青春に贈る葬送曲
#30 獅子型《マンティコア》(三)
三
石膏像のような人の顔を持った獅子めがけて、海都が真っ向から肉薄する。両の前足を振り上げてのしかかってくる巨体を、体が霞むほどの超スピードで後退するように回避する。
「そぉ――らッ!」
獅子型の前足が着地した瞬間を狙って、左足を踏み込み、肩に担ぐように構えていた柳葉刀を振り下ろす。
海都の断甲刃は確実に獅子の頭に貼りつく人の顔を捉えていた。だが、すんでのところで獅子型が横に跳んだことで、たてがみの数本の毛が宙に舞うだけに収まった。
「もーらいッ!」
桜色のロングツインテールがたなびく。明咲が突風のごとき速さを発揮して、横に跳躍した獅子型めがけて急迫し、両手で握った鉤鎌槍を突き出す。
だが、獅子型はこれもまた躱す。体を右に動かしてずらし、右前足を持ち上げると、明咲めがけて横から殴りかかった。
鋭い爪が光る獅子の前足によるフックを、明咲は左腕のバックラーをかざして防ぐ。正確には、直撃する瞬間にバックラーを突き出すことで、弾き返した。それだけでは終わらない。
前足を弾かれたことでわずかに隙ができた獣の体に、鉤鎌槍の穂先を突き入れる。その狙いは左前足。無防備なそれに、槍の先端は見事に命中した。明咲はより一段深くねじ込み、引き抜く。
「ヤバ! 超絶キマってんだけど、あたしの反衝牙《リジェクトバイト》!」
「バーカ! 一発当てたくらいで浮かれてんじゃねぇ! 跳躍台《スプリング》!」
「りょーかい。――てかぁ、バカって酷いんだけどー」
「事実だ、事実!」
明咲は海都に向き直り、槍を地面と水平になるように両手で持つと、両足を開いて腰を落として構える。
海都は明咲に向かって走り寄り、明咲が構える槍の柄に飛び乗った。
「そぉー、れッ!」
明咲が全身を跳ね上げながら両腕を振り上げると、海都が空高く跳躍していった。
「らあああああああああああああ!」
上空から獅子型めがけて急降下する海都。絶叫を上げながら、頭上に構えた柳葉刀の刃を光らせる。
明咲の一撃を受けて後退していた獅子の頭が上を見る。その場から立ち退くよりも、海都の一閃を受けるのが先だった。再び左前足に痛手を受ける。肩から上腕、前腕を柳葉刀の刃が通過していった。
そのダメージと勢いに押し潰されたように、獅子が左半身から沈み込む。
「もらったぁッ!」
わずかな距離を超スピードで移動する霞脚で、海都は再び石膏像の顔を捉える。まるで隙だらけなそこに、再び断甲刃を叩き込んだ。
「ウウウッ!」
渾身の一撃は確かに狙い通り獅子型の頭に直撃した。刃は無表情の面を上から下に斬り抜けはしたものの、瞬時に皮膚が硬化したことで、見て分かるほどにたいしたダメージを与えられてはいない。
「ちいッ……弾攻構《スーパーアーマー》!」
獅子型が発動した弾攻構を認識した海都は、すかさず数歩後方に飛び退いた。
「海都惜しーい」
「ふんッ、ヤロウだって馬鹿じゃねぇ。素直に顔面斬られるほど甘かねぇんだよ」
「ちょっとー、あたしがアレよりバカだって聞こえるんだけどー?」
「安心しな。お前はバカだがヤロウのは馬鹿だ。意味が違え」
海都と明咲が獅子型相手に奮戦している様子を、少しばかり離れた位置から悠奈と雅久は観戦していた。あくまでも、初見の敵の動きを見ておけという海都の計らいがあってのことだ。
「うはぁ……あの二人、かなりのやり手だな。しかも上手く連携してるしよ……」
「うん。ああいう戦い方も、あるんだね」
雅久と悠奈は一時も目を離さなかった。離せなかった。海都と明咲の見事なコンビネーションに、それぞれ感嘆の声を漏らす。
「いいなぁ……あーいうの、やってみてぇ……。どーやったらあんなんできるんだ? ――あ、もしかしてあの二人、デキてたりして?」
隣に立つ雅久の独り言を聴いて、悠奈も同じようなことを考えた。そしてふと浮かんだのは先日骨人型騎士種と戦っているときの颯希の雄姿。もしあそこで共に戦えていたら、みたいなことを想像して、さらに雅久の最後の一言から妄想が膨らみ、頬が火照るのを感じた。
糸目とメイクバッチリな目に睨まれる獅子型は、身を翻すとともに跳んで、着地して前足を軸に体を反転させて二人に向き直ると、体を低くして構える。
「おっと、突っ込んでくる気だ……」
「ちょ、海都、このライン!」
「あ……? ――ッ! しまった!」
明咲に言われて気づいた海都が、背後を一瞥して、再び獅子に視線を向け直すと同時に、獣は走り出した。
わずかな距離で勢いがついた巨体が、左右に散開するように回避した海都と明咲の間を抜けていく。
「――逃げろぉッ!」
獅子型は海都の声よりも早く、後ろに控えていた悠奈と雅久に、まるで暴走した大型トラックのごとく突っ込んでいく。
「うっしゃあッ!」
ダアンッと、高らかに張り上げられた声と重なるように衝突音が短く響く。
獅子型の巨体は、突進を察して咄嗟に前に出てきた雅久の大盾に、頭から突っ込み、受け止められていた。両者はそのまま膠着状態に入っている。
「行ける? 佐伯さん?」
大盾の裏面に体を押しつけるようにして踏ん張る雅久が、視線を泳がせて悠奈を探すも、どこにも姿はない。そして、突如として大盾にかけられていた重圧が軽くなり、重心がわずかに左にずれた気がした。
重心とともに大盾がずれたことでできた視界に、悠奈の姿が見えた。左腕を折りたたんで脇を締め、右手を突き出している。その左で、獅子型がうな垂れながら足を開いて踏ん張っていた。
悠奈は雅久と獅子がぶつかった直後、動き出していた。わずかな膠着状態の合間に雅久の脇を抜けて獣の横っ腹に着くと、背中から生えて垂れ下がる帯の上から渾身の拳打を繰り出した。
横にのけぞった獅子型は、重心が低くなっているその姿勢を利用して真横に跳び、その場から離脱すると、今度は大きく旋回しながらグラウンドの端へと駆けていく。
「おい、大丈夫か?」
思わぬ事態に焦りを見せた海都が、明咲を連れ立って二人のもとへと駆け寄ってきた。
「悪ぃな、アイツの直線状にお前ぇらがいたとは思わなかった」
「もー、めっちゃヒヤッとしたしー」
「うッス、でも見ての通り大丈夫ッスよ。……それより」
心配する二人をよそに、雅久は笑顔を応える。そして、目を細めながら向こうへと離れていった獅子型を見る。
「ヤロウ、なんのつもりッスかね?」
「あー、これはだな……」
「――来ますッ!」
海都が説明する暇もなく、獅子型が動きを見せた。グラウンドの端から、四人めがけて先ほどと同じように勢いよく突進してくる。
「っしゃあッ、来い!」
雅久が意気軒高に再び大盾を構えて、獣の進行方向へと立ちふさがった。
「――いや、違ぇッ!」
海都が叫ぶのとほぼ同時、巨体は雅久の大盾を捉えた。だが、真っ向から衝突するでもなく、大盾の右側をかすめるようにぶつかると、勢いを落とさぬままに走り抜けていく。
「はぁ? なんだ?」
「次ッ、来るよ!」
獅子型は再び大きく旋回すると、またも四人へと突っ込んできた。
「お前ぇら、散れ!」
海都の声とともに、それぞれが外側へと飛び退き、散開する。
獅子はその間を勢いよく突き抜けると、右にカーブを描く。もはや完全に暴走する車輌。止めようとすれば直前で軸をずらして駆け抜けていく。止まることのない疾駆。
「あ、あれいったいどうするんスかッ?」
「止めるにしても難儀だ! ……くそッ、せめて長岡さんがいてくれりゃあな」
獅子型の次の狙いは悠奈だ。歯を食いしばった顔を見せながら、急速に肉薄する。
「うあッ……」
身を投げ出すように飛び込むことで、悠奈は巨体の猛進を躱した。
獣は悠奈を轢き損ねると、左に旋回してなおも駆ける。次は誰かを狙うわけでもなく、さらにスピードを上げながら四人の周りを囲むように走りながら回り始めた。その輪はどんどん狭まり、散開していた四人は徐々に身を寄せ合うことになる。
やがて四人の輪が小さくなったところで、獅子型はいったん離れるようにグラウンドを駆けてカーブを描き、再び四人を見据え、突進し始める。
「ったく、アイツ、なにしてぇんだよ!」
「お前ぇら、気ぃつけろ! ヤロウ飛ぶぞ!」
四人との距離を詰めるより早く、海都の声が上がった途端に獅子型は急に跳躍した。
「避けろぉッ!」
再び海都の声とともに、四人は散開する。まもなく、飛び上がった獅子が両の前足を振り下ろすとともに、そこに着地しては地面を揺らした。さらに今度は真上に跳躍すると、またも重量感ある音を立てて地面に降り立っては地面を揺らす。それを三度も四度も繰り返した。
立て続く震動に、四人はとても立っていられる状態ではなくなる。悠奈と雅久は足をとられ、体がよろめく。海都と明咲は、姿勢を低くして重心を下げながら、どうにか震動に耐えている状態だ。
やがて獣はパターン行動を終えた。またも跳躍するが、今度は角度がついている。飛び上がった先の着地点には、雅久がいた。震動に耐え切れず、しりもちをついている雅久を石膏像の顔が瞳なき眼で見据え、右前足を振り上げて急降下する。
「クソがぁ!」
立ち上がる暇などなく、咄嗟に左手で大盾を持ち上げて、右肘を地面について巨体の襲撃に備えた。ダァンという重々しい音とともに、雅久の右腕から全身にかけて重圧とともに衝撃が走り抜ける。
「ぐあッ……」
メリメリと少しずつ重みは増していき、堪える体のあちこちから悲鳴が上がり始めた。
「雅久ッ!」
震動の影響からいち早く立ち直った海都が、獅子型の背後から斬りかからんと肉薄する。瞬間、獣の尾てい骨から伸びるサソリの尻尾が勢いよく右に左にと振り払われ、近づこうにも近づけない。
「あたしがッ!」
今度は巨体の左側から悠奈が急迫する。再び横っ腹めがけてボディブローを狙った。すると、背中から垂れ下がる黒い帯が瞬時に硬化し、悠奈の一撃を受け止めた。
「いたッ……」
拳打の衝撃が悠奈の体に撥ね返り、思わず右手を左手で庇って後ずさった。
「うあぁ……」
獅子型はなおも雅久を押し潰そうと重圧をかけ続けている。そして、大盾に押しつける前足を離したかと思えば、跳躍し、着地と同時に地面を揺らして同じ足で大盾をふみつけた。
まるで楽しんでいるかのように、じゃれる猫のように、何度も何度も跳躍しては震動を生み出し、雅久を大盾越しに叩きのめす。
「ちくしょ……ちくしょうがぁ……」
雅久の体は限界に近づき、いや、すでに限界を超えている。度重なる巨体から伝わる重圧と衝撃により、身体はおろか精神までもが屈しかけていた。
他の三人は雅久の救援に出ようとも、立て続く震動と派手に動き回る巨体の各部に遮られて手が出すどころか体を動かすことができない。雅久はもはや絶体絶命、三人はただただその惨状を見つめるだけとなっている。
この中で、海都は学年に限らず戦闘経験においても一番の先輩に当たる。後輩がなぶられている様を見るだけしかない自分を責めた。
「……これじゃ、シバさんみたくなれねぇよ」
自身の頼りなさを酷く実感したことで、体を震わせてうな垂れそうになったとき、視界の向こうに白い粒子が映った。思わず顔を上げ、糸目をわずかに見開いた。
視界の左から現れた粒子は、尾を引きながら凄まじい速度で獅子型に追突し、吹き飛ばした。
粒子が凝縮した、あるいは粒子の中から現れたように、人の形が浮き出た。
高校の制服を着て、右手には薄青い脈のような筋が何本も伝う、刺々しい形状の片刃の剣を携える、白髪と青眼が特徴的な人物。
海都はその横顔に見覚えがあった。忘れることなんてない、できない、この高校で、この世で最も尊敬し、敬愛するその人。
「……シバ、さん」
柴山泰樹が、大盾の下敷きになっている雅久のそばに佇んでいた。
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