青春に贈る葬送曲

長月夜永

#12 柴山泰樹 (終)

 


     六



 話し終えた泰樹たいきは、足元に置いてあったコーヒーの缶を拾い上げると、残った中身を一気に飲み干した。

「はぁー、なんか、色々あったんスねぇ。だから、柴山しばやま先輩ってシスコ――妹思いなんスね!」

 雅久がくは感嘆して、あやうく禁句――泰樹にとっての――を口走るところだったが、かろうじて言い直した。とは言え、言い直すだけ無駄なくらいに言い切ってしまっているが。

 またも泰樹が雅久の襟をつかんで詰め寄るかと湊輔そうすけはヒヤッとしたが、その心配は杞憂きゆうに終わった。

 泰樹は鋭い目つきで雅久を一瞥いちべつするものの、それ以上手を出すことはしなかったからだ。

「人間てのはよ、後悔しないで生きるなんて無理だろうよ。それでも、後悔しても良さそうなことと、後悔しないようにすべきことってのがある。お前ぇらも、そのくらいは分別つけられるようになれよ」

 ――後悔しても良さそうこと、後悔しないようにすべきこと。

 湊輔は泰樹の言葉を反芻はんすうする。言っていることは分かるが、それでも今の湊輔にはまだ解らない言葉だと、すごく難しくて複雑な言葉だと思えた。

 泰樹は小学五年という割と早い時期に、そう思う、そう考えるに至る経験をしている。

 湊輔はこの十五、六年という人生で、そんな瞬間が、そんな経験があったかと思い返す。

 ――あった。そうだ、あの瞬間だ。

 思い当たる瞬間があった。だが、どうすれば後悔しないように済んだのか、そこまでは分からない。

「へぇー、後悔してもいいってこと、あるんスね。俺、人生って後悔しないように生きるもんだと思ってたッス」

 しみじみとした様子で話すと、泰樹に倣うようにコーヒーを一気に飲み干した。

 湊輔もつられてあおろうとするが、泰樹の話を聞いている最中に飲み干したようで、缶は空っぽで重みを感じなかった。

「お兄ちゃん?」

 ふと、明るく活気がある印象を与えそうな声がして、ベンチに並んで座る三人はそちらに目を向けた。

 そこには、湊輔と雅久が学校近くの駅から目にしていた、泰樹と一緒にいた少女が立っていた。

「あぁ、理桜りお。どうした?」

 泰樹が立ち上がり、少女へと歩み寄る。

「どうしたって、お兄ちゃんがいつまで経っても来ないから、わざわざ来たんだけど?」

「ん、あぁ、そうか。それはそうだな。ごめんな」

 泰樹がほほ笑みを浮かべながら謝る。

「理桜、うちの高校受験するって言ってたよな? もし無事合格できれば、こいつらは理桜の一年上の先輩になる。――遠山とおやまと、我妻あがつまだ。――で、妹の理桜だ」

 泰樹は理桜に湊輔と雅久を紹介し、二人に理桜を紹介する。

 雅久はすっくと立ちあがり、一歩前に出て、

「いやぁ、どうもどうも。我妻雅久でっす! よろしく、ねッ!」

 少々キザっぽく挨拶をする。

 一瞬泰樹が目を細めたのは言うまでもないが、雅久はそれに気づいていない。

「俺は遠山湊輔。よろしく、理桜ちゃん――あ、いや、理桜さん、のほうが、いい……かな?」

 湊輔が理桜をちゃんづけで呼んだ瞬間、殺気じみた威圧感を覚え、咄嗟とっさに取り繕った。

「えっと、その、柴山理桜です。よろしく、お願いします。それで、えっと、呼び方は、さんづけだと落ち着かないので、ちゃんづけで全然大丈夫です」

 すると、理桜の隣に立ち込めていたどす黒いオーラと、その中に鬼火のように揺らめいて光る二つの真紅色の小さな灯火の幻覚が、湊輔の視界からスーッと上から下へと消えていった気がした。

「さて、理桜が迎えに来ちまったことだし、お前ぇら、そろそろ帰んな。あぁ、缶は俺が捨てといてやる」

 泰樹はそう言い、二人に向けて「よこせ」という風に手を差し出す。

 二人は「ごちそうさまでした」と言って、空いた缶を渡した。

「だいぶ待たせたな、お袋、怒ってたか?」

「ううん、怒ってはいないけど、心配してた」

「そうか、なら急がねぇとな。――じゃあな、遠山、我妻」

 湊輔と雅久に背を向けて、病院へと歩いていく泰樹と理桜。

 兄というよりも、まるで保護者のような雰囲気の泰樹の背に向けて、二人は「ありがとうございました」とお礼を言って、病院を後にした。

「なぁ、さっき理桜ちゃんが食べてたクレープの店、寄りてぇんだけど、いいだろ?」

「ん、あぁ、奇遇だな。俺も同じこと考えてた」

「よぅし、決まり!」

 雅久は意気揚々と歩みを早めて、先を歩き出す。

 湊輔はなにも言わず、雅久の後ろを追うようにしながら歩く。

「そういえばよー」

 雅久が後ろを歩く湊輔を見やるように顔を横に向ける。

「柴山先輩って、やっぱシスコンだよな?」

 湊輔は即答せずに、理桜が迎えに来たときの泰樹の様子を思い返した。

 泰樹と会ったのはこれで三度目だが、笑った顔を向けられたことはなかった。学校の昇降口で友人らと話しているときは、落ち着いた、物静かに笑っているような感じだったが、理桜に対しては相好を崩しているように見えた。

 また、いつもはどこかすごみを帯びている低いハスキーな声だが、理桜と話すときは一つ、二つほどトーンが上がっていた。いや、もしかしたら意識して上げているのかもしれない。

 これをはたしてシスコンと呼ぶのかどうか、湊輔にはハッキリしなかった。

 ただ、一つ言えるとすれば、妹の理桜を大切にしている、しようとしているのは確かだ。

 そして、結局湊輔は雅久の問いにこう答えることにした。

「さぁ、どうだろうな」

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