青春に贈る葬送曲
#16 鬼人型《オーク》(四)
四
「ウグゥ? ゴアァッ!」
「オウゥッ!」
四人が連絡通路から外れて外に踏み出したそのとき、A棟校舎の角から現れた二体の鬼人型と鉢合わせた。
二体の鬼人型は手に持った無骨な剣を振り上げて、四人めがけて襲いかかる。
「よぅし、二菜、あれ頼む!」
「はいよー! まっかせなさーい! ――さーて、まずはぁ……」
我先にと耀大が飛び出して、二菜は両手で持った旗を右肩に担ぐように構える。
構えた旗を体の前で斜め十字を描くように、右上から左下へ、左上から右下へ、再び右上から左下、左上から右下へと振って、はためかせる。
「それッ、守勢《ディフェンシブ》!」
二菜が旗を振り終えた途端、湊輔は左手の親指、第三関節と第二関節の間に、ほのかな熱を感じた。
見てみると、青色の細い帯のようなものが現れている。
「続きましてぇ……」
二菜が再び旗を構える。今度は、空に向けてまっすぐ伸ばした旗を、左へ、右へ、また左、右と左右交互に大きく振ってはためかせる。
「はいッ、攻勢《オフェンシブ》!」
再び手元が、今度は左手の人差し指が温かくなる。第三関節と第二関節の間に赤色の細い帯が現れた。
「まだまだーッ」
二菜が再び右肩に担ぐように旗を構えると、右から左へ、そして頭上を通してから、また右から左へと、頭上で円を描くようにして四回、旗を振り回す。
「強壮《エンデュランス》!」
今度は左手中指の第三関節と第二関節の間に、黄色い帯が現れた。
「さあッ、湊くんも有紗ちゃんもバシバシ攻めちゃいなッ」
二菜に発破をかけられ、すでに鬼人型二体を相手取っている耀大に加勢するために駆け出した。
――え、なにこれ。すごい体が軽い。
駆け出した瞬間、自身の体に起こっている変化に湊輔は驚いた。
いつもより、いつもの倍以上に体が軽く、動きのキレがいい。
「先輩、一体もらいます!」
「おぉ、すまんのぅ!」
一体の鬼人型が耀大めがけて剣を振り下ろす。
それに合わせるように、耀大は大盾を突き出した。
鬼人型は攻撃を防がれ、なおかつ体勢を崩して後ろによろめく。
反衝《リジェクト》という、敵の攻撃のタイミングに合わせて盾を突き出して弾き返し、体勢を崩す、盾で使える戦技だ。
湊輔はよろめいた鬼人型に肉薄し、破突を繰り出す。切っ先は脇腹に突き刺さるが、浅く、致命傷には至らない。すかさず引き抜く。
「グオァッ」
剣を突き刺した鬼人型の敵意が湊輔に向いた。
「アガァッ」
「オウゥッ」
ただ吠え合っているように見えて、鬼人型同士でコミュニケーションをとっているようにも見える。
鬼人型の一体は湊輔と、もう一体は耀大と向き合う。
「グウッ、オアッ!」
鬼人型は剣を両手で持ち、小さく跳ぶように踏み込むと、湊輔めがけて斜めに振り下ろす。だが、流転避で避けられ、距離をとられる。
今度は頭上に掲げるように構えるや否や、再び踏み込んで一気に振り下ろす。
湊輔はまたも流転避で避けると、鬼人型の左側から回り込んで背中をとった。
そのとき、鬼人型の左足のふくらはぎにある傷が目に飛び込んできた。
さらに視線を左腕に移すと、腕当がひび割れているのも見えた。
――こいつ、さっきのか!
図書館の前で交戦した鬼人型。左足のふくらはぎを鋏挟閃で斬りつけ、断甲刃を打ち込むも左腕の腕当で防がれた、あの鬼人型だ。
真一文字の傷が二本ついた左足のふくらはぎめがけて、今度は破突を繰り出す。
切っ先は見事に命中した。さらに右へ左へと動かして傷口を抉り、少し押し込んでから一気に引き抜く。
「グアアアッ!」
湊輔の破突、抉牙が効いたらしい。鬼人型は叫び声のような雄たけびを上げ、体勢を崩して片膝をついた。
――今度こそ、今度こそ!
立ち上がり、断甲刃の構えをとって狙いを定める。
目に映っているのはひざまずく鬼人型の後ろ姿。
――いや、これなら破突か?
なぜか一瞬、破突か断甲刃かという選択に迷った。
今なら確実にとどめを刺せる、絶好の機会で、どちらなら確実性が高いかで迷いが生じた。
「湊輔ッ!」
ふと有紗の叫び声が響き渡り、わずかに遅れてドスッという音が上がった。
いつの間にか有紗は湊輔が相手取る鬼人型の左斜め前方――もちろん距離をとっている――を陣取り、弓を構えている。
弓に矢はつがえていない。右手は離れている。すでに矢を放っている状態だ。
湊輔が目の前にひざまずいている鬼人型を見ると、頭に矢が刺さっている。
「なにしてるの! 早くとどめを刺して!」
「ウゥオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
鬼人型が力を振り絞って立ち上がり、咆哮する。
「ンラァッ」
「む、待たんかッ! ――湊輔、後ろじゃ!」
咆哮を聞いて仲間の危機を察したもう一体の鬼人型が、耀大に背を向けて湊輔に向かって駆け寄る。
醜悪な顔を怒りで歪ませて、無骨な剣を両手で持って振り上げ、差し迫る。
ヒュンッと風を切る音が鳴る。立て続けに、三つ。
有紗が矢継射で放った三本の矢は、どれも襲い来る鬼人型の胴体に命中した。
射たれた矢の勢いに押されたのか、鬼人型の足は止まり、体は後ろによろめいた。
――今、やれッ!
湊輔は背後に迫る鬼人型に向けていた視線を、相手取っていた敵に向け直して、構える。
足が傷ついているためにふらつきながら立つ鬼人型の胴体のど真ん中に、破突で剣を突き立てる。
引き締まった筋肉の中を刀身がズブズブと突き抜け、途中骨を擦る感触が伝わってくる。
体の反対側から、ドスッという音が三つ上がった。有紗が矢を放ったらしい。
湊輔は突き刺した刀身をさらに深く押し込める。
「ウグウゥ、ゴフッ……」
鬼人型がうめくような声と、なにかを吐き出すような、噴き出すような音を上げると、両膝をついてうつ伏せに倒れ込んだ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア――ウナッ!」
「うっさいのぅ!」
湊輔の背後に迫り、有紗から足止めを食らった鬼人型が、仲間が崩れ落ちたことに対してか、怒りの咆哮を轟かせる。
それが終わらないうちに、背後から頭の側面を耀大にメイスで殴られてよろめく。
「――ッ! まずいわ、合流される!」
有紗が声を張り上げる。
どうやら、仲間の咆哮を聞きつけて、分かれて行動していた他の鬼人型たちが向かってきているらしい。
「くっ……わしらが時間をかけ過ぎたか、ヤツらがくるのが早かったか、かのぅ。――二菜、旗を振ってくれぇ!」
「りょーかいッ!」
二菜は再び旗を振って、攻勢と守勢、強壮をかけ直す。
「急ぎましょう! 倒しきれなくても、消耗くらいはさせないと!」
「もちろんじゃ! うおおおッ!」
耀大が鬼人型に詰め寄り、メイスで殴りかかる。
その一撃を、鬼人型は剣で受け止める。
膠着状態になるところで、有紗が足めがけて矢を放つ。
命中した矢の勢いで、鬼人型はバランスを崩す。
「このぉッ!」
「むぅんッ!」
湊輔と耀大がほぼ同時にしかける。
湊輔は左足のふとももに破突を、耀大は右斜め上からメイスを振り下ろす。
破突は鬼人型の左足のふとももをかすめて肉をえぐり、メイスの一撃は鬼人型が腕をかざしたことで腕当に阻まれた。
「みんな! 後ろ!」
「ウグアッ、ガッ、ガアッ!」
「ンラッ!」
「ガオアッ! ガアッ!」
二菜が叫び、三人が連絡通路とは反対側に目を向けると、三体の鬼人型がいた。
「湊輔、有紗、下がるんじゃ!」
耀大がすぐそばの鬼人型を牽制している間、湊輔と有紗は耀大の後ろに走る。
「よぅし、湊輔、この鬼人型は頼む! わしはアイツらの相手をするからのぅ!」
「分かりました! お願いします!」
相手取っていた鬼人型を押しのけて、耀大は駆けつけた三体の鬼人型に向かう。
それを追いかけようとする鬼人型に、有紗が矢継射を放つ。
よろめいたところに湊輔が肉薄し、破突で腰に剣を突き立て、引き抜く。
鬼人型は「グウゥ……」と低くうなり、屈みこんだ。
――あと、もう少し!
湊輔がとどめを刺そうと構える。
その瞬間、時が止まった、いや、わずかに緩やかに流れている。
――これは、あのときの!
人狼型との戦いで起こった、不思議な現象。
湊輔が鬼人型にとどめを刺そうとしたとき、視界の外からなにかが襲いかかった。
そして、体になにかが突き刺さったような感触が走る。
視線を落とすと、腹部に無骨な剣が突き刺さっていた。
いったい誰が突き刺したのか。
屈みこんでいる鬼人型の手には剣が握られている。
視界は耀大が相手取っている三体の鬼人型に移る。
そのうちの一体が、なにかを投げて振りぬいたような姿勢をとっている。
そう、向こうの鬼人型が、仲間に剣を突き刺そうとしている湊輔めがけて、手にしていた剣を放り投げたのだ。結果、その剣は湊輔の腹部に突き刺さった。
だが、湊輔はそれで死ぬわけではなかった。
腹部に剣が突き刺さったことで動きが止まった湊輔に向けて、屈みこんでいた鬼人型が身を起こし、振り向きざまに剣を振り払って、湊輔の首元を斬りつけた。
――うーわ、まさかそんなことになるなんてな……。
まるで他人事のように、自分の身に起こった、いや、自分の身に起こる死の展開の光景を眺めていた。
そして、首元を斬りつけられたところで湊輔の死の光景は止まり、剣が投げつけられる手前まで巻き戻される。
人狼型のときは、この後攻撃を避けて反撃をする光景を見せつけられた。
今回もまた、死を回避する光景を見せつけられる。
湊輔は構えた状態から流転避で後方に下がり、投げられた剣を避ける。
――それで? その次は? え、これで終わり?
死を回避した後、どうするかまで見せられることなく終わり、湊輔は拍子抜けした。
やがて時の流れは元に戻る。
湊輔は先ほど見た光景通りに、流転避で後方に下がった。
直後、鬼人型の無骨な剣が湊輔のいた場所をかすめていった。
「あっぶな……」
湊輔は安堵の息を漏らす。
「ブゥアアアアアアアァァァアアァァァァァァァ!」
湊輔が死を回避した直後、どこからともなく鬼人型とは違う、獣――牛のような咆哮が轟いた。
湊輔たちも鬼人型たちも、思わず動きを止めた。
「な、なんだ、これ?」
湊輔は有紗に目配せをする。
「……どうやら、また増えたみたいね。でも、これは鬼人型とは全然違うわ……どういうこと?」
「ウーガァ、ゴアッ」
「ガウゥ……ゴゥ」
「ウガァ――ンラッ!」
耀大が相手取っていた鬼人型たちはなにか言い合い、踵を返して走り出した。
屈みこんでいた鬼人型もゆっくりと立ち上がり、傷ついた足を引きずりながら、走っていった仲間の後を追うように去っていった。
耀大、湊輔、有紗は二菜の近くに集まる。
「いったいなんじゃ、さっきの雄たけび? 鳴き声? といい、アイツらがどっかに走っていったことといい……」
「……どうやら、鬼人型たちとはまったく違う敵が現れたみたいです」
「ふむ……だとしたら面倒なことになったのぅ」
「ねぇ、有紗ちゃん、アイツら、どこに行ったかって分かる?」
二菜に聞かれると、有紗は目を閉じて耳を澄ます。
「……校舎を回り込んで、グラウンドに向かっています。さっきの鳴き声の敵? も、グラウンドに移動した、みたいです」
「つまり、その……さらにヤバくなった、ってこと?」
「どう、でしょうね……どうもこの戦い、単純な危険度よりも、複雑さが増したみたいよ?」
「どういう、こと?」
「私たちの敵はグラウンドにいるんだけど、勢力が三つになった、といえばいいかしら?」
「勢力が三つ? じゃあ、キモ顔と、さっき出てきたなにかも対立関係にあるってこと?」
「はい、おそらく」
耀大が胸の前で腕を組み、嘆息を漏らす。
「はぁー、どうやらとんでもないことになったようじゃのぅ」
「……とりあえず、グラウンドの様子を見てみませんか? 体育館の中から見れますよね?」
湊輔の提案に、耀大が頷く。
「そうじゃな。まずは安全に現状を確認して対策を考えるとするか、の」
耀大が有紗と二菜に目配せをすると、二人は無言で頷いた。
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