3521回目の異世界転生 〜無双人生にも飽き飽きしてきたので目立たぬように生きていきます〜

I.G

三百十一話 光11

タチアナという名前を与えたバーゼンは
積極的に彼女の名前を呼んであげた。


「タチアナ、夕食なのだよ。」


最初の方は全く反応を示さなかった
タチアナも、三日もすれば完全に
今自分が呼ばれているということを
理解し、しきりにバーゼンの後ろを
ついて来るようになった。


だが、中々自分で言葉を話そうとは
せず


「......ぁ......ぁ......」


と、音を発するだけだったが、
あることを皮切りにタチアナは
言葉を話せるようになった。


それは、バーゼンが自身の仕事を終え
自室に戻ってきた時のことだった。
いつもバーゼンが不在の時は、母親か
父親にタチアナの世話を任せていた
のだが今日は彼の部屋にある本を手に
持って、一人でそれを眺めている
ようだった。



「勉学に励むのはいいことなのだよ。」


バーゼンは熱心に本に目を通している
タチアナの頭を撫でてやった。
すると、一度だけこちらに目を向けた
タチアナだったが再び本の方へと
視線を戻し、それから夕食になるまで
タチアナは微動だにしなかった。


こんなこともあるのだよ。



そう思って特に気に止めなかった
バーゼンだったが、タチアナは次の日も
そのまた次の日も本に目を通していた。

そして、その日から五日が経過し、
バーゼンが父と母、そして
タチアナと共に食卓を囲んで夕食を
食していた時のことだった。
いつものように
タチアナが床にフォークを落とし、
それをバーゼンが拾って


「タチアナ。気を付けるのだよ。」


と、丁寧にタチアナの手にフォークを
握らせた時だった。



「タチ......アナ......」


初めてタチアナが言葉を口にした
瞬間だった。
それはただ単にバーゼンの言ったことを
真似しただけに過ぎなかったかもしれない。
それでも、確かにタチアナは
今までのような単なる音ではなく
明らかな言葉を口にしたという事実には
変わりなかった。


そして、それからのタチアナの成長は
目まぐるしかった。
昨日までは一語しか喋ることの
できなかったタチアナが、何と次の
日には五語以上の言葉を喋るように
なったのだ。
少し発音にまだ違和感はあるが、
それでも昨日ようやく言葉を話すように
なった人間にしてはこれは異常だった。


「バーゼン......この花......綺麗。」


「それはチューリップという花
なのだよ。」


更に、彼女の表情も急に豊かになった。
昨日までは無表情でこちらを
見つめていたタチアナが、次の日には
花を見て少し微笑んでいるのだ。

これは明らかにおかしい。

タチアナが急に言葉を話すように
なったり、表情が豊かになったのは
彼女が成長したのではなく、
単に忘れていただけなのかもしれない。
忘れていたことを、今物凄い勢いで
思い出している最中なのかもしれない。
もし、その仮定が正しいのなら、
タチアナの記憶も直に元に戻って
彼女が何者なのか、どこから来たのか、
そしてなぜあんなところに一人で
いたのか明らかになるだろう。


バーゼンはそう考えると
嬉しい反面、何かうまく表すことの
できない恐怖がこみ上げてきた。


だが、それでもタチアナという存在を
知ることが呪覆島で何が起きたのかを
解き明かす鍵になるだろうと信じ、
バーゼンは


「タチアナ。言葉をしっかり
話せるようになったら、今度俺と
一緒に外に出掛けるのだよ。」


タチアナの頭を撫でてそう言ったの
だった。



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