やがて忘却の川岸で
死神を殺す理由
死神を殺すのは容易じゃない。理由は魔物と同じように不死身であることと、体が傷つくことがないからだ。
例え首がとんでも、心臓が燃やされようとも、時間はかかるが再生する。これは僕自身の体験によるものだけど。どうやら本人の意思には関係ないようだ。
要は化け物の一種だ。
この死神の人生、死のうと苦労した時期もある。その際、色々試してみた。
時として劇薬を試したことがある。
人間では体の内側から溶け出し、魔物では体が腐り落ちると言われた代物を、これなら死ねるだろうと軽い気持ちで飲み干したのだ。
結果はどうだったか……?
結果は何もない。
僕の体には何も起きなかった。
他にも試してみた、肉が溶ける硫酸、世界一の劇薬のフッ化水素酸、青酸カリなど…でも何一つ感じなかったし、体に異変が起こることもなかった。
まるでただの水を口にしたような、味のしない、全く無害なもの。
死神は毒を無効化する性質があるのだとその時初めて知ったのだ。
どんな毒も武器も死神を殺すことはできない。
ただ淡々と生き続けるのみの存在。
おそらくエリーサも同じだろう。
彼も同じく死ぬことができない。
僕はもう死ぬことは諦めた、でも彼には早く死んで欲しいと思っている。
死神であり続けるのはあまりにも辛い、特に彼は川に縛られているのだ。
ここから彼は出ることもできない、もちろん外の世界にも行くことができない。
僕が明かりを持ってこなかったら、ここはずっと暗闇の中だ。
僕が彼のための食べ物を持っていかなければ、彼は空腹を満たす術がない。
僕が暇つぶしの本や死者を連れていかなければ、彼は気を保てないだろう。
それに僕がここに来なくなったら…
誰が君のことを覚えているんだろう。
そんな人生に終わりがないとしたら、それはとても耐えがたい苦痛だ。
その辛さは僕が一番知っている。
だから早く殺してあげたい、今はそれが一番の得策だ。
だから僕は死者を迎えながら、その方法を探し続けている。
今のところ、花の死神に会えれば何かわかりそうだけど…
情報はちっとも集まらない。
「ルーアルーア!俺、ずっごいことわかっちゃった〜!」
エリーサに会いに行くと、彼はどこか興奮気味な子供のようにぶんぶん手を振って僕を出迎えた。
彼は僕が前にあげた分厚い本を膝に広げている。タイトルは「人名百科事典」人の名前の意味と由来が書かれた本だ。
「何?」
「ルーアの名前の由来だよ〜、ルーアってポルトガル語で月って意味って知ってた?」
「いや…知らないけど…」
「お?初めてルーアに知恵比べで勝てた気がするな。」
僕が知らないことを知っていたのが嬉しかったのか、エリーサは嬉しそうニヤニヤと笑う。
「へぇ〜名前って仕事からつけることもあるんだ…魚屋だったらフィッシャー、花屋だったらフローレス…パン屋だったらベーカーってなるんだ。」
エリーサは一人で納得したように頷いている。
その時この前魔女が僕に向かって「月ね!」と呼んでいたのを思い出した。あれは何を意味していたかわからなかったけど、なるほど…あれはなかなかに賢い人だったのかもしれない。
「ねぇ?聞いてる〜?」
「聞いてるよ…面白いとも思ってるし、ためになるよ。」
「顔変わってないけど?」
「これは生まれつき…人間だった頃からずっと表情筋が死んでるから…」
言ってしまってから後悔した、これではエリーサの興味を引いてしまう。
話を根掘り葉掘り引き出されるのではと覚悟したが、意外にもエリーサは「ふ〜ん…」と興味なさそうに返事をする。
そしてしばらく何か考えた後、僕にこう言った。
「俺、人間だった頃の記憶ないんだよなぁ、朧げにしか覚えてないって言うかさ。でも初めてルーアを見たとき、初めに白雪姫みたいだって思ったんだ、白雪姫なんて知らないはずなのに…これって人間だった記憶がちょっと関係あるのかなぁ?」
「…そんな風に思ってたの?。」
「ルーアは覚えてるの?人間だった頃ってさ。」
「覚えてるよ。」
「どんな感じだった?」
「言いたくない。」
「なんで?」
「嫌な思い出ばかりだから。」
そう言ってからこの言葉は嘘だなと思った。
別に嫌な思い出ばかりじゃなかった、どちらかというと幸せだったじゃないか。
彼女と出会えて、そして過ごした時間は幸せそのものだった筈だ。
ただ、最後が悲劇で終わっただけ。それだけだったのに…
僕はいまだに後悔しているんだろうか…
「でもさ、ルーア。世の中思い出さなくていいことってあるじゃん?」
黙り込んだ僕にエリーサは船のヘリに頬杖をつきながら、僕を見上げる。
その赤い瞳は蛇のようにこちらを見透かしているかのようだった。
「もしかしたら俺に記憶ないのは、辛過ぎたから忘れたかもしれないだろ?だったら別にいいかって思うんだ。
思い出さない方が楽なら、俺はそれでいいかも。」
「……。」
「って、ちょっと暗くなっちゃったかな?ごめん。」
「いや、別にいい…他の話にしよう。」
思い返せば今の方が楽なのかもしれない。
食事や睡眠、痛みから解放され、他の魔物より飛び抜けて高貴な立場にいる方が人間の頃より、ずっと生きやすい。
自由気ままに歩き回って、色々な人や景色に出会って…導いて…話をして…
人間だった頃よりずっと丈夫な体だ。
死なない、老いない、傷つかない…
でも、人間が羨ましく思うのは、やはり隣の芝生は青いってことだろうか…?
例え首がとんでも、心臓が燃やされようとも、時間はかかるが再生する。これは僕自身の体験によるものだけど。どうやら本人の意思には関係ないようだ。
要は化け物の一種だ。
この死神の人生、死のうと苦労した時期もある。その際、色々試してみた。
時として劇薬を試したことがある。
人間では体の内側から溶け出し、魔物では体が腐り落ちると言われた代物を、これなら死ねるだろうと軽い気持ちで飲み干したのだ。
結果はどうだったか……?
結果は何もない。
僕の体には何も起きなかった。
他にも試してみた、肉が溶ける硫酸、世界一の劇薬のフッ化水素酸、青酸カリなど…でも何一つ感じなかったし、体に異変が起こることもなかった。
まるでただの水を口にしたような、味のしない、全く無害なもの。
死神は毒を無効化する性質があるのだとその時初めて知ったのだ。
どんな毒も武器も死神を殺すことはできない。
ただ淡々と生き続けるのみの存在。
おそらくエリーサも同じだろう。
彼も同じく死ぬことができない。
僕はもう死ぬことは諦めた、でも彼には早く死んで欲しいと思っている。
死神であり続けるのはあまりにも辛い、特に彼は川に縛られているのだ。
ここから彼は出ることもできない、もちろん外の世界にも行くことができない。
僕が明かりを持ってこなかったら、ここはずっと暗闇の中だ。
僕が彼のための食べ物を持っていかなければ、彼は空腹を満たす術がない。
僕が暇つぶしの本や死者を連れていかなければ、彼は気を保てないだろう。
それに僕がここに来なくなったら…
誰が君のことを覚えているんだろう。
そんな人生に終わりがないとしたら、それはとても耐えがたい苦痛だ。
その辛さは僕が一番知っている。
だから早く殺してあげたい、今はそれが一番の得策だ。
だから僕は死者を迎えながら、その方法を探し続けている。
今のところ、花の死神に会えれば何かわかりそうだけど…
情報はちっとも集まらない。
「ルーアルーア!俺、ずっごいことわかっちゃった〜!」
エリーサに会いに行くと、彼はどこか興奮気味な子供のようにぶんぶん手を振って僕を出迎えた。
彼は僕が前にあげた分厚い本を膝に広げている。タイトルは「人名百科事典」人の名前の意味と由来が書かれた本だ。
「何?」
「ルーアの名前の由来だよ〜、ルーアってポルトガル語で月って意味って知ってた?」
「いや…知らないけど…」
「お?初めてルーアに知恵比べで勝てた気がするな。」
僕が知らないことを知っていたのが嬉しかったのか、エリーサは嬉しそうニヤニヤと笑う。
「へぇ〜名前って仕事からつけることもあるんだ…魚屋だったらフィッシャー、花屋だったらフローレス…パン屋だったらベーカーってなるんだ。」
エリーサは一人で納得したように頷いている。
その時この前魔女が僕に向かって「月ね!」と呼んでいたのを思い出した。あれは何を意味していたかわからなかったけど、なるほど…あれはなかなかに賢い人だったのかもしれない。
「ねぇ?聞いてる〜?」
「聞いてるよ…面白いとも思ってるし、ためになるよ。」
「顔変わってないけど?」
「これは生まれつき…人間だった頃からずっと表情筋が死んでるから…」
言ってしまってから後悔した、これではエリーサの興味を引いてしまう。
話を根掘り葉掘り引き出されるのではと覚悟したが、意外にもエリーサは「ふ〜ん…」と興味なさそうに返事をする。
そしてしばらく何か考えた後、僕にこう言った。
「俺、人間だった頃の記憶ないんだよなぁ、朧げにしか覚えてないって言うかさ。でも初めてルーアを見たとき、初めに白雪姫みたいだって思ったんだ、白雪姫なんて知らないはずなのに…これって人間だった記憶がちょっと関係あるのかなぁ?」
「…そんな風に思ってたの?。」
「ルーアは覚えてるの?人間だった頃ってさ。」
「覚えてるよ。」
「どんな感じだった?」
「言いたくない。」
「なんで?」
「嫌な思い出ばかりだから。」
そう言ってからこの言葉は嘘だなと思った。
別に嫌な思い出ばかりじゃなかった、どちらかというと幸せだったじゃないか。
彼女と出会えて、そして過ごした時間は幸せそのものだった筈だ。
ただ、最後が悲劇で終わっただけ。それだけだったのに…
僕はいまだに後悔しているんだろうか…
「でもさ、ルーア。世の中思い出さなくていいことってあるじゃん?」
黙り込んだ僕にエリーサは船のヘリに頬杖をつきながら、僕を見上げる。
その赤い瞳は蛇のようにこちらを見透かしているかのようだった。
「もしかしたら俺に記憶ないのは、辛過ぎたから忘れたかもしれないだろ?だったら別にいいかって思うんだ。
思い出さない方が楽なら、俺はそれでいいかも。」
「……。」
「って、ちょっと暗くなっちゃったかな?ごめん。」
「いや、別にいい…他の話にしよう。」
思い返せば今の方が楽なのかもしれない。
食事や睡眠、痛みから解放され、他の魔物より飛び抜けて高貴な立場にいる方が人間の頃より、ずっと生きやすい。
自由気ままに歩き回って、色々な人や景色に出会って…導いて…話をして…
人間だった頃よりずっと丈夫な体だ。
死なない、老いない、傷つかない…
でも、人間が羨ましく思うのは、やはり隣の芝生は青いってことだろうか…?
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