青春に贈る葬送曲
#34 白騎士 第一部 (三)
三
学校祭開催の三週間前。一週間のうち三日は祭りの準備の特別授業時間として設けられた。
特別授業時間と放課後を利用して、各クラスの生徒は出店案の申請から使用する器材の調達、レイアウトの準備に明け暮れる。
生徒会役員と学校祭運営委員が協力して、イベントの企画・運営・制作の活動を着々と進めていた。
湊輔のクラスは、グラウンドの体育館付近でストラックアウトを行うことになった。クラスメートを三つのグループに分けて運営することで、誰もが学校祭を楽しみながら仕事に携わることになる。
学校祭直前の二日間は登校から下校まで準備時間として割り当てられる。参加料金の管理からゲームのルール、景品の贈呈までの段取りを確認するため、湊輔のグループはグラウンドに来ていた。
「よーし、我妻雅久、行ッきまーす!」
雅久が意気揚々と、九つの的がはめ込まれたボードから一〇メートル離れた位置に立つ。軟式の野球ボールをカートから一つ取り上げて、振りかぶっては勢いよく投球した。
ボールは見事な直線を描きながら、ボードの左側、上から二番目の『四』番の的を、軽快な音を立てて撃ち抜く。
「ッしゃあ! 次、『一』番、行くぜ!」
今度は左側、一番上にある『一』番の的に当てると宣言しては、再びプロ野球選手よろしく見事なフォームを見せては投球する。だが、ボールは狙った的から少し上に外れ、フレームに直撃すると低く鋭い音を上げた。
わずかに規定の状態からずれたボードを、湊輔が直す。
「雅久、宣言外したからマイナス五ポイントな?」
「え、そんなルール、あったっけ?」
湊輔の無情な宣告に疑問を投げかけたのは、向こうにいる雅久ではなく、ポイントの記録をしている悠奈だ。
「いや、ないよ。でも雅久だから大丈夫。マイナス五ポイント、つけていいよ」
「えぇー……でも、我妻くんが納得しないんじゃ……」
「いやいや、大丈夫。――ほら、見てみなよ」
雅久は異議を唱えようと憤慨するでもなく、落ち込んで肩を落とすでもない。むしろ、そのマイナスポイントを取り返そうと息巻いている様子だ。瞳は燃え上がるような金色をぎらつかせている。
「へへへ……いいぜ、湊輔ぇ。受けて立ってやる! いいか、俺はこれから残り全部を撃ち抜いてやるから、マイナスポイントは取り消し! それから、今度クレープ屋で奢れよ! いいなッ?」
「はいはい、じゃあ、宣言受諾しましたー、と」
結果として、雅久は最初に落とした『四』番を除いて、『一』番から順に的を撃ち抜いていく。最後の『九』番だけ二連続で外して持ち球がなくなったことで、宣言達成はならなかった。
その後、雅久は湊輔の独断によって、マイナス一〇ポイントのスコアを言い渡された。
やがて迎えた学校祭当日。湊輔のグループは昼時の担当となっていた。
ストラックアウトは割と好評なのと、誰が当ててきたか、景品の中にモコネコというガチャガチャシリーズの銀色――なかなか当たらないレアな一品――のものがあったため、それを集めている女子生徒や一般の参加者が列を成していた。
「よぉ、お前ぇら」
ある程度客足が少なくなったころ、低くハスキーな声を発する、鋭くつり上がった目と剣幕が特徴的な男子生徒がやってきた。その隣には、やや長めの黒髪を左側の側頭部――やや後ろ寄り――で一本にまとめた、小柄な少女が並んでいる。
「お、柴山先輩、うッス! 理桜ちゃんも!」
「うッス、じゃねぇよ。いらっしゃいませ、だろ?」
「お兄ちゃん、学校祭なんだし、そのくらいいいじゃん」
「……そうだな、理桜の言う通りだ」
――ホント、この人って妹――理桜ちゃんには甘いよな。
「あの! ここで高得点取れたら、モコネコのレアなやつがもらえるって聞いたんですけど、本当ですか?」
理桜はモコネコの大ファン――どころか、もはや信仰者ともいえるほどのめり込んでおり、家には一〇〇以上のそれがあり、レアなものを三つも持っている。
「うん、あるよ。――これ、だよね?」
湊輔が景品の箱を見せると、理桜の眼が澄んだ輝きを見せた。
「それで、可愛い妹さんのために頑張っちゃうんスか、先輩?」
「あぁ……それでもいいんだが。――理桜、投げてみないか? ――ん、そういや、男子も女子も距離は変わらねぇのか?」
「いや、男子は一〇メートルッスけど、女子は七メートルッス」
「じゃあ、お兄ちゃん、あたし投げてみるよ」
「おう、頑張れ」
湊輔が二人にゲームのルールを説明したところで、まずは理桜の挑戦が始まった。『三』、『七』、『八』、『二』、『五』の的を撃ち抜いて、持ち球がなくなった。
投球前の宣言はなかったため、通常点が五点、ビンゴ点が二点、合計七点の獲得。近隣の地域で使える三〇〇円分の金券が贈呈された。
「えへへ、全然だなぁ……」
「いや、上々だ。――よし、次は俺がやる」
続いて泰樹が挑戦を申し出た。マウンドに立ち、カートからボールを取り上げ、投球する。先日の雅久の投球スピードに比べると、各段に速いそれを披露して、まずは『五』番を打ち抜いた。
それを見ていた湊輔、雅久、悠奈は驚きの表情を見せる。
「……おい、これから『一』、『二』、『三』を狙う」
泰樹が一から三の連番を打ち抜く宣言をした。それから放たれた三度の投球は、見事宣言通りの番号を撃ち抜いていく。
「次、『四』、『八』、『六』」
またも投球前の宣言をすると、泰樹から放たれたレーザーが狙った番号を撃ち抜いた。
ストラックアウトの出店の周りには先ほどよりも増した人だかりができ、泰樹が宣言をしては的を撃ち抜くたびに歓声が上がる。
「『七』、『九』」
残る二枚の的に対しても宣言をしてから投球し、これまた見事に撃ち抜くと、ボードからパネルがすべて消えた。一際盛大な歓声が沸き上がる。
「佐伯さん、これ、何点になりそう?」
「えっと……宣言ありのヒットだから、五点が九つで四五点。全部ヒットなら、ビンゴ点よりパーフェクト点を優先することにしてるから、プラス三〇点。それと、残ったボールの数が三つだから、プラス三点――スコアは、七八点です!」
悠奈が泰樹のスコアを声高らかに発表すると、より一層厚みを増した歓声が盛り上がった。
「まずはパーフェクト賞ってことで、これ、どうぞ」
湊輔は黒いポーチから一枚の紙を取り出して両手で持つと、泰樹に差し出す。それは一万円の文字が入った金券だった。
「それと、高得点獲得なので、この中から好きなものをどうぞ」
続いて湊輔が、高得点用の景品が入った箱を開けては、泰樹に中身を見せる。そこには、銀色のモコネコが入っていた。
「お、やっぱりそれ選ぶんスね」
泰樹が取り出したのは、言わずもがなレアなモコネコだ。横で見ていた理桜にそれを差し出す。
「理桜、これでいいか?」
「――うん! ありがと、お兄ちゃん!」
湧き上がる喜びを余すことなく浮かべた理桜の満面の笑みに、泰樹もまた相好を崩した。その普段あまり見せることのない、純粋な笑顔は突如として消え失せ、いつもの仁王のごとき剣幕を露わにする。
「……ちッ、こんなときに」
周囲から彩りは失われ、色なき色に染まり上がる。学校祭の出店や飾りつけ、数多の来客や学校の関係者が姿を消した。
再び異空間が発生し、日常は一瞬で戦場へと移り変わった。
「うーわ、マジかよ……」
「ホント、タイミング悪いな」
「あれ、今日は我妻くんに遠山くん――それに、柴山さんもいるんですね」
四人は一斉にお互いを見合う。すでに四人も同じ場所に揃っていることに、各々が驚きを見せていた。
「お前ぇら……いや、とりあえず教室に行け。ここで襲われたら厄介だからな」
泰樹の提案で、まずはそれぞれの武器を持ってくるために校内に入り、教室を目指す。体育館とつながっている連絡通路から入り、B棟校舎からA棟校舎に移り、南側の階段を上がっていく。途中の踊り場で、下りてくる人影と遭遇した。
「あれ? 泰樹さんじゃないですか。それに後輩諸君……」
「荒井……」
その人影は長槍を手にした巧聖だった。四人の姿を確認した巧聖は、急にしかめっ面を見せる。
「あれ……なんか人数オーバーしてません?」
「――どういうことだ?」
「いや、それが――」
巧聖が言いかけたところで、さらに後ろから制服を着た生徒が二人現れた。
「おぉ、シバさん! ――ん、どうなっとんじゃ、こりゃ?」
「なーんかいっぱいいるねー!」
大盾と片手鎚を携えた耀大と、長い棒に布を巻きつけた旗を担ぐ二菜だ。二人も疑念と好奇の表情を浮かべている。
「……考えるのは後だ。お前ぇら、グラウンドに出て、体育館近くで待ってろ。もし他に誰か見つけたら、武器を持って今言った場所に行くように伝えとけ。――お前ぇらもだ。上の階で誰か見つけたら、同じようにしろ。いいな?」
泰樹の迅速な指示に、二年と一年の生徒はそれぞれ閉口しながら頷く。解散するより先に二菜がその場の全員を呼び止めると、走る速度とスタミナを強化する強壮《エンデュランス》をかける。
それから、泰樹と一年の三人はそのまま階段を上がり、二年の三人は入れ違いに降りていった。
「……なぁ、すげぇ気持ち悪い感じがするの、俺だけ?」
「どーした、湊輔? 腹でも壊したのか?」
「いや、そんなんじゃなくて……」
「大丈夫? 今日は人が多いみたいだし、ちょっと休んでもいいと思うよ?」
「ううん、大丈夫。体が痛いっていうより、なんていうか、こう、ザワザワするっていうか……」
やがて四階に辿り着き、一年B組に入ると、それぞれの得物を装備する。
「あれー? 悠奈ちゃんに雅久、湊輔じゃーん!」
緊張感が欠けているような爽やかな声がして、三人がそちらを向くと、両手剣を持った塩谷陽向が教室の前側の扉から顔を覗かせている。
「陽向……お前もいたのかよ」
「えー、もしかして今日は一年連中で戦うの? 誰か三年の先輩とか来てない?」
「そのことなんだけど、とりあえずグラウンドに行こ? 多分ビックリするよ」
詳しい話を聞かされずに不思議そうな表情を見せる陽向を連れて、三人は急ぎ気味に非常階段に出ては階下に向かうと、グラウンド目指して駆けていった。
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