青春に贈る葬送曲

長月夜永

#13 鬼人型《オーク》(一)

 


     一



 人狼型《ワーウルフ》との戦いから二週間近く経過し、その間、湊輔そうすけは三度の戦いを経験した。

 いずれも翼人型《ハーピー》や人狼型のような大型の敵ではなく、小鬼型《ゴブリン》や骨人型《スケルトン》、人獣型《コボルト》といった小型で群れを成す敵ばかりだった。

 湊輔は異空間に招かれるとすぐさま図書館に足を運んだ。置いてある小説、雑誌、事典など、手当たり次第に手に取ってはパラパラとめくり、戦技《スキル》について書いていないものは床に落とし、次のものを手に取り、めくり、書いてあれば目を通して棚に戻すという作業を繰り返した。

 人狼型との戦い以降、最初の戦いはひたすら図書館の中を荒らし回った。その中で、片手剣でも使えそうな戦技の鋏挟閃《シザーズ》を見つけた。

 湊輔にとって、初めて戦技を見つけた瞬間だった。

 不思議なことに、その戦技についての説明文は一切書かれていなかった。

 あるのは、剣を持って動く人型の図解と様々な角度から見た太刀筋の動きだけ。加えて、鋏挟閃という名前すら載っていない。

 そのページを開いて、図解が目に飛び込んできた瞬間、その名前が脳裏に浮かんだのだ。

 鋏挟閃の動きはとてもシンプルだった。

 剣を右に斬り払ったら、すかさず左へ斬り返す。左に斬り払ったら、すかさず右へ斬り返す。

 対象を挟み込むように二回斬りつけるのが、鋏挟閃のやり方だった。

 一見すると単調で簡単な攻撃だが、体と武器の重心をうまくコントロールして動かさなければ、十分な速度と威力を引き出すことは難しい。

 説明はなに一つ書かれていない。それでも、湊輔には不思議とそう思えた。

 そして、いつの間にか戦闘が終結したらしく、突如いつもの日常へと引き戻された。

 上から下まで、本棚の片面分四つをあさって、一つの戦技が見つかったというのがこのときの成果だった。

 その次の戦いでもまた、すぐさま図書館に向かうと本棚を荒らした。

 これまで湊輔は本を読むということに無縁で、こうも短期間で立て続けで本を探すために図書館を訪れることはなかった。

 ――俺にしては珍しい、よな?

 など考えることもあった。

 二度目の作業ということもあり、前回よりもスピードを高めた。なおかつ、戦技を一つ見つけて、なんとなく理解したら図書館を出ようと決めていた。

 さすがにやり方を知っても実戦で試してみなければ意味がない。前回のように、ただ図書館にこもったまま、戦いが終わるまで続けてもダメだと考えたからだ。

 本棚を二つほど漁ったとき、再び戦技が見つかった。

 とはいえ、それは攻撃技ではない。

 流転避《ロールシフト》という回避技だった。

 これには湊輔として引っかかるものがあった。

 敵の攻撃をかいくぐるように、身を投げて転がって避けるというのが流転避の動きで、人狼型との戦いの、あの死にそうになった一瞬の動きが、まさにそうだったからだ。

 ――これ、知らず知らずのうちにやってたのか。

 だったらこれは既にできるだろうと思って本を棚に戻そうとしたが、いったんそれをやめて、改めて流転避の図解にしっかり目を通す。

 二度、三度見返して、ようやく本を閉じて棚に戻した。

 使えそうな戦技が見つかったので、湊輔は図書館を後にして、既に始まっていた骨人型との戦いに参加した。

 なるべくあぶれて一体になった敵を相手取り、流転避で攻撃をかわしたり、位置取りを変えて立ち回りながら、鋏挟閃や破突《ペネトレイト》、抉牙《バイト》を試した。

 さすがに破突と抉牙はスカスカな骨の体が相手だと相性が悪く、当てるのには苦労した。

 またその次の戦いでも、真っ先に図書館に向かった。

 戦技が増えて、戦い方が増えることに楽しさや高揚感を覚えていた。

 そう、まるでロールプレイングゲームやアクションゲームの主人公になった気分だった。

 今度は本棚二つを漁った程度で見つかった。

 断甲刃《ブレイクスラッシュ》という戦技だ。

 動きは鋏挟閃よりも単調で、標的めがけて剣を振り下ろす、というものだった。

 だが、図解を見ると、剣を振り下ろす直前の人型の体に、上半身を横にひねるように示した矢印が描かれている。

 これはつまり、肩に担ぐように剣を構えて、技を繰り出すために踏み込んだ後、体をひねる動きで剣を持った腕を引き寄せるように振り下ろせ、ということだろう。と湊輔は解釈した。

 また、動きの図解に出てくる敵の人型の絵のそばに、縦に割られた鎧の絵が添えてあった。

 戦技の名の通り、頑丈なよろいやそれに値する防御力を上回る攻撃力を引き出せるのではないか、と湊輔は考えた。

 戦技が一つ得ることができたので、図書館を後にする。

 そのときの相手は人獣型だった。

 この人獣型、集団意識が強く、なかなか一体があぶれることがない。

 ちょうど雅久のような大盾を持った壁役がいたため、その味方を中心に立ち回り、数が減ったところで断甲刃を試してはみたものの、すんでのところで躱されたり、当たっても決定打になるほどの威力を引き出すことはできなかった。

 その戦いから数日後の五限目が始まった直後、異空間へと招かれた。

 周囲のクラスメートが消え、見慣れた風景が白黒になり、そばにさやに収まった剣が現れると、それを手に教室を出て、また図書館へと向かう。

 いつもは手前の棚から手をつけていたが、今回は奥の棚から戦技探しの作業を行うことにした。

 一冊、また一冊と中身を見ては足元へと捨てていく。

 作業スピードはこれまで以上に速くなっていた。

 本棚の片面一列を漁り終えると、次の棚に移り、今度は図書館の出入口側から再開する。

遠山とおやま、くん?」

 二つ目の棚に手をつけていたとき、ふと声がかかった。

 思わず手を止めて、顔を向けると、有紗ありさがいた。

「あぁ……いずみさんか」

 湊輔は有紗に会うのは人狼型以来だった。

 学校ではたまに廊下を歩いているときに教室の中で友達と話している姿を見かけたり、廊下ですれ違うこともあったが、直接話をする機会はまったくなかった。

 有紗は足元に散乱する数々の本を見て、湊輔に視線を戻す。

「もしかして、戦技を探してるの?」

「ん? うん、そうだけど……」

「まるで空き巣や強盗ね、こんなに散らかして」

「あー、そう言われると、確かに。でも、なかなか見つからなくてね、俺が使えそうなのが。これが一番効率いいんだよ。それに、どうせこの空間だけのことだし」

「……それもそうね。仮に今まで遠山くんが図書館を荒らしていたとして、もしいつもの日常にも影響が出ているとしたらうわさ――どころか先生たちがうるさくなるはずよね」

 妙に納得した様子で有紗はうんうんとうなずくと、なにかに気づいたのか、足元に散乱する本をどかしながら本棚に挟まれた通路を進む。

 再び戦技探しのための本棚漁りを始めた湊輔の後ろを通り過ぎて、空っぽになった棚に置かれた一冊の本を手に取る。

「ねぇ、なんでこの一冊だけ残ってるの?」

「それは、俺には使えない戦技が書かれていた本。もし誰かが戦技を探しに来たときに、役に立てばいいかなって、あえて置いてる」

「あら、遠山くんって、こうやって本を荒らすような真似をする割には気が利くのね」

「本を荒らしてるのは確かに悪いって思うけど、戦技のためにはなぁ……」

 有紗は手に取った本を開いて、パラパラとページをめくる。

「残念、これは私にも向かないものね……」

 小さくため息をついた有紗は、閉じた本を棚に戻す。

「ねぇ、あのおおかみのとき以来よね、遠山くんとは。あれから何回ここに来てるの?」

「狼? あぁ、あの人狼型の? そうだな、確か、三回は来たかな。だからこれが四回目、かな。そういう泉さんは?」

「私はあれ以来これが一回目よ」

「つまり、その、あれ以来戦技とか全然増えてない、ってこと?」

「割とストレートに聞いてくるのね。まぁ、そんな感じかしら。三回、いや今回で四回目なら、なにか戦技は見つかった?」

「――うん、三つ。鋏挟閃、流転避、断甲刃。まぁ、まだ使い慣れてないから練習段階? みたいなとこだけど」

 再び有紗が小さくため息をついた。

「なんとなく、今なんとなく羨ましいって思ったんだけれど? 割と簡単に見つかったり、するの?」

「んー、どうだろう。一回あたり戦技一つだから、作業量的にはコスパ悪いかな。見て分かると思うけど、この本棚片側一列漁って、やっと一つ見つかるかどうかだし」

 湊輔の話を聞いて、有紗はさらに奥の空いた本棚と床に散乱する本の山に目を向ける。

「――あ、弓矢の戦技があったんだけど、これはどう?」

 そう言いながら湊輔は有紗に歩み寄り、本を手渡す。

 有紗は渡された本の開かれたページに視線を落とした。

「矢継射《ヤツギウチ》……確か、この前の荒井っていう先輩が言ってたものね」

 有紗は興味津々に、矢継射の図解を何度も見返す。

「――なるほどね。やり方は分かったわ、漠然とだけど。ありがとう」

 有紗は本を閉じる。湊輔に返そうとしたが、すでに戦技探しの作業に戻っていたため、手近な本棚に置くことにした。

 そのとき、異質な音が有紗の聴覚を刺激した。

 視線を周囲に巡らせる。

 図書館の中でしている音といえば、湊輔が棚に置いてある本を取っては開いてめくり、足元に落としていくものだけのはずだ。

 本棚に挟まれた通路から出て、改めて辺りを見渡すが、図書館の中には有紗と湊輔の二人だけ。もし出入口の扉が開くなら、その音に気づかないはずはない。

「……ねぇ、なにか聞こえない?」

 振り返って湊輔に尋ねる。

 湊輔は作業を止めて、周囲でなにか物音が立っていないか、耳を澄ます。

「んー……いや? なにも聞こえないけど? どうかした?」

「そう――なにかさっきから小さくノイズみたいな音が聞こえるのよね」

「ノイズ? ……やっぱり俺にはなんも聞こえないな。いったん外に出ようか?」

「そうね。あ、でも、戦技を探すのはいいの?」

「もう少し探してみたいところだけど――なんか、こう、落ち着かなくなってね。今回はもういいよ」

 湊輔と有紗は図書館を出た。

「あのさ、さっき言ってたノイズって、どんな? 耳鳴りとは違う感じ?」

「――たぶん耳鳴りじゃないわ。耳鳴りって耳の内側で鳴ってるものでしょう? でもこのノイズは耳をふさぐと聞こえなくなるのよ」

「そっか。じゃあ、他になにか気づくことは?」

 有紗は右に左にと、あらゆる方向に顔を向けてみる。

「なんとなく、だけど、特定の方向から聞こえてくるわ。そうね、そっちの方向から」

 図書館を背にして右側、学校の教室棟がある方向を有紗は指し示す。

 すると、湊輔の中でなにかザワザワしたような、先ほどの落ち着かない感じがより強くなってきた。

「泉さん、もしかしたらそれ、戦技じゃない? しかも、静的《パッシブ》の」

「静的? これが?」

「断定はできないけど、荒井先輩が言ってたよね? 静的戦技《パッシブスキル》は潜在的なもので、戦っていたりするうちに身につくって。もしかしたら、泉さんのは遠くの音を聞き取ることができる、そんな戦技じゃない? って、俺は思うんだけど」

 すると、有紗が口元に笑みを浮かべた。

「そう……それならうれしいことね。今回で二つも戦技が手に入るなんて、かなりラッキーだわ」

 唐突に有紗が背中の矢筒から矢を抜き取り、つがえて構える。

「さっきから聞こえてきている音、大きくなっているの。たぶん、近づいてきているってことじゃないかしら? だとしたら、あの角から、来るわよ」

 有紗は校舎の角の向こうをにらみつけている。

「あぁ、なんとなくそんな気がする。ま、あれだけ時間が経ったなら、そろそろ来てもおかしくはないしな」

 湊輔は腰の鞘から剣を引き抜く。
 やがて、有紗が言ったように、例の曲がり角から二つの人影が現れ、それを追うように少し大きい人影が五つ遅れて現れた。

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