青春に贈る葬送曲
#35 白騎士 第一部 (四)
四
やがてグラウンドに辿り着き、B棟校舎に沿って体育館付近を目指すと、先ほど階段で出会った三人の姿がある。少し遅れて、連絡通路から泰樹と颯希、美結が出てきた。
「悠奈あああああああ!」
「あ、颯希さん、お疲れさひゃうッ」
颯希が悠奈を見るなり、両手を広げて駆け寄ってきては、その小柄な体を包み込むように抱きしめる。悠奈の顔を胸元にうずめたまま、右手でその頭を撫で回した。
「うへぇ……《英雄のシバ》に《死神の美結》、それにアマゾネぐふぉッ――」
鬼気迫る形相を露わにした颯希の強烈なボディブローを受け、陽向は体を折り曲げながら膝から崩れ落ちた。
颯希は陽向の眼前にしゃがみ込むと、頭髪をつかんで顔を持ち上げては、覗き込むように睨みつける。
「てんめぇ……あたしゃ《弓聖》だ。《弓聖・颯希》様。憶えとけよ……」
「は、はい、すみません……」
「おぉ、これは壮観ですな!」
湊輔たちの背後から、暑苦しく張り上げられた声が聞こえてきた。振り向くと、先頭に剣佑、その後ろに海都、明咲が並んで歩み寄ってきている。
「はぁー……オールスターかよ……。――って、湊輔、お前大丈夫か? なんか、顔色悪ぃぞ?」
感嘆の声を上げた雅久が、ふと湊輔の様子を見ては耳打ちした。
「あぁ、別に体はなんともない。けど、どうしてもさっきから落ち着かなくって……」
「お、有紗じゃねぇか!」
声を上げた颯希の視線の先には、連絡通路から出てきた有紗の姿があった。
これで、泰樹、颯希、美結、剣佑、海都、明咲、巧聖、耀大、二菜、湊輔、雅久、有紗、悠奈、陽向の一四人が揃い、泰樹の指示で円陣を組んで並び立つ。一同の顔ぶれを見て、泰樹が口を開いた。
「まさか、これだけの人数が呼ばれてる、なんてな」
「ふふ……なんか、新鮮、だね。……いつもは、五人だけ、だから」
「あのー、これからどうするんスか? 敵が出てくるまでここで待ってるんスか?」
質問を述べた雅久に、他の一三人の視線が集中しては、すぐさま一二の視線が泰樹へと向けられた。
「……さぁ、俺もこんな事態は初めてでな。どうすべきか分からねぇ。それぞれ勝手に動きたい気持ちもあるだろうが、とりあえずここで待機だ」
「泰樹さんだけに?」
「あ?」
「すいませーん……」
茶々を入れてきた巧聖を、泰樹が般若の面を表にして睨みつける。巧聖は引きつった笑みのまま、泰樹から視線を背けて縮こまった。
「よぉよぉ! なんだなんだ、雑魚どもが雁首揃えてよ!」
荒々しく豪放たる声が響き渡った。円を組む一四人は、一斉に声の主を見やった。
「広瀬……やっぱりてめぇもいたか」
泰樹が鋭い目つきを大瑚に向けると、途端に巨漢の顔が艶やかな微笑を浮かべた。
「ははは……はっはっは……はァーッはッはッは! シバァ! シバじゃねェかよォ! いやァ、分あッてたぜッ? 俺がお前ェの後ろ姿を見間違うわけねェからなァ!」
「……お前ぇら、ちょっと下がってろ」
突然泰樹が他の一三人に後退を命じる。三年と二年のメンバーは、その指示がどういう意味を孕んでいるか、悟ったらしい。一年のメンバーを連れ立って、その場から離れた。
――まさか、このざわつきって、広瀬先輩のことか?
大瑚が上気した笑い声を上げたとき、湊輔の全身を駆け巡る不快感が強まっていた。湊輔はその理由が、泰樹と対峙している大瑚のせいだと推測する。
「ハァー……この日を、この時を! どれだけ待ちわびたと思う、シィバァ……?」
大瑚は肩にかけるように携えていた大斧を両手で持ち直し、両足を開いて腰を落とすと、上半身を前傾させた。
荒い息を吐きながら、まるで恋焦がれる相手と対面したかのように、いや、荒ぶる気持ちを抑制できない獣のように、泰樹を見据えている。
「お前、いい加減しつこいぞ? 俺らがやり合ったところで、なんのメリットもねぇ」
「ウアァーッ! うるせェ! メリットだの、デメリットだの、そんな損得勘定じゃねェんだよォ! 俺はお前とヤりてェんだ! ずっと、ずゥーっと! お前とヤり合える時を待ち望んでたんだよォ! 分からねェか? 俺はなァ、お前とじゃねェとダメなんだよォ! お前となら、イける気がすんだよォ! ――なァッ!」
大瑚が両手で持つ大斧を右肩に担ぐように構え、泰樹に急迫するや否や、得物を勢いよく振り下ろした。
「てめぇ――」
霞脚《ヘイズステップ》で横に躱した泰樹めがけて、大瑚が大斧を横に払って追撃する。だが、またも霞脚で後退されては空振りに終わった。
「いい加減にしろっつってんだろ!」
「はははッ! いいねェ、その面! シバらしさが滲み出てるぜェ!」
踏み込んでは大斧を振る。大瑚はその動作を繰り返しては乱撃を見舞う。
大瑚の接近に合わせて霞脚で距離を離すことで、泰樹は凶刃の襲撃から逃れ続ける。
「シィバァー! 剣を使えよォ! 俺にそれを突き入れてイかせてみろよォ! ――なァ!」
「――てめぇの戦技のこと、俺が知らねぇとでも思ってんのか? 確か、憤怒撃《ドレッドラース》に反激構《リベンジリアクト》、だったな?」
以前、ブロンド髪で青眼が特徴的な少年に聞いた戦技の名前を泰樹が口にすると、大瑚は急に動きを止めて、冷淡な眼差しで泰樹を見据える。
すると突如として、それまで泰樹に向けていた体を背けると、離れた位置で二人の動向を見守っていた残りのメンバーの集団めがけて走り出す。向かって右端にいた悠奈めがけて、振り上げた大斧を叩き込んだ。
瞬間、鋭く甲高い金属質な衝撃音が響く。幼気な少女の体を巨大な刃が食い破るより早く、泰樹が割って入っては得物で大斧を受け止めていた。
「てめぇ! 悠奈になにしやがる!」
「やめろ、長岡! お前ぇが手をかける相手じゃねぇ!」
颯希が咄嗟に悠奈を後ろに下がらせて、矢をつがえては大瑚に差し向けたが、泰樹に阻まれて構えを解いた。
刹那の鍔迫り合いの後、大瑚が身を引いて後退する。泰樹を除く一同は、そこからさらに離れた場所に避難した。
「なんのつもりだ? あいつは――佐伯はなんも関係ねぇだろ」
激昂を見せる泰樹の剣幕とは裏腹に、大瑚は不敵な笑みを浮かべながら、泰樹のその後ろにいる悠奈を視る。
「――なぁ、あいつ、お前ぇの妹に似てねぇか? 髪の結び方といい、顔つきといい、体格といい、あのあどけなさといい……。もしよぉ……もしあいつを殺ったら……シバァ、お前ェは俺を斬らねェと、済まなくなる、よなァ? あァ?」
大瑚は再び色香を漂わす遊女の仮面をつけては、その奥に耽々とした歪な光を宿し、泰樹と悠奈に視線を泳がせる。
花魁などとは比べ物にならない、下卑た切見世の戯言が辺りに伝播すると、剣佑、耀大、雅久が盾を構えて颯希と悠奈の前に布陣した。
「シバさん! 後ろは気にする必要はありません! 俺たちが必ずお守りします! だから、だからどうか……この事態を収めてください!」
剣佑が泰樹の背に向かって、熱気に満ちる雄たけびを投げかけた。
「……ありがとよ。――広瀬、いい加減、終いにするぞ」
意を決したように、泰樹が刺々しい形状の剣を構え、切っ先を大瑚に差し向ける。
「はは……はははハハハハハァッ! やァッとか! やッと俺とヤってくれるかァ! シィバァ!」
狂喜乱舞といったように、大瑚は下顎を垂らしながら不敵な艶笑を見せつける。
二人の間に、ほんの少しでも火花が散れば、辺り一帯が吹き飛ぶ大爆発を誘発する粉塵が漂い出した。
「――ッ! 敵、ですッ」
突然、有紗の澄んだ声が鳴り渡る。
「……ホント。体育館の、上?」
美結の言葉に、後方で待機するメンバーも、睨み合う泰樹と大瑚も、一挙に体育館の屋根に視線を向けた。有紗と美結の言葉通り、そこにはまさに敵影が佇んでいる。
その姿を目にしたとき、湊輔の背中に冷たく、痺れるような悪寒が走った。
「アイツは……」
小紫色に染まる全身。弧を描くようにねじれて伸びる角が生えた山羊の頭。重種の馬のような蹄行型の脚。二つの膨らみを持つ、人間の女性のような線の細い華奢な胴体。蝙蝠の翼を思わせる、皮膜を帯びた至極色の一対の翼。
頭の頂から足元までは、二メートルにも満たないものの、翼を含めた体高ならそれを上回る。そして人間のような腕の先に握られているのは、全体的に長い鉈。それを両手に一本ずつ、合わせて二丁を携えていた。
「悪魔型……」
多数の鬼人型率いるドゥーガと、まさに今目の前にいる大瑚が対峙した強敵。元の姿は人間の男性のような、たくましい上半身に、馬の頭を持つ巨躯ではあったものの、戦いの最中に姿形が一変した。
それが体育館の屋根に佇むあの姿。湊輔は忘れることも、見間違うこともなかった。
「湊輔、アレ、あのときの……」
「あぁ、そうだ。アイツ、またここに来たんだ……」
有紗が湊輔の隣に歩み寄り、確かめるように問いかける。湊輔は体中を蝕む不吉な違和感に耐えながら、あの一戦の光景を思い出していた。
「ブゥエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
悪魔型が直立のまま天を仰ぎ、甲高く、しゃがれたような高周波を発する。そして大地に向けて顔を下ろすと、その場から飛び立ち、全身を包み込むほどの大翼を羽ばたかせながら地上へと舞い降りた。
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