青春に贈る葬送曲
#5 人狼型《ワーウルフ》 (五)
五
体育館に向かう道中、四人は無言だったが、あと少しといったところで雅久が沈黙を破った。
「なんだ? ヤロウ、やたら動き回ってるな……」
「さっき荒井先輩が突き刺したところが痛くて悶えてるんじゃないか? イラついて暴れてたりして?」
湊輔の言葉に、雅久は首を横に振る。
「いや、違ぇな。悶えてるとか、イラついて暴れて壁を殴ってるとか、そんな動きじゃねぇ。誰かとやり合ってるって動きだ」
誰かとやり合ってる。雅久の答えに湊輔は不思議がり、すぐさまあることに気づいた。
「それって、五人目の誰かが戦ってるってこと?」
湊輔が話そうとしたことを、有紗が先に口にした。
「あー、もしかしたらって思ってたけど、やっぱりそうなのかねぇ。後輩諸君、今回は運が良いかも」
「運が良い? どういうことッスか?」
「俺たちって敵が出てくる前にここに来るじゃん? でも中には、敵が来てから呼ばれる人もいるんだよ。そういう人って大抵めちゃくちゃ強いんだけど」
――まさか?
湊輔の脳裏に、ある人物が浮かび上がる。
「その人って、切れ長の目でショートのオールバックで剣を使う人……ですか?」
思い当たる人物の特徴を巧聖に伝えると、速度を落として湊輔の横に着く。
「もしかして泰樹さんのこと言ってる? てか泰樹さんと一緒になったことあるんだ?」
泰樹さん、と聞いても湊輔は名前を聞いていなかったため、どう答えようか逡巡したが、
「名前は分からないんですけど、前回翼人型と戦って追い込まれたときに、さっきいった感じのめちゃくちゃ強い人が後から現れてあっという間に形勢逆転させたんですよ」
「はぁー、それなら絶対泰樹さんだな。柴山泰樹。この界隈じゃトップクラス……というかありゃ化けモンだなぁ。あ、こう言ってたのはここだけの話にしといてくれよ?」
――化けモン、か。そうだ、あれは確かに化け物染みていた、翼人型よりずっと。だって、翼人型の攻撃が全然当たってなかったんだもんな。それどころか、翼人型が攻撃するたびに、翼人型の体が傷ついていたような……。
湊輔は前回の翼人型との戦いを思い返しては、
――柴山先輩が今回も来ているとしたら、前回助けてもらって、しかも翼人型にとどめを刺させてもらったことのお礼を言おうか。
と考える。
やがて体育館の出入口に辿り着くと、両開きの扉の左側がすでに開け放たれている。
湊輔たちは開いた扉の両側から覗き込むように、体育館の中の様子を伺う。
「雅久が言った通り、誰かが人狼型と戦ってるな。――荒井先輩、あの人ってやっぱり?」
湊輔が巧聖に尋ねる。
巧聖は不敵な笑みを浮かべながら、体育館で人狼型と戦っている人物の動きを目で追っている。
「あぁ、やーっぱり泰樹さんだ」
そう答えるや否や、巧聖は突然身を乗り出して体育館の中へと入っていった。
「泰樹さーん! お疲れ様でぇーっす!」
いきなり飛び出して人狼型と戦う人物――柴山泰樹の名前を呼びながら大きく手を振る巧聖。
湊輔と雅久、有紗は戸惑いながらもそろそろと後に続いて体育館に踏み入る。
泰樹は人狼型の猛攻――巧聖に受けた手傷が痛むのか、先ほどよりも勢いは衰えている――を躱しながら、陽気にはしゃいで手を振る巧聖とその後ろに控える三人を一瞥し、すぐさま敵と向き合う。
「なぁ、さっきから見てて思うんだけどよ、あの人、人狼型の攻撃躱すたびに一瞬消えてね?」
「うん、確かに。てか、前回もあんな感じだった」
再び湊輔は前回の翼人型との戦いを思い出す。
泰樹は敵の攻撃を躱す際、その体が一瞬消えていた。正確には、光学迷彩のように景色に溶け込むというよりも、霞がかったように体が半透明になるというのに近い。
「あれ、初めて見るとビックリするよねぇ。霞脚《ヘイズステップ》って言うアクティブなんだってさ。かなり短い距離を、体が霞んで見えるほどの超スピードで移動してるんだよ」
巧聖は後ろに立つ三人と並ぶように後退して、泰樹の超人的な動きについて説明する。
三人は改めて泰樹の動きに目を凝らす。
人狼型が太く強靭な腕や足を振り払ったり、突き出したりするたびに、泰樹は体が一瞬霞んで見えるほどの超スピードで躱している。
「なぁ、あの柴山先輩、躱しながら斬ってるのか? なんか人狼型が動くたびに体が傷ついてね?」
雅久が言うように、泰樹が人狼型の攻撃を躱すたびに、攻撃した側の人狼型の体から血しぶきが舞う。
「へぇ、よく見てるねぇ。そう、あれは霞躱撃《ヘイズレイド》。霞脚で攻撃を躱すのと同時に攻撃する戦技さ。ちなみにこれ、泰樹さんの十八番」
それを聞いて、雅久はかなり興奮気味に「すげー」「やべー」と小さく呟きながら、有紗は一言も発さず胸の前で弓を両手で強く握りしめて、踊るように動き回る泰樹と人狼型に見入っている。
湊輔は、同じ剣を扱っている身として参考になることはないかと、再び見る泰樹の動きを凝視しては観察している。
すると唐突に、泰樹は人狼型と距離をとったかと思えば、踵を返して様子を見ていた四人に向けて走り寄ってきた。
「お、そろそろ俺らも戦えってことらしいよ、たぶん?」
巧聖が槍を構えるのに続いて、湊輔は鞘から剣を引き抜き、有紗は矢をつがえる。
「よし来たぁッ!」
雅久は盾を構えるや否や、こちらに向かってくる泰樹の背後を追って迫りくる人狼型に向けて駆け出した。
「ウオオオォォォォッ!」と吠えながら、柴山の背中めがけて人狼型が飛びかかる。
その着地点と攻撃が当たる瞬間を見計らい、雅久は柴山と入れ違えると斜め上に向けて大盾を構えた。
飛びかかりざまに、右の握り拳を左手で包むように組んで振り下ろした人狼型の両腕による一撃が、雅久の大盾に直撃してガァン! という鈍い衝撃音が体育館中に響き渡る。
「うぐぅ……ッ!」
雅久は思わず顔をしかめて苦悶の声を漏らす。
人狼型の体格から考えれば、一〇〇キロ近い体重によって生み出された強烈な衝撃が、雅久の体を上から下へと走り抜けたに違いない。
それでも体勢を崩すことなく、人狼型の一撃を受け止めた雅久は、本当に壁役として優秀であることを示している。
ヒュンッと風を切るような小さく鋭い音がした。
人狼型の攻撃が雅久の大盾に直撃した直後、有紗が雅久の左斜め後方から足に向けて矢を射ていた。
「そうだ、そのまま足めがけて射ちまくれ。盾持ち、そのまま人狼型を足止めしろ」
低くハスキーな声が有紗と雅久に指示をしている。
四人に合流した泰樹によるものだ。
「おい、荒井。お前抉牙《バイト》できるだろ? 手ぇ抜いたのか?」
泰樹が睨むように巧聖を見やる。
その眼光に巧聖は笑みを浮かべたまま顔を引きつらせて、一瞬ビクッとたじろぐ。
自分に向けられたわけではないのに、それを見た湊輔も思わず怯んでしまった。
「いやー、あんときはアイツもまだピンピンしてましたからねー。一突きしてすぐに退いたんですよー」
媚びへつらうような笑顔で言い訳をする巧聖。
泰樹は変わらず鋭い視線を巧聖に向けるが、「ま、いいけどよ」と言って顔を背けると、今度は湊輔に向き直る。
「お前、この前の翼人型のときのだな?」
相変わらず泰樹の表情は硬い、というよりも怖い。
湊輔は体を強張らせて、「は、はい……」と小さく返事をするのがやっとだった。
「あれ以降、ここに来たのは何回目だ?」
「……あの翼人型の後なら、これが一回目です」
「戦技は?」
「いえ……なにも」
「だったら図書館に行くんだな。あるいは、ここで俺から学べ。いいな?」
「は、はい……」
威圧的というのか高圧的というのか、湊輔からすると泰樹の問いかけ一つ一つに凄みを感じ、声を絞り出すようにして答えた。
――え、『学べ』?
泰樹の問いかけに答える最中、その睨みつけるような切れ長の目を見るのに耐えられずに視線も顔も下を向いていたが、顔を上げて改めて泰樹と視線を交わす。
いまだに泰樹の目はきつく鋭い。
「見てろ」
そう言うと、泰樹は湊輔に背を向けて、雅久の右斜め後方に着く。
湊輔は泰樹の次の動きをしっかりと見るために、立ち位置を変える。
人狼型が雅久めがけ、両腕を交互に繰り出して連続パンチを放つ。
雅久はその動きが見えるようで――感知によって、大盾を挟んでいても向こう側の敵のシルエットの動きがある程度分かる――、パンチの方向に対して盾を右に左にと微調整しては受け止めている。
連続パンチを終えると、人狼型は二、三歩後退して、雅久の体勢を崩すつもりか素早く飛び蹴りを繰り出す。
若干後ろに押し込まれたものの、雅久は体勢を崩すことなく、これも受け止める。
そこで人狼型の動きがわずかに止まる。その一瞬を見逃すことなく、泰樹が動いた。
霞脚ほどではない、湊輔の目でも十分動きが見てとれるほどの速さで人狼型に近づき、弓の弦を引き絞るように左半身を前にするようにひねり、左手を前に突き出して、後ろに引いた右手に持つ剣は地面と平行になるように横一文字に構える。
人狼型との距離を詰めると、左足が前に出る形で踏み込み、突き出した左腕を引いては体を左に勢いよくひねり、引き絞った右手と剣を突き出す。
泰樹が繰り出した剣は人狼型の左ももに突き刺さった。
人狼型は食いしばった歯牙を剥き出しに、憎悪や怨恨を宿した真っ赤な眼で泰樹を睨みつける。
泰樹は人狼型の様子など気にすることなく、突き刺した刀身を右に左にと傷口を抉るように動かしてから引き抜き、その場から飛び退く。
人狼型は左腕を振り払ったが、その前に泰樹は後退していたために空振りに終わった。
「よそ見してんじゃ――ねぇよ!」
続いて雅久が大盾を人狼型の下顎めがめて突き上げる。
その一撃は見事にクリーンヒットし、人狼型はバランスを崩して後ずさる。
「いぃぃぃやっはーッ!」
今度はいつの間にか飛び上がっていた巧聖が、顎を打ち上げられて真上を向いていた人狼型の横っ面を横薙ぎに振った槍の石突きで殴りつける。
立て続いた猛攻によって、ついに人狼型の体が床に投げ出された。
「うはぁ、やっぱこういうコンボ決まると気持ちいいねぇ」
「なんか屋上で戦ってた時より強くなってないッスか?」
「ん? まぁね。俺さ、周りにいる味方の人数が多いと強くなるんだよね」
「……なんスか、それ。小者感すごいッスよ」
「仕方ないんだよ、そういう小者感あふれる素質《アビリティ》持ちなんだから。さ、あともう少し壁役頑張ってね。というか、雅久なら分かってるかもしれないけど、こっからが本番だから。――有紗はそのままじっくり傷口狙って射ちまくってね」
雅久と巧聖、有紗がのっそりと立ち上がる人狼型に詰め寄る。
湊輔も遅れまいと踏み出そうとしたところで、泰樹が前に立ちはだかる。
「今の、敵に剣を突き刺したのが破突《ペネトレイト》、突き刺したまま動かして傷を抉るのが抉牙だ。分かったか? ――なら、やれ」
そう告げた泰樹は湊輔に背を向けて、起き上がる人狼型を取り囲む三人に合流しようと足早に歩き出す。
――『やれ』って言われてもなぁ……。言ってることもやってることも分かるには分かるけど。
これまで戦闘らしい戦闘をこなした経験のない湊輔としては、一度手本を見せて『やれ』の一言を残すだけの泰樹の教え方に複雑な思いを募らせる。
かと言って、懇切丁寧に手ほどきを受けられるほどの余裕もない。
途端に重くなった体を引きずるように、湊輔も人狼型の包囲網に加わる。
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