青春に贈る葬送曲

長月夜永

#19 鬼人型《オーク》(七)

 


     七



 A校舎の昇降口前で、増援として現れた五体の鬼人型オークと遭遇した。身につけるよろいは胸当、腕当、すね当だけ、手に持つ武器は鋼板から切り出したような無骨な片刃の剣。いかにも下っ端らしい風体ふうていばかりだ。

 湊輔そうすけたちの姿を見るや否や、醜悪な造形の下部、牙の生えそろう口元を大きく開いて獣のようにえながら、手に握る剣を高く掲げて走り寄ってくる。

「あの数は完全にキャパオバじゃが、頼むぞ、二人とも!」

 大盾を構える耀大ようだいが先陣を切って鬼人型の群れに突進する。

 湊輔は耀大のかげに隠れるように、二人分の距離を開けて背中を追うように駆ける。

 風を切る音が三度立て続き、先を走る前衛の二人を追い越して、迫りくる鬼人型の群れの中のうち、校舎側を走る一体に襲いかかる。有紗ありさ矢継射ヤツギウチで放った三本の矢だ。右足太ももと膝下、左の腹部に命中し、転倒させることに成功した。

 並走する残りの鬼人型たちは一瞬たじろいだが、二菜になの旗の戦技スキル強壮エンデュランスの恩恵を受けた耀大がすでに目の前に迫っているため、足を止めているわけにもいかない。「ブアァッ、ガァッ!」と威勢よく吠え、耀大めがけて肉薄する。

 その耀大の後ろから、ここぞとばかりに湊輔が飛び出した。狙いは向かって右側の端にいる一体。標的が狙われていることに気づき、剣を振ってきたが、流転避ロールシフトかわして背後に回り込む。左足首めがけて鋏挟閃シザーズを繰り出し、見事に二度の斬撃を見舞うことができた。

 足首を斬られた鬼人型は足の力が抜けたように左の膝から崩れ落ちて屈みこむ。

 追撃を試みた湊輔だが、咄嗟とっさに近くの鬼人型が割り込んできたために、後退して距離を離すことにした。

 耀大は二体の鬼人型を相手取っている。湊輔が飛び出した時点では三体だったが、途中で一体が離れたことで二体になった。大盾を駆使して二体の鬼人型による同時攻撃、ヒットアンドアウェイの入れ違い攻撃を防ぎながら、隙を見つけてはもう一つの得物――メイスを振って動きを牽制けんせいしている。

 最初に有紗の射撃を受けて転倒した一体は、足と腹部に刺さった矢を引き抜こうとするが、さらなる追撃の矢を立て続けに浴びたことで、立ち上がるどころか体を動かすことすら許されなかった。挙句、頭に三本、胴に五本の矢を受けて沈黙した。

 鬼人型を一体仕留めた有紗は、湊輔が鋏挟閃を見舞った一体に狙いを定める。どうにか立ち上がってはいるが、右足だけを支えにして左足を引きずっているような状態だ。まずは上半身を狙って矢を放ち、すかさず次の矢をつがえる。

 もともと動きが緩慢かんまんで、片足が不自由になっている鬼人型ならなおさら恰好かっこうの的だ。湊輔を追うために見せた背中に最初の矢が命中し、体勢が崩れた。あやうく転倒しそうになるところを、痛む左足でわずかに支えながら右足を前に出してまぬがれる。そこが有紗の狙いだった。

 すでにつがえていた二本目の矢を、一瞬の硬直を見せた右足めがけて射ち放った。ふくらはぎからすねにかけて矢が貫通する。標的はたまらず体の支えを失って前方に倒れ込んだ。

 相手取っていた敵の一体を有紗が完封したおかげで、湊輔は戦いやすさを覚えていた。とはいえ、足を引きずる相手に遅れをとるつもりはなく、すでに一対一の構図が出来上がっていたように思っていた。

 先ほど屋上から見た、リーダー格らしき鬼人型と悪魔型バフォメットの戦いで、鬼人型の中にも驚異的な身体能力や巧みな技を持つ個体がいることを知った。悪魔型の攻撃をいなして反撃する技量の高さ、思わぬ動作による攻撃への機転と回避するための機敏さ、どれをとっても今こうやって対峙たいじしている鬼人型たちとは一線を画しており、現状では敵わない相手だと感じた。

 ――あんなのと比べたら、なぁ……。

 だとしたら、今目の前にいる鬼人型は、屈強な体つきこそ大差ないものの、動きは緩慢、攻撃は単調、隙が多い。冷静に見極めればどうにか対処できる。繰り出された攻撃に合わせて、流転避でいかにも防御が間に合わないであろう位置に回り込み、移動あるいは行動不能に追い込む攻撃をたたき込む。これが湊輔の攻撃の基本的な型となっていた。

 湊輔を攻める鬼人型は、ひたすら小振りな攻撃を繰り出し続ける。片手で持った無骨な剣を、一歩一歩踏み込みながら左に右にとぎ、時折突きを挟んで、これを繰り返す。やがて業を煮やしたらしく、両手で剣を握り、大上段に構えて力強く踏み込み、勢いよく振り下ろした。

 湊輔はこの一撃を待っていましたとばかりに、流転避ですかさず鬼人型の左後方をとり、再び足首めがけて鋏挟閃を繰り出した。

 鬼人型の特徴にもう一つ、単純思考であることを加えてもいい。ただし、リーダー格のような上級個体が他にあるとすれば、通用はしないだろう。

 このまま追撃でとどめを、と湊輔が動こうとしたとき、ひざまずいた鬼人型が「グアァッ!」とうなり声を上げて、不器用な動作ながら素早く体を左に反転させると右手に握った剣を振り払った。

 似たような動作を一度目の当たりにしていた湊輔は、鬼人型が体を反転させた時点で警戒し、反射的に飛び退いて襲いくる剣の太刀筋から離脱した。

 途端に醜悪な造形を張りつけた頭部に、勢いよく飛びかかってきた矢が突き刺さる。その勢いに押されて、鬼人型は上半身をよろめかせては地面に倒れ込んだ。

 ――今、行け!

 弾かれたように湊輔の体が動き出す。横たわる鬼人型を飛び越えて反転し、その背後から破突ペネトレイトを繰り出して筋肉の塊へと剣を突き立て、より深く押し込んだ。鬼人型が低い唸り声を上げて体を一瞬強張らせたが、すぐさま、徐々に全身から力が抜けていった。

「ウゴゥッ!」

 湊輔が真っ先に狙いを定めて左足を鋏挟閃で斬りつけ、その後有紗によって右足を射ち抜かれた鬼人型が、どうにか立ち上がるも覚束おぼつかない足取りで体をよろめかせながら、湊輔に差し迫っている。

 湊輔はとどめを刺した鬼人型の胴体から剣を引き抜くと、よろめきながら近づいてくる敵に向かって構える。醜悪な面を怒りでゆがませて気迫こそあれど、微塵みじんも恐怖を覚えない。むしろ、どうしてそこまでして戦おうとするのかと、滑稽でさえ思えた。

 向かい合うガタイのよい体の背後、少し遠い位置から視線を感じて、一瞥いちべつすると矢をつがえて構える有紗の姿が見える。湊輔はまもなく訪れるその機に合わせるために、手に持った剣を強く握りしめて、動き出すために構えた。

 ドスッという鈍い音が上がり、鬼人型は手前につんのめる。

「そこッ!」

 湊輔は一気に駆け出し、いびつな牙がき出す口の下、喉元めがけて地面と水平に構えた剣を突き出し、破突を放つ。鬼人型は前方から迫る鋭い切っ先に気づくが、わずかに遅かった。刃は喉元に命中し、うなじを突き破った。

「うあああああッ!」

 灰色の太い首筋に突き刺さった剣を引き抜こうとせず、湊輔は声を張り上げながら渾身こんしんの力を込めて右側に振り払う。ブシュッという肉が斬り裂かれる音が鳴るとともに、屈強な肉体は左半身から地面に叩きつけられた。

「湊輔ぇッ!」

 耀大が叫ぶ声が聞こえ、そちらを向くと、耀大が相手取っていた二体の鬼人型が憤怒の咆哮ほうこうを上げながら、同時に湊輔めがけて襲いかかってきている。すでに距離は詰まっており、まずは一体が剣を斜めに振り下ろしてきた。

「くッ……」

 咄嗟に流転避で躱して事なきを得るが、続けざまに二体目が肉薄し、剣を垂直に振り下ろす。剣の切っ先はコンクリートの地面に打ちつけられ、短く甲高い音を立てる。湊輔はもはや流転避の形を成していない、遠くへ身を投げるような動作で二度目の襲撃を免れた。

 先に攻撃した鬼人型が再び湊輔を狙って踏み出したとき、有紗が放った二本の矢が目の前をかすめたことで思わず足を止める。いまだ敵意は湊輔に向いているものの、反射的に矢の軌跡を逆行するように目でたどった。

 醜悪な顔にはめこまれた二つの獰猛どうもうな眼差しと視線が交わった瞬間、有紗はつがえていた矢を放つ。そして手早く、手際よく二本目をつがえて放ち、同じ要領で三本目も放つ。すべての矢は先ほどの牽制の矢と比べものにならない速度で鬼人型に迫り、やがて額、右目、喉元へと食い込んだ。

 有紗が牽制の矢を放ったとき、耀大もメイスを振りかざして動き出していた。標的は湊輔が流転避で躱したところへ襲いかかった二体目の鬼人型。一体目の体に三本の矢が突き刺さる瞬間が視界に映り、勢いを増して二体目に向けて肉薄する。

「うらあああッ!」

 身を投げて飛び退いた湊輔を追撃しようとする背中に迫り、メイスを右肩の三角筋後部めがけて激しく打ちつける。鬼人型は「ウオォ……」と唸りながら前につんのめって二、三歩よろめき、体勢を立て直そうとする。今度は三角筋中部めがけて得物を叩き込む。屈強な長身は横によろめいた。

「湊輔ぇ、やれるかのぉ!」

「はいッ」

 硬く重みのある一撃を二発も受けてよろめく鬼人型に湊輔が迫るのを見て、耀大は首から上に三本の矢を生やした、もう一体の鬼人型を標的に定める。すでに敵意を有紗に向けたそれは駆け出していたが、二菜の強壮が功を奏し、瞬く間に追いつくことができた。

 鬼人型が差し迫る中、有紗は至って冷静に弓を構え、つがえた矢の先で一点を捉えていた。ここのところ常套じょうとうとなっている、足を射ち抜くことによる移動能力の低減。ここでもまた、発達した大腿筋だいたいきんが目立つ太もも――今回は右足――を狙い射つ。

 直線的で単調な動きを見せる鬼人型の右足太ももに、有紗が放った矢が外れることはなかった。勢いよく襲いかかると深々と突き刺さり、途端に疾走する体躯たいくがよろめいては前傾する。

 そこへ背後から迫った耀大が、真横につくなり振り上げた鈍器をざんばら髪におおわれた後頭部めがけて叩きつけた。死角からの奇襲に、鬼人型は呆気なく顔面から地面に倒れ伏す。

 耀大はさらに何度も、容赦なく、渾身の力を込めてメイスをうつ伏せに横たわる鬼人型の頭めがけて振り下ろし、叩きつけ、鈍く短い音を鳴らす。最初の何度かはかすかな鳴き声が聞こえていたが、やがて静まりかえった。

「……はぁ、はぁ……よぅし……ふぅ、あとは、一体だけ、じゃな」

 荒い呼吸を整えながら湊輔と残った一体の鬼人型を見やると、すでに勝敗は決していた。

 流転避で背後をとったであろう湊輔は、鬼人型の背中に剣を突き立てている。切っ先は胸元から飛び出ており、分厚い胴部を貫いていた。足をかけて剣を引き抜くと、屈強な体は音を立てて崩れ落ちる。

「うむ――湊輔! よくやったぁ!」

 耀大が歓呼の声を上げると、湊輔はなにも言わずに耀大を見ながらうなずいた。

「有紗、グラウンド以外の敵はもういないかのぅ?」

 背後から近づいてきた有紗に気づき、耀大は肩越しに尋ねる。

 有紗は目を閉じて耳を澄ますと、束の間の沈黙をおいて首を横に振った。

「いえ、どうやらこれで増援は片付いたみたいです」

「そうか、そりゃよかった。にしても、有紗の弓の腕は大したもんじゃのぅ! わしは弓のことは詳しくないが、颯希さつきさん並み、いや、実のところ上をいってるようにも思えるんじゃがのぅ」

「……いえ、そんな。先輩方に比べれば至らないところばかりです」

「そうかのぅ? まぁ、じっくり技を磨けば、有紗ならあっという間に追いつき追い越せじゃろうな――おぉ、湊輔、無事だったか?」

 不意を突かれて二体の鬼人型に攻め立てられていた湊輔は、立て続く攻撃をどうにか躱してやり過ごしていた。だが、あのとき耀大の視角からは屈強な体に湊輔が隠れており、はたして無事かどうかまで把握するには至らなかった。ようやく状況が落ち着いて、改めて確認すると、制服こそところどころ汚れが目につくも、酷い外傷は見られずに安堵あんどした。

「はい、大丈夫です……ちょっと一瞬ヒヤッとしましたけどね。それより、これで全部、ですか?」

 先ほど耀大が有紗にした問いを、今度は湊輔が口にしては二人に対して順番に視線を向ける。

「あぁ、どうやらこれで終わり、みたいじゃ。となると、あとはグラウンドじゃのぅ。いったいどうなっていることやらか――二菜ぁ! おるかぁ!」

 耀大が顔を上げて屋上に視線を向けると、そこで待機させていた二菜を呼びつける。

「いるよー! 終わったー?」

 二菜の声が返ってくるものの、屋上の端からフェンスの間にはいくらかのスペースがあるため、二菜の声が返ってくるものの、下にいる三人にはその姿は見えない。

「わしらー! これからー! グラウンドにー! 行くからのぉ! 二菜はー! 屋上からー! 旗ー! 振っとくれー!」

 二菜にハッキリ届くように、声を張り上げて言葉を区切りながら耀大が叫ぶ。すると、わずかにだが二菜がはためかせる旗の先の部分が見えた。どうやら上手く伝わったらしい。

「よし、二菜も大丈夫そうじゃな。もうひと頑張りじゃ。行こうかのぅ」

 大瑚だいご、鬼人型のリーダー、悪魔型の三者が暴れ回っているであろうグラウンドに向けて、耀大、湊輔、有紗は駆け出した。

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