒がしくなり、小鬼型の通常種が約二〇体、弓兵種が六体、戦士種が二体、近接組の近くへと動き出した。

「よーし、下りるか。さすがにここから射ってたら落ちかねねぇしな」

 颯希と有紗は来たルートを逆行するように図書館の屋根から下りて、バルコニーから地上でうごめく数多の敵を射ち始める。

「おぉ、来たのぉ!」

 南方向から湧き上がる喧騒けんそうが耳に届き、路地で待機していた四人に緊張が走る。

 ただ一人、美結だけは違った。瞳から仄明ほのあかるい光を失い、虚ろな表情に一変しては、腰のさやから二本の湾曲した刀身を持つ剣を引き抜き、駆け出した。

「福岡さん、美結さん行っちゃいましたけど、追いかけなくていいんです?」

 黒い疾風と化した美結の背を目で追いながら、陽向が耀大に尋ねる。

「むぅ……参ったのぉ。――うむ、わしらも行くぞ、陽向。さすがの《死神》様でも放っておいたらバチが当たりそうじゃからのぉ!」

 大盾を持ち上げて走り出した耀大を追うように、陽向も動き出す。

 図書館の角を曲がると、すでに《死神》による殺戮さつりくの舞踏が披露されていた。

「陽向、脇の弓を持ったヤツを狙うぞ!」

「あのでかいのはッ?」

「そのうち美結さんが相手をするじゃろうから、今はとりあえず露払いじゃ!」

 とはいえ、すでに通常種は七割近くが斬首刑に処されている。美結がまず狙ったのは、密集している集団。戦士種にも襲いかかりながら、通常種の首を次々とね飛ばしていた。

「陽向、ジェットなんたらアタック、やるぞぉ!」

「は? いやいや、一人足りませんし、小型にやるものじゃないですよね……」

 大盾を構えて手近な弓兵種に迫る耀大の背後に、左肩に担ぐように両手剣を構えた陽向が続く。

 弓兵種は肉薄する耀大に気づいたが、後退するには遅すぎた。眼前に迫った耀大が軌道を逸らして通り過ぎたことに呆気あっけをとられ、背後に潜んでいた陽向の逆袈裟さかげさ斬りを受けて倒れ伏した。

「よぉし、次じゃあ!」

 再び耀大が大盾を構えて弓兵種に突撃する。だが、先ほどの連携攻撃は見られていたようで、距離を詰めることができない。むしろ、どんどん離れていく。

 すると、空を切る音が一つ鳴り、耀大が追いかけていた相手が沈黙する。見ると頭部に一本の矢が貫通していた。

「おい、耀大! 遊んでんじゃねぇ!」

「はっはっは! すまんのぅ、颯希さん!」

「それより残りのヤツらが来るぞ! 重装種もだ!」

 南方向から第二陣として残った通常種、重装種、指揮種が迫ってきている。

 第一陣として動いた連中は、通常種ならびに弓兵種が零体、戦士種が二体残っている。黒い旋風に巻かれながらもどうにか生き延びていた。

「そこの戦士種は美結に任せろ! ――剣佑、悠奈! そこの二人と連携して奥から来るヤツらを片づけろ! ――有紗、美結のサポート、やれるか?」

「はい、できます」

「あたしはあいつらの援護だ――ってな!」

 颯希が強烈な一矢を射ち放つ。それは小鬼型重装種の一体に襲いかかるが、構えられた大盾によって阻まれた。

「だああああああああ!」

 喉声の雄たけびを上げる剣佑が左手の盾を構え、急迫拳《バレットレイド》で突撃する。

 敵の集団にぶつかるより早く、奥からせり出してきた重装種によって受け止められた。盾と大盾がぶつかり合い、膠着こうちゃく状態になる。

「なんのおおおおおッ!」

 剣佑は払停頓アンロックで敵の大盾を弾き、膠着状態を制しては重厚な体躯たいくをよろめかせる。

「やあああッ!」

 剣佑の後ろから、猛スピードで駆ける悠奈が躍り出た。体勢が崩れた重装種めがけて拳を撃ち出す。

 重装種は堪らず仰向けに転倒した。

「――よし、後退だ、悠奈!」

 さらなる追撃を追求せず、二人は引き下がって集団から距離をとった。

 残った重装種と通常種が迫ってきている。なおかつ、重装種は全身の八割をよろいで覆っている。これ以上追い打ちをかけたところで、一体を倒しきれる状況ではないと剣佑は判断したからだ。

 剣佑、耀大、悠奈、陽向が並び、小鬼型たちとのにらみ合いが始まった。

「さぁて、どうするかのぅ、剣佑?」

「勝てない戦いではないが……いかんせん重装種が五体ともなるとな。シバさんか海都がいてくれれば、霞脚ヘイズステップで容易に片づけられるんだが……」

 重装種が頭につけているかぶとは、首の後ろからほおのあたりまでを覆っているものの、目、鼻、口元はがら空きの形状をしている。霞脚で撹乱かくらんさせて、構えた大盾の壁を綻ばせ、一瞬の隙を突いて顔面に得物をたたき込もう、というのが剣佑の考えだ。

 戦況が依然と停滞している最中、それぞれの左手にほのかな熱が帯びた。

「みんなーッ、大丈夫ーッ?」

 駐車場から駆けつけた二菜が、旗を振って攻勢、守勢、強壮、防護のかけ直しをしている。

「二菜! 向こうは大丈夫かのぅッ?」

「大丈夫! てゆーか、これやらないとシバさんに怒られちゃうよー!」

 耀大が前方に並び立つ敵を睨みながら尋ねると、必死に旗を振りながら二菜が答えた。

「向こうはまだ終わってないんだなッ?」

「うん! 骨人型騎士種スケルトン・ナイトが一〇体に騎馬種ライダーがいるから、ちょっとかかりそう!」

「なんと! 向こうは骨人型スケルトンの群れか!」

「それに、騎士種が一〇体って……」

 剣佑と二菜のやり取りから、悠奈は連なる一〇体の骨人型騎士種を想像しては顔をしかめる。

「見ての通りこっちは重装種が五体だが、どうにかできる! 二菜は向こうに戻れ!」

「う、うん、分かった!」

 泰樹と海都の応援は望めないと分かった剣佑は、二菜にこの場から離れるよう告げて、自分たちでこの状況を打破すると、決意の表情を露わにした。

 そのとき、矢の雨が降る。颯希が放った数本の矢が、左右に広がって並んでいた通常種を次々と射ち抜いていく。

 直後、漆黒に染まる獣が四人の間を縫って追い抜いていく。その先にいる重装種の一体に跳びかかると、大盾の上辺をつかみながら片手で見事な倒立を決め、兜に覆われた顔面に凶悪な爪を突き入れた。

「おぉ、美結さん! ――よし! 陽向、俺のなんたらアタックにも付き合え! 敵の顔面めがけて剣を突き出すんだ!」

「まーたですか……了解でーっす……」

 盾を前面に構えて、剣佑が走り出す。地面と平行に両手剣を掲げる形で構えると、陽向がその背中を追いかけた。

「悠奈、わしらは左を崩すぞ!」

「はいッ!」

 漆黒の獣――美結の乱入によって、状況が急変した。

 剣佑が右端の重装種めがけて急迫する。構えられた大盾に自身の盾をぶつけては、払停頓でめくり上げ、すかさず懐に入るや否や盾による渾身の一打を見舞ってよろめかせた。

「うああああ!」

 間髪入れず、剣佑の背後に控えていた陽向が、構えていた両手剣を突き出した。切っ先は見事に重装種の顔面へと吸い込まれていく。

 剣佑が近くの重装種に狙いを定めたとき、ソレはすでに女郎蜘蛛じょろうぐもに捕われていた。

 美結が太い首にスカートから伸びる細足を絡めては締め上げ、左手を兜の額に回しながら、逆手に持った剣を顔面へと突き入れ、引き抜いては突き入れ、引き抜いては突き入れ、引き抜いては突き入れる。

 剣佑とは逆の場所で戦う耀大と悠奈も果敢に重装種を追い詰めていた。

 耀大が左側の重装種の大盾に向けて大盾を突き出し、ぶつけ、膠着させる。右から迫る相手には、片手鎚メイスを振っては大盾を構えさせ、これ以上の動きを見せられないように牽制けんせいする。

「やあッ!」

 悠奈が膠着状態にある左側の重装種の大盾を回り込み、懐に入っては右膝を狙って手甲をはめた拳を突き出した。

 拳打を受けた重装種の右足は、膝当もろともひしゃげられ、バランスを保てずに転倒する。

「悠奈、ソイツを頼むぞぉ!」

 左の敵が倒れ込んだことで、耀大はソレを悠奈に預け、牽制していた右側の重装種へと専念する。

 押しのけるように大盾をぶつけながら、片手鎚を振り払って、敵の大盾を横へとずらしていく。すると突如、重装種の体が傾いた。

「いいぞ、陽向!」

 重装種の左横から両手剣を突き出して押し出した陽向に、剣佑が称賛の声を上げる。

「助かった――わいッ!」

 軸がずれた敵の大盾を、自身の大盾で打ち払って、がら空きとなった頭部めがけて片手鎚を叩きつけた。

 硬く重い鎚の一撃を受けて、重装種は体を前につんのめる。

 そこに耀大の猛打が降りかかる。一撃、二撃、三撃と殴られ、やがて地面に崩れ落ちた。

「よぅし。――悠奈、終わったかのぅ?」

「はいッ、終わらせました!」

 悠奈の足元には、酷くゆがめられた兜を被った肉塊が転がっている。無心千衝サウザンドでとどめを刺したのだろう。

「お前ぇら! 指揮種はッ?」

 いつの間にか背後から合流していた颯希と有紗が合流していた。颯希の言葉に、四人は辺りに視線を泳がせる。

「……うわー……すごいことに、なってる、ね」

 静かでか細い声がしたかと思えば、すでに戦闘モードから解き放たれた美結が南門の方向から近づいてきている。

 その背後の向こうに、いくつもの凄惨な爪跡が刻まれたローブが転がっていた。

「……よーし、シバたちと合流すっか」

 そう言いながらきびすを返した颯希の視界の隅に、純白の鎧を身につけた人影が映った。

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