やがて忘却の川岸で

作者 ピヨピヨ

寒いところの話 4

次に目を覚ました時、僕は自分の家のベッドの上にいた。
ボーっと天井を見上げながら、体を起こそうとする。でも、足に激痛が走って上手く起き上がれなかった。

「まだ起きないほうがいいよ。」

隣から聞こえた声に、僕が横に顔を向けると見覚えのある月色の瞳と目があった。
と同時に僕はびっくりして後ろに飛び退いた。
なぜならその人の黒いコートと白いシャツに、べったりと血のりがついていたからだ。

「なっなんで血が!?誰か殺してきたの!?」
「これ、君の血だよ…運んでくる時についたんだ。」
「運んで…あなたがここまで運んできてくれたの?」

僕の問いかけに気怠そうに頷く。
ふと足の方を見れば、刺さっていた刃はなく、かわりに分厚く包帯が巻かれている。
この人がやってくれたのだろう。
にしても綺麗な巻き方だ、プロみたいだ。

「久しぶりだったから、あまりうまく巻けなかった…」
「いや、だいぶ上手だと思うのですが…」
「それより君、もうこの場所から離れた方がいいよ…」
「え、なんで?」

すぐに家から出ろなんて、一体どういう意味なんだろうか?

「魔女がくるから…」

その人はタオルで服を拭きながら、そう言う。

「魔女が?死んだんじゃないの?」
「君達ならわかるでしょ、アレは君達と同じ魔物。そう簡単には死なない。」
「ぇ…じゃあ、俺らを食べに戻ってくるってこと?」
「僕はともかく、特に君は気に入られちゃったからね…」

淡々と話しながら服を拭き続ける彼とは裏腹に、僕は愕然と青い顔になっていた。
なんてことだ、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。
どうしよう、僕にはトナカイの世話があるのに…
まぁ、下の方に降りる手はないことはないけど…人間がいるからなぁ…うまく受け入れてくれるかなぁ。

「……ごめんね、こんなことになっちゃって…」

悩む僕を見ながら、すまなそうに謝る彼。
本当に申し訳ないと思っていたのか、表情は変わらないけど、なんとなくそんな感じがした。

「いや、別にいいよ…それよりなんで魔女のところなんか行ったのか、理由聞いてもいい?」
「……。」
「話したくないなら、いいけど…」

黙り込む死神、その様子からは何を考えているかまるでわからない。
掴み所のない、ツルツルするボールみたいだ、凹凸すらない表面みたいに上手く感情が読めない。
それに、あの魔女を殺すことができるのは国戦士か勇者くらいだ。
死神はそんなに強い種族なのか。

それとも、噂は本当なのか…

「人間は羨ましいよね…」
「…?」

ポツリと死神は呟く。

「死にたい時に死ねるんだから…僕らと違って、高貴な生き方ができる。死のある生き方。とっても憧れるよね…」
「……?」
「別に人にならなくてもいい、あの子を殺すことができるなら、救うことができるならそれがいい…そう、それが僕があのときやるべきことだったから。生かすことじゃなくて…安らかに眠らせておくべきだったのに……なんで、あんな……」
「あの〜…死神さん?」
「…………………なに?」

ぶつぶつと話の筋が見えない独り言を続ける死神にそう言うと、彼は不気味なほど無表情のままこちらを一瞥した。
それが背筋をひやっと冷やした。


「……………………………なに?」

「あ、いや…体は大丈夫なんですか…あなたは。」

2回目の「なに?」でハッとして思いついた言葉を並べる。
いや、本当は聞きたいことが沢山あるけど、話しかけづらいな…この人。
死神は一瞬目を細め、眠そうな動作をとった後、静かに目線を逸らしながら言った。

「一回あの人にバラバラにされたけど、なんとか元に戻れたよ。怪我ももう治ったし。」
「ばっ??…はぁ、そうですか…」

もう何も気にしない…突っ込みどころはたくさんあるけど…

「君のトナカイ、捕まえておいたから…悪かったね、付き合わせて…これ、お詫びと言っては足りないかもだけど、受け取って。」

そう言って死神は僕に小さな麻袋を渡す。
ジャラ…という音と手に感じる金属の感触にさっきとは別の悪寒が走る。

「お、お金??それにこんな大金…受け取れないよ!」
「足りない?」
「多すぎって言ってるんだ!返すよ!」
「別にいい…僕は要らない…使わないし、手に余ってたんだ、貰ってくれた方が僕は嬉しい。」
「要らないって…」
「旅費や引っ越しに使ってよ、その方がいい…僕もここには長くいられない…そろそろ行かなきゃ。」

返そうとする僕の有無を言わさず、淡々と話す死神。
というか要らないってさ…大金ぽんって出せる神経がわからない。
やっぱりどこか僕らとは浮世離れしてる存在に感じる。

死神は服を拭いていたタオルを(血のりはさっきよりひどくなっていた)その辺の桶に入れて、黒いコートをきちんと着直した。
どうやらここを去るらしい。
出口のドアを開けると、もう夜に近い。
また迷わなければいいけど…

「あ…そうだ。」

出て行く直前、死神は思い出したかのように振り返る。

「君は花の死神とむらいびとを知っているかい?」
「花の死神…?噂には聞きますけど…」
「そう………ならここら辺にいるのか……。」
「どうかしたの?」

僕の質問に死神は「いや…」と言葉を濁す。
僕もそれ以上は聞かなかった、僕はトナカイを育てるのが役目なんだ。
それ意外を知っても意味はない、だから深追いしない、首を突っ込まない、それが僕の心情だ。

ああ、でも今度から待つのはやめにしよう



もう怪我をするのは嫌だし…










「お前さぁ…人でも殺してきたの?」

開口一番にエリーサに言われた。
ああ、この血糊のことか…

「殺してないよ。」
「いや、どーう見ても殺してきたでしょ?というかさ着替えなよ、変だしなんか落ちつかないよ。」

そう言うとエリーサは船の中から新しいシャツを取り出す、エリーサはいくつか僕の着替えを持っている。
仕方なく着替えようと、コートを脱ぐとポケットからあるものが飛び出す。
カチンと音を立てたそれに気付いたのはエリーサだった。

「ん?なにこれ?時計?」

エリーサが拾い上げようとする前に、僕が拾い上げた。

「ありゃ、触らせてもらえないんだ。」
「大事にしているものだから。」
「ルーアに大事にしているものってあったんだ?いや、ルーアってさ物に頓着する性格じゃないじゃん、物欲もなさそーだし。」

言われてみればそうかもしれない、僕は物の価値やお金の興味はない。
だけど、これだけは違う。

「ねぇ…見せてよ?見るだけならいいでしょ?」
「………。」

ねだるエリーサの前に、仕方なく握っていたモノをゆっくりと指を開いて見せた。

そして金縁の懐中時計が姿を見せた

大して豪華でもない、高価なモノでもないから本当に時計の役割を果たすだけのモノだ。
中の装飾だって大したことない、どこにでも売ってるようなやつだ。
ガラスにもヒビが入っている。

「これ何?なんかキラキラしててきれーだねぇ。」
「懐中時計だよ、時間を教える機械。」
「ふーん。」

どうやって時間がわかるの?とエリーサに聞かれて、僕は時計が壊れていること、時間はわからないことを伝えた。
するとエリーサは不思議な顔をする。

「捨てればいいじゃん、壊れてるんでしょ。持ってても意味ないじゃんか。」
「…捨てないよ。」
「なんで?」
「大事なモノって役目を果たさなくてもそばにおきたいモノだからね。」
「ふーん…そうなんだ…でもやっぱよく分からないなぁ。なんで大切なの?」
「大切な人からもらったものだから…だよ。」

僕はさっと時計をポケットの中に入れる。
落胆するエリーサの声を横目に、もういいでしょと冷たくあしらった。
これ以上エリーサの好奇心に付き合うと話したくないことまで話してしまいそうで、怖かったからだ。

「ルーア〜、今度さぁ、小刀と長い棒を持ってきてよ。なるべく頑丈なやつ。」
「……なんで?」
「なんででもいーの、明日持ってきて、約束だからな?」
「はぁ……めんどくさい。」
「二日も待たせたんだから当たり前、絶対持ってこいよなぁ…ククッ」

何が面白いのか、エリーサはご機嫌そうに笑う。
その笑い方は悪戯を目論んだ子供のようだ。少し子供っぽい。

あぁ、やっぱり似てないな…と僕は思った。

彼女だったらこんな風に笑ったりしない。

そこがいいのだけれど…

「また今度、来た時にね。」

エリーサはかわいそうな死神だ。
永遠に川に閉じ込められて、外の世界も日の光も知らないまま、この暗闇に居なければならない。
死神は死なない…でも痛みも空腹も絶望もある、僕が食べ物を与えなければ、彼は死ぬことも叶わず闇を彷徨うだけだっただろう。

かわいそうだ。

早く探さなくちゃいけない。











彼を、殺せる薬を。

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